田中泰延が、いま会いたい人・話したい人と、聞きたいことを語るラジオ大阪の番組「田中泰延のふたりごと」。
「街角のクリエイティブ」では、その放送の様子を記事化してお届けします。
今回は2025年11月22日(土)の放送の様子。
NEO阿波踊り集団「寶船」連長で、『踊る阿呆の世界戦略』(ひろのぶと株式会社)著者の米澤渉さんがゲストの回、第三夜です。
今回は、寶船のプロメンバーの加藤夏生子さんも一緒にお喋りします。

寶船にはどんな人たちが参加しているのか。夏生子さんと寶船の物語をたっぷり伺った15分。
そして、本日の一曲は夏生子さんからのご紹介です。
さあ、米澤渉さん・加藤夏生子さんと田中泰延の“おしゃべり”を、ちょこっとのぞいてみましょう。
(構成・編集:廣瀬翼)
【目次】
【 ゲストのプロフィール 】

米澤渉(よねざわ・わたる)
NEO阿波踊り集団「寶船」連長
1985年東京都生まれ。パフォーマー全員が赤い衣装をまとい、派手なメイクを施して激しく踊る独自スタイルの「NEO阿波踊り」で演者と観客が一体となる熱狂を生み、多数の海外ツアーも敢行。2025年までに世界26カ国で活動を展開してきた。2024年Forbes JAPANが選ぶ「カルチャープレナー(文化起業家)」30組の一人として選出された。2025年、初の著書『踊る阿呆の世界戦略』(ひろのぶと株式会社)を出版。2025年10月、父・米澤曜より引き継ぎ、連長就任。

加藤夏生子(かとう・かおこ)
NEO阿波踊り集団「寶船」プロメンバー
宮城県仙台市生まれ。早稲田大学卒業。2015年に寶船へ加入。美容系販促営業の会社に勤務しながら一般メンバーとして活動し、その後2017年にプロメンバーへ転身。2020年には、令和時代にふさわしい働き方を表彰する『PERSOL Work-Style AWARD 2020』のグローバルチャレンジ部門に選出。
加藤夏生子さんと寶船
田中泰延も大ファン
田中
今日のゲストです。NEO阿波踊り集団「寶船」のリーダーで株式会社アプチーズの代表取締役 米澤渉さんと、その寶船のメンバーでいらっしゃる加藤夏生子さん。お二人にお越しいただきました。
米澤
ありがとうございます。
加藤
よろしくお願いします。
田中
加藤さんは寶船のプロメンバー。つまり、一緒に海外に出たり、ツアーを回ると。
加藤
はい、そうですね。
田中
そもそも、どんな人が寶船のメンバーになってらっしゃるんですか?
米澤
一般メンバーは社会人であったり学生であったりという人が多いですね。
それで、阿波踊りをもっともっとやりたいと希望してくれた方と一緒に、セミプロメンバーといって、お金をいただくプロのステージに一緒に立てるメンバーと、さらにそれでお給料を受けているプロメンバーに分かれているという形です。
田中
なるほど。
僕も寶船のパフォーマンスを見て、もう、加藤夏生子さんの大ファンで。
加藤
え〜! うれしい!!
田中
あのね、普段はしっとりしたお嬢さんみたいな感じなんだけど、ステージではもう、グワー! って、表情といい、動きといい、凄まじいんですけど。
加藤
ありがとうございます!
東北出身、幼少期からダンスに親しむ
田中
もともと、加藤さんはダンスをやっていらした。
加藤
そうですね。小学5〜6年生の頃から、地元は宮城なんですけど、アクターズスクールというところに通っていまして。歌って踊れるアーティストを目指して歌とダンスをやっていました。
田中
じゃあ、子供の頃から阿波踊りをやっていたというわけでは……
加藤
ないですね。
寶船には小学生の頃から踊っているメンバーが結構いるんですけど、私自身は東北出身なので、阿波踊りというものをまず見たことがなくて。
田中
そっかぁ……!
加藤
初めて見た阿波踊りが、寶船でした。
田中
徳島と東北、交流が少なそうやなぁ。
加藤
そうですねぇ。でも、仙台のすずめ踊りと徳島の阿波踊りが姉妹都市というか、友好関係はあるので。
※ すずめ踊り:慶長八年(1603年)、仙台城移徒式(新築移転の儀式)の後の宴席で、泉州・堺(現在の大阪府堺市)出身の石工が、藩祖伊達政宗公の御前で即興で披露したのがはじまりと言われる踊り。その踊る姿が餌をついばむ雀に似ており、伊達家の家紋も「竹に雀」であることから、『すずめ踊り』と呼ばれました。
田中
へぇ〜!
米澤
確かに、徳島にすずめ踊りがきたりしていました。
加藤
初めて徳島ですずめ踊りを見た時は、「あ、そんなこともやってたんだ!」とびっくりしました。
たった一人で、ニューヨークのフェスを踊り切る
田中
加藤さんみたいな方は、「入団希望」をして入ってこられるんですか?
米澤
そうですね、僕たちのパフォーマンスを夏生子ちゃんが見てくれて、それで入りたいということで。
最初は社会人だったので、一般のメンバーとして入ってきて、数年後ニューヨークへフェスティバルの出演に行く時に同行してくれたんですよ。
その時はまだ(プロメンバーではなかったので)、「旅費も自分で払うから行きたい」って。
田中
ニューヨークまで!
加藤
(仕事は)休みを取って。
米澤
夏生子ちゃん自身もその後の将来の進路について考えていたらしいんですけど。
フェスティバルの出演が終わって寶船が帰る時に、「私一人で残って観光して帰ります」と言って。
それでなぜか「まだフェスティバルは(翌週も)開催するから、1人で出れば?」と主催者に言われて、たった一人で寶船として踊った経験があるんですよ。
田中
それ、すごいね! 急に! 無茶振りじゃないですか。
加藤
逆に、急に言われて「No」って言う選択肢がなかったので、とにかく頑張ってみようっていう。
米澤
現地のミュージシャンの方とコラボしてドラムを叩いてもらいながら、前で阿波踊りのワークショップをやるとかを、まだプロメンバーじゃないのにやっていて。
加藤
怖かったですね(笑)。
田中
その時に、寶船のもともと(プロ)のメンバーは?
米澤
日本でイベントがあったので帰国して。
田中
じゃあ、本当に一人残されて!
米澤
たった一人残されて。そもそも(その週のフェスティバルには本来は)出る予定でもなくて。
加藤
普通に遊ぶつもりで(ニューヨークに)残っていて。
米澤
その(加藤さんが1人で出たフェスティバルの)様子を、日本のイベントに出ながら、動画を送ってもらったりSNSで見たりしていて、「これはプロに誘ったほうがいいんじゃないか」と満場一致でなりました。
田中
それは、すごいね。
有名な指揮者*で、カラヤンが風邪をひいて、アシスタントをしていた人がジーパンで本番を振り切って、それですごく指揮者として認められたという話。
そういうパターンじゃないですか。
※ 山下一史氏のこと。1985年12月からヘルベルト・フォン・カラヤンの亡くなる1989年まで彼のアシスタントを務めた指揮者。1986年、ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団の演奏会で、急病のカラヤンの代役として急遽、黒のジーンズ姿のまま「第九」を指揮し、話題となりました。
加藤
確かに。
米澤
そうですね。
夏生子さんだからできる、阿波踊り×ダンス
田中
加藤夏生子さんは、僕の早稲田大学の後輩。
加藤
大先輩で。
田中
早稲田で学ばれて。その時もずっとダンスはやってはった?
加藤
そうですね。大学の時も、東京はかなりストリートダンスの人口も多いので、学生ダンサーたちと一緒に踊っていました。
田中
でも、大学出て、いきなりダンスの道に進んだわけじゃない?
加藤
わけじゃ、ないですね。
もともとは、「HOT PEPPER Beauty」の営業として、普通に会社員をやっていました。
田中
えっ、ということは、広告を取ったり、求人募集をしたりというのを……。
加藤
そうです。
田中
それをやって営業をやっていたけど、やっぱり“踊る阿呆”の道へ。
加藤
踊りを辞めるという選択肢はもともとなかったんですけど。普段活動している他のダンサーの方々と同じような生活をしていくかというと、ちょっとそういう未来が描けなかったので。
どうやっていこうかなと考えているところで寶船に出会って。「あ、こういう道もあるのか!」ということで、参加させてくださいっていう。
田中
そういうね、いわゆる日本の踊りじゃないことをやっていた加藤さんが。その、(阿波踊りは)和のものじゃないですか。
そこの違いとか、同じところとかは、あるんですか?
加藤
いや、めちゃめちゃ難しかったです。今もまだ頑張らないとっていう感じなんですけど。
日本の踊りって、丹田で腰が据わっているというか。リズムを取るといっても、見えてくる形にリズムが現れるというよりも、身体の内でリズムを感じてそれが滲み出ているという感覚があって。
それはもともとやっていたダンスとはかなり違ったので、すごく難しかったです。
田中
なるほど。リーダーから見て、どうですか?
米澤
夏生子ちゃんって、今まで出会ってきた人の中で、どんな人よりも踊ることが好きなんですよ。
なので、身体で踊りを表現するときに、もちろんリズムの取り方が阿波踊りっぽいとかもいろいろあると思うんですけど、その適応能力も、すごく早かったんですよね。
阿波踊りの中にダンス要素を取り入れたりするのも誰よりも上手で。ちゃんと阿波踊りになりながら、ダンス要素も入れられるっていう、そういう才能を持っているんじゃないかなっていう。
加藤
うれしい……!
今日の曲紹介|Mark Ronson ft. Bruno Mars「Uptown Funk」
田中
そんな加藤夏生子さんのおすすめの曲は、これもうリズムの塊みたいな。
Mark Ronson ft. Bruno Mars「Uptown Funk」
これは何か、思い出みたいなものは?
加藤
2019年にロサンゼルスでツーマンライブを行ったんですけど。その相手の方がストリートダンサーの中ですごく有名な、Hilty & Boschさんという2人組の方がいらっしゃって、そのお二人がもともと使われていた曲なんですね。
YouTubeで「Uptown Funk」を使ってHilty & Boschさんが踊っている動画が約700万回再生されているくらい、そのお二人が使ってかっこいいっていうところで、じゃあ一緒にこの曲を使ってコラボしてみませんかとお話をいただいたんです。
そもそもなぜツーマンライブをできるようになったかというと。ロサンゼルスでこのツーマンライブをプロデュースしてくださった方が、ストリートダンスだったり日本の文化を広めていきたいと考えた時に、アジア系のダンサーたちの中でのヒーローがHilty & Boschさんだったという話を聞いて。
HIPHOPという形でストリートダンスの音楽を括って、阿波踊りとHIPHOPで「AWA-HOP」っていう企画を立ち上げてくださったんですね。
なので、アジア人の誇りや希望になるように2組で踊ってくださいということで、やらせていただいた曲です。
▼ロサンゼルスでコラボした時の動画もぜひ
来週は寶船ゲストの最終回! 米澤陸さんが登場!
田中
いや〜、かっこいい曲ですよね。 ずっと踊ってこられて、これからも踊っていかれる加藤夏生子さん。これから夢とかね、寶船で実現したいことはありますか?
加藤
そうですね。私自身が寶船に入って今まで自分が憧れていたHilty & Boschさんや、他にもいろんなアーティストさんと共演する機会がたくさんあって。夢と希望をいただいていたので。
もし、私たちと踊ったりとか、(イベントや出演を)ご一緒する機会があった時に、「寶船を目指して頑張ってきました!」という方々と共演できるようなアーティストになれるように頑張りたいと思います。
米澤
さすが、そうですね。
田中
リーダー米澤渉さんも、ちょっとうれしそうな顔を。
米澤
いや、いいですねぇ(笑)。
田中
いやー、なんかまだ聞きたいことはいっぱいあるんだけど。加藤夏生子さんがこのスタジオから帰ってしまうことが、すごく寂しいです。
米澤・加藤
(笑)。
田中
でもね、まだ寶船さんについて聞きたいこといっぱいあって。
「寶船」は「米澤家」の物語でもあるということなので。
米澤
確かに、そうなんですよ。
田中
最後の週は、弟さんの米澤陸(たかし)さんにお越しいただいて、米澤家と阿波踊りそして寶船ということを伺いたいと思います!
米澤
はい、ぜひよろしくお願いします!
<次回につづきます>
米澤渉さんの著書
踊る阿呆の世界戦略
世界26カ国を熱狂させた NEO阿波踊り集団 寶船の挑戦
米澤渉|ひろのぶと株式会社
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放送:毎週土曜 18:45〜19:00
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