初めてラジオ出演させてもらったのは、燃え殻さんの番組、J-WAVEのBEFORE DAWNだった。

ラジオは学生時代から好んで聴いていたし、番組中のパーソナリティとゲストのように、肩の力を抜いた雑談のような感じで進められると思っていた。だが、事前に自室で独りシミュレーションしてみると、想定した受け答えのほぼすべてでつっかえた。
そもそも、なぜ最初からそんなに自信があったのか不思議だが、トークの間や語り口というのは、とてつもない修練とセンスがいる。
素人の僕は、そもそもアドリブで話せるほど器用でも、その場で人が聴きたいと思うような話題や機知に富んでいるわけでもない。
なので、ここは地道にトークの内容をある程度頭に叩き込み、持ち込んだ紙をスタジオのデスクいっぱいに並べて収録に臨んだ。
燃え殻さんからも、先日のエッセイで触れた田中泰延さんのラジオでの質問にも、
「昔から仕事でいろんな国に行くようになると思っていたか」
というものがあった。
僕は、子供のころからそんな仕事をするような気がしていたと答えたが、少し掘り下げて今週のエッセイに書くことにした。
* * *
僕の家は転勤族で、新しい土地では、日が昇る方角すら想像できない部屋で寝るところから始まる。日が経つごとに気を許せる友人がぽつぽつとでき、住み慣れたころに転校する――というサイクルを何度か繰り返した。
その影響もある気がするが、大人になるにつれ、同じ場所にいることがストレスだと感じるようになった。
今の僕の仕事は、Nomadのように転々としているわけではなく、いつも同じ時間に通勤し、同じ駅で降り、同じオフィスに定位する。そのことに、少し窮屈さを覚える。
だからこそ、出張というイベントが、心身を消耗しないための一つの習慣になった。
サラリーマンとして働くというのは不便なことだらけで、定期的に何かを誰かに報告しまくったり、数字で人と比べられたりと、基本ロクなことがない。
僕らの世代は、人と同じことをしていないと恥ずかしいという概念の世界に生まれた。
転職ですら、3年以上は勤め上げてからという、なにひとつエビデンスやロジックに基づかない不文律も存在した。
海外でも、企業勤めの人はやはり会社や誰かに何かを報告しまくっていて、そこには同情する。
だが彼らは、日本より何十年も前から勤務時間がフレックスだったり、服装に関してまったく自由だったりする。
毎朝の通勤電車で、これほどスーツを着ている日本は珍しいと思うし、時には長距離フライトの機内ですらスーツを着ている人を見かける。
僕はスーツを、かれこれ10年近く着ていない。
着ることによって自動的に売上が伸びるとか、給与が上がるというなら着るかもしれない。だが、どうしても着なくてはならない職務なのかと訊かれたら、僕の仕事とはほぼ無関係である。
毎日スーツを着るというのは、かなりの手間や維持費が掛かる。
ルールや伝統を無視した着こなしや、丈の合っていないパンツ、しわしわのシャツ、長らく手入れされていないローファー、スーツには到底似合わないリュックなどを背負うくらいなら、スーツなんてとっととやめたほうが良いのだ。
スーツが嫌いなわけではない。
着れば心身ともに良い緊張感が高まり、背筋も伸びる。だが、毎日仕事で着る必要がないというだけの話である。
履き心地の良いスニーカーで仕事に行くようにしてからは、長らく付き合っていた外反母趾の痛みもゼロになり、起床とともに叫ぶくらい痛かった足底筋膜炎も劇的に回復した。
オフィスでも移動時でもストレスなく動けるようになり、大きなデメリットは見つからなかった。
その上で、遠くまで足を運ぶ出張は、僕にとって不可欠なものとなった。さまざまな働き方をしている連中を見ていると、窮屈だった気分がスッと抜けていくのを感じる。
* * *
日本では慣れ親しまれている鱒にも、陸封型と降海型の2種類がいる。前者は生涯河川で暮らすが、後者は大きな海へ出る。
学術的には、陸封型の方が生存能力が高いため、わざわざ海に下る必要がない。一方、降海型は、そこで生きていけないとわかると海へ下り、生活をすると言われている。
僕はたぶん、川だけでは生きていけない種類なのだと思う。
心や身体は、常にNomadでありたい。
田所敦嗣さんの著書
スローシャッター
田所敦嗣|ひろのぶと株式会社
※ 本ページはアフィリエイトプログラムによる収益を得ています。
田所敦嗣
エッセイ
千葉県生まれ。水産系商社に勤務。エッセイスト。著書 『スローシャッター』(ひろのぶと株式会社)で、SNS本大賞「エッセイ部門」受賞(2023年)。フライ(釣り)、写真、野球とソフトボールが趣味。人前で声が通らないのがコンプレックス。






