「タドコロさん、わたしはフエに戻ります~ どうかお元気で~」
世界的な疫病が蔓延していた頃、彼とのLINEはそこで途切れていた。
* * *
ホーチミン(Ho Chi Minh)市内のホテルに勤務するフン(Hùng)とは、20年近い付き合いになる。フンは若いころから日本文化が大好きで、当時ホテルのフロントで流暢に日本語を話す彼に、多くの日本人はきっと驚いたはずだ。
若いころの僕は少しひねくれた考えを持っていて、ホーチミン市内でも「日本人街」と呼ばれるレタントン通り(Le Thanh Ton St)周辺に泊まることはあまりなかった。
中心地からやや離れた小さなホテルに泊まってみたり、ユースホステルが多いエリアに泊まり、欧州や米国から押し寄せる旅行者とレストランで話せるような場所を選んだりしていた。
中心部にある観光地とは異なり、どこを歩いてもタバコやガムを売ってくる売り子はいない。地元の連中が通うような料理屋は、いつも美味しく、そして安かった。
ホーチミンでの仕事が長くなるにつれ、取引先の人を連れて来たり、現地企業やホテルが僕たちのために用意してくれるカンパニーレートを利用したりすることが増え、中心地に泊まることが圧倒的に多くなっていった。
中心部のホテル群の位置や雰囲気をほぼ覚えた頃、あるホテルでフンに出会った。
フンは僕が日本人であることに気づくと、嬉しそうに、それでいて落ち着いた口調で対応した。
日常会話レベルまで日本語を話せるだけでもすごいと思うのだが、フンは冗談もたくさん話す。今、日本でどんな歌が流行っていて、どんな食べ物が売れているのかまで知っていた。
当時のブログにもフンのことを書いている人がいて、口コミで彼の人気は広がっているように見えた。
フンが本領を発揮するのは、そのずば抜けた記憶力にある。
2か月ぶりに訪れても名前をすべて覚えているし、その時に話した内容までしっかり覚えていた。
「前回、タドコロさんは〇〇通りにあるステーキ屋さんに行きましたよね。いま、あの店のシェフが辞めたせいで味は少し落ちたと聞いたので、こっちのステーキ屋さんがいいですよ」
「前回教えたあの角にある両替屋はレートが上がりました。こちらの方がいいですよ」
そう言って、地図を指さしながら教えてくれる。
仕事が終わり、夕食の買い出しに行こうとすると、
「これから激しい雨の予報です。傘を用意しましたので、どうぞ」
などと言う。
このホテルにフンがいるおかげで、まるで5つ星ホテルに泊まっているような感覚になる。いつしか僕は、フンがいるからこのホテルに泊まるようになっていた。
それから数年が経過し、僕も彼も当たり前のようにスマートフォンを持つようになった。
当時の彼らにとってiPhoneは高嶺の花だったようだが、NokiaやSamsungなどのスマートフォンを多くの人が持ち歩いていた。フンもすでにアプリを入れていると言うので、LINEを交換した。
それからというもの、ホーチミンでホテルを予約するためにウェブサイトを何度も巡るような手間は、ほとんどなくなった。彼にLINEを送れば、1時間以内にはすべての手配が完了していた。
フンのLINEには少し特徴がある。
絵文字やスタンプは使わない。
その代わり、すべての文末に「~」を付けるので、少し間延びしたような文章になるのだが、慣れてくるとそれが妙に癖になった。
「タドコロさん~お元気ですか~ホーチミンに来たら必ず連絡してください~それではまた~」
――2020年、世界に疫病が蔓延した。
鉄の扉が閉まる音が聞こえるかのように、ほとんどの国は来訪者の入国を止め、地球上のテレビは指数関数的に増える感染者数を報道し続けた。
出張がゼロになった分、世界中にいる取引先との連絡頻度は急激に増した。
オフィスに勤める多くの社員は自宅勤務になり、メールからSlack、Messenger、WhatsAppまで、ありとあらゆる方法で連絡を取り合った。そして、物流がいつ止まるのか、ヒヤヒヤしながら仕事をしていた。
数か月して、フンからLINEが来た。
「タドコロさん~日本で、だいじょうぶですか~わたしは元気です~みんな来なくなって、さみしいです~」
フンが絵文字やスタンプを使わないせいもあって、送られてきた文章には、悲痛さにも似た寂しさが重なっていた。
僕が自宅周辺の写真や日常の写真を送ると、フンはとても興奮した様子で、日本がいまどうなっているのか知ることができて嬉しい、と返してきた。
一週間もしないうちに、フンもホーチミン市内の様子を撮った写真を送ってきた。
血管の中を縦横無尽に流れる赤血球のように走り回るバイクの群れが、あのレタントン通りからすべて消えていた。
それから僕たちは、どんな写真でもいいから、一日一枚ずつ日常の写真を送り合うようになった。
フンの家族が仲良く食事をしている写真。
夜になると一台も走っていない首都高速のドライブレコーダーの動画。
毎朝通っていたホーチミン市内の市場に、人が誰もいない写真。
トーキョーの薬局で、マスクがとんでもない値段で売られている写真。
いつしか僕は、フンから写真が送られてくるのを見るのが日課となり、小さな楽しみになっていた。
半年が過ぎ、ホーチミンはロックダウンを経験し、多くの人々が仕事を失い、市内を離れていった。
フンは勤めていたホーチミンのホテルを辞め、実家があるというフエ(Huế)へ戻った。
煌びやかなホーチミン市内の写真とは異なり、小さな畑へ向かうフンや、ともに移動してきた子どもたちや、美しい海岸線の夕日の写真が送られてきた。
フンとはその日を境に、連絡が途絶えてしまった。
街に活気が戻った今、あのホテルのフロントを通れば、フンが何食わぬ顔で立っている気がするのだ。
ベトナムの横断歩道。
— 田所敦嗣 (@Atsushi_Tado) July 15, 2023
慣れると、渡れます。 pic.twitter.com/aCgkzERQ1b
休載のお知らせ
「田所敦嗣の出張報告書」は、都合により第40回をもちまして、しばらく休載いたします。
毎週楽しみにしてくださっている、みなさん。昨年の8月から40週間、1度も連載を落とすことなく、毎週旅の香りがするエッセイを届けてくださった田所敦嗣さん。本当に、ありがとうございます!
田所さんは「少しお待たせしますが、また戻ってきます」とおっしゃってくださっています。また金曜日のエッセイが読める日を楽しみに、ゆったりお待ちしています。
(街クリ 編集部一同)
田所敦嗣さんより
筆者は現在、消息不明にならない程度に各地を移動するため、少しの間エッセイを休載します。
次回更新は少し先になります。
フンのような記憶力を持つホテルマンがいたら、伝言を預けておいてください。
田所敦嗣さんの著書
スローシャッター
田所敦嗣|ひろのぶと株式会社
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田所敦嗣
エッセイ
千葉県生まれ。水産系商社に勤務。エッセイスト。著書 『スローシャッター』(ひろのぶと株式会社)で、SNS本大賞「エッセイ部門」受賞(2023年)。フライ(釣り)、写真、野球とソフトボールが趣味。人前で声が通らないのがコンプレックス。






