公開日: 2025.11.06
更新日: 2025.11.07
株式会社千休 代表 久保田夏美さん【ラジオ大阪】田中泰延のシャチョーとシュチョー(2025年10月27日〜31日放送)
理想がないなら、自分でつくる! 抹茶への想いで飛び込んだ、起業の道(10月28日放送より)
推しが「宇治茶♥大使」に
田中
それで、久保田さんの抹茶との出会いのお話でしたが、元℃-uteの鈴木愛理さんが。
久保田社長
はい、彼女が「宇治茶♥大使」として「抹茶ーず」というグループで活動していたんですよ。

久保田社長
鈴木愛理さんが推しだったので、それを見て、愛理さんが紹介したカフェに行くとか。
田中
僕、鈴木愛理さんめっちゃ好きなんですよ。
中でも、彼女のキャリアの中で変わった曲で、Official髭男dismの藤原聡さんが作詞・作曲された、「Break it down」という曲が大好きで。
※ 前日の放送で出てこなかった曲名が思い出せました。
ちょっと変わった曲で。ダンスもすごくかっこよくて。
久保田社長
はい、ちょっとおしゃれな感じの。
田中
かっこいい。
久保田社長
いいですよねぇ。
田中
この鈴木愛理さんが「宇治茶♥大使」になった。
久保田社長
そうなんです。
田中
抹茶も好きやったし、推しのアイドルも抹茶をやっとるやんと。
久保田社長
はい。で、そこから抹茶のスイーツめぐりとかもしているうちに、鈴木愛理さんよりもおそらく抹茶が好きになっていって。
田中
わははは。
久保田社長
追い越していって。
田中
追い越していった(笑)! 抹茶に前のめりになっていった。
久保田社長
はい、前のめりになっていって。
それで、大学生くらいの時に、アルバイトでお金が貯まっていくじゃないですか。それでいろいろ買ったり、京都まで行ったり食べたりしているうちに、現地の美味しい抹茶スイーツをいただいてどんどんハマっていったというのがスタートになります。
大学時代から「なまっちゃ」でブログを発信
田中
大学は東京、明治大学の理系の学部に行かれていた?
久保田社長
そうです、理系の情報系の学部に行っていたんですけど。
田中
化学のほうではなくて、情報なんですね。
久保田社長
はい。父がエンジニアの会社をやっていたので、その影響もあってパソコンが好きで情報系の学部に入ったという。
大学の学部選択は全然抹茶とは関係なくて、あくまで趣味として抹茶に触れていた感じです。
田中
でも、その時にブログを始められて、ブロガーとしてデビューされた。
久保田社長
そうなんです。
ブロガーの始まりは、中学生の時にアメブロ(アメーバブログ)に日記的に食べたものや毎日あったことを書いていて。
そこからブログを立ち上げて、大学生のネタや食べたものの宣伝をして、スイーツの紹介をしていました。
田中
で、その時のブロガーとしての名前が……
久保田社長
「なまっちゃ」です。
田中
なまっちゃさん。
この夏、出されたご著書『余裕はつくれるものでした。』も「なまっちゃ」さん名義で書いてらっしゃるけども、その大学生の頃からブログネームというか、ペンネームというかは、「なまっちゃ」さん。
久保田社長
そうですね。ずっと、それでやっていました。
田中
もう、そこにも「抹茶」が入っているわけですね。
久保田社長
入れちゃってました(笑)。
理想の抹茶スイーツがないから自分でつくりたい!
田中
大学を卒業されて、どうされたんです?
久保田社長
卒業後はエンジニアとしてベンチャー企業に入って、4ヶ月くらいで辞めまして……。
田中
それは、なんでまた? 勇気ありますよね。
久保田社長
大学生の時から発信活動でアルバイトのような感じで稼げていて、そっちのほうが自分に合っているし、楽しいなと思っていたので、副業の収入が本業を越えたら辞めようと思っていて。
田中
えっ?! つまり、新卒で会社に入って、その月給よりも副業としてやっていた発信の活動のほうが、収入が多くなった?!
久保田社長
多くなったタイミング、それが4ヶ月目くらいで。
田中
すごい。
久保田社長
それで会社を辞めて、そこから個人事業主として発信活動を。でもその頃はまだWeb系のお仕事を受託で受けてやっていました。
田中
そこから、千休の会社を立ち上げるまでは、どれくらいの時間があったんですか?
久保田社長
8ヶ月くらいですかね。
田中
8ヶ月?! 8ヶ月でフリーランス・個人事業主の状態から、じゃあ会社をつくろうと……。
久保田社長
はい、そうなって。
それも自分で他の抹茶スイーツをいろいろ紹介していく中で、「こういう抹茶スイーツがあったらいいな」「こういう味わいが欲しいな」というのが出てきたので、それをつくりたいと思って起業したという流れですね。
田中
自分がつくりたい、言うたら自分が食べたい。
久保田社長
食べたい(笑)、はい。
田中
そういうものを、自分がつくったらええやないかと。それは世の中にまだないんじゃないかと。
久保田社長
そう7年前に思ったっていう感じですね。
“想い”で起業をした2人
田中
なるほど、これはかっこいい起業ですよね。だって、それが23歳の時でしょ?
久保田社長
社会人2年目に入ったくらいですね。
田中
すごいなぁ。
起業にはいろいろあって、今儲かっている、すでにあるビジネスを改良して参入しようとか、今ある業界に参入しようじゃなくて。
お菓子業界というのはあっても、その中で、自分が好きで食べたい理想の抹茶のお菓子はその時点でなかったから、じゃあ自分でつくろうと。
久保田社長
はい。その頃は京都に行って食べてたんですよ。
田中
京都に旅行に行って、抹茶周りを攻めていた。
久保田社長
でも、東京にいるとそういうものに出会える機会が少なかったので、東京で手に取りやすくて美味しい抹茶スイーツをつくりたいなと、当時は全然何もリサーチもせずに、パッと思って動いたという感じです。
田中
何かマーケティングしたわけではなく。
久保田社長
ではなく……。
田中
“想い”で起業したんですね。
久保田社長
はい、最初はもう。
田中
これはまさにね、僕と一緒でね。 僕も「つくりたい本をつくりたい」で出版社を始めているじゃないですか。
※ ひろのぶと株式会社:印税2割スタート最大5割の「累進印税」と、「田中泰延が読みたい本をつくる」を掲げている出版社です。
久保田社長
ええ。
田中
でも、こういうのって往々にして、なかなかうまくいかない、難しいんですよね。
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放送:隔週 月〜金曜日 15:40ごろ〜





