地上を歩いたり、水中を泳いだりする感覚は、脳の記憶を軽く掘り起こせば容易に思い浮かべることができるが、何度飛行機に乗って上空から地球を見ても、自分がそこに浮いているという感覚に、どうしても現実味が持てない。
いつか未来で人が自力で飛べるようになったら劇的に変わると思うのだが、21世紀になっても、人類は自力で空を飛ぶことができていない。
若いころは、フライト時の離着陸や上空での揺れも平気だったが、年とともに知識が増え、法則や理屈を知れば知るほど、「飛んでいる」という感覚を怖いと思うようになってきた。
人類で最初にナマコやウニを食べた人を、水産業に携わる僕は心から尊敬するが、空を飛ぼうと思った人、そして実際に飛んでしまった人も、同じように尊敬している。
また、自分だけが飛ぶならまだしも、職業として客を乗せるパイロットに関しては、宇宙人なんじゃないかと思うほど尊敬している。
パイロットは、空を飛ぶという人類には実感しづらい行為に加え、その巨大な機体を操作しつつ、同じ時を過ごす多くの人を乗せて、昼夜を問わず飛び続け、遠く離れた異国の地まで運んでくれる。
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2002年公開の名作、映画『Catch Me If You Can』のワンシーンでも、1960年代の旅客機パイロットが世間的にどれだけ崇拝され、社会の憧れであったかを見ることができるが、そもそもパイロットは、その職業だけでカッコイイ。
大昔、江戸から上方までを約6日間で走りきったという飛脚もすごいが、走る経験があればイメージはできる。
だが、そこに「飛ぶ」というファクターが入るだけで、まったくイメージができなくなり、それが「カッコイイ」へと変わってしまうのである。
『Catch Me If You Can』で、レオナルド・ディカプリオは実在の詐欺師だったFrank William Abagnale Jr.を演じるが、彼は小切手による信用詐欺をはたらくため、パイロットと身分を偽って生活していた人物である。つまり彼は “偽パイロット役” なのだが、それでも “パイロットに見える” というだけで、華やかな人生を手にしてしまう時代だった。
ここ数年では、お堅いイメージのある航空会社のJALが、YouTubeに緩めのサブチャンネルを開設したことが話題になっているが、短時間であれだけ登録者数が増えたのも、登場するパイロットの裏側を追った取材が、視聴者からすれば最も知りたい内容であり、それが面白かったからだと思う。

もれなく僕も彼らのファンになってしまったのだが、お時間があればぜひ。
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これだけフライトを経験していても、若いころはあまり飛行機そのものには関心がなかった。
飛行機が好きな同僚や知人の中には、機体を一目見ただけで「これはボーイングの〇〇〇だ」とか、「新型のエアバスだ」と説明してくれる人もいたが、僕は今でもあまり詳しくない。
もちろん、飛行中の雰囲気は好きだし、飽きることなく雲を見続けられるが、それよりも到着してからの仕事の段取りを考えたり、映画を観たり、寝たりすることに集中していたきらいはある。
灯台下暗しとは言うが、あらためて深夜便の搭乗口や、早朝の空港で静かに動き続ける人たちを見ていると、巨大な飛行機というより、もはや一つの街が空を飛んでいるようにも思えてくる。
今まで何度も通り過ぎてきた景色だが、今年からは少し立ち止まって見てみたい。

田所敦嗣さんの著書
スローシャッター
田所敦嗣|ひろのぶと株式会社
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田所敦嗣
エッセイ
千葉県生まれ。水産系商社に勤務。エッセイスト。著書 『スローシャッター』(ひろのぶと株式会社)で、SNS本大賞「エッセイ部門」受賞(2023年)。フライ(釣り)、写真、野球とソフトボールが趣味。人前で声が通らないのがコンプレックス。





