映画『国宝』レビューウイークが千穐楽を迎えました

「街角のクリエイティブ」で1週間にわたってお送りした
宣伝会議 田中泰延クラス
「お金を払ってでも読みたいことを、自分で書けばいいと思える書く力の教室」
受講生8名の映画『国宝』レビューが本日、楽日を迎えました。

昨年9月、彼らに最終課題として
「最低8千字、つまり原稿用紙20枚。2週間以内に提出」
と告げたときの「グエッ」「ギギギ」などの表情が忘れられません。
最高の気分でした。権力ってすばらしい。

8人は、受講した理由や目指すところはそれぞれだったと思いますが、あくまでひとつの方法論として、「田中泰延流の書き方」というものを学ばれたと思います。
2人1組になってのインタビュー記事作成から始まり、1,000文字、2,000文字、4,000文字、8,000文字と宿題は増やされていきました。
2倍、2倍と課題が増えていきましたので、講義10回目には12万8千字、20回目には6553万字、第30回講義では671億字を書かなければならず、講義が全6回で本当によかったと胸を撫で下ろしています。

田中泰延流の教えとしては、
「自分の名前と顔を出して書く」
「他の人が書いていることは書かない」
「自分の感動の中心を書く」
「調べに行って書く」
「別のものを引き合いに出して書く」
「自分が読みたい文章ですか?」
「お金を払ってでも読みたくなる文章ですか?」
あとなんかあったけど忘れましたがそんな感じです。
それぞれが「わざわざ書いて何がしたいんだ」ということを考える時間になったと思います。

8人はみるみる力をつけていきました。

お金をいただいて教える立場として、毎回、提出課題には真っ赤にダメ出しして戻していました。
まだできる。もっと書ける。ベストを尽くせば、個々の「書きたい」に近づける、そう考えたからです。
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ですが、この最終課題、8名の映画『国宝』レビューを受け取ったとき、私は感動していました。
できるじゃないか。少なくとも、それぞれが「やり切った」と思えたのではないでしょうか。
だから、この最終課題には田中泰延からダメ出しも、修正の指示もしませんでした。
今回も、各人に寸評をいれようとしましたがやめました。
3ヶ月の成果をそのままみなさんにも見ていただきたいと考えたからです。
1月19日 三上和彦さん
『国宝』が見せてくれたもの

1月20日 玉絵ゆきのさん
映画『国宝』は、狂いたくても狂えない凡人のための物語。

1月21日 奥澤恵利子さん
国の宝の芸道映画と女性たちとのヒューマンドラマ

1月22日 菊地菜穂子さん
映画『国宝』は、人生を余すことなく生ききろと伝えている

1月23日 ちび山 ゆりさん
共感じゃない。「血」が心揺さぶる感動体験

1月24日 吉本標実さん
歌舞伎界の阿修羅・喜久雄の女形一代記

1月25日 直塚大成さん
呼び合う関係に自分を差し出すこと

1月26日 渡辺拓朗さん
憎んでも、彼らはそれでも舞台に立つ。
世界が狭くなったとしても、僕はそれでも書き続ける。

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これは「街角のクリエイティブ」が企画した「映画評」ではありません。
ここには、映画に詳しい人も、歌舞伎に詳しい人も、そもそもそれについて「書きたい」人もいません。
ど素人が何かに向き合った記録です。
自分の疑問を書く。調べる事で自分の疑問に答える。
自分が読みたいものを書く、ということは、「知りたい」という気持ちに向き合う事です。
たしかに一番えらいものとしてそこにあるのは、映画『国宝』です。
原作者がえらい。監督がえらい。スタッフがえらい。俳優がえらい。
わざわざ書くということは、えらくもない自分が、えらいと思ったなにかに向き合って、えらくもないけどなにかを考えて、なにかを感じている自分を知るということなのです。
そしてわざわざそれを人に読んでもらうということは、えらくもないけどなにかを考えて、なにかを感じている自分を差し出してみるということです。
この8日間、みなさんどうでしたか?
自分の書いたものをおそるおそる世の中に差し出してみて、どうでしたか?
いいねされたら、何かコメントがついたら、まんざらでもない気持ちになりませんでしたか?
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そもそも私は文章を書きたくありません。しんどいから。
自分は出版社を持っていますが、自分の本を出してません。いまのところ。
ダイヤモンド社さんから出した本がかつてそれなりに売れたので、いろんな出版社が原稿を書いてくれと言ってきます。ありがたいお話ですが、あれこれ理由をつけてぜんぶ断っています。いまのところ。
それぐらい書くのがいやです。
自分で映画『国宝』について書けと言われたらどうだろうなあ。生徒さんばっかりにやらせてずるいじゃないか。
ということで自分が着目して書くだろうなあ、というところだけメモしておきますね。ずるいやないか。許して。
● この映画、屋上のシーン以降は夢なのではないか
● 屋上で喜久雄が舞うシーンは、和歌山県岩出市「ホテルいとう」がロケ地。どうみても関東近郊ではなさそう
● 愛想を尽かして去っていく彰子〜ひとり目覚める喜久雄〜迎えにくる竹野〜車で万菊の木賃宿へ行く〜、は時間軸的にシームレスに編集されているのに車は「品川ナンバー」
● 「神様と話してたんとちゃうで。悪魔と取引してたんや」
「日本一の歌舞伎役者にしてくださいて。その代わり、他のもんは何もいりませんからて」
というセリフがあるのにラストに現れた綾乃が許すようなセリフ、これはリアリティがない
● マーチン・スコセッシの『タクシードライバー』を彷彿とさせる。デ・ニーロ演じるトラヴィスが売春窟に乗り込んで重傷を負ったあと、普通に仕事に復帰していて新聞に美談として載っているという、リアルなのか夢なのかわからない演出と編集
● 原作小説のラストの置き換えを、映画として考えたものではないか
● 竹野の「あんなふうには生きられねぇよなぁ」は実はめちゃくちゃ凡庸なセリフで、曽根崎心中の「死ぬる覚悟がききたい」と対比させるように凡庸に置かれている
● 半也と半二郎の「半々コンビ」はそれぞれの半身として置かれているのでそのための名前。また俊介「あっこからいつも何かが見とるな」は重要なセリフ。何かが見えるのは喜久雄だけではない
……などなど、が私の疑問、知りたいこと、になるでしょう。
とはいえ1,200万人が観た映画です。もうすっかり書かれていることでしょう。怖くて検索できましぇん。
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受講生のみなさんが書かれたものへの、私のそれぞれの感想は、大打ち上げ会でやりましょう。
たぶんすぐ酔っ払ってやらないと思いますけど。

とにかく、よくやった。
That’ll do.
さあ、この言葉はなんでしょう?
That’ll do , Pig. That’ll do.
この言葉とその背景について、私は1万字を書くことができるでしょう。
でもお金をもらえてもやらない状態になっているのが私の今の悩みです。
みんなおれの悩みを聞いてくれ、うぎー
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この講座は株式会社宣伝会議さんの呼びかけによって始まりました。
期間中、さまざまなサポートをしてくださいました宣伝会議の皆様に御礼申し上げます。
今季も、もし第二期の講座が開講する運びになれば幸甚です。
また、アシスタントとして進行管理、校正校閲、宴会の予約、宴会の予約、宴会の予約などさまざまなさまざまをさまざまにアシストしてくれた廣瀬翼さんに感謝いたします。


私たちは、AIではありません。
書くことには肉体が伴います。
書くことで知り合った私たちは肉体関係です。
まあるいテーブルを回して、
これ、おいしいね、これ、からいね、
なんでだろ、それはですね、って言い合って生きていこうよ。

では、以上をもちまして宣伝会議田中泰延クラス、全講義を終了いたします。
ありがとうございました。






