この曲を聴くと、決まって二人のことを思い出す。
「Your Song」
* * *
何年かに一度、水産品以外のイレギュラーな仕事が舞い込んでくる。
たまたま知っていた先が農産や畜産を扱っていて、急な注文が入ったり、取引先から依頼された水産品以外の新商品の輸入が、数日もしないうちにピタッと決まったりする。
過去にはシカゴ製のNYチーズケーキもあったし、エクアドルの高地で栽培されるブロッコリーなんかも扱った。
タイ北部に位置するチェンマイ(Chiang Mai)は、タイでも有数の農産地のひとつだ。
ある時、日本で流行しつつあったマンゴーを急遽扱うことになり、視察のためタイへ向かった。
「流行しつつある」と書いたのは、世界のありとあらゆる食品は、毎日のように輸入されては消えていくからだ。
どの国でも同じだと思うが、目新しい商品というのは、そのうち消えていくことが圧倒的に多く、定着する方が珍しい。
一時的な仕事のはずだったが、結局数年間チェンマイに通うことになった。個人的な感覚ではあるが、マンゴーは日本国内に定着した、近年では稀な果物だと思う。
少なくとも僕が子供の頃はマンゴーなんて知らなかったし、八百屋やスーパーで見ることもなかった。
僕の世代で似たように日本に馴染んだ果物といえば、キウイフルーツだったかもしれない。
* * *
チェンマイ国際空港に到着すると、まとわりつくような湿気を帯びた首都バンコク(Bangkok)とは異なり、空気は乾いた土のような香りがした。
韓国製のミニバンで迎えに来たロイ(Roy)は、60歳手前くらいの細身のおじさんで、物静かな運転手だった。
彼のシンボルといえば、いつも日焼けした手の甲にボールペンやマジックで書かれた、いくつものメモだった。
メモはタイ語なので何が書かれているのかはわからないが、ロイは時折手の甲を見ては、運転を続けた。
僕は、街中から農村へと移っていくチェンマイの景色を見るのが好きだった。
目的地に着くと、背の低いマンゴーの木々が整然と並んでいる。空が広く見えるせいもあって、農園はとても大きく感じられた。
農園を営むソン(Som)は、代々この広大な土地を守ってきた。
マンゴーに関して知識が乏しい僕に、ソンはこの果物のことを優しく丁寧に教えてくれた。
景色を見なくともチェンマイの空気が少しだけわかるようになったある日。
いつも通り、手の甲にぎっしりメモを書いたロイが空港まで出迎えてくれた。
通い慣れた道のはずなのに、この日、彼は道を間違えた。
工場での仕事を終え、少し早い時間に市内のレストランでソンと二人で夕食をとったとき、そのことを告げた。
ソンは少し考え、大昔の話をしてくれた。
ソンがまだ若かった頃、農作業中に高所から落ち、頭蓋骨を折る重傷を負ったという。
そのとき、偶然近くに居合わせたのがロイだった。
ロイが大急ぎで病院まで搬送してくれたおかげで、ソンは命を取り留め、それ以来、生涯の友となった。
ソンはロイを運転手として雇い、30年が経った。
ロイは最近、軽度の健忘症を患っているらしい。
彼自身もそのことに気づいているようだが、互いに口にはしていない。
手の甲のメモと、さっきの道のことが、ふと繋がった気がした。
ソンは命の恩人であるロイを、死ぬまで面倒を見ると言った。
レストランを出ると、店の外でロイが待っていた。
奥に大きな山が見えた。
チェンマイの淡い夕暮れの中、駐車場まで歩く二人の背中を見ながら、この時間が続けばいいと思った。
田所敦嗣さんの著書
スローシャッター
田所敦嗣|ひろのぶと株式会社
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田所敦嗣
エッセイ
千葉県生まれ。水産系商社に勤務。エッセイスト。著書 『スローシャッター』(ひろのぶと株式会社)で、SNS本大賞「エッセイ部門」受賞(2023年)。フライ(釣り)、写真、野球とソフトボールが趣味。人前で声が通らないのがコンプレックス。






