田中泰延が、日本を支える・日本を変える会社の社長をゲストにお迎えし、大いに主張していただき、お話をうかがうラジオ大阪の番組「田中泰延のシャチョーとシュチョー」。
「街角のクリエイティブ」では、その放送をまとめてお届けします!
今回は2025年12月8日(月)〜12日(金)の放送の様子。
ゲストは、森興産株式会社 代表取締役 森隼人さんです。

「志の定着」を掲げて外国人の留学やキャリアの支援をはじめ、多言語メディア「WA.SA.Bi.」を運営する森興産。さらに社内は半分以上が外国籍、女性も多い環境です。
森隼人社長に、なぜいまの事業をはじめたのか、外国人採用の現場についてなど、お話をうかがいました。
(構成・編集:廣瀬翼)
【目次】
【 プロフィール 】

森隼人(もり・はやと)
森興産株式会社 代表取締役
大阪府大阪市出身。2006年、行政書士森コンサルティングを開業。2010年、森興産株式会社 代表取締役に就任。多言語情報メディア「WA.SA.Bi.」の運営や、外国人へ向けたキャリアデザインの講座、「グローバル」をキーワードとした産官学金連携イベントなどを手掛け、外国人の留学・生活・就労・定住を支援している。
森興産株式会社 Web サイト:https://morikosan.co.jp/
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田中泰延(たなか・ひろのぶ)
ひろのぶと株式会社 代表/コピーライター
1969年大阪生まれ。株式会社 電通でコピーライター/CMプランナーとして24年間勤務。2016年退職し「青年失業家」を自称し執筆活動を開始。2019年、文章術を解説する初の著書『読みたいことを、書けばいい。』(ダイヤモンド社)を上梓。16万部突破。2020年、印税2割スタート・最大5割の「累進印税™︎」を掲げる出版社「ひろのぶと株式会社」を創業。
グループの次の時代を見据えて。グローバルの人材育成を担う森興産(12月8日放送より)
大阪の会社・森興産のお仕事は?
田中
今日お迎えする社長をご紹介します。森興産株式会社 代表取締役 森隼人さんです。よろしくお願いいたします。
森社長
はい、よろしくお願いします。
田中
いやー、大阪の方なんですね!
森社長
そうですね、はい。
田中
さっきね、ちょっとお会いした時に(大阪弁があまり出ていなかったから)。
最近は、僕も東京生活長いんですけど、共通語というか、つい大阪弁でしゃべるのを忘れてしまうことあるんですけど。
森社長
ええ。
田中
東京行って通じひんかったら困るなと思ったりね。まあ、通じるに決まっているんですけど。
森社長
(笑)。
田中
そんな——そんなってどんなや、森社長なんですが。
森興産さんというのは、バクっとした質問ですけど、どんな会社か? というところからおうかがいしたいんですが。
森社長
そうですね、「森興産」と聞くと、非常に堅い、堅苦しいというか……というようなイメージなんですが、やっていることはすごく、やわらかくて。
田中
ええ。
森社長
いま日本に来られているような外国籍の方が、日本に来て・住んで・学んで・働く。こういったことを支援する事業をメインとして行っている会社です。
田中
ということは、日本でいま働いている外国の方がいっぱいいらっしゃいますけど、そこを支援していく。
そして、日本に定着してもらうということを、すごく大事にされている。
森社長
そうですね。 会社であれば「定着」、地域であれば「定住」。こういったキーワードを、支援をする中で非常に大切にしています。
親会社は祖父が愛媛ではじめた会社
田中
もともと、豫洲短板産業株式会社(よしゅうたんぱんさんぎょうかぶしきがいしゃ)っていう会社があって。
これは、お祖父さんにあたる方(がはじめられた会社)ですか?
※ 森興産株式会社は豫洲短板産業株式会社のグループ会社です。
森社長
そうですね。あの……また、堅い名前なんですけど……(笑)。
田中
「タンパンって、何ですか?」っていう。
森社長
そうですよね(笑)。 そもそも「豫洲」というのは、伊予国・豫洲ということで、愛媛県が発祥で。
田中
愛媛。はい。
森社長
昭和8年、私の祖父が創業した金属・金物屋からスタートをしまして。
そのあと、鋼材の流通。昭和30年頃からはステンレス鋼材というものに特化して流通業を営むと。
で、愛媛から大阪のほうに出てきて、事業を営むということを長年やってきた会社——まあ、そういう意味では固いですよね。
田中
うん、固い。ステンレス、そりゃ固い。やわらかいステンレスはない(笑)。
森社長
(笑)。
田中
豫洲短板産業はステンレスのお仕事をされているわけですよね。
で、森興産さんというのは、その中からどういう形で事業が始まったんですか?
グループ80周年で掲げた「グローバル」から人材育成事業へ
森社長
グループ全体は昭和8年からで93年間きているわけですけど、森興産自体も40年近く歴史はあるわけですね。いわゆる2代目に承継していくためにつくられたもので。
田中
はい。
森社長
そこが、我々3代目世代ということで。3代目になった時に、新たな戦略といいますか。
100年というのが見えてきたので、次に目指すのは200年だろうということで。
グループ全体が80周年の時にですね、新たに何か事業構築をしていこうと。ビジネスモデルをつくっていこうということで、森興産の活用の仕方を。
田中
ええ、ええ。
森社長
今までは事業承継という一つのミッションがあったわけですけども、それから第3世代になって新たなミッションとしてつけ加えたのが「グローバル」というですね。
グループ全体を世界に広げていくと同時に、世界に広げていくと素材やサービスは外に行きますけど、そこで活躍する人という側面も出てきますので。
この「人」をどうするんだと。
田中
はい、はい。
森社長
人って、育成していかないと、なかなか自分たちの理念や志というところに合致していかないので。
そういったところに合致していく人たちを育成していこうと、「人材育成」のほうに入っていったんですね。
そこを(グループの中で)森興業のほうで担ってきたということがあります。
田中
80周年の時にグローバルに目を向けようというのは、まずどこから? 森隼人社長がそれを言い出しはったんですか?
森社長
いえいえ、私だけでは当然なくてですね。一族、ファミリービジネスの中には3代目世代という世代がいるわけですけども。
国内のマーケットを見ると、早い段階から人口減少というのはわかっていて、ということはマーケットは縮小していく可能性が高いと。
田中
ええ。
森社長
でも、外を見渡せばですね、周辺国でもまだまだグングンと伸びていると。
そういう状況にあると、市場を国内のみで見るのではなくて、海外のほうに展開していく。ここを見据えていかないと、200周年という長い目で見ていったときに、我々の存在というものが、なくなるとは思いませんけれども、縮んでいってしまうと。
やっぱり伸ばしていきたいよね、というところから出たキーワードが「グローバル」だったと思いますね。
田中
なるほど。
森社長
なので、3代目世代の一つの志といいますか、目指す方向性がグローバルになったというようなことですね。
多言語情報メディア「WA.SA.Bi.」
田中
その、外国人の人材、キャリア支援とか教育とかやっていく中で、多言語情報メディア「WA.SA.Bi.」というのを、はじめられた。
森社長
そうですね。

森社長
実際に外国人を支援していったときに、1番まず足りていないのは何かというと、「情報」でした。
田中
情報。
森社長
とはいっても、当然すでにネット社会で情報はたくさん流れているわけなんですけども。
なかなか、そのたくさんある情報の中から、何を絞って見つけていかなければいけないかということを、外国人ができていないというように思ったんです。
田中
はい。
森社長
気づいたのが、我々も中小企業グループなので、いわゆる「THE 人手不足」なんですね。
田中
うん、うん。
森社長
そこで採用していこうと思うと、1番アプローチしやすいのは「学校」なわけですね。
田中
学校、ええ。
森社長
学生がいっぱいいる。新卒がたくさんいる。
そういったところにアプローチして、優秀なグローバル人材を採用したいと思ったときに、「あれ、その人たちはどこから情報を得ているのか?」と。
田中
ええ。
森社長
学校側は、たくさん情報を流していますよと。学生向けにイベントの情報を流していたり、キャリアのサポートの情報は流してますよと。
田中
日本のことを(学生に向けて)インフォメーションしていますよということは、(学校は)言うてはる。
森社長
言っているんです。 でも、学生のほうに聞いてみると、「え、そんなのあるんですか? 全然見ませんよ?」と。
田中
ああ、学生側からしたらね。日本のことがわからへん、と。
森社長
はい。そこにギャップがあるなと。 学校側にも、学生側にも、間を埋めるプラットフォームがあったほうがいいんじゃないかと思ってつくったのが、「WA.SA.Bi.」というメディアです。

放送:隔週 月〜金曜日 15:40ごろ〜





