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2026年7月9日「街角diary」上田豪がお届けします。

上田 豪


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少年隊の錦織一清といえば、日記 part 2

おはこんばんちは。
広告探偵の上田豪です。


ただいま深夜1:50。今日ははじめに断っておく。

来週の俺は、阿佐ヶ谷ロフトAでのトークライブ(文末参照)を控えている。そのイベントに向け、スライド芸の企画・制作のために馬鹿馬鹿しいことを考える脳力を費やしているため、今日の街角diaryはいつものようにふざけた文章を書く余力がない。

それでもあっという間に一週間が過ぎてしまうというわけで、今日は「いま何を読まされたんだろう」という読後感を味わえるかどうかは微妙な木曜日。

果たして需要があるかどうかは微妙なところだが、真面目に俺の一週間を振り返ろうと思う。


*****

7月2日(木)

前田将多×田中泰延×上田豪によるYouTubeライブ配信第22弾「僕たちはぶっとばしたいやつがいる」の日。

この配信も22回目ともなると、ここ最近は毎回「最終回」とか嘯きながら視聴者の皆さまからの浄財を募り配信費用に充てるという、まるで閉店商法的な所業にも関わらずそんな我々の遊びに付き合ってくださる親愛なる視聴者の皆さまには感謝を申し上げる次第なのである。

だがしかし。演者の我々3人は相変わらず何の進歩もなく、三人で酒を飲み煙草を喫いながら与太話に興じ、視聴者の皆さまからの質問や相談には真面目にふざけたコメントに終始している。

途中で何をテーマに話していたのか忘れてしまうほど、話題が脱線してばかりのトークライブ配信をやっていると気づくことがある。それは「雑談における脱線の重要性」だ。

会話には「着地点」が必要だと思われている。プレゼンではそうだろう。異性を口説くときでもそうだ。まずは「着地点」を設定し逆算して話を組み立てる。だからといって成功するかといえばそれはまた別の話だ。
しかし、雑談となるとそうはいかない。話の流れに応じた脱線という「寄り道」のほうが重要なのだ。

例えるなら、目的地へ行く途中立ち寄ったサービスエリアで食べたご当地料理が何故か思い出に残るようなことかもしれない。

そしてこの配信で、ゲストの浅生鴨さんから自らが翻訳者となって制作するSFグラフィック・ノベル『TECH』の装幀デザインを俺が担当することも発表された。

詳しくはクラウドファンディングで制作費を募っているのでリンク先を覗いてみてほしい。

装幀といえば、装幀デザインの仕事を依頼された時にいつも思うことがある。
人が未知の本と出会うときは、まず表紙と目が合う。中身を読むのは表紙を見て興味を惹かれたその後だ。もちろんそこに書かれる中身が大事とはいうものの、第一印象という表紙を飛ばして読む人はいない。人間と同じだ。

だから装丁デザインという仕事は、本が纏う服をデザインする仕事というよりは、本の第一声をデザインする仕事であり先入観を作る仕事だ。先入観とは想定内だともいえる。装幀だけに。

常にブランドについて考えてきた広告屋の俺にとっては、装幀デザインするにあたっては、単なる販促のためのプロモーションツールとして捉えているのではなくブランディングの仕事として捉えている。

そうそう。AI時代に差別化しなくていいブランディングなんてありえないからな。


7月3日(金)

朝イチの打ち合わせのため飯田橋へ向かうため、中央線から中野で東西線へ乗り換えたつもりだった。ところがふと気が付くと総武線に乗っていた。つい目の前に来た電車に乗ってしまう習性はいい加減やめにしたいし、俺を陥れるための闇の組織、見えない力の存在を感じざるを得ない。

こんなことは俺の人生では日常茶目仕事だ。
しかし、乗り過ごしや乗り間違えが代名詞となる男というのもどうかと思う。おかげでひろのぶとのみんなには、俺が毎回目的地へちゃんと到着するか心配される始末だし、俺がひとりで新幹線に乗る場面なんてのはみなさんに心配をかけすぎて大変なことになるのだ。

夜は仕事をしながら昨日のYouTubeを見返してみる。案の定、毎回恒例の自己嫌悪大会が始まる。

「あそこはもっと面白いこと言えた。」
「なんであんな話をしたんだろう。」
「もう少し言葉を選べばよかった。」

自分が演者になる場合、一番厳しい視聴者はいつも自分であるべきだ。おかげで反省ばかりしているのだが、何故かいつまでたっても自分の喋りの問題点は改善されている気がしない。反省だけなら猿でもできる。

それでも見終わる頃には思う。
これ、Podcastにできないだろうか、とか、いつかラジオ番組になったら最高だな、とか。自己嫌悪の直後に未来を妄想しているのだから、俺という生き物は救いようがないと思いつつ、反省とは未来へ進むための燃料なのかもしれないとか思っちゃったりなんかして。


7月4日(土)

朝から実家の引っ越しを手伝いに行く。
3年前、俺が会社を潰してしまった影響で担保に入っていた実家を手放さなければならなくなった。それ以来、古くて狭いアパートに移らざるを得なくなった両親には肩身の狭い思いをさせてきた。
しかし、名古屋にいる弟夫婦が東京に戻った時のためにマンションを購入し、ひとまず両親をそこに移すことになった。いずれ東京に戻った時に同居をする予定で両親の居場所を確保してくれたのだ。ありがたかった。

夜は新居で久しぶりに兄弟家族が揃って食事をした。
苦労をかけてしまったせいかここ数年ですっかり父と母が年老いたことを改めて実感した。それ以上に弟夫婦が新居を用意して段取りを整え両親のために動いている姿が頼もしかった。それに引き換え俺は長男という肩書きだけは持っているもののいまや名ばかりの窓際管理職みたいなものだ。それでも俺にはふたりの弟がいるのが救いだった。

その日暮らしの今の俺では両親のために何もしてやれない。


7月5日(日)

今日も実家の引っ越し作業の手伝い。
引き払ったアパートの部屋の掃除。明日管理会社へ引き渡さなければならないのだ。
しかし、荷解きという作業は不思議だ。「絶対必要」と思って箱へ詰めて昨日新居へ運び込んだものが、今日は「別に急いで開けなくてもいいか」と思ったりする。人生も同じかもしれない。大事だと思っていたことほど時間が経つと優先順位が変わったりもする。

手伝いを終え帰宅。今月末にある俺が代表を務める野球チームの総会のための準備に取り掛かる。総会資料を作りながら、ふと考える。

このチームをいつまで存続させることができるのか。俺はいつまで代表を務めるのか。そもそも十年後、俺は何をしているんだろう。今の仕事を続けているのだろうか。

驚くほど想像できない。思えば子供の頃は、何故か未来への不安なんてあまり感じたこともなかったし、大人になれば未来なんてなんとなく決まってて自分の希望通りになるかどうかはさておき、結局はどうにかなるんだろうと思っていた。

実際は違った。野球選手への道を失って以来、Googleマップでいうところの「最適なルートを検索しています」を何度も繰り返しながら何十年も生きてきた。


7月6日(月)

都内某所のスタジオでラジオ大阪のラジオ番組収録と撮影の業務に立ち会う。
ラジオ収録は声だけの世界。基本的には収録中の姿は関係者以外の人の目には触れない。それでも同時にYoutubeのための撮影が入ると、ほぼ全員といっていいほど人は話し方だけでなく自分の姿勢にも意識を払うようになる。それは年に数回YouTube配信へ出演している俺でさえその気持ちはよくわかる。

しかし、人間というのは本当にカメラに弱いものだ。
撮影をシューティングというのがよくわかる。見られているというよりも狙われている感じがするのだと思う。
誰も見ていないと背中を丸めていたりするのに、レンズが向くだけで背筋が伸びるし胸を張るし顎を引くし顔をつくるしポーズを取るが、それでもどことなくぎこちなかったりもする。モデルなんてやるもんじゃない。

事務所へ戻る。
引き続き野球チームの総会資料をまとめる仕事、さらに野球連盟の支部の仕事。こんな俺でも東京都西支部の副支部長だったりするんだから世の中はわからない。

そういえば最近、あらためて自分のポートフォリオをまとめようと思いつつ、自分の肩書きを書くのが難しくなっていることに気づく。

アートディレクター、クリエイティブディレクター、デザイナー、時々文章も書く、写真も撮る、被写体にもなる、中学硬式野球クラブチーム代表、野球連盟支部役員、フリーランス、ヒモ、自由業。どれも間違っていない。いっそ名刺にすべて列挙したら面白いかなとか妄想してみるものの、結局は広告探偵でいいかという結論に落ち着く。

でも実際のところ、俺と仕事をする人には、いまの俺は何を期待されているのだろう。やっぱり乗り過ごしか。


7月7日(火)

七夕。
リモート会議の時間に合わせて事務所へ。
それを終えると来週のトークイベント用スライド制作に取り掛かる。
といっても、思いついたネタが形になるかは構成を考えてみないとわからない。

夜はオケタニ教授に誘われて飲みの場へ顔をだす。あわよくば来週のトークイベントについて話せればと思いつつ、サシ飲みだったわけではないので結局イベントの話というよりどうでもいい与太話に終始する。
だがしかし。案外そういう時間から企画は生まれたりすることを俺は知っている。特にくだらないアイディアほどそうかもしれない。
そもそも面白いアイデアというものは会議室では生まれないものだ。面白いアイディアが思いつくのであれば、その場所は自宅だろうが居酒屋だろうがどこだってかまわないのだ。

帰りはまんまと立川まで乗り過ごした。Missmystopの人間が乗り過ごさなくなったらそれはブランド毀損になる。

なお、七夕もたなぼたも俺には無縁な一日だった模様。


7月8日(水)

今日も午前中はリモート会議だ。
いつになってもリモート会議は好きになれない。そして会議が終わるたびにいつも省みる。

「この仕事に自分は本当に必要なんだろうか」
「自分が求められている立ち位置ってどこなのだろう」

この感情は何年経っても消えない。必要とされたいのではない。俺はちゃんと役に立っているのかを確認したくなるのだ。自分の職域に責任を持ち、自分の肩書きにプライドを持つ広告屋としてのあり方を、それを体現していた師匠に叩き込まれたせいだと思う。

デザインにも広告にも正解はない。
それ故、この仕事に関わる自分の存在にも正解が見つからないのかもしれない。

自宅でのリモート会議を終えて事務所へ。
荻窪で乗り換えるはずが気づけば阿佐ヶ谷まで乗り過ごす。ひと駅戻り丸の内線へ乗り換える。

午後は引き続き来週のトークイベント用スライドを考える。トークイベントでのスライド芸というのはプレゼンと同じだ。

ちなみにプレゼン資料というのは、よく勘違いしがちなのだが説明するために作るものではない。取り扱い説明書を作るわけではないのだ。文書を書くのではなく文章を描く。心を動かすストーリーを紡ぐものだ。時にラブレターみたいなものでもあり、お笑いの脚本みたいなものでもあり、勇気を与える檄文みたいなものでもある。

スライドの構成を考え、必要な要素を並べているうちに自分の考えのほうが整理されていく。この作業は絶対AIでやったら駄目だと思っている。自分の頭の中を整理するための作業を自分でやらずして自分の言葉で人に伝えることができるだろうか。人の心を動かす情熱みたいなものは絶対にAI任せでは伝わらない。俺はそう思っている。


*****

と、ここまで一週間分、真面目に日記を書いてみた。
書いてみてちょいと衝撃的なことに気づいちまった。すぐに描き終わるだろうと思っていたにも関わらずいつもより圧倒的に文字数が多いのは酒を飲みながら書いたせいなのか、色々悩みが多いお年頃のせいなのか、なんと5,000文字を超えているし、外はすっかり明るいし鳥が鳴いているし、ほんとにどうかしているし。多分俺は日記に向いてないし、金輪際このスタイルはもうやらないと誓ったし、多分あんまり面白くないし、浅田飴はニッキだし。

こんな駄文に無駄に時間を使わせてすみません。反省してます。

どうでもいいか。どうでもいいな。


*****

はい。いよいよ来週に迫ったトークライブのお知らせです。



「コンプライアンスなんてぶっ飛ばせ 3」
日時:2026年7月14日(火)19:30〜 
場所:阿佐ヶ谷ロフトA
出演:よけいおじさん(オケタニ教授・上田豪)
https://www.loft-prj.co.jp/schedule/lofta/355246

普段サシ飲みで二人で話しているあんなことやこんなこと(格闘技、野球、特撮、昭和ドラマなどなど)を生暖かい目で覗き見するようなトークイベントです。タイトルそのまんま、配信なしだからできる大っぴらに話せない内容を現場で目撃してください!多分打ち上げもあるよ。まだまだチケットあります。
このままチケット売れないと客席に混ざってただ飲むだけのイベントになってしまいます。ぜひ、周り方々とお誘い合わせきてくださいー。

 

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  • 上田 豪 広告・デザイン/乗り過ごし/晩酌/クリエイティブ


    1969年東京生まれ フリーランスのアートディレクター/クリエイティブディレクター/ ひろのぶと株式会社 アートディレクター/中学硬式野球チーム代表/Missmystop