阿波踊りの聖地・徳島。東京生まれの寶船にとって、憧れと緊張が入り混じる特別な場所だと米澤渉(よねざわ・わたる)さんと米澤陸(よねざわ・たかし)さんは話します。
徳島・阿波おどり直前の放送で振り返る、アウェーだった徳島が少しずつホームへと変わっていった寶船の軌跡。さらに、大雨にあった「神楽坂まつり 阿波おどり大会」の話、そしてエレファントカシマシのライブと阿波踊りに通ずるロックの魂まで、たっぷり語ります。
それでは今週もまいりましょう、アヤットサー! ヤットヤット!
(執筆:東田たま緒 編集:廣瀬翼)
※本記事は2026年8月11日のラジオ大阪の放送を元に構成しています。
※この番組は、「結果のわからないチャレンジャーを応援する」FIRST DOMINO株式会社の提供で放送されています。
【目次】
渉・陸「今でも緊張する」。徳島の阿波おどり
渉
さあ始まりました「踊る阿呆の無礼講!」。この番組は日本初にして唯一のプロ阿波踊り集団・寶船のリーダー米澤渉とーー
陸
おなじく寶船の米澤陸でお送りしていきます。
渉・陸
よろしくお願いいたします。
渉
本日も、米澤兄弟でお送りしていきます。さあ、8月11日ということで、いよいよ徳島の阿波踊りが始まるんですよ。
陸
始まりますよ、明日からです! 徳島市というところの本格的なお祭りはね、明日からですね。
渉
もう、阿波踊りをやっている人間にとっては、徳島は聖地なんでね。
陸
そう! 特別な場所ですよね。阿波踊りは全国いろいろなところで踊られますけど、徳島市の阿波踊りっていうのは、やっぱり僕らにとって全然違う意味を持つ。
渉
毎年必ず8月12〜15日の4日間というのが、決まっていまして。
陸
お盆ですね。
渉
曜日とかがいつになったとしても、毎年必ずこの4日間というふうになっていますね。
陸
そうなんですよ。
渉
僕たち徳島県の出身の父親の影響で阿波踊りを始めたんですけど、僕たち自身は東京生まれじゃないですか。
陸
東京生まれ。
渉
だから、やっぱり徳島って、もちろんルーツではあるんだけど、毎回ちょっと緊張するというかね。
陸
緊張するんですよ。これはっきり言ってね、阿波踊りのレベルも高いし、そもそも踊っている方のレベルが超高いっていうのと。見てる方の目も肥えてるから。ちょっとの阿波踊りキャリアみたいなものが、すぐバレちゃうんですよ、現地の人に。
渉
うん。
陸
だから、すごくちゃんとね、本気で挑まないと、足元を見られるというかね。そんな言い方はないと思うけど(笑)。とにかく、緊張感がある。
渉
目が肥えてるから、実力とかどんなふうにやっているのかっていうののね。粗があったらすぐバレちゃいそうって意味ですよね。
陸
他のとこだと、テンションとか勢いで誤魔化せそうなところも、「そうはいかないよ」っていうのが徳島の方の熱い阿波踊りファンの方々ですから。
渉
徳島に行ったことがない人とかは、テレビで見ると思うんですけど、テレビで見る阿波踊りと徳島の本当の阿波踊り、全然違う!
陸
全然違う!
渉
違いを説明するとね、よく「演舞場」って呼ばれてるものが映ると思うんですね。右と左にひな壇みたいに椅子があって、その真ん中をパレードみたいに踊っていくっていう。
陸
練り歩いていく。
渉
これを「桟敷席(さじきせき)」って呼ばれてるんですけど。それが有料桟敷席、チケットを買って座る場所なんですけど。これだけじゃなくて、町中が全部歩行者天国になっていて。
陸
そうなんですよ。
渉
本当にどこでも踊ってるの!
陸
その場所で踊れそうならいきなりやるし。
陸
別の連の、グループの方がやってるときには、その方々が踊るのを全部見て、その後に僕らが出ていく、みたいな。そういうね、なんて言うのかな……?
渉
バトル的なね、緊張感あるよね。
陸
そう! だから、「両国橋(りょうごくばし)」っていうところの交差点が、有名な歴史的な背景もちゃんとある聖地って言われてるんですけど。そこで僕らが毎年、ここ10代の頃からずっと20年近く踊らせてもらってるんだけど。
渉
うん。
陸
そこで踊るときは、とにかくね太鼓がマジで15台、20台? もっとか、30台くらいいて、他の連のグループの方々が、100人単位で踊られてるグループもいるような中で、僕たち10人弱とかで踊るんですよ。100対10、人数的にはね。
その中で僕らが分け入って、「ステージ僕らが今からやりますよ」っていうのを、おっきな声出してゲリラライブやって。


渉
ほんと最初の頃、徳島にまだ進出していなかった頃とかは、もう怖かったよ。戦いに行くみたいな。
陸
いや、もうホントに。
渉
うちの連長は徳島出身だから、「行け!」って言われて。うちの連長、クレイジーだから。100人くらいいるチームの真横で、当時、鉦(かね)をやってた父が鉦叩き始めて、「やれ!」って言う。俺たち太鼓1台で対抗しなきゃいけないってときありましたよね?
※うちの連長:寶船をつくった米澤曜(あきら)さんのこと。渉さん・陸さんの父。現在は連長を渉さんに引き継ぎ、寶船 会長をされています。
※鉦(かね):カランカラン、チチンカラリンといった金属音を鳴らす打楽器。
陸
僕、その時、中学生とかですからね、僕が。高校行ってないんじゃないかなくらいの。
渉
そっかぁ。いや〜、いい思い出だな。
父、侍の如く鉦を鳴らして1人交差点へ?!
陸
元々、僕ら東京に住んでたので、“徳島の阿波おどり”っていうのは見に行くものだったんですよ、基本的には。で、小学生の頃から毎年徳島に阿波踊りを見に行ってて。ある時に、「見てるだけじゃダメだろ!」って、うちの父が、誰にかわからないけど、怒り出したんですよね。
渉
うんうん(笑)。
陸
うちのアルファードの8人乗りの車で、家族で旅行感覚でいつも行ってたんですけど、そこに太鼓1台と鉦1台と締太鼓1台持って行くって。で、寶船メンバーも2〜3人くらい連れて行くって、全部で7人ぐらいで。
※締太鼓:肩から吊り下げて叩く、甲高く乾いた音を出す日本古来の小型の和太鼓。
渉
7人だった。
陸
徳島に行って、「今年は踊るぞ!」って言って。
「踊るっていっても、路地裏の隅っこのほうで、人があまりいないところでチラッと踊るぐらいでいいかな〜」って正直、小学生の僕は思ってて。で、「どこで踊るの?」ってなったときに、うちの父親、当時連長がですね、両国橋っていう交差点の真ん中に1人。もう侍ですよね。
渉
そうそう、入っていってね(笑)。
陸
もうもう、今やってる『豊臣兄弟』の秀吉の如く、ど真ん中で1人鉦を「カーンカーンカーン」って鳴らして。
渉
「やるの?!」って言う(笑)。
陸
「ここでやるの?!」って。
渉
イメージできない人は、関東だったら渋谷のスクランブル交差点の真ん中でやり始める。
陸
しかも、1人いきなり。しかも「やるよ」っていう打ち合わせもなく、いきなり鉦を鳴らし始めた映像が頭の中にこびりついてて。
渉
そう、そうなの。
陸
正直、「お父さん、今はここじゃなくていいと思う」みたいなこと言って。「とにかく踊るんだよ!!」って、めちゃめちゃ。なんかね、今から人を楽しませようとかエンタメをやろうみたいな人の目じゃないっていうか。戦国武将、今から戦に行くんじゃないかっていう、血走った目で。
渉
俺もその時、そのぐらいの緊張感あった。
陸
緊張感あった。死ぬ気でやったっていう思い出がすごいあって。
渉
それが何年も経って、今ではですね、明日から始まりますけど、たくさんのファンの方が来てくれるようになったっていう。「アウェーだったのが、ホームにだんだん変わっていく」っていうのが、徳島の本当に感慨深いところ。
陸
とはいえ、いまだにその両国橋で踊るときだけは、ちょっとまだ安心というよりは緊張感のほうが強いかな、と思いますね。
渉
ぜひね、「徳島に行けるよ」って方はね、両国橋でも踊るんで、見に来ていただけたら。声かけてくれたらめちゃくちゃうれしいなと思っています。それでは今週も始めていきましょう。
アヤットサー!
陸
ヤットヤット!
渉・陸
「踊る阿呆の無礼講!」
【メッセージ】7月25日、豪雨の神楽坂での演舞を見ました!
渉
僕たちね、東京とかでもいっぱいお祭りとかやってるじゃないですか。徳島はもちろんなんですけど、実は「7月に神楽坂の阿波おどりを観たよ」って方からメールをいただいてるんですよ。
陸
あら、うれしい。
渉
読ませていただいていいですか?
陸
お願いします。
渉
ラジオネーム、「ひなっちママ」さん。「7月25日、神楽坂にて初めてパフォーマンスを拝見させていただきました。感激でした」
陸
うれしい!
渉
「演舞場のスタート地点で、まさかの大粒の雨——」
陸
そう!
渉
「周りの方は退散されて、最前列で応援させていただけました。最後の演舞が見たくて、家族を巻き込み、雨の神楽坂を走ってのぼり、どんどん強くなる豪雨の中、周りも巻き込んでのテンションMAXのフィナーレ、鳴り物も踊りもプロ。最高! 感動の時間でした。愛知から観に行けてよかったです」
陸
え〜! すごー!
渉
「お疲れの中、娘と記念写真も快く撮影していただき、夏休みの思い出です。ありがとうございました。ファンになっちゃったので、いろいろフォローしました。応援してまーす」ということです。
陸
わ〜! うれしい。ありがとうございます!
渉
うれしいです。
陸
いや〜、でも、愛知から来てくださっているんですね。
渉
いや、本当に神楽坂、雨が降ったんですよ!
陸
そう。これ寶船のインスタとかで、ショート動画とかで、その日の映像も上げたので、ちょっと見ていただきたいんですけど。
7月25日、神楽坂・豪雨の中の演舞
渉
7時から9時で、予報では「雨降りそうだけど、ギリギリもちそう」っていう予報だったんだよね。
陸
元々は「夕方から雨降りますよ」ってなってたんだけど。僕、わりと晴れ男なところがあって、夕方4時から降るやつが「5時ぐらいまで降らないよ」「6時まで降らないよ」ってなって、お祭り始まるぐらいのときにも降ってなかったよね。
渉
ピーカンだったよ。
陸
「あ、よかった。今日はなんとか雨耐えて、全部、雨なしで行けるぞ」って思っててって——感じでしたよね。
渉
そう。それで、お祭りが7時に始まったときにはすごい晴れてて、1時間。半分の1時間の8時くらいまでめちゃくちゃ天気よかった。
陸
そうそう、普通だった。
渉
お祭りもぎっしり人がいて。で、8時10分・15分、「まだ大丈夫だ」ってなったときに、15分を過ぎたくらいから、パラッ、パラパラって降ってきたんだよね。
陸
まだ「大丈夫かな?」ぐらい。
渉
で、いよいよラスト2、30分だよね。
陸
最後、だから「流し踊り」っていって、練り歩きをやるんですけど、大きく3本やる中の最後の1本を「今からやりましょう」っていうタイミングでした。
渉
そう。今の言っていただいたスタート地点で、大粒の雨が降り始めた。
陸
マジで、バケツをひっくり返した雨みたいな。
渉
「ブワ〜」って。
陸
「ブワ〜」ってきて。もうすごかった。
渉
傘を差してるお客さんが、さっきも言われたように、ほとんどの方が帰られて。そこで「寶船を応援してる」って方だけが残ったんですよ。
陸
そうなの。感動的だった〜!
渉
そしたらね、この本をつくったときに、ノベルティとして寶船のオリジナルうちわをつくらせてもらったりしてて。このうちわを持って応援してくださる方とかもいまして。

陸
すごかった。
渉
それで、最後、俺たちも、パラパラって濡れたら不快じゃん。
陸
なんかね、雨降っちゃった〜みたいな。
渉
もうね、下着までびっしょりぐらいの。
陸
ビッショビショ。『ショーシャンクの空に』(笑)。
※『ショーシャンクの空に』(原題: The Shawshank Redemption):1994年に公開されたアメリカのヒューマン・ドラマ映画。

渉
そうそう(笑)。
陸
あの状況。脱獄して自由を手に入れたみたいな。
渉
ティム・ロビンスの名シーンですよ。あのぐらいだから、テンション変なというか、ブチンッときちゃって。
陸
「ブチンッ」きた。
渉
アドレナリン、バー!って。で、映像見直したり、写真見直したんだけど、最後、熱狂的な盛り上がりだったの、メールいただいたように。
陸
そうそう、そうそう。
渉
そしたらお客さんもさ、俺たちはまだ控え室帰ったら全身着替えがあるの。
陸
まあ、全身着替えれるからね。
渉
俺たち濡れても、着替えられると。でも、お客さんも傘差してなかった。ビッショビショでみんな観てて。
陸
いや、あれどうするんですかね、帰り。正直な話(笑)。
渉
それで踊って、異様な熱狂に包まれて、踊りが終わった瞬間に雨、1ミリも降ってなかった。
陸
そう! 終わった後ね(笑)。
渉
やんじゃった。
陸
お祭りの本当のすごさって、ここにあるなって思ってて。
渉
ああ〜。
陸
例えば劇場で観るエンターテイメントとお祭りって何が違うかって言うと、クオリティとかじゃなくて、その場にいる「熱狂」みたいな。阿波踊りの形とか、そんなの関係なくて、その場所にいる熱量っていうのが。雨降ったときに一緒に雨に振られる、みたいな。その感覚が、お祭りのすごいダイナミズムっていうか。
渉
ほんと五感で楽しむエンタメですよね。
陸
印象に残ってるのは、僕ら子どもから大人までいろんなメンバーがずぶ濡れで踊ってたんですけど、練り歩きの最後尾に、スタッフさんとかも何人かいてくれて。ちょうど雨が降ったとき用に、スタッフさん用のカッパをね、雨に濡れないようなやつを、レインコートみたいなやつカバンに入れて持って行ってたんですよ。
渉
はい。
陸
それで、渉くんの奥さんであるまよちゃんとかが、後ろから見守ってくれてて、スタッフをやってくれてたんですけど。まよちゃんたちに、「カッパあるから着ていいよ」って言ったら、「私、みんな濡れてる中で私だけカッパ着れない」って言ってて。
渉
ワハハハ(笑)。
陸
そんなずぶ濡れになることなんて、もう折り込み済み。想定済みで、寶船で支え続けて何十年になってるから、着替えなんて当たり前のように持って来てる。
渉
わかる、わかる。
陸
ビショビショに全員、スタッフさんは私服でTシャツの状態で後ろからサポートしてくれてるんだけど。あともう1人、平山さんっていうスタッフの方も、「私も濡れる、みなさんも濡れてるんで」って全員ビショビショで、それがまたエモくてさぁ。
エレカシに見た、阿波踊りに通ずるロックの魂
渉
今のエピソードで俺、思い出したんだけどさ。好きな動画があってさ。エレファントカシマシの宮本さんっているでしょ。エレカシの宮本さん、俺大好きなんだけど。
陸
大好き!
渉
エレファントカシマシのボーカルの宮本さんが、日比谷野音かな? 毎回やってる日比谷野音かなんかのライブで、大雨が降ったときの映像があって。
※日比谷野音:東京・日比谷公園にある「日比谷野外音楽堂」のこと。
陸
あるね。
渉
それでお客さんがビッショビショになってるの。でも、日比谷野音ってステージかなんかは、半分屋根が付いてるから。楽器も濡れないようになってて、ボーカルの宮本さんは濡れてなかったわけね。
陸
そうね。そりゃまあ、ステージにいるからね。
渉
そしたらそんとき、スタッフに「バケツで水持って来い」って言って、宮本さんがね。バケツを持って頭からステージの上でバシャンってかぶって。
陸
カッコよすぎ!
渉
そこで一言。「これで平等だぜ!」って言ったの。
陸
いやいやいや、カッコよすぎる! ロックンロールすぎる!
渉
これ、阿波踊りだよね。
陸
そうそう! そういうことです!
渉
そういうことですよ!
陸
なんかね、細かい見てくれとかどうでもいいんですよ。
渉
祭りだよね!
陸
そう!
渉
そこね、宮本さんのロックに通じる、阿波踊りも同じことなんだなと思ったの。
陸
だからね、こないだの神楽坂に来てくれた方は、雨でずぶ濡れで大変だったと思いますけど、ある意味、伝説のというか。レアなイベントに参加できたんだな、という意味では、だいぶ得していると思いますよ、最終的には。あんま雨降ってほしくはないけど。
渉
もちろん。
陸
ひと夏に1回くらいは、ああゆうのやってほしいなって思います。
渉
明日からのね、徳島阿波おどりでもどうなるのか。毎回毎回、雨降ったりしてるから。どんなドラマが待ってるのかっていうのは。めちゃくちゃ楽しみですよね。
【曲紹介】The Rolling Stones「In The Stars」
陸
で、曲なんですけど。さっきロックバンドのエレカシの話が出ましたけど、エレカシの曲も聴きたいんですが。今年の夏に結構ロック、僕ロック好きなんですけど。ロックの中でもすごい重大なトピックがあって。ザ・ローリング・ストーンズが新しいアルバムを……
※ザ・ローリング・ストーンズ(The Rolling Stones):1962年にロンドンで結成された、イギリスの伝説的なロックバンド。
渉
出した! よかった、あれ!
陸
これね、僕らがヨーロッパに行ってる間に発売して、サブスクで僕ヨーロッパのツアーの思い出でずーっと聴いてたんですけど。82歳だっけ? ミック・ジャガーとキース・リチャーズ。
※ミック・ジャガー:ザ・ローリング・ストーンズのボーカル。
※キース・リチャーズ:ザ・ローリング・ストーンズのギタリスト。作曲家。
渉
うわ〜。全員80越えてるんだっけ?
陸
80越えてます。それで、毎回毎回「ラストアルバムなんじゃないか」ってファンの間で言われているような。その中で、ザ・ローリング・ストーンズの話は、寶船と共通しているものがあって。「ザ・ローリング・ストーンズの本質って、どこかな?」って考えたんですよ、アルバムを聴きながら。
渉
はい、はい。
陸
でね、ミック・ジャガーとキース・リチャーズが組んでるってことが重要で。ミックのすごいところは、時代と常に寄り添ってる。
渉
そうだね! その時々のダンスミュージックを取り入れたり。
陸
古くは黒人文化を取り入れていったり。80年代、70年代とかにはディスコが流行ったら、ディスコに寄ったり。パンクが流行ったらパンクに寄ったり。時代によって。
渉
そうだね。
陸
最新アルバムは、ミュージックビデオでAIを駆使してるんですよ。
渉
へ〜!
陸
っていう中で、ミック・ジャガーが時代に寄り添っている上で、それだけだと1本芯が通っていないっていうバンドとなりかねない中で、キース・リチャーズがちゃんと伝統を意識していると。
渉
うん!
陸
ブルースという、「脈々と受け継がれている黒人のブルースを俺たちは次の世代につないでいる役なんだ」って言い続けているっていう、その“革新”と“伝統”を両方持ち得ているのがザ・ローリング・ストーンズの大御所たる所以だと。
渉
はい。
陸
両方なかったら、どこかのタイミングで終わってた可能性もあると。ということが、僕は寶船にもそのまま当てはまるなと思っていて。
渉
はい。
陸
僕ら伝統芸能でやってるんですけど、革新的なことも、時代の流れみたいなものも、ちゃんと取り入れていきつつ、残さなきゃいけないものは残していく、ということも含めて「寶船」の勉強になるなってことを込めて、ちょっと聴いていただければな、と思います。
渉
はい!
陸
それでは聴いてください。The Rolling Stones で「In The Stars」です。
米澤渉
文化/起業/対談
NEO阿波踊り集団「寶船 」連長/株式会社アプチーズ 代表取締役。 1985年東京都生まれ。パフォーマー全員が赤い衣装をまとい、派手なメイクを施して激しく踊る独自スタイルの「NEO阿波踊り」で演者と観客が一体となる熱狂を生み、多数の海外ツアーも敢行。2025年までに世界26カ国で活動を展開してきた。2024年Forbes JAPANが選ぶ「カルチャープレナー(文化起業家)」30組の一人として選出された。2025年、初の著書『踊る阿呆の世界戦略』(ひろのぶと株式会社)を出版。同年10月、父より引き継ぎ連長就任。





