ちょいと気になる㊵
おはこんばんちは。
広告探偵の上田豪です。
ここんところずっとね、深夜に晩酌しながら「ひとり任侠映画祭り」をやってたのよ。なんちゅうかね。
そんでね、これまで100万回くらい観てる「仁義なき戦い」シリーズを見直してたわけよ。でね、ちょいと気づいちまったことがあるわけ。
俺が好きなVシネマの「日本統一」シリーズ、そしていまハマりはじめた「CONNECT覇者への道」ってのがあるんだけど、その3つの任侠ものについて書いてみようと思うわけよ。
というわけで、今日も「いま何を読まされたんだろう」という読後感を味わえる木曜日。
例によって今週も見切り発車で着地点の見えない旅へ。
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そもそもね、任侠映画というジャンルには今の時代どうにも損してるところがあるなあと思うわけ。
任侠映画に興味のない人には「怖そう」とか「野蛮」とかみたいな先入観があるせいか、ちょっと観てみてよと勧めたところで「だって任侠ものでしょ」って言われたところで「俺からの話は以上です」と話が終わってしまうのだ。
だが、それは野球に興味のない人が「しょせん棒で球を打つ遊びでしょ」と片付けるのと同じで、まあ間違っちゃあいないんだけど、実はなにひとつ本質に触れていないわけなのよ。
そもそもね、任侠作品の面白さは暴力じゃあない。
そこに描かれる人間関係なのですよ。
誰についていくのか。
誰を信じるのか。
誰と組むのか。
つまり、人間関係=組織の話だ。
任侠作品からは組織論やリーダー論が学べる。
ちなみにゴッドファーザーなんてその最もたるものなんじゃないかなーと俺は思っている。
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というわけで、
ひとり任侠祭りの最中に、俺はあることに気がついちまった。
「仁義なき戦い」
「日本統一」
「CONNECT覇者への道」
この3作品を思い浮かべてみた時に、「任侠作品の歴史」とは「主役の人数が増えていく歴史」なのだということに。
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仁義なき戦いの主役は、ひとりである。

広能昌三(菅原文太)だ。
広能は主役だからといって特別に際立つ男ではない。
戦後の混乱の中で生きるためにヤクザの世界へ足を踏み入れた、ごく普通の男である。理想に燃える革命家でもなければ、圧倒的なカリスマを持つ男として描かれているわけでもない。
むしろ、主役としては不器用で感情的で時代や人間関係に翻弄され続ける。だからこそ、観る側は広能に自分を重ねてしまうのだ。
仁義なき戦い以前の任侠もの、例えばヒーローとして描かれている高倉健や鶴田浩二が主演の作品と違って、主人公が決して格好いい描き方をされているわけではない。なにしろ『仁義なき戦い』の世界ではそのタイトルの通り、任侠道に則って筋を通した者が報われるとは限らない。損得勘定次第で昨日の兄弟分が明日には敵になったりするのだ。
また特筆すべきはその映像表現だ。
手持ちカメラの揺れ。突然のズーム。人物の死亡年月日を伝えるテロップ。
映画というよりドキュメンタリー、シリアスな歴史の証言映像に近い。
さらに、梅宮辰夫、松方弘樹、田中邦衛、渡瀬恒彦、千葉真一、小林旭らの、主役級の俳優が次々と現れては消えていく。
それでも、シリーズを通して物語の中心にいるのは主役の広能ただ一人だ。
この映画が公開されたのは高度成長期真っ只中。ただひたすら自分たちの利益を求めて強いリーダーが会社を引っ張っていた時代だ。そんな時代の空気もこの作品には関係しているのかもしれない。
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そして「仁義なき戦い」から時代は流れ、任侠ものの主役はひとりでは足りなくなった。
日本統一の主役は、二人。

氷室蓮司(本宮泰風)と田村悠人(山口祥行)である。
氷室は冷静沈着な戦略家だ。感情に流されず常に数手先を読む。大組織の若頭として、全国統一という壮大な目標を描き、その実現のために人と組織を動かしていく。
一方の田村は情に厚く感情的で熱く、氷室が戦略家なら彼はいわば現場で働くことに喜びを感じる男である。
仲間のためなら危険を顧みない。時に暴走もするが現場で先頭に立ち人の心を掴む。
彼らを人体に例えるなら氷室が頭脳であり田村は心臓だ。どちらが欠けても、組織は前に進まない。
そして特筆するべきは、この作品には時折コメディ要素があることだ。
任侠×コメディ。
強面のおっさんたちが楽しそうにイチャイチャしている場面が度々描かれたりするのだが、どうやらそれが萌えるという女性が多くいるらしく、「任侠女子」(各自検索)なるブームを作った作品だというのも理解できる。なにしろ俺が「日本統一」のポップアップストアに行ってみた時なんて店内は女性だらけだったんだぜマジで。

なんとananに掲載された「日本統一」特集記事。なんだかおかしい。
でね、『日本統一』を観ているとこの作品は単なる抗争劇ではなくこれは組織の経営シミュレーションなのではないかと強く感じるわけなのよ。
どの組と手を組むのか。
誰を幹部に抜擢するのか。
どのように全国へ勢力を広げていくのか。
組織のリーダーとして守るべき大切なものとは何なのか。
考えてみれば現代の会社経営だって同じようなことを考えてるはずだ。そして今の時代、カリスマ社長だけで組織を大きくするのは難しい。やっぱり社長には優秀な右腕が必要なのだ。
ひとりの主人公が世界を変える時代は終わり、ふたりで組織を動かす時代になったのである。
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そして、いま俺がハマり始めているCONNECT 覇者への道。
この作品の主役は三人だ。

宗像清蔵(高岡蒼佑)、沢村竜一(山本裕典)、相馬邦人(北代高士)。
宗像清蔵はヤクザの会長に育てられた男だ。ラーメン店を営みながら組織に所属し、組の裏の仕事を請け負う暗殺部隊(烈士会/宗像組)のリーダーだ。
任侠の論理と街場の感覚、その両方を知っている。
沢村竜一はヤクザの父を持つ元暴走族のリーダー。宗像のラーメン屋で働いていたことがきっかけで宗像の若者となる。彼は行動力があり人懐っこく、人と人をつなぐ力に長けている。
そして相馬邦人は元財務官僚という異色の経歴を持つ。旧知の仲である沢村との出会いがきっかけで宗像の若者となる。彼はエリートとしてこれまで培った知識と分析力と人脈で複雑な問題を解決していく。
この3人は育ちも価値観も得意分野も違う。普通なら繋がるはずのない3人が主役だからこそこの作品は面白いのだ。さらにこの作品はUNIVERSALが関わっているせいか、他のVシネマに比べておそらく制作費も豊かなのだろう、映像がとてもいいし、美術やロケ地などちゃんと制作に金をかけてる感じなのよ。
そして特筆するべきは、宗像率いる宗像組の事務所は彼らが働くラーメン屋なのだ。この設定は、任侠団体が暴対法で厳しい制約を受ける今の時代を表しているのかもしれない。
任侠×ラーメン。
代紋の代わりに暖簾があり、組長が麺を茹で組員が接客をする。そして三人はたびたび各地のラーメン屋を訪れる。それは果たしてタイアップなのかどうかは広告屋としては気になるところだし、なにしろ観ていてラーメンが食べたくなる任侠作品なんてこれまでなかったよ。
でね、この作品から窺い知れることといえば、
強さだけでは人はついてこない。
情だけでも組織は動かない。
知識だけでも時代は変えられない。
多様な人材やネットワーク、様々な知見を持つ強み。
現代の組織のリーダーにはもはやそのすべてが必要であり、そしてそれは一人が全てを担う必要もない。この作品にはつながりが大事だという組織論が根底にあると思うのだ。
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さて。
『仁義なき戦い』は、ひとりの物語だった。
『日本統一』は、二人の物語として続いている。
『CONNECT 覇者への道』は、三人の物語として始まった。
俺はね、これは偶然ではない気がしてんのよ。
主人公の数はその時代の組織の在り方を表してんじゃないか、ってね。
組織は個の時代から、チームの時代、そして、ネットワークの時代へ。これは任侠団体に限ったことではなく会社も同じ。
世の中が複雑になるほど、組織のリーダーが持つべき荷物は一人では背負いきれなくなる。だから仲間が必要になる。これは社長や社長をやったことのある人ならわかるでしょ。な。
任侠作品は、暴力の歴史を描いているようで実は人間関係のあり方やリーダーシップを描いている。任侠作品を観ることとは、人間関係や組織論、リーダー論を学ぶことなのだ。任侠ものというジャンルを、単に怖い人たちの話だと思って敬遠するのはナンセンスだと俺は思うざんす。
ちなみに俺くらいになるとね、任侠作品を観終わる頃には自分が身を置く組織やチームのことを考えてたりするのですよ。たまにだけど。
つうわけで、まだ観たことない人はぜひ観てみてください。特にCONNECT覇者への道は観てほしい。なぜかって?観た人とその話をしたいからさ。
どうでもいいか。どうでもいいな。
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はい。トークライブのお知らせです。

「コンプライアンスなんてぶっ飛ばせ 3」
日時:2026年7月14日(火)19:30〜
場所:阿佐ヶ谷ロフトA
出演:よけいおじさん(オケタニ教授・上田豪)
https://www.loft-prj.co.jp/schedule/lofta/355246
普段サシ飲みで二人で話しているあんなことやこんなこと(格闘技、野球、特撮、昭和ドラマなどなど)を生暖かい目で覗き見するようなトークイベントです。配信なしだからできる大っぴらに話せない内容を現場で目撃してください!多分打ち上げもあるよ。きてねー。

上田 豪 広告・デザイン/乗り過ごし/晩酌/クリエイティブ
1969年東京生まれ フリーランスのアートディレクター/クリエイティブディレクター/ ひろのぶと株式会社 アートディレクター/中学硬式野球チーム代表/Missmystop





