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株式会社NEXCENT 代表取締役 小澤悠さん【ラジオ大阪】田中泰延のシャチョーとシュチョー(2025年12月22日〜26日放送)

田中泰延


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副業禁止だったのに、在職中にスタート?! 丸紅の社員からNEXCENTを起業した経緯(12月24日放送より

きっかけは、自身が高校生に授業をした体験

小澤社長がなんでまた、この事業(NEXT SENSEI)を始めることにならはったのかというのを、おうかがいしたいなと。

ありがとうございます。実はですね、前職、すっごく大好きな会社で、辞める時は高熱を出して悩んだくらい。

ええ〜! あの、商社の丸紅さん。

そうです、そうです。前職の丸紅という会社、すごく好きで。今もお仕事もさせていただいていますし、先輩も大好きなんですけど。

入社して4年間くらい。本当にめちゃくちゃ悩んだ時期があって。同期も優秀だし、自分は仕事ができないし。仕事ができないから3年で部署異動させられたんですね。

ほう。

で、異動した先でも1日目でExcelのマクロをぶっ壊すっみたいな。

(笑)。

どうしようもない、ウダツの上がらない社員だったんですけど。

なるほど。

その時に、実は副業ではないんですけど、ボランティアで高校に行って授業するというのを、体験で行っていたんですよ。

あ、ご自身が体験で行っていた。

はい。まったく別のNPO法人さんと東京都教育委員会がやっている「社長のなり方」という講座があって。その講座で、(自分は)社長じゃないんですけど、父親が会社経営しているので、「後継です」ってテイで交ぜてもらって。

その「社長のなり方」という講座に。

それで高校の授業に行ったんですけど。みんなむっちゃドヤ顔で、中小企業の経営者の方々なので、カリスマ性もあるし。「なんか教えたろか」みたいな感じでドヤって行くんですけど、帰り膝ついて帰られてくるんですよ(笑)。

ははは、ガックリ(笑)。聞いてくれへん、高校生たち。

そう、全然聞いてくれへんってなって。

なるほど、と。これは自分の自慢というか、自分ってこんなすごい人やでって見せても聞いてくれへんなと思って。

自分の過去の恋愛の失敗話とか、勉強の失敗話とか、会社の失敗体験を中高生に話したら、めっちゃウケたんですね。 それで、めっちゃ元気出たって言われて。

うん、うん。

僕みたいな、当時のしょうもない会社員というか、ダメダメな自分でも、めっちゃ元気なったって言ってくれるんやったら、日本人全員先生にしたら、もっと(みんなが)元気になるんじゃないかという、すごくシンプルな結論に至って。

日本人全員、先生にしてしまえと。

ボランティアベースで始めた「ANOTHER TEACHER」

ほんで、その丸紅時代に、プロジェクトを立ち上げた。

そうですね。副業で……副業やっちゃダメな会社だったんですけど。

ダメなんや(笑)。

ダメなんですよ、副業規定でダメって書いてるんですけど、そんなん知らんがなと。憲法のほうが上やろと思って。

わっはは。職業選択の自由のほうが上やろうと(笑)。

そうですそうです。それで「ANOTHER TEACHER」という団体を当時、「みんな誰かの先生」っていうテーマでつくって、全国の中学・高校に社会人を派遣するプログラムをボランティアベースでやっていました。クラウドファンディングでお金を集めて。

なるほど、じゃあその時に立ち上げた丸紅と関係のない副業の「ANOTHER TEACHER」っていうのを。

これは名前も「ANOTHER TEACHER」で、今の実際のNEXCENTを立ち上げてやっている「NEXT SENSEI」とも名前もつながってきますよね。(「ANOTHER TEACHER」は「NEXT SENSEI」の)原型的なものですか、これは?

こっち(「ANOTHER TEACHER」)がボランティアでやっていたもので、「NEXT SENSEI」がビジネスで。

ビジネスとしてちゃんと成立させようと。

はい。

副業禁止の丸紅で、会長に呼び出され……?!

ところがこれ、ちょっと聞きたいのが、副業あかんと言われている会社で、副業やっているじゃないですか。これは、怒られへんかったんですか?

これが奇跡が起きてですね。ある日、会社の会長から電話がかかってきて。

会長から?!

もうついに、会社を退職しろという勧告なのかと思って、ビビって。

そんなんね、なにやっとんねんと。違うところでボランティアベースでいろいろ活動しとるらしいな(と言われると)。

それで会長室へ行ったらですね、「君、副業で教育プロジェクトやっているらしいね」って言われて。

まさかの外伝手で、外の学校の先生から会社の会長の耳にその話題が入っていっていて。それで会社の会長が興味を持ってくれていて、「ここでプレゼンしなさい」と。

いきなり!

いきなり。「よくわかんないから、プレゼンしなさい」と言われて。それでプレゼンしたら、まさかのめちゃめちゃ(会長に)刺さって。

「僕、なんでも応援するから。副業、特別でもなんでもいいからやりなさい」と言っていただいて。それで応援をしていただいたっていうのが。

しかしそれは、ええ会社ですね。

めちゃくちゃいい会社です。

名前は伏せますけど、丸紅さんですよ。

ははは、そうですね。大好きな会社さんですね。

当時は國分さんという会長さんだったんですけど、めちゃくちゃいい方で、応援していただいて。そういうのがきっかけで。そのまま(丸紅に)残ってやってもよかったんですけど……。

中高生に伝えた言葉が自身に返ってきて、起業を決意

やっぱり、自分自身が生徒たちになにを教えていたかというと、「失敗を恐れるな」とか。「怖いと思っているし、失敗したら恥ずかしいと思われたらどうしよう」って、怖いけど、でも興味があることは全部やれって、僕は中高生に教えていたんですけど。

自分は起業に興味があったのにやっていなかったので。

それは、自分が教えたことが(自分に)返ってくるんですよ、そのままの言葉で。

なるほど。

それで、「これは、人生一回やし、この教育に人生を一回捧げてみようかな」と思って起業したというのが、起業のきっかけでした。

じゃあ、株式会社NEXCENTを立ち上げたのが、西暦で言うと?

2022年の4月1日です。

今で3年半くらい。事業としては先生を企業から学校へという。

そうです。いろんな研修をやっているんですけど、メインの事業は、学校現場の教育の授業と民間の研修をつなげるという研修プログラムが1番のメインです。

なるほどなぁ。

以前から抱いていた、教育への関心

でも、教育はこれやと、「ANOTHER TEACHER」をボランティアベースでやられた時から、教育って大事やなっていうことですが。それ以前に小澤さんは、教育に関心があったんですか?

きっかけはいろいろあるんですけど、主に2つあって。

1つは大学生の時に、高校生に大学の魅力を伝えるっていうサークルをやっていたんですよ。

あの早稲田大学の政治経済学部。

(笑)。

僕ね、早稲田大学、阿呆の文学部ですから。

いやいやいや、とんでもないです(笑)。

阿呆の文学部て、怒られるで。一応ね、同じ大学の先輩として言わしてもらったら、と急に威張って。そんなことないんですけど。

(小澤さんは)その時から、中高生と。

そうですね。

もう一つは、僕も後から知ったんですけど。実は私の母方の祖父が、49で亡くなっているので直接会ったことはないんですけど、確か史上最年少の教育長だったらしいんですよ、当時。

もともと(祖父は)教育の世界をやっていて、その後、政治の道に入ったというところで。

もともとそういう、教育をやる、めちゃくちゃカッコつけて言うと、運命やったのかもしれないなと思ったりはしていますね。

なるほど。

教育ってね、僕も教育くらい大事なことはないと思っているので。

ほんで、日本の教育は、ベースはやっぱり素晴らしいと思っているけれども、これから難しい時代になって。最初にお話をうかがったような、高校でも「探究」とかね。

自分がどうやって生きていくかはものすごく考えないと。社会のレールとかコース、あんまりなくなっちゃってるじゃないですか。

本当に、そうだと思います。

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    1969年大阪生まれ 元・広告代理店店員 元・青年失業家 現在 ひろのぶと株式会社 代表