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スシ タンポポ【連載】田所敦嗣の出張報告書<第34回>

田所敦嗣


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学生時代、アルバイトはガソリンスタンド、コンビニ、オフィスビルのOAフロア改修、工務店、引っ越し業者、RORO船(ロールオン・ロールオフ船)へ輸出車を積み込む荷役(今はバイトで気軽にはできないらしい)など、いろいろやった。

バイトを選ぶ動機はいつも明確で、時給が高いという理由のみ。
その中で魚屋が一番長く、一番面白かった気がする。
その後、紆余曲折を経て、社会人になっても水産の仕事に就いているが、バイト時代の魚屋の経験は直接的には全くと言っていいほど無関係なので、偶然ではある。
趣味としても釣りが好きで、川がメインだが、たまに海もやる。
小さいころから魚を愛してやまないというわけでもなく、巡り廻る環境と偶然の積み重ねでそうなった。

20年以上前、テキサスに住んでいたころ、どこに行っても肉と野菜ばかりのレストランに、やや辟易していた。
現地で気軽に食べられる唯一の魚料理は、キャットフィッシュという淡泊な白身のフライばかりだった。魚が好きな日本人なら、数か月もすればサバの味噌煮やアジの開きが恋しくなるだろう。

ある時、週末に従兄弟たちとヒューストン(Houston)へ出かけた。僕は意気揚々と市内のシーフードレストランを探したが、片田舎のレストランにあるステーキ屋が、ヒューストンではもっとデカいステーキ屋になるだけで、なかなか見つからなかった。

諦めようとしたその時、一軒の店名が目に入った。

「SUSHI TAMPOPO」
スシ タンポポ。

見るからに嫌な予感しかしないが、従兄弟たちは見つけるなり、久しぶりに寿司でもいいんじゃないかと言い出した。
彼らは日本に来たことはもちろんあるのだが、日本のネイティブサイドが直感的に持つ、ヤバい感覚まではわからない。

恐る恐る従兄弟について行くと、アジア人っぽい店主が寿司職人の白衣ではなく、祭りの法被を着ている。この時点でかなり怯んだが、従兄弟たちの方が意気揚々としていた。

「ハジメマシトェ~!!」

店主が叫ぶと、同じくアジア人の店員たちも「ハジメマシトェ~!!」と続いた。
イラッシャイマセではなく、ハジメマシテは怖い。

メニューを開くと、Ika / Squid、Ikura / Salmon Roeのような感じで、日本語のローマ字の隣に英語が併記されているが、いくつかは不可解な単語が並ぶ。
従兄弟たちは何も恐れずランダムにネタを頼んでいくのだが、それが一番怖い。

Geeen Roe / Wasabi Tobiko(緑の卵/ワサビトビコ)は、カリフォルニアロールに使う着色したトビコだというのは何となくわかるとしても、Akari / Clam(アカリ/貝)に関しては見当すらつかないし、Universe Sushi / Special(宇宙寿司/スペシャル)に関しては、客側に1ミリのヒントすらくれない。

法被を着た陽気な店主が随分な時間をかけて握り、次々に来る寿司は見たことのない、ある意味“新鮮な”スシばかりだった。
“アカリ”は鮮度の悪そうな紫色に近い赤貝で、宇宙寿司は巻物の中に見たことのない草のようなものが飛び出していた。

申し訳ないと思いながらも、不味すぎていくつか残してしまったスシもあったが、草が飛び出た巻物を食べる従兄弟が、

「日本を思い出す」と言っていたのが一番信用ならなかった。

僕の間違いでなければ、従兄弟たちにも日本の血が入っているはずなのだが、君たちの大和魂はテキサスの地に紛失したのかもしれない。

その後の滞在期間にも、何度かそれらしき店に入っては、そのたびに後悔した。

やはり、テキサスは肉が一番である。


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スローシャッター

スローシャッター
田所敦嗣|ひろのぶと株式会社

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    千葉県生まれ。水産系商社に勤務。エッセイスト。著書 『スローシャッター』(ひろのぶと株式会社)で、SNS本大賞「エッセイ部門」受賞(2023年)。フライ(釣り)、写真、野球とソフトボールが趣味。人前で声が通らないのがコンプレックス。