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99.5%の真空を手動で実現! 宇宙分野から生まれた技術で、食品物流に変革を起こす——株式会社インターホールディングス

田中泰延


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売上1億から、くも膜下出血に?! 人生観が変わった気づき(2月25日放送より)

学生起業するも「やっぱり就活せなあかん!」

ここまではね、いろんな商品とか、その技術がなぜできたか、萩原先生という方の宇宙技術からおりてきたこの技術を活かしてるって話を聞いてきて。

これはなんかすごい尖った、ねぇ、世界を変えてくれそうなお話しだったけど。

そうですね。

そもそも山口翔さんはどんな学生時代で、どんなキャリアで、インターホールディングスの社長さんにならはったのか、伺っていきたいのですが。

わかりました!

学生時代は?

学生時代は、大学は僕も関西の大学、神戸大学。

神戸大学。

工学部で。

あ、まさに工学部やったんですね。

はい。ただ、建築学科だったので、なんかその……今回の技術とは全然関係ない。

理系は理系やけど。

理系は理系ですね。

『劇的ビフォーアフター』っていう番組にすごい憧れて、「今週の匠って言われたい」っていう、それだけで建築学科に行ったんですけど。なかなか僕にセンスがなくて。

ああ、あの番組ありましたね。なんか、「どうしたことでしょう」っていうね。

かっこいいなみたいな。

で、工学部にいて。大学も国立大学だったので、そのままみなさん、大学院に行かれたりとか、大企業に就職されたりとかですね、そういった方が多かったんですけど。

やっぱり何かこう人と違ったことをやりたいなっていう気持ちがあってですね。

はい。

で、大学の仲間4人で、もう僕たちは起業しようと。

うんうん。

で、みんなが就職活動とか勉強してる間に、僕たちは起業の準備をして、会社を興して、「これで飯を食っていくんだ!」みたいなことを、大学の3年生とかですね、3回生のときにやりまして。

ほぉー。

で、みなさんがエントリーシート書いてるときに、僕たちは企画書を書いて、いろんな会社の、それこそ社長にプレゼンに行って。

就職するんじゃない。自分らで会社をつくるんだと。

そうです、そうです。っていうことをやってまして。

でも結局その事業は、やっぱりなかなかうまくいかなくて。4年生の6月ぐらいですかね、「ヤバいぞ就職活動しなきゃ」みたいな。

やっぱりせなあかん。

やっぱりせなあかん。

オカンにも、「それ、あんた、はじめから言ってたやろ」みたいな。「就職活動しろ!って言うてたやろ」っていうことがあってですね。

で、就職活動をして。で、縁のあった会社、「株式会社マクロミル」というインターネットのマーケティングリサーチの。

マクロミルさん。

インターネットでアンケートする、そういう産業をつくったITベンチャーに新卒で入社をしたというのが、まず学生から社会人になったところですね。

営業、人事、インターネットメディアを経験

マクロミルさんではどんなお仕事を担当されたんですか?

マクロミルでは、はじめは営業をしてましたね。例えばマスメディアに商品が出た時に、果たしてユーザーさんはどれぐらい認知したんだろうっていう調査をしたりとか。商品の好意度がどれぐらい上がったんだろうと。そのアンケートをやるような営業活動をまず営業マンとしてやって。

その後は人事に長くおりまして。新卒採用とかですね、評価制度をつくったりとか、教育したりとか。そういった部門を、だいたい5年ぐらいやってましたね。

でも、その後、そこから自分でやっぱり起業するぞってなるまでには、何かきっかけみたいなものは?

そうですね。そこの後にマクロミルの新規事業で、インターネットメディアの会社に転籍をしまして。

はい。

その転籍するきっかけになったのがですね、僕、2014年の4月にマクロミルから「antenna*」というサービスの会社に出向で行ったんですけど。2014年の9月に、くも膜下出血という病気に。

ええっ?!

くも膜下出血で倒れたら、売上が伸びていた?!

くも膜下出血って、あの、脳の中で出血しちゃうやつでしょう。

脳の中で出血。

これ、あの、かなりの人が、帰らぬ人になってしまうという。

そうですね。亡くなってしまうか、まあ奇跡的に生き残った方も。

障害が残るという方が多い。

そうですね。失語障害とか、まあいろいろあったりするんですけど。

えっ、くも膜下出血、そんな若くして。それは、急やったんですか?

急になりましたね。もういきなり頭をバットでバーンと殴られたような。

めちゃくちゃ痛いって聞きますね。

めちゃくちゃ痛かったです。

生還した人の話では。

そうなんですよ。

生還した人のって今、目の前に生還した人いるけど。

生還した。

めちゃめちゃ元気そうじゃないですか。

そうなんです。だから、後遺症もまったくなく、奇跡的に復活をしたのが、僕の実は人生の転機になってまして。

はあ〜。

当時、僕、営業マンで。いろんな会社にインターネットメディアの「antenna*」の広告枠を売ってたんですよ。もう、一人で月1億ぐらい売りまくって。

売りまくって。

もう「この会社は僕が回してる!」みたいな。営業現場だったんですけど。

めちゃくちゃ働いてはった。

めちゃくちゃ働いてたんですけど、くも膜出血でパタッと倒れて。

うん。

ICUっていう集中治療室に入ってたので、ここだと、一切連絡取れないんですよ。

外とはね。

電話も、メールも、もちろんネットも、PCもスマホも何もない状態で、1ヶ月間入ってたんですけど。

その間に、会社にすごい迷惑かけたなと。もう一人で、ほぼ売上やってたんで、「これは会社潰れてるな」って思ったんですよ。

うんうん。

で、一般病棟移って、で、会社の人たちがいっぱい来てくれて、「本当申し訳ないです」って話をしたら……売り上げ伸びてたんですよ。

えぇー!(笑)

自分がいなくても、世界は前進し続けるから

もう、これ「申し訳ない。俺がおらんかったら潰れてる」と思ったのに!

売上伸びてんの?!

伸びてんの?!

なんで? っていう感じなんですよ(笑)。

それはでも、おらへんようになったからみんな頑張ったんだろうなと思うんですけど。

まあ、いろいろ思うと……はじめて、例えばボタンを押せば電気はつくし、水道をひねれば水は出るっていうことに気づいたんですよ。

あぁー。

要は、この世の中から僕一人がいなくなっても何も世界は変わらないし、世界は前進し続けるんだなっていうことに、気づいたんですよ、その時に。

それはでも、すごい体験ですよね。まず、生きて帰ってきたこともすごいけど。そういうふうに……僕も、思いますよ。

伸びてるんかい! と(笑)。

そう、別に、僕が世界で1番重要な人物じゃない。ちょっとね、僕も50過ぎて薄々はわかってきたんで。でもそれは、大事な気づきで。

そうですね。

じゃあ、逆に、そんなたいそうじゃないんやから何すんねんって、僕なんかは思うんですけど。

その時、強烈に。おらんかっても業績は伸びているし、世界は回っている。じゃあ、山口さんは何をするかって思いはった。

そうですね。今を生きる。人生一度きり、今を生きるっていう。もう明日死んでるかもしれないと思って、いま本当におもしろいことに時間を使おうっていうふうになって。

はい。

マクロミルに戻ってこいって言われたんですけど、そのまま転籍して。そこの会社の経営メンバーとして、その後「antenna*」事業自体を6年ぐらい経営に当たって、伸ばしてきて。

冷凍パンの事業で気づいた、食品保存技術の可能性

インターネットの力を使って、もっと世の中にリアルなものとしてお手伝いできるようにしたいなっていう時に。僕の前職の会社なんですけど「株式会社パンフォーユー」って、冷凍パンの会社の立ち上げに参画してですね。

うんうん。

全国のパン屋さんのパンを冷凍して、個人宅とか、オフィスにサブスクでお届けするっていう事業の立ち上げに経営メンバーとして参画をして。

冷凍パンのサブスクサービス「パンフォーユー」(出典:PR TIMES

はぁー。なるほど。それ今のお仕事つながってくる感じありますよね。

あります。

だって、凍ってるパンは、日持ちがしますもんね。

そうなんです、賞味期限が。

はじめは、むちゃくちゃパンが好きだったかというとそうではないんですけど。やっぱりインターネットの力とかマーケティングの力でリアルな業界を盛り上げるって、おもしろいなと思って入っていったんですけど。

はい。

そこで気づいたのが、「食品の保存すごいな」っていうことで。

食品のロスを削減するっていうことだけじゃなくて。賞味期限が延びると、商圏が拡大する。食品の商圏が。

そうか、遠くまで。

運べる。

運べる、届けられる。

そうなんですよ。なので、実は今の真空事業は、真空インフラで「食品物流に変革を起こす」っていうのが事業コンセプトなんですよ。

▶︎ 次ページ:山口翔さんの考える、経営者の大変なこととは?

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    1969年大阪生まれ。株式会社 電通でコピーライター/CMプランナーとして24年間勤務。2016年退職し「青年失業家」を自称し執筆活動を開始。2019年、文章術を解説する初の著書『読みたいことを、書けばいい。』(ダイヤモンド社)を上梓。16万部突破。2020年、印税2割スタート・最大5割の「累進印税™︎」を掲げる出版社 「ひろのぶと株式会社」 を創業。