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100円置くのとちゃいまっせ【連載】ひろのぶ雑記〈第十三回〉

田中泰延


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1ヶ月前、私はこの雑記の中で、30年来の友人たちの実名を挙げて思い出を語った。

午前2時のプールサイド【連載】ひろのぶ雑記

というか、これが1ヶ月前というのが衝撃だ。早すぎる。先週と言われても絶対に信じる。私は自分を信じる。信じるものは救われる。


みんな同じ感覚があると思うが、自分が子供の頃や若い頃に比べて時間が進むのが早い。実感としては、10年ごとに倍になっている。平均寿命が延びて「人生100年時代」などという。だがしかし計算してみよう。100歳まで生きるとしても10年ごとに進み方が倍になるということは、方程式にすると





できなかった。高1の途中で数学がわからなくなった私にそんなことができるわけがない。


なんとなく図にしたら理解できるのではないか。年齢とともにだんだん時間の長さが圧縮して感じられるのだから、

こういうナニだろうか。さらにこれを絵画に応用すると


考えれば考えるほどわからなくなってきた。考えない方がよかった。何の話をしているのかも不明になってきた。


とにかく、47歳の自分にとっては、37歳のころの自分より10倍早く時間が過ぎる。なにかの原稿の締め切り日などが来たらはっきりとよくわかる。時間が早く過ぎるのではない。自分が遅いのだ。





・・・いま、一生懸命原稿をスクロールしていた。なんの話を書こうとしたのか一番上まで戻って読まないと分からなかったからである。



そう、私は友人たちの名前をモロ出しで書き、その後、彼ら彼女らが30年の時を経て、ごっつい「偉いさん」になった事実を、少しでも自分がトクをするように、まるで私の手柄のように書いたのであるが、なんとそのうちの一人の女性から呼び出しを受けたのである。


いったいなぜ呼ばれたのだろう。実名を出したから名誉毀損で訴えられるのか。侮辱罪で告訴されるのか。弁護士は同席しているのか。緊張が走った。このような危険な状況なので名は伏せるが、彼女はいまや東証一部に上場する企業のオーナー社長になっていて、大変な富豪である。


か細い乙女のような無職の私など、アリが踏み潰されるように法的に制裁され、社会的に抹殺され、路傍で踏みにじられたシロツメクサの花と見間違われるのではないか。


おそるおそる彼女の待つ場所に足を踏み入れると開口一番、


「あんたな〜! 『玉置真理は株式会社ザッパラスの社長になった』って書いたやろ! そしたらな、ダンス教室のお友達にな、『玉置さんって、会社の経営されてるんですって? ネットで読みましたよ』ってバレてしもたやないかーい!」


ちょっ・・・タマキ、お前なんの仕事してるぐらいかはダンス教室で言えよ。そのお友達も玉置真理ってGoogleで検索しろよ。四季報みろよ。


そんなどうでもいい苦情が、名は特に伏せるが上場企業の社長から寄せられた居酒屋の夜だった。


店には玉置の声かけで、私が名前を挙げた他の友人たちも呼ばれており、時ならぬ同窓会のようになった。彼らは無職無収入の私とちがって、上場企業の経営者たちである。貧しい私は、そこに集まった彼らの会社の時価総額をテーブルの下のスマホで見て合計した。5,500億円だった。居酒屋の払いは誰がするのだろうか。


話すことは、たわいのないバカ話だけである。よく、「人脈」という言葉を口にする人がいるが、「人脈」という言葉をなにか得することのように使う人はわかってなさすぎる。お互いの利害をハッキリさせて、協力して仕事をする関係と、なんの利害もなく、会ったら心から笑って騒げる関係があるだけだ。


ただひとつ、彼らが、「こないだ100億円でどこそこの会社を買収してみたけど」なんて唐揚げを食べながら話しているのを聞きながら思った。100円おくのとちゃいまっせ。100おく円でっせ。学生時代の仲間が全員億万長者になったことで、彼らと30年付き合ってきてよかったと思うことは、彼らと違って私は平凡な勤め人として生涯を終え・・・、間違えた、まだ人生終わってないけれども、少々のお金には執着する心を持たないで済んだことだ。


自分の中で「年収1500万になったとか、2000万に増えたとか、その程度のこまかい話は人間にとってかなりどうでもいい微差」「ランボルギーニ・カウンタックを現金で買えるなら面白いが、ローンでベンツを買うなんてしんどいだけ」「有り余るお金があっても、無収入でも、生きてることにほとんど違いはない」という視点を持てたことは大きい。だから電通の社員ぐらいなら、勤めていようが辞めようが、別にたいした違いはない、と思っているから辞めた部分もあるのだ。


そんなことをぼんやり考えていたらお店も看板だ。飲みすぎた。さて、だれが払うのかと思っていたら、まさかのじゃんけんで負けた奴が全額払うという、酔っ払いすぎる決議がなされた。失業保険の一部を銀行からおろしてきた私が払う羽目になるかもしれないが、ここは一も二もなく勝負に挑む。


グーが4つ並んだ。チョキはひとりだけだった。一発で、玉置が負けた。大爆笑しながらさわやかに支払うタマちゃん。ありがとう。ごちそうさま。お金持ちだから、大丈夫でしょ? いやあ、人脈って、だいじだなあ。

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  • 田中泰延 映画/本/クリエイティブ

    1969年大阪生まれ 広告代理店元店員 コピーライター/CMプランナー ひろのぶ党党首 ひろのぶと株式会社