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2026年6月24日「街角diary」廣瀬翼がお届けします。

廣瀬 翼


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若者の居場所とセーフティネットをつくるD×P「ユースセンター」

6月18日、木曜日の夜。
道頓堀へ向かいました。

このあたりに来るのは、約10年振り。

商店街やえびす橋のあたりは、リュックを後ろに背負っている事に多少の不安を覚えるくらいに人が多く、そのほとんどが外国人観光客。客引き禁止の注意をしているチェストを着た警備員と、各お店の店員さん以外は、みんな外国人なのでは? というほどです。

話には聞いていたけれど、ここまでとは驚きました。日本の大阪ではなく、東南アジアの大きな街のナイトマーケットに来ているような気分になります。

この日ここに来たのは、先日「田中泰延のシャチョーとシュチョー」にご出演くださった認定NPO法人D×Pが運営する「ユースセンター」の見学会に参加するため。4〜5月に実施されたクラウドファンディングのリターンでした。

大阪・ミナミの若者たちの居場所をつくり、守り、若者と社会のつながりをゆるやかにつくるD×Pの活動を、現場のスタッフのみなさんにうかがいました。

住所は非公開。道頓堀の近くで、若者の安心感を大切に運営

道頓堀から徒歩約5分の街中に、ユースセンターはあります。若者が安心して使えるよう、住所は非公開。若者たちは口コミで知人に連れてきてもらったり、D×PのSNSに問い合せて訪れたりするそうです。

本来、木曜日はユースセンターは開所日ではありません。この日は、見学会のために、3人のスタッフさんがセンターをあけ、夜のお時間にご対応くださいました。

集まったのは、私を含め6人のサポーターたち。北海道など、遠方から見学にいらっしゃっている方もいらっしゃいました。

グリ下の“居やすさ”を模したスペース

センターは白い壁に木目調の家具や明るい色づかいが多く、グリーンも飾られています。ほんわかとしたやさしさを感じる空間づくりだなぁ、と思いました。

パッと目を引くのは、壁沿いのロフトのような空間。一つ一つの段も大きく、そこにすわってくつろぐこともできます。

画像出典:認定NPO法人D×P Webサイト

実際にすわってみると、これがすごく居心地いい。パーソナルスペースが保たれて、程よく“ひとり”になれる。だけど、ほかの段にいる人のことも感じられて、“独り”にはならない。その、誰とも一緒にいないようで誰かと一緒にいる空間は、安心感を得られます。

スタッフの方によると、この部分はミナミの若者が集まり親しんでいる「グリ下」こと道頓堀のグリコの看板下の空間をイメージしてつくったそう。

そう言われてみると、橋と階段となんですね。

なぜ、つながりを求めて若者が集まる場所が「グリ下」なんだろう? とは以前から思っていたのですが、なるほど、と。

独りではいたくないけれど、すぐに誰かに話しかけてというのも違う。なんとなく一緒にいて、顔馴染みになってきたらちょっと話しかけてみたり。そういうつながり・空間は、安心できるし探すよなぁと感じました。

ちなみに、人を溶かすビーズクッションや大きなぬいぐるみがたくさんあって、それを使ってゴロンと休んでいる子たちもいるそうです。また、あちらこちらに電源を取れるところがあるのも、居やすいしありがたいよなぁと思いました。

居場所も、食事も、サポートも

「ユースセンター」は、13〜25歳のユース世代が無料で使えます。登録なども不要で、利用時に受付で「自分が読んで欲しい名前」を伝えるのみ。

「ときどき、名前を変える子もいます。『Bです』『あれ、Aちゃん?』『そうそう、名前変えたの〜』みたいな」

「あと、つきあう友達が変わったら、ガラッと服装やメイクや髪型が変わる子もいて、『あれ、あの子だよね?!』ってなることもあったり」

スタッフさんは、そんな様子も笑いながら話してくださいました。

このセンターの特徴は、利用者がごはんを無料でいただけること。毎日、センター内の厨房で温かいごはんをスタッフの方々がつくっています。お菓子やジュースも置いてあります。

「センターでのごはんが、今日の1食目という子もいるんですよ」

ユースセンター内では、相互に快適に過ごせるようにするためのルールはいくつかありますが、話してもいい、ピアノを演奏してもいい、漫画を読んでもいい、仮眠をとってもいい……それぞれに自由に、自分の好きなことをやって過ごせます。

また、寄付等で集まった衣服や歯ブラシなどを無料で持ち帰れるようにしていたり、トイレには水を使わないシャンプーを置いていたりもしています。

スタッフのみなさんは、そっと利用者の様子を見守りながら、聞こえてきた会話などに合わせてサポートが必要な子がいたときは声をかけるそう。奥には面談室があり、そちらで個別に話をすることもあるといいます。

「毎回、靴下を持って帰る子や、服装などから、その子の生活状況が見えることがあります。そういったことにも見て、時には声をかけて話を聞き、専門機関につないだりすることもあります」

面談室も見学させていただきました。面談、といってもソファーはL字型。ぬいぐるみや、手でにぎにぎできるかわいいボールも置いてありました。

「話すのがしんどい子も、話しにくい話題のこと、言語化するのが苦手な子もいるので、少しでも話しやすく落ち着けるようにしています」

「ユースセンター」の開所日は週2回。ほかの日は、利用者の中で個別のサポートが必要な子と面談をしたり、病院や専門機関へつきそって行ったりすることもあるそうです。

互いに、依存しすぎないように

スタッフのみなさんのお話をうかがっていて、とても気をつけてらっしゃると感じたことの一つが、「近くなりすぎないようにする」こと。

たとえば、面談をするときもスタッフは2人がつくようにして、1対1にはならないようにされています。また、相手が男子の場合は、対応者が女性だけにならないよう、2人のスタッフのうち一人は男性が当たるようにしているそう。

また、開所前や閉所後のミーティングでも、スタッフ間で「最近、あの子からの距離が近くなっているような気がする」「そしたら、次の時は他のスタッフが対応するようにしよう」など、相談を重ねているといいます。

サポートをしたいと思えば思うほど、一人ひとりに肩入れをしてしまいそうになるもの。頼る側も、「私をわかってくれた」と思う人には、もっと関わってほしい、もっと見てほしいと思ってしまいそうなものです。

でも、それをそのままにしてしまうと、行き着く先は「一箇所への依存関係」。

「一時的には解決したように見えても、長い目で見るとそれはどちらにとっても良いことにはならない」

スタッフさんは、はっきりとそうおっしゃっていました。

サポートはする、だけど互いに依存関係になりすぎないようにする——長く「ユースセンター」のような活動をつづけ、一人でも多くのユース世代へ居場所を提供して困りごとの解消をサポートしていくには、不可欠。けれど、言葉にする以上に難しい、もしこれが個人の活動であればほとんど不可能なことではないでしょうか。

組織・チームで仕組みとして関わっていくからこそ、成り立っているのだと感じました。

頼れる先を、探せるように

参加者から「ユースセンターの卒業」についての質問がありました。

年齢制限のほかには、明確な“卒業”があるわけでは、ありません。自分から「卒業」と決めて来なくなる子もいれば、26歳の誕生日を迎えて利用を終了する人もいます。また、しばらく来なかったけれど、間をあけてまた利用しに来る子もいるそうです。

「困りごとがなくなるのがゴールではなく、また何か困ったときにも、どこか頼れる先を知っておくこと。どこかを頼っていいんだと、頼ろうとできること。それが、目指しているところです」

必ずしも“卒業”を目指しているわけではなく、継続的な関わりも大切にしています。個別サポートをした子を中心にSNSでセンターとつながっている元利用者には、誕生日などにメッセージを送って近況を聞くこともあるそう。

ちなみに連絡がSNSなのは、ユースセンターを利用する若者のほとんどがスマホは持っているけれど、電話番号はない、つまりWiFi環境でのみ利用できるという子が少なくないという状況もあるそうです。

また、すでに26歳を迎えて“卒業”した人や、D×Pを通して困りごとが解消した人が、「近くに来たから」と顔を見せにくることがあるのだとか。

「中に入らないで、ちょっと近況伝えるだけって、受付のところで話して帰ってくれる子もいるんですよ」

そう話すスタッフさんは、うれしそうな声をしていました。

3年の間に変わってきた、ユース世代と利用者層

ユースセンターがスタートしたのは2023年。まだ始まって3年の施設ですが、その間にも利用者層やユース世代の状況は変わって来ているそう。そういった状況の変化も、都度スタッフのみなさんで相談してセンターの運用を考えているといいます。

例えば、平日と土曜日で1日ずつ開所していると、最初の頃はどちらも同じぐらいの人数が集まっていたのですが、最近は土曜日の利用者が多いのだとか。

「もしかしたら平日にセンターを開いていることで、むしろ若者を繁華街に集めてしまっているのではないか、土日に絞ったほうがいいのではという議論をしたこともあります。でも、『これが3日ぶりのごはん』という子もいる。今は、一人でも必要としている子がいるのなら、つづけようと」

また、「門限があるから」と早めに帰る子も、当初よりも増えているそうです。

「もう少し開所時間を長くできないかという検討はたびたびしています。それで子どもたちに聞いてみたら、実は門限のある子もいるから、夜ではなく開始の時間を早めてほしいという声があったり」

さらに、この3年で「グリ下」という言葉も古くなっているそう。

「最近は『グリ下』っていわないんだよって、今日ある子に言われて。今は自分たちのことを『界隈民』っていうんだそうです」

しなやかで強く温かい、スタッフのみなさん

案内くださったスタッフのみなさんは、ずっと笑顔でとてもあたたかい声をしていました。ユースセンターで活動していて「こんなこともありました」というお話も、驚くほど穏やかに話してくださいます。

でも、きっと心がグッとなる場面もたくさんある現場です。

例えば、他の利用者への影響も考え、飲酒している人やOD(オーバードーズ・過量服薬)で症状が出ている人は、その日はユースセンターを利用できないというルールがあります。

「お酒を飲んで酔っている子や、ODをしてフラフラな状態の子は、飲酒やODを否定するわけではないんだけども、ただ、今日はごめんねと伝えています」

飲酒やOD自体は、その子が自分を守るためにその子にとって必要だったことで、それ自体を否定はしない。次来た時は、その状態でなければ使えることを説明して帰すそう。

また、体調が熱がある子なども「ごめんね」と帰しているそう。スタッフの8割がインフルエンザになってしまったこともあるそうで、そうしたらセンターはお休みせざるを得ず、本末転倒です。だから、否定はしない、だけど断るときは断らないといけない。

スタッフさんは日常のように話してくださいましたが、そういった状態の子を街に帰すのはきっと躊躇われるし、本当は何かケアをしてあげたいという葛藤もあるでしょう。ただ「支えたい」「役に立ちたい」とか、「寄り添おう」という優しさとか……それだけではやっていけない、強さの必要な現場です。

この日、見学会でずっと穏やかで笑顔だったスタッフさんが、帰り際に参加者から応援の言葉をかけられて、目に涙を浮かべていたのが印象的でした。

スタッフさんにだって、不安もあるに違いありません。ユースセンターを運営するスタッフのみなさんの強さは、一人だけが持つものではなく、チームだから持てているもの。

そして、その活動を応援している人がいるんだということも、きっと彼らの強さと心の健康を支え、そしてそれがユース世代を支えることにもつながっていくのだと思います。

グリ下に、行ってみた。

見学会の終了後、夜のグリ下へ行ってみました。

人が多い、多い。

道頓堀川には80人ほどが乗っているクルーズ船が3隻も4隻も行き交っています。その乗客たちは、外国人観光客の様子。

「ライトサイド、グリコ〜!」

クルーの英語アナウンスがマイクで響き、乗客みんながスマホを構える。中には洋楽を流してシャボン玉を振り撒いているクルーズ船もありました。

……このパーティーピーポーな空気と、スマホカメラがあっちこっちを向く環境と人混みでは集まりにくい、と感じました。実際、日本人の若者と思われる人は、TikTok動画をとっている2人組が1組だけで、他はみんな観光客のようでした。

でも、周囲を少し歩くと、ドラッグストアの前のちょっと奥まった空間や、一本筋を入ったところなど、チラホラと服装や持ち物から日本の若者じゃないかな? と思われるグループが集まっている姿も見られます。

だから、グリ下ではなく「界隈民」なのか、と腑に落ちました。

集まる場所が分散してきていることで、より課題が見えにくくなってしまっているようにも思います。でも、それは課題が解決したことではない……どころか、より居場所が少なくなって根深くなっていくかもしれません。

「自分たちを受け入れてくれる居場所はある」

そう思えるだけで、どれだけ気持ちが楽になるか。道頓堀を歩いて、改めて「ユースセンター」の活動の重要さを感じました。

先日の「ユースセンター」クラウドファンディングのページには、センターの様子や写真、またスタッフの方の声(動画)も載っています。クラウドファンディングは終了していますが、そのメッセージは観られるので、ぜひ開いてみてください。

▶︎ユースセンターの様子、スタッフの声

また、月額1,100円〜の寄付サポーターも、活動の大きな支えになります。クレジットカード、銀行引き落としで寄付が可能。認定NPO法人なので、確定申告で税制控除も受けられます。

▶︎D×Pの寄付サポーターについてはこちら

さらに、D×Pが運営するLINE相談窓口「ユキサキチャット」と「ユースセンター」の活動について1時間で聞けるウェビナーも定期的に開催されています。参加費無料。ぜひ、近くにいるはずの若者たちの現状を、知ってみてください。

▶︎孤立する若者のリアルがわかるウェビナーはこちら

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    1992年生まれ、大阪出身。編集・ライター。学生時代にベトナムで日本語の先生を経験。食物アレルギー対応旅行の運営を経て、編集・ライターとなる。『全部を賭けない恋がはじまれば』が初の書籍編集。以降、ひろのぶと株式会社の書籍を担当。好きな本は『西の魔女が死んだ』(梨木香歩・著、新潮文庫)、好きな映画は『日日是好日』『プラダを着た悪魔』。忘れられないステージはシルヴィ・ギエムの『ボレロ』。