食中毒日記
当たりました。大当たりでした。
8月25日(火曜)
カツカレーを頼んだ。どことは言わないがちゃんとしたお店である。名は伏せるが〇〇〇〇〇のカツカレーだ。やる気まんまんで食った。
トンカツを一口かじって飲み込んで…「ムハッ こりゃたまらんワイ」となってしまった。
なんか……、生やん。

なんだかやばいぞと念のため写真を撮った。文句のひとつも言おうかと思ったが急いで東京へ行かなければならない。言い争ったり作り直してもらったりする時間はない。残りのカツは皿の端っこによけて、カレーライスだけを食べてさっさと新幹線に乗った。
8月26日(水曜)
日付をまたいで午前0時。
腹が痛くなってきた。吐き気もこみあげてきた。一口しか食ってないのに。豚肉おそるべしである。
そこからはバシャーとゲロゲロとしかない。
完全に逆ウォシュレット。バシャーをした便器に続けて顔を突っ込んでゲロゲロするのは実に楽しくない。しまいにどっちが尻か顔かわからなくなってくる。
熱も出てきた。
しかし朝になったら赤坂でラジオに出演しなければいけない。
全く眠れず朝になった。バシャーの原因は自分がよくわかっている。感染性はないはずなので人と対面してもいいだろう。しかし尻に栓はしたい。
途中一駅ごとにバシャーをしつつ、なんとか赤坂まで行きマイクを前に2時間しゃべった。不思議なことにマイクに向かっている間は、平気なのである。ラジオの放送を聴いた人は、私がバシャーなことに絶対気づかない。
終わって即、赤坂見附の駅まで走る。ビックカメラのトイレでバシャー。
ほうほうのていで宿に戻る。事情を伝えて午後からは休むと告げると、加納穂乃香が「生肉の食中毒は、肝炎とか、ギランバレー症候群とかありますから病院へ今すぐ行け」という。もっともだが、バシャーと高熱で動けない。
8月27日(木曜)
全然眠れないまま朝になった。動けるわけない。この日の予定はぜんぶオンライン参加にしてもらう。
オンライン会議ではなんだかおしゃれなオフィス風のバーチャル背景で偽装しているが、トイレからである。この日、下半身を露出していない時間はほぼなかった。バシャーの間は音声をミュートにする技術で乗り切った。
事情を知っている者たちからの「病院に行け」がうるさい。もっともだが、今の俺にはバシャーしかできない。
AIにどうすべきか聞くと「病院で診断書をもらい、保健所に店名を告げ立入検査をしてもらった上でお店に損害賠償をすれば2〜3万円もらえます。ただし、そのお店で食中毒になったことを証明するのはかなり難しいです」と返ってきた。
アホらしい。バシャーと高熱に耐えた上になんでそんな手間のかかることをして2〜3万円もらって喜ばないといけないのだろうか。
8月28日(金曜)
この日も朝からオンラインミーティング3連発。そういえば例のカツカレーから何も食べてない。痩せただろうか。痩せてない。昔、大阪大学の大学病院で内科医に「田中さんは40日ほど何も食べなくてもむしろ今より健康になります」と言われたことがある。健康まであと37日。だがオンライン会議に映る顔がやつれていると言われた。

しかし夜は渋谷に出向いて会合の司会をしなければばらない。
途中一駅ごとにバシャーをしつつ、なんとか渋谷まで行きマイクを前に2時間しゃべった。不思議なことにマイクに向かっている間は、平気なのである。会合に参加した人は、私がバシャーなことに絶対気づかない。

パーティなので食べ放題のいろいろがあるが、何も食べられない。酒なんか、飲みたくもないし見たくもない。
途中バシャーをこなしながら宿に帰る。
8月29日(土曜)
やや熱が下がり、バシャーもおさまってきた。大バシャーから中バシャーくらいにはなってきた。何も食べなかったのがよかったのかもしれない。
ここまでの経緯を自嘲気味にSNSに書くと、「今すぐ病院へ行け」とか「そのお店での他の人の食中毒を防ぐためにも保健所に行き検査をしてもらえ」などとうるさい。お前の身体か。俺のことは俺がやる。他の人のことは他の人がやれ。
中バシャーではあるが、原宿に出向いて講師をしなければばらない。
なんとか原宿まで行きマイクを前に3時間しゃべった。不思議なことにマイクに向かっている間は、平気なのである。講座を受けた人は、私がバシャーなことに絶対気づかない。
講座の打ち上げで4日ぶりに何か食べる。軽めのお粥などがいいに決まっているが、居酒屋・山内農場で鶏肉をかなり食べた。4日ぶりなので、そりゃ食べたい。しかし食べた後はけっこう、お腹が痛くなった。やっぱりお粥にしとけばよかった。
引き続き、酒なんか飲みたくもなしい見たくもない。
8月30日(日曜)
お腹は痛いなりに、小バシャーまできた。
きょうは鎌倉まで行き、写真展を観に行かなければならない。湘南新宿ラインに乗るが、念のためトイレのある車両にしておく。
帰りに昨日の山内農場以来なにか食べようと思い、KFCに入る。昨日から鶏肉ばかりだ。豚肉は怖くて食べるどころか、見ることも考えることもいやだ。あれほどトンカツが好きだったのに、もう怖くて一生食べられないのだろうか。
8月31日(月曜)
この日は千葉県の倉庫にいくつもりだったが、大事をとって都内勤務として築地の事務所へ行く。
体調はまだまだよくならず、とにかくだるいの一言。「豚肉ひときれで人間はこんなことになるのか」という気持ちが何度も心にこだまする。悲しい。
9月1日(火曜)
体調は元気とは言えず、まだプチバシャーくらいではあるが、きょうはレンタカーで静岡県へ取材に行き、さらに昨日断念した千葉の倉庫にも行くという無茶な計画を立てる。
トヨタ・シエンタを借り、4人で静岡へ入った。静岡といえば、の「さわやか」でハンバーグを食べる。赤い生焼けの肉にビビるが、食べ切った。もう大丈夫だろう。
2時間インタビュアーとして仕事をこなし、そのまま静岡から千葉へ。この日の運転、400キロを超えたが、そこは今時のクルマ。高速道路はずっと自動運転なのである。正確には運転支援システムだが、ハンドルを軽く握っているだけで他はなにも操作せず、アクセルもブレーキも踏まずに静岡から千葉に着く。すごい時代になった。
9月2日(水曜)
都内でラジオ番組に出演し、写真を撮る仕事を済ませる。もう大丈夫かなと仕事終わりで新幹線に乗り、大阪へ戻る。
1週間、バシャーとの闘いだった。
「豚肉ひときれで人間はこんなことになるのか」が最大の学びであった。
みなさん、お気をつけください。ちなみに、今日9月7日、もう2週間になるのに、まだ豚肉は怖くて食べられません。
また来週。
田中泰延
映画/本/クリエイティブ
1969年大阪生まれ。株式会社 電通でコピーライター/CMプランナーとして24年間勤務。2016年退職し「青年失業家」を自称し執筆活動を開始。2019年、文章術を解説する初の著書『読みたいことを、書けばいい。』(ダイヤモンド社)を上梓。16万部突破。2020年、印税2割スタート・最大5割の「累進印税™︎」を掲げる出版社 「ひろのぶと株式会社」 を創業。







