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ゲスト糸井重里さん 第四夜【ラジオ大阪】田中泰延のふたりごと(2月28日放送)

田中泰延


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田中泰延が、いま会いたい人・話したい人と、聞きたいことを語るラジオ大阪の番組「田中泰延のふたりごと」。「街角のクリエイティブ」では、その放送の様子を記事化してお届けします。

今回は2026年2月28日(土)の放送の様子。株式会社ほぼ日 代表取締役会長・糸井重里さんがゲストの、第四夜です。

「来ちゃった」。
そう言って始まった糸井重里さんとのラジオ対談も、あっという間に最終回。

会長という肩書きの向こう側で、糸井さんが続けている仕事の話について。クリエイティブに向き合っている二人だからこそ浮かび上がってくる話題に溢れた15分。

さあ、糸井重里さんと田中泰延の“ふたりごと”を、ちょこっとのぞいてみましょう。

(執筆:稲本琢仙、編集:廣瀬翼)
※ 本記事は、ラジオ収録を元に再構成しています

糸井重里(いとい・しげさと)
株式会社ほぼ日 代表取締役会長

1948年生まれ、群馬県前橋市出身。1971年にコピーライターとしてデビュー。西武百貨店「不思議、大好き。」「おいしい生活。」など数々のキャッチコピーで一世を風靡、また作詞やエッセイ執筆、ゲーム制作など、幅広いジャンルでも活躍。1998年に毎日更新のウェブサイト「ほぼ日刊イトイ新聞」創刊。『ほぼ日手帳』をはじめとする生活関連商品や、AR地球儀『ほぼ日のアースボール』、「人に会おう、話を聞こう。」をテーマにお届けする『ほぼ日の學校』などさまざまなコンテンツの企画開発を手がける。2017年東京証券取引所JASDAQ市場(現・スタンダード市場)に上場。著者に『インターネット的』(PHP文庫)、『すいません、ほぼ日の経営。』(川島蓉子さんとの共著、日経BP)、『生まれちゃった。』(ほぼ日)など多数。2025年12月、株式会社ほぼ日の社長を退任し、会長に就任。

X(旧Twitter):@itoi_shigesato

※ この番組は、「結果のわからないチャレンジャーを応援する」FIRST DOMINO株式会社の提供で放送されています。

ずっと、コピーライターの応用編をやっている

会長だけど、コピーライターのまま

さて、今日のゲストです。また大阪にお越しいただきました。株式会社ほぼ日 代表取締役会長CEO 糸井重里さんです。

来ちゃった。

いやもう、糸井さん、会長ってことですけど。

糸井さんはどんな仕事をされてても、「コピーライターです」っていうのは言い続けておられたじゃないですか。それはどうなんですか、最近は。

コピーライターの発想であらゆる仕事はできるはずだっていうのを、コピーライターのときから思ってたんで。

うんうん。

コピーライターの応用編をずっとやっているつもりなんで、そこの成分は変わらないですね。

僕も真似してね。コロコロ仕事が変わってるんですけど、「コピーライターです」って言ってます。これはもうね、爪の垢を煎じて飲んでる状態なんですけど。

汚いですね。

糸井さんの爪の垢を直接飲んだわけじゃないんですよ。

そうですか。

はい、ちゃいます。

気をつけてください。

クリエイティブの風船を飛ばし続けるために

「会長」ってね、具体的に会長のお仕事とか、糸井さんの立場って。

会社をやっていくって、何を売るか考える仕事と、どう売ってどうやりくりするか考える仕事と、両方あるんですよね。

「何を売るか」の商品をつくるのは、うちみたいな会社だと、いわゆるクリエイティブの領域なんですよ。

そのクリエイティブの部門を、僕がもともとフリーのときからやっていたんですけど。そこから会社ができたんで、「クリエイティブ」という商品をつくりつつ経営をしてたわけで。

正直に言うと、経営はしたくなかったんですよ。

なるほど。

でも経営ができないと、クリエイティブというのは、なんだろう、風船みたいなもので飛んでいっちゃう。やっぱり捕まえておく紐とか土台があったり、そこまで考えるのが、クリエイティブだと思い直してやってたんですけど。そっちはもっと得意な人、結構いるんですよ。

チームでやることなんで、全員がなにもかも得意である必要はないんで。その意味で僕はもっと、飯の種になるクリエイティブをやりたかったんですよ。乱暴も含めて。

だからあえて言うならば、クリエイティブの責任者に就任したつもりでいるんです。

毎日アイデアを出すのが社長

僕がひろのぶと株式会社っていう、ちっこい出版社を始めたとき、糸井さんに言われたことがあって。

「田中さんね、社長っていうのは毎日アイデアを出さなくちゃいけない。これが途切れたら、田中さんが社長をする意味がなくなっちゃう。アイデア、とにかくアイデアを」

いいこと言いますね。

いいこと。それはいつもね、気にはしてるんですよ。

今日僕は自分の会社にノコノコやってきて、「これをやってみたらどうだろう」「こんなことを思いついたけど、お前らどう思う?」ということがなかったら、意味がないかなっていう気が、しないでもないと。

現状をキープすることも含めて、キープするにはどういうアイデアがあるかってことまでも、アイデアですから。

なるほど。

「同じリズムをキープするリンゴ・スター」っていっても、キープするアイデアを彼は魂に持っていたわけですよね。

会長は開発部です

そういう意味で、アイデアほど大事なものはなくて。それがなくなると商品がなくなるので、ブローカーになっちゃうんですよね。

右から左へ何かを。

お金でお金をつくる人になったり。そうなっちゃうのは、つまらないじゃないですか。

だから……開発部ですよ、僕はいま。

開発部(笑)。会長は開発部、いい話やな。

「会長」はつけておかないと、「あいつ隠居かな?」って本気で思われるらしいんで。そこは逃げていませんよ、という意味を込めて、責任を最後に取る人にはなっている。そういう形ですかね。

なるほどね。

わかっていることはやらない

おもしろいですよ。今(放送の2月)の段階ではもう言っていると思いますけど、マンガ部をつくりましたから。

「ほぼ日マンガ部」。どういう部なんですか、それは?

それはもう言いようがない。

言いようがない。

2026年2月13日に「ほぼ日マンガ部」のポータルサイトが公開されました。

マンガに関しては、「ほぼ日とマンガ」っていうテーマもあって。いろんなマンガ家の方と糸井さんは対談されているし、いくつかのマンガの特集はやられてきたじゃないですか。

僕自身が、コピーライターになる前はマンガ家になりたかった人間なんで。マンガの発想がコピーに活きたのが、コピーライターになった原因ですよね。

そう考えると、世の中の見方は、アートから実業まで、みんなマンガになるんじゃないかなと思って。それでマンガ部っていうのをつくるんですけど。

「自分たちがすでにわかっていることをやっちゃいけない」っていうのが、マンガ部の最初のルールですね。

“わかってること”をやっちゃいけない。

いけない。だから、“わかっている”ことがちょっと見えてきたら、それはそれでやろうかと。でも“わかっちゃ”いけない、みたいな。

それをやっている最中ですけど、今頃(放送の2月)はどうなっているでしょうね。

あの頃は~ハッ! 今頃は~ンッ!

和田アキ子的な何かが。楽しみですね。

楽しみですね。それは僕が中心でやってますから。素敵ですよ。

えっ?! 糸井さんが、「マンガ部」を中心でやってるの?!

そうです、そうです。

じゃあ会長といっても、あとは若い人に任せて、わしは夕方からちょっと遊びに行くから、とか。そういうことじゃない。

(収録ブースを見て)いま、ほぼ日のみなさんがものすごく力強くうなずいていました(笑)。

でも、パッとやめられるようにしますよ、僕は。

あ、そう?

やめどきは、もっとおもしろいほうを選ぶとき

やるよって言っている限りはやるし、やめたって言ってやめられるようにもする。そのくらいじゃないと、やっぱりつまんないんで。

ズリズリズリとつまらなくなっていくのは、まずいんだよね。だから、こっからやめるわっていうのは、いつか言うと思いますよ。

糸井さんは僕から見ると、いろんなことを「これはもうこの辺でやめる」っていうのを、ずっとやり続けてきたじゃないですか。

それは自分で決めてるんですか?

上手じゃなくなったり、やる気がなくなったりしても頑張る方法はあるんですけど、それは、もっとおもしろいことがやれる状態から考えるともったいないですよね。

誰かがやれるんだったら、自分はやらないとか。たとえば、作詞はやめていないんですよ。それはやめたって言う必要がないからで。できたらやればいいし——みたいなことはいっぱいありますね。

なるほどねぇ。

僕、1ヶ月にわたって糸井さんに話をうかがってきたんですけど、ラジオを聴いているみなさん、みなさんが知ってる「糸井重里さん」という人が、全部違うと思うんですよね。何の仕事をやってる人か。

埋蔵金を掘ってるとかね。

そう! それもある。あとバスを釣ってる人、というのもあるし。

「MOTHER」とかね。

「MOTHER」!

あと声優さん。トトロのお父さん。

それぞれの知ってる糸井さんが違うって話を、うちの会社でもよくするんですよ。

世代によってね(笑)。

そう。廣瀬とか加納とか、「私のよく知ってる糸井さんっていうのは、これだ」っていうのを。

「清水ミチコの客席で拍手してました」とか。

とかね(笑)。

僕と一緒に仕事をしている上田豪さんは広告畑の人だから、広告の時代の糸井さんに憧れていて。

あぁ〜、すみませんねぇ。

でも僕が広告世界に飛び込んだときの糸井さんは、「俺もう、広告そろそろやめるよ」ってタイミングだったから。

(笑)。

いなくなっちゃったじゃん! みたいな。で、全然違うことをやって、と。

今日の曲紹介| 矢沢永吉「東京」

そんな糸井さんです、が!

が!

矢沢永吉さんと糸井さんといえば、『成りあがり』という本もあってですね、お二人の長い関係というのは切っても切れない。

日本における何かの双璧ですよ、これは。何かの。

(笑)。いいですねぇ、「何か」。

そんな糸井さんの今日のリクエスト曲は、最後にふさわしいですよ。

矢沢永吉「東京」

なぜこの曲を?

だんだん好きになっていった曲で。

だんだん好きになっていった。

たぶん、本人もだんだん好きになった曲なんじゃないかな(笑)。

あ、そう?!

歌うたいって、「この曲、昔より今のほう好きだ」みたいなことが結構あるんですよね。

「東京」っていう曲は、永ちゃん自身の思い入れが増えていったのと、客席の僕の思い入れが増えていったのがだんだん重なっていって。

僕はフランスのホテルで、一人で一生懸命この歌を歌ったことがあるんですよ(笑)。

フランスで(笑)。

はい、思い出しますねぇ。

聴いてもらいましょう。矢沢永吉で「東京」。

おまけのトーク|永ちゃんを聞きながら

変な歌詞なんですよ。不思議な。

これでもう、4回(の放送が)終わりだもんね。大阪から東京。

永ちゃんも、いきなりうまいんですよね。最初の一音目から。

そうだね。あと、でかい。

でかい。

玉置くんが小さく見せた音を、でかく出しているじゃないですか。

あー、なるほどなるほど。

上田豪さんが、永ちゃん大好きだから、この曲歌ってますよ。で、以前大阪で、みんなで永ちゃんファンがやっている焼き鳥屋に行ったんですよね。

ああ、そうかそうか。

2017年5月、大阪にて

永ちゃん歌ってる人はみんな、永ちゃんなんですよね、心が。「そうさぁ〜」って言ってるんですよね。

わかるぅ。

(「♪心が〜」のパートを聴いて)ここが、難しい!

すごい、これは声でチョーキングしてますからね。

そうだね! 永ちゃん、チョーキング多いですよね。

うん、できないですよ。

♪ 矢沢永吉「東京」おわり♪

いやぁ、もう永ちゃんの歌を聴いて二人で歌ってしまいましたが。

おかしいねぇ。

1ヶ月にわたって、糸井重里さんに大阪までお越しいただいてお話をうかがってまいりました。本当にうれしい!

ありがとうございます。

これ、番組の締めで必ず言う言葉なんですけど。またいらしてください。

それは、わかんないですけどね。

冷たいやないか(笑)。

4回も来たじゃない(笑)。

でも、本当にまたいらしてください。

ありがとうございます。

本日のゲストは糸井重里さんでした。ありがとうございました!

ありがとうございました。


LIFE

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飯島奈美|ほぼ日ブックス


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    1969年大阪生まれ。株式会社 電通でコピーライター/CMプランナーとして24年間勤務。2016年退職し「青年失業家」を自称し執筆活動を開始。2019年、文章術を解説する初の著書『読みたいことを、書けばいい。』(ダイヤモンド社)を上梓。16万部突破。2020年、印税2割スタート・最大5割の「累進印税™︎」を掲げる出版社 「ひろのぶと株式会社」 を創業。