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2026年5月12日「街角diary」加藤順彦がお届けします。

加藤順彦


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生きてる世界、つくる世界。

ゴールデンウィークは例年どおりシンガポール。ほぼLENSMODE自席↔自宅で仕事。
合い間に映画「ぼくが生きてる、ふたつの世界」(2024)をただ単に「国宝」吉沢亮さんが観たくて観た。

映画はコーダ(CODA)である主人公と聾の障害をもつ親の話だった。
主人公は聞こえる世界と聞こえない世界の「ふたつの世界」に生きていた。いい映画だった。

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CODAを検索したら
『 “Children of Deaf Adults”の略で、耳が聞こえない、または聞こえにくい親(聾者・難聴者)のもとで育つ、聞こえる子どもを指す言葉。』とある。

吉沢亮さん演じる主人公はそれにあたる。 劇中では「コーダは日本に2万数千人いる」とセリフがあった。

あれ、僕はこれまでCODAって言葉を…広く、手話を使って聾や難聴の人たちと暮らす人という感覚で受け取っていた。でも本来の意味とは違っていたのな。


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2003年に僕らが創業したコンタクトレンズの越境EC会社LENSMODE PTE LTDには、聾または難聴の社員がいま6人ほどいる。
そうなったのは偶然が起点。たまたま働いてくれた一人(いま勤続14年)が勤勉な難聴者だった。それからは聾学校の先輩後輩らが勤めている。

LENSMODEシンガポール本社ではそれなりの人数が働いているんだけど、ロジ部門(ピッキング→箱詰め梱包→出荷)メンバーが従業員総数の6割。
日々、何千箱を出荷するロジスティクス倉庫は機械音で騒がしい。よく見ると健常者メンバーはイヤホンしてる。ご機嫌なラジオや音楽を流してるんだろな。

いつの頃からだったか
ロジの広いフロアにいるほぼ全員が、平易な手話で業務連絡や手順をやりとりするようになっていた。

確かに手話のほうが効率がいい。
けっこうな大声ださないと端まで聞こえないしね。ランチタイムもみんな身ぶり手ぶりで談笑してる。

僕は、ふたつじゃない、隔てのない「ひとつの世界」にいる
そんな健常者メンバーをひとり勝手に”CODA”と賞していた。 誤用だったけど。

ご参考までに、2023年夏に拙宅娘がLENSMODEロジで2週間働いた時のブログもどうぞ。

「この倉庫は耳が聞こえない方が結構多く、ほぼ全員が…手話も話せるんですよね。」

「耳が聞こえなかろうと、聞こえようと、全く同じ環境で働くことが出来ます。」


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2022年から資本と経営に参画している宇都宮のアパレル会社TOMOS Companyは商いを通じて「境目のない世界をつくる」ことを目指している。

僕が初めてTOMOSのB型作業所を訪ねたとき、そこには境目のない世界が既に実現していた。隔てなく、みんなそれぞれの仕事をしていた。
「目指す」つか「境目のない、ひとつの世界」を拡げてくってことやんか。ならば、ぜひ僕もその一人としてご一緒したい、と申し出たのだ。

5月7日、NHK WORLDにてTERASの「ひとつの世界」が紹介された。 21〜26分頃にTERASハラカド店頭と宇都宮のB型作業所、仲間のインタビューが放送されてるので是非ご覧ください。そして、よかったらあなたもこの世界に加わってください。

斯く云う僕は、英語も手話もかなり怪しいもんなんだけど。

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  • 加藤順彦 日記


    在シンガポール大阪人。ラジオ大阪の会長。関西学院在学中リョーマ参画を経て、92年日広を創業。03年LENSMODE起業。08年日広退任後シンガポール移住→10年永住権取得。14年ビットバンク創業に参画。20年ひろのぶと株式会社を設立。