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トークライブ「古舘と客人と」、初のF1実況の記憶、曲紹介の極意——古舘伊知郎さん×田中泰延<第五夜>

田中泰延


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「ちょっと、あんまり手の内言われると恥ずかしいですよ」と、田中泰延の言葉に笑う古舘伊知郎さん。古舘さんが、月に1回ゲストを招いて開いているトークライブ「古舘と客人と」で意識していることとは?

初のF1実況・1989年ブラジルグランプリの話題や、「夜のヒットスタジオ」で培われた曲紹介の極意もトーク。さらに、自身のリクエスト曲から古舘さんに新たな発見が! 放送で気づいた、曲の好みとは……?

田中泰延が、いま会いたい人・話したい人と、聴きたいことを語る「田中泰延のふたりごと」。古舘さんをお迎えする第五夜、全5回の最終回です。古舘伊知郎さんと田中泰延の”ふたりごと”を、ちょこっとのぞいてみましょう。

(執筆・編集:廣瀬翼)
※本記事は、2026年5月30日のラジオ大阪の放送を元に再構成しています

ラジオは、喋ってないと放送事故

今日のゲストは、5月ずっと一緒にお話うかがってまいりました、古舘伊知郎さんです。

よろしくお願いします、改めて。

よろしくお願いいたします。なんとも寂しいことにね、全5回の最終回ですよ。

いや、本当ですね。

いや、もう楽しくてあっという間に時間来ちゃったんですが。

はい。

これ見たらね、今日の台本、「まだまだしゃべり足りません。なんでもお話しください」って、すごい、いい加減なこと書いてある。

これ、誰が言ってるんですかね。「まだまだしゃべり足りません」。僕も田中さんも、もう十分お腹いっぱいですけど。

そう、誰の気持ちなんですかね、これはね。

なんかそれを想定してるんですよね。それを裏切りたいという意地悪な気持ちになりますね。

いや、本当に。

ラジオでずっと黙ってたら、完全な放送事故じゃないですか。

事故です(笑)。

これね、ビジュアルがあればね、これ黙ってるっていう予定調和崩しってなかなか3分ぐらい持つと思っちゃう。なんだ、どうなるかって、これハプニングの場だから。

はい。

でも、ラジオはそうはいかないですもんね。

なんか喋ってないとね。問題になりますから。

本当ですよ。

古舘伊知郎と田中泰延がスタジオで収録している様子

月に一度のトークライブ「古舘と客人と」

それでね、これ本当に聞きたかったんですけど、古舘さん、いろんな活動をされてる中で、「古舘と客人と」。何度もお伺いしたんですけど、これが楽しい。

もう豪華なゲストの方。今年入ってからでもね、水谷豊さんもいれば、ミッツ・マングローブさんもいれば、それから、くりぃむしちゅーの上田(晋也)さんもいれば、栗山英樹さんも今度予定されておるということで。本当に名だたる人来られるんですけど、これは古舘さんが、やっぱ会いたい人っていうことで?

そうですね。月に1回ね、東京駅丸の内にほど近いコットンクラブっていうブルーノートと姉妹店なんですけど。そこ、本来音楽ですから、ライブ会場じゃないですか。

はい。

で、ちょこっとご飯食べながら、赤ワインなど飲みながら音楽を楽しむっていう場で、トークだけやってるんですよ。ゲストを呼んで。1時間半ぐらい。月に1回なんですけどね。それが、すごく楽しいんですよ。

だから、もうなんか、会いたい人と会ってる場合もありますし、別に会いたくない人は会ってないですけども、初めての人も結構います。

というのは、僕が知ってる人とか、僕が会いたいっていう私心を、また釈迦は自分という固定したものはないと言いながら、固定して自分が会いたい人だけ・知ってる人だけってなると偏るでしょ。

うん、うん。

だから、初めて対面して、こっちが、司会役の私がオロオロするっていうのもあるじゃないですか。

はぁ〜。

ハプニング付きじゃないですか。だから、そういうまったく知らない方とも会ってますね。

僕はもう——

何回も来ていただいて。

はい、お伺いして。まず会場がね、そういうジャズのクラブである名門クラブで、その中でも僕もワインなんか飲みながら、その雰囲気も素晴らしいんですけど。

聞いてると古舘さん、初めての方もいらしたんですよ、何回か。

はい、はい。

でも、そういう方にも、やっぱ古舘さん、もう”準備学”っていうか、「ここはぶつけておこう」っていう調べたことをパッと出してくる。そうすると向こうの顔色がこうパッと変わるんですよね。このなんか鮮やかさっていうのは。

「そこまで見抜いてますか?」

いや、ちょっとね、解剖学者じゃないんですから、田中さん。ちょっと、あんまり手の内言われると恥ずかしいですよ。

(笑)。

やっぱそこは”準備学”で狙って、初対面の人ほどね、もうほんと充当に準備をして。そしてそれを早めにね、「そういった意味においては、いかがなんですか? その辺のことは」ってやっちゃうと野暮だから。

急に、山歩いてて、昔よく言ったカマイタチみたいに、シュッとやると、相手がいい意味でドギマギして、「あ、そこ来るの?」みたいな感じで乗ってくれる瞬間を目指すわけですよ。

はいはい、はいはい。

だから虎視眈々と狙ってんですよ。そこまで見抜いてますか?

いや、もうあの瞬間が、やっぱ僕は「うわ、これだ」と思って感動して。

で、ひろのぶと株式会社で『伝えるための準備学』っていう本をつくったときは、僕が古舘さんにお話うかがう場をいただいたので。「初めてのF1中継で、頭真っ白になった出だしの89年の開幕戦の話から聞かせてください」っていうところで、古舘さんが「えらいところから聞きますね」っていうことで。

ブラジルグランプリね。

はい、すごい盛り上がった覚えがあって。

そうですね。懐かしいな。

初のF1実況、89年ブラジルグランプリ

あの時ね、1989年でしょ。

はい。

ブラジルのリオデジャネイロにトランジットを経て、地球の裏側にまさに行ったわけですよ。覚えてるんですけど、午前11時半ぐらいにちっちゃなホテルに入って、装を解く間もなくポンと固定電話が鳴って。それでちっちゃな窓からリオの長〜い海岸線が見えるんですよ。「うわ、リゾート地来たな、有名なリオに」って、小高い丘に、あのイエス・キリストが手を広げて十字架になってる、あれがあるわけです。

それを見ながら、「もしもし」と言ったら、フジテレビのディレクターが「すぐ来てください、サーキット」っていう第一声ですよ。で、そっから寝不足な状態で行くでしょ。F1の”エ”の字も知らないでしょ。で、予選だ、トライアルだってのを見て、本番ですよ。

はい。

そして本番がもう非難轟々だったわけですよ。「喋りすぎでわかってもいねえのに実況なんかすんじゃねえ」。もう屈辱と反省のスタートでした、あれは。

で、そっから僕の苦い経験から、田中さんが「言ってください」って言ったから、内心あれムッとしたんですよ。

(笑)。

もうちょっと心地よいところからいきたいのに。

いいところから。

いや、もうね、1,200本フジテレビに抗議電話来ましたからね。「お前のトークショーじゃねえよ、古舘くんだり、出てくんじゃねえよ、お前。モータリゼーションわかってねえくせに」と。それのもう大変な非難轟々でしたよ。

で、その後に終わった瞬間、中継が終わってホッと一息つく間もなく、そのまんまバーッとイパネマを越えてリオ行って、リオの空港から今度は、華々しい言い方になっちゃうけど、パリに飛ぶんですよ。

はい。

で、パリに着いた瞬間に、今度「夜のヒットスタジオ デラックス」の衛星生中継2時間ですよ。シャイヨー宮っていうところの大きな広場、あのエッフェル塔を見上げながらの中継なんですよ。日本から有名な人たち、アーティスト、ミュージシャンいっぱい呼んで。

もうその時に、あまりにもフジテレビに抗議があるってのを電話で——まだ携帯ない時代に電話で聞いて、げんなり落ち込んで歯が痛くなって。それで歯が痛いのを我慢しながら、左の頬を腫らしながらの2時間のデラックスな生中継でした。

夜ヒット。

夜ヒット。もうね、だからもう、なんて言うんですかね、苦闘。あの、あの時の苦しさが蘇ったんですよ。もうほんと、ひろのぶとを恨んだ日ですよ。

「前言撤回」も、座右の銘

でもそこから、赤裸々にお話をしていただいて、あの苦しさを乗り越えるのは、準備、また準備。

はい、はい。もう本当におっしゃる通りです。『準備学』にふさわしい質問でしたね。今、縷々申し上げたこと撤回します。

はい(笑)。

私、座右の銘の一つに、「前言撤回」っていうのがあるんです。

前言撤回、座右の銘。

はい、ありますから。もう撤回します。いい質問でした。これは、とってもいい質問でした。そこから『準備学』の本が出来上がりつつあったわけですから。ありがたいですね。

いやー、うれしい。本当にね、古舘さんにお話をうかがって。

曲紹介の基本は「七五調」

今ね、それで「夜ヒット」の話出たんですけど。この番組で、いろんな曲をね、紹介していただくんですが。

はい。

曲紹介って「夜ヒット」でずっと事前にやられるじゃないですか。歌い出す前に。これ極意というか、なんかあるんですか? コツみたいなもの。

基本は極意っていうのはないんですけど、先輩方がずっとやってきた、連綿と続いてきた「七五調」ですよね、ベースは。ロックミュージシャンであろうが、演歌、歌謡曲であろうが、テンポを上げるか上げないかで、基本は七五調なんですよね、イントロ付けみたいな曲の紹介。

はぁ〜!

普通の曲紹介だったら、「それでは中森明菜ちゃんスタンバイOKですね。『難破戦』」ってこう(声を)落としてやったりもしますけど。

やっぱりイントロで、イントロ付けやるときっていうのは盛り上げていかなきゃいけないじゃないですか。

はい。

だから、「小さな酒場に女が一人、今日も悲しみの、琥珀の悲しみを水で割っての一人酒、歌っていただきます」と。

これをロックミュージシャンであれば、「うわぁよくわかんない、ブルーハーツの登場。何も質問に答えてくれてなかったな。でもやり出したらすごい振り付けですよ。いきましょうか『リンダリンダ』」って言ってんのって、僕の中では実は七五調の字余りやってるだけなの。

あぁ〜!

だから、そういうのは別に僕のオリジナルでも何でもないんで。

あの連綿のね、例えば玉置宏さんとか。

「1週間のご沙汰でした」の玉置宏さんね。

はい。「歌は世につれ、世は歌につれ」。

NHKの「日本のうた」なんてのは最高なんですよ。「歌は思い出に寄り添い、思い出は歌に語りかけます。こうして歳月はゆっくりと過ぎていきます。こんばんは。『日本のうた』の時間です」。こういうのあるんですよ。

このゆっくりが時代とともにテンポアップしただけの話で。

なるほど。

今タイパ、コスパの時代になって、今回は田中さんに呼んでもらったこのね、ラジオ大阪の番組はイントロが長いのが多かったじゃないですか。でも今イントロないじゃないですか。

はい。すぐサビで始まる。

すぐサビで始まる。タイパ、コスパの時代に入ってしまったんですけどね。

田中泰延は「おしゃべりYogibo」

でも、こんな楽しく喋らしてもらうっていうのも、もういよいよね、終わりが近づいてきたから言えますけど、本当に田中さんは聞き上手ですよ。

いやいやいや。

そしてね、ふくよかさもあるじゃないですか。ね。

(笑)。福々しい。

福々しいですよ。僕にとっては「おしゃべりYogibo」です。

収録スタジオで喋る古舘伊知郎

(笑)。抱き心地よし!

抱くつもりはないんですけども(笑)、もたれかかる。これ依存体質の私としては、もう本当にもたれかかってます。

もたれかかる。

楽しく喋らせてもらって。

今日の曲紹介|サイモン&ガーファンクル「アメリカ」

いや、もう名残惜しいんですが。

名残惜しいですね。

今日のリクエスト、うかがっております。なんとこれは今日ね、初めての洋楽ですね。サイモン&ガーファンクルで「アメリカ」。

このね、サイモンさんはね、まだライブやってんですよ。もうたまんないですよ。

で、僕なんかも吉田拓郎さんと並んでね、やっぱり中学高校の時にラジオを聴きまくった時にサイモン&ガーファンクルに出会うわけです。「卒業」っていう映画のね、「Sound of Silence」っていうところから。

「Sound of Silence」。

今日お届けしたいなと思ってるのは、やっぱりアメリカがイランと戦争を起こしたじゃないですか。イスラエルも参戦しましたよね。

だけど、今から半世紀以上前の、やっぱりもっともっと僕が若かった時のアメリカっていうのは憧れの存在ですよ。民主主義においても、文化においても、風俗においても、やたらアメリカのモノマネをするわけですよ。そんな時代なので、その当時は聴いてたなという歌なんですよ。

そんなアメリカの、昔のいい時代にも思いを馳せながら聴いてください。サイモン&ガーファンクルで「アメリカ」。

65万人登録のYouTubeチャンネル

YouTubeも、もう65万人とかになってきて。かなりストレートにですね、例えばまあトランプのやってることの違和を表明したりとか、ホルムズ海峡のことも、もうストレートな怒りを、トークの中でぶつけられることもあるじゃないですか。

はい、はい。

あれはやっぱり、「報ステ(報道ステーション)」のときにはここまでストレートにはできなかったっていうのは……

もちろん、ありますね。

やっぱり。

その怨念みたいなものがある。でもその不自由さが、自由に喋らせてもらおうという情動につながるんで、そういう経験も準備学だったなとは思うんですけどね。

なるほど。

人間ってやっぱりね、そうやってこういうことがあったからこうなる、こういうことがなかったからこうならないとか、全部因果ですよね。

はぁ〜、なるほど。

♪サイモン&ガーファンクル「アメリカ」おわり♪

サイモン&ガーファンクルで「アメリカ」でした。

「チャレンジしない男ですよ」

いや、田中さんね、勉強になりました。今回こうやって呼んでいただいて、5回にわたって話をさせてもらって、自分の選曲でわかりました。

要するに、アコースティックが好きなだけ。

わははは。本当に、それはそう(笑)。

だから僕の音楽の間口は異常に狭いですよ。本当に狭い。

そういえば、絶対アコースティックギターのイントロから始まった全5曲でしたね。

それ以外音楽として認めないという、究極の偏狭さですね。

あれだけ夜ヒットであらゆるジャンルの音楽の紹介してきたけれども、やっぱアコースティックな響きが。

まあまあ、それは刷り込んじゃってんでしょうね。そこから一歩も出てないっていうチャレンジしない男ですよ。

いやいや、常に新しいことにチャレンジされ続ける古舘さんのお話をね。

「チャレンジしない男ですよ」って言ったら、もう我が意を得たりと、うちの廣瀬さんが笑いましたよ、「おっしゃる通り」みたいな。

いやいやいやいや。

「寝ても覚めても煩悩」とでも、じくじくじくじくいろんなこと喋りやがってみたいな。すごい、すごく我が意を得たりですよ。ちょっとショックなんですけど。

いやいや、僕からしたらあれですよ、「チャレンジしない男ですよ」って言われたら、「いやいや、古舘さん、YouTubeにしても何にしても、もう常に新しいことチャレンジ、この年になってやられてるじゃないですか」って言ってもらう前フリかと思って。

いや、それはなかったです。もうこれでお別れだなと言った、思ったんで、そういうよこしまな気持ちは1回目、2回目はかなりありました。

わはは。

今はなくて、もう子供のように言ってます。

いやいや、本当に新しいことにチャレンジされてる古舘さんですが、見習っていきたいと思いますし。こちら今日はラジオ大阪OBC、お越しいただいて本当に光栄です。

いや、こちらこそありがとうございました。

ありがとうございました。本日のゲストは古舘伊知郎さんでした。

ありがとうございました。

ありがとうございました。

ハンドマイクを持って笑顔で並ぶ古舘伊知郎と田中泰延

古舘伊知郎プロフィール

古舘伊知郎(ふるたち・いちろう)
フリーアナウンサー、喋り屋

1954年東京生まれ。立教大学卒業後、1977年テレビ朝日にアナウンサーとして入社。「ワールドプロレスリング」などを担当。鋭敏な語彙センスとボルテージの高さが際立つプロレス実況は「古舘節」と称され、絶大な人気を誇る。1984年、フリーとなり、「古舘プロジェクト」設立。F1などでムーブメントを巻き起こし、「実況=古舘」のイメージを確立する。3年連続で「NHK紅白歌合戦」の司会を務めるなど、司会者としても異彩を放ち、NHK+民放全局でレギュラー番組の看板を担った。その後、テレビ朝日「報道ステーション」で12年間キャスターを務め、現在、再び自由な喋り手となる。2019年4月、立教大学経済学部客員教授に就任。ライフワークとして1988年からスタートしたトークライブ「トーキングブルース」は”一人喋りの最高峰”と称され、厚い支持を集める。著書に『喋らなければ負けだよ』(青春出版社)、『喋り屋いちろう』(集英社)、『伝えるための準備学』(ひろのぶと株式会社)、『寝ても覚めても煩悩』(小学館集英社プロダクション)など。

伝えるための準備学

伝えるための準備学
古舘伊知郎|ひろのぶと株式会社


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    1969年大阪生まれ。株式会社 電通でコピーライター/CMプランナーとして24年間勤務。2016年退職し「青年失業家」を自称し執筆活動を開始。2019年、文章術を解説する初の著書『読みたいことを、書けばいい。』(ダイヤモンド社)を上梓。16万部突破。2020年、印税2割スタート・最大5割の「累進印税™︎」を掲げる出版社 「ひろのぶと株式会社」 を創業。