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バラバラのススメ【連載】田所敦嗣の出張報告書<第35回>

田所敦嗣


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気心の知れた仲間と居酒屋で飲む時間。
友人と喫茶店で話す時間。
人には自ら好んで溶かす時間と、そうではない時間がある。

公共交通機関で過ごす朝の通勤時間は、現代人にとって貴重なプライベートタイムなのではないだろうか。
そんな時間に偶然、知人のような、そうとも呼べないような、少し微妙な関係性の人とばったり会ってしまうと、かなり気まずい。
真隣にいるのに会話をしないのも気まずいし、一定時間もたせられるような話題もないが、どこかの駅までは一緒にいることになる。

相手側には、そんな場面でも距離の取り方が上手な人がたくさんいて、会釈や軽い挨拶だけをして、すっとプライベートタイムへ移行する人もいるので、僕はそれをありがたいと感じる。

何も互いが嫌い合っているわけでもないのだが、こうした時間のことを何と呼べばいいのか、考えたことがあった。

以前、アメリカ人とカナダ人と3人で飲んだ際にその話題を出したが、彼らも毎日似たような経験があるという話になり、盛り上がったことがあった。

中国でも同じ話題になったが、彼らは「気づいた時点でうまく無視をする」という高等テクニックを持っていると言い、笑ってしまった。
ただ、「明らかに互いが気づいた時点で気づかないフリ」というのは、相当な技量やメンタルが問われそうなので、きっと僕はできそうにない。

どの国でも、多くの人が同じ場面に遭遇したら、「会釈」または「軽い挨拶」をし、あとは各々が勝手に過ごしたいという共感ができたのは面白かった。

だが、この場面も「出張」という枠になると、拒否できないことがある。
例えば、初めて特定の国に行く取引先と同行する時や、初めて海外に出るという取引先と一緒の時などである。
空港で待ち合わせ、出国審査を終えるまではそこそこやることもあるのだが、いざ機内に乗り込み、10時間のフライトとなると、時と場合により状況が変わってくる。

それでも、取引先の人が持参した本を読み出したり、映画を見たりと、ある意味で好き勝手やってくれるケースはかなり安心するのだが、稀に「半永久的に話しかけてくる人」がいて、この場合は不運としか言いようがない。

昔、トーキョーからシアトルまで隣の席に座った取引先に関しては、その人の奥さんの知り合いのイヌがわりといつでもハッスルするので、「ウチの愛犬といつか何かあったら困る」という内情まで聞かされ、着陸時、僕は彼のちょっとした親戚くらいの知識量を保持するハメになった。

そんな取引先とも少しずつ関係性が深まってくると、僕から「座席はバラバラで行きましょう」と打診したこともあったが、「そんな寂しいこと言うなよ」と返された。
おっさん同士で10時間近く話す方が苦痛になるような気もするのだが、そんなケースも今ではほとんどなくなった。

気心の知れた取引先とは、空港の搭乗口付近で軽い挨拶をし、予約した座席もバラバラにして、あとは到着まで各々の時間を過ごすことができる。

個人旅行は仲間と行ってもきっと楽しいが、出張は孤独が一番である。


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田所敦嗣さんの著書

スローシャッター

スローシャッター
田所敦嗣|ひろのぶと株式会社

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    千葉県生まれ。水産系商社に勤務。エッセイスト。著書 『スローシャッター』(ひろのぶと株式会社)で、SNS本大賞「エッセイ部門」受賞(2023年)。フライ(釣り)、写真、野球とソフトボールが趣味。人前で声が通らないのがコンプレックス。