×

2026年6月25日「街角diary」上田豪がお届けします。

上田 豪


  • LINEでシェアする

ちょいと気になる㊶

おはこんばんちは。
広告探偵の上田豪です。


なんと、いまは6月24日(水)の午前10:00を回ったところである。
俺としては珍しくこんな早くこの原稿に取り掛かっているのはなんでなんだぜ。

それは、朝から2日後の金曜日まで大阪出張だからなのである。

そんなん今夜出張先のホテルで書きゃいいじゃんと一瞬思ってはみたものの、考えてみたらそんな真面目な自分の姿がまったく想像できなかったのだ。そもそも自分に想像がつかない行動が現実になると考えるほど俺は楽天家じゃないし楽天ファンでもない。

楽天といえば、あの球団はオーナーが試合中にFAXで監督の采配に介入してくるという噂があったりもするのだが、インターネッツのという名の大海原を往く大企業なのになんでFAXやねん。とか、あ、そうか金融系だからなのか。とか、そのFAXは社内公用語の英語で書かれているのだろうか。とか、英語のFAXは監督やコーチに理解できるのだろうか。とか、俺ならたまたまFAXの紙が切れてたことにしてオーナーからの現場介入をガン無視するところだけどなあ。とか、23区以外は東京都下。

都下都下都下、楽天ゴールデンイーグルスの未来にうっかり思案を巡らせているわけなんだけど、周囲から見ればまるで小難しい企画書を書いている風の、仕事ができる風の小賢しいビジネスマンを装えている可能性があるし、それも悪くないなと思いながら新幹線の車中でこれを書き進めている。

書き進めているといいつつ、あっという間に新横浜はとっくに過ぎていったようなのだが、いつものように何を書こうか決めているわけでもなく、書くべきテーマはまだ降りてこない。ただ、使命感が俺にMacBookを開かせるし愛だけが俺を迷わせるのだ。by中村雅俊。

というわけで、今日も「いま何を読まされたんだろう」という読後感を味わえる木曜日。

例によって今週も見切り発車で着地点の見えない旅へ。


*****

さて。

新大阪に着くまでに書き終わらなくてはならない。ピンチはチャンス。その焦りは閃きを連れてきた。今日もどうにかなりそうだ。

というわけで、
最近「ちょいと気になったこと」を思い出した。

それは先日、ひろのぶと株式会社の提携先であるラジオ大阪の業務のために企画を考え、それを企画書としてまとめていた時にふと思ったことだ。

世間には「〇〇力」という言葉が溢れて久しい。

TV、新聞、ラジオ、SNSなど、さまざまなメディアに触れる中でそんな言葉を聞いたり目にしたりしない日はないほど、みんな「〇〇力」って言いたがるし使いたがる。

コミュニケーション力、発想力、分析力、理解力、記憶力、集中力、推理力、発信力、文章力、言語化力、組織力、行動力、決断力、長州力……etc。

そんな『「〇〇力」の氾濫』を実感できる場所がある。それは書店だ。ためしにふらっと書店へ足を運んでみるといい。

ビジネス本や啓発本の棚を見てみれば、そこには、「〇〇力」、「〇〇力」、「〇〇力」。「〇〇力」だらけなのである。人類はまるで力を集めることだけを目的に生きているかのようだ。

なぜこれだけ「〇〇力」が氾濫するのか。
売れるとされているからだし、注目されると考えられているからである。

例えば、出版社は「今度の本のタイトルはとりあえず〇〇力とかつけとけば売れるんじゃね?」などと会議で安易に決めているだろうし、通販事業のコンサルなんかをするマーケッターだと「今度のコスメ商品を売るには、これまでにない〇〇力って新しいワードを生み出せば売れますよ。女性誌の表紙にもその言葉が踊るようになるかもしれません」とか「今度の健康食品は〇〇力って新しいワードを訴求することで、効果効能イメージを感じつつ薬機法には抵触せず、これは勘違いしやすい高齢者層にはかなり売れますよ」などとプレゼンでのたまっていたりするわけなのだ。売れればなんでもありなのかよ本当に酷えなおい。でもこれ、残念だけど現実なのよね。多分ね。

でもね、俺はさらに気づいちまったのよ。

猫も杓子もチャプチェも、みんな揃いも揃って安易に「〇〇力」って言いたがるのは売れるからじゃなくて、実は「自信がないから」「どこかあきらめているから」なんじゃないかと。


*****

「〇〇力」。
そこにある漢字の「力」をカタカナの「カ」に変換してみれば、俺が言っていることがわかる。

「構成力」ではなく「構成カ」

急に組み立てに自信がなくなる。編集者なら自分がまとめた草稿を見ながら、「これ、本当にこれ構成カ?」と自問自答し始める。

「推理力」ではなく「推理カ」

名刑事の推理が途端に怪しくなる。犯人を追い詰めたつもりが「いや、待てよ。本当に正しい推理カ?」と最後の最後で足が止まる。

「鈍感力」ではなく「鈍感カ」
こうなるともはや長年連れ添った夫婦間の諦めである。

妻「私、髪切ったんだけどどう?」
夫「えっ、そうなの?」
妻「……鈍感カ」(溜息)
返す言葉もない。


さらに見ていこう。


「決断力」ではなく「決断カ」
「俺が決断カ……」
優柔不断なリーダーにつきもののそれである。そして日々それを目の当たりにする部下は不幸である。

「集中力」ではなく「集中カ」
集中しているつもりでいてもスマホからの通知に負けるデジタルネイティブ世代には耳が痛いかもしれないし、そもそも集中カは水中花に語感が似ている。

「記憶力」ではなく「記憶カ」
冷蔵庫を開けて「何を取りに来たんだっけ」と立ち尽くす、3歩歩いたら記憶をなくしがちな酉年の俺にも心当たりがかなりあるあの瞬間である。

「行動力」ではなく「行動カ」
月曜日の朝、布団の中で十回くらい繰り返す呪いの言葉と言っていい。

「想像力」ではなく「想像カ」
自分自身が実践できていない理想ばかり掲げて現実味のない提案をする官僚みたいな、人としてつまらんクリエイティブディレクターがよく言われてたりする。

「忍耐力」ではなく「忍耐カ」
クソリプを目にして心の中でつぶやく。「忍耐カ、開示請求してシノギにするか、あとでメ木八又すリストに入れておくか」

「長州力」ではなく「長州カ」
藤波辰爾か天龍源一郎のセリフに違いない。


*****

そろそろまとめに入る。

ここまでみてきた通り「〇〇力」の「力」という堂々とした能力を表す漢字を、見た目がほぼ同じカタカナの「カ」に差し替えるだけで、その言葉は途端に自信のなさや諦めを帯びた自問自答に変わる。

考えてみれば、人間は自分の能力を「力」として言い切れるほど自信に満ちた生き物ではないと言っていい。
本当はみんな「〇〇力」とイキる前に「〇〇カ?」と自問自答しながら生きている。

構成カ?判断カ?共感カ?理解カ?組織カ?欧米カ?……etc。


*****

「力」という漢字には願いが込められているのだ。
まだまだ能力が足りない自分に「いつかきっと身につく」と言い聞かせる、御守りのような一文字。漢字の「力」は、人を前に進ませることのできる未来への期待が込められた言葉だ。

しかし、カタカナの「カ」は、人を立ち止まらせる不安や諦念を内包した一文字なのだ。

そう考えると世の中の成長とは、「カ」を「力」に変えていく作業なのかもしれない。そして、ここは大事なところなのだが、年齢を重ねると増えていくのは能力よりも「カ?」のほうである。

体力カ?気力カ?記憶カ?運動カ?行動カ?駄洒落カ?

人生とは「力」を手に入れる旅ではない。
「カ?」とうまく付き合っていく技術なのだ。

どうよこの説得力。


どうでもいいか。どうでもいいな。


*****

はい。トークライブのお知らせです。


「コンプライアンスなんてぶっ飛ばせ 3」
日時:2026年7月14日(火)19:30〜 
場所:阿佐ヶ谷ロフトA
出演:よけいおじさん(オケタニ教授・上田豪)
https://www.loft-prj.co.jp/schedule/lofta/355246

普段サシ飲みで二人で話しているあんなことやこんなこと(格闘技、野球、特撮、昭和ドラマなどなど)を生暖かい目で覗き見するようなトークイベントです。配信なしだからできる大っぴらに話せない内容を現場で目撃してください!多分打ち上げもあるよ。きてねー。

 

  • LINEでシェアする
  • 上田 豪 広告・デザイン/乗り過ごし/晩酌/クリエイティブ


    1969年東京生まれ フリーランスのアートディレクター/クリエイティブディレクター/ ひろのぶと株式会社 アートディレクター/中学硬式野球チーム代表/Missmystop