彼岸断章
人は思い出さなければいけないこと、しなければならないこと一つ一つを、たくさんの糸を器用に手繰るように生きている。
彼岸だが、彼岸には達することができない。
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土曜、日曜と休んで、きょう月曜になってやっと自分が戻ってきたような気がする。月曜は人間に人間を取り戻させないための何かである。
気が安まることなく、仕事をした日々だった。
思うようにならないことが続く。果たして思うようにしたいと願うこと自体が正しいのか、それもわからない。
ただ運命に従い、自分の能力を全部出す、それしかないのであって、思うように動かないことに苛立ってもしかたない。
しかし休みは必要だったことを思い出す。
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身体を休めていると、ふと、死んだ友人の声がそこにいるように聞こえる。その人だけの声がする。その人だけが言えることを言う。
細い糸のような記憶を、しっかり握りしめていることに気がつく。
南の島の、水に濡れた肢体の向こうのペパーミントの海。
パリのカテドラルの壁で、咆哮したまま時間を止められている獣。
なぜその糸をたぐるのか。
小人閑居して不善をなす。至らざる所なし。
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熊本に行った。
ヒノクニには自分になにかエニシがあるのだろうと思う。
その土地の深いところから湧き上がるような関係性を、それは勝手につくりたい自分の物語に違いない。
未来を変えることなんかできない、人が変えられるのは過去だけだ、これは友人の小説家の言葉。
毎日、糸をたぐっては少しずつその先の出来事を書き換えて生きている。
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たくさんの糸を手繰り寄せて生きているが、いい歳になってしまうと赤い糸は見当たらない。
きょうはひとり車で、曇り空の下の海でも見に行こうか。
車が、故障していた。
彼岸だが、彼岸には達することができない。
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どうでもいいか。どうでもいいな。と締めくくろうとして許可をもらっていないのでやめる。
田中泰延
映画/本/クリエイティブ
1969年大阪生まれ。株式会社 電通でコピーライター/CMプランナーとして24年間勤務。2016年退職し「青年失業家」を自称し執筆活動を開始。2019年、文章術を解説する初の著書『読みたいことを、書けばいい。』(ダイヤモンド社)を上梓。16万部突破。2020年、印税2割スタート・最大5割の「累進印税™︎」を掲げる出版社 「ひろのぶと株式会社」 を創業。





