拙著『スローシャッター』の読者の方はもちろん、これから読んでいただく方にも説明すると、僕は海外出張で都市部に行く比率より、僻地に行くほうがかなり多い。
このエッセイにしばしば出てくる、『スローシャッター』の宣伝みたいになってしまい恐縮ですが、潔く言うと宣伝です。
水産業という職種を考えれば当たり前の話ではあるのだが、視察や商談の多くは養殖場や漁村、それに隣接する工場などで、煌びやかな観光地とは無縁の場所が多い。
それでも、長年取引している連中が地元にいれば待遇も相応によく、困ることはほとんどないのだが、そうでない場所へも向かう。
そんな場所でもホテルに泊まれたら最高なのだが、そう簡単にはいかないケースもある。コテージやモーテル、ユースホステルのこともあるが、さらに田舎に行くとトレーラーハウス、“ロッジ”とは言えない木造の小屋まであった。
国名は控えるが、ある場所のコテージでは、共有スペースに注射器が落ちていたり、見てはいけないようなブツの残骸が落ちていたこともあった。その辺りも、いかにも“ユナイテッド”な国だと妙に納得してしまった。
南米ではベッドの上にシュラフ(寝袋)が置いてあるだけの、絵に描いたような“掘っ立て小屋”で泊まることもあったが、僕はプライベートでは釣りが好きで、その為に山岳でもキャンプをしなくてはならない環境に慣れているせいか、わりとどこでも寝られるタイプの人間であることは確かだ。
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昔、そんな南米の掘っ立て小屋に、2~3週間ほど滞在することになった。毎日工場と小屋を行き来するのだが、男の独りの生活というものは、ひどい有様である。
食事は、小さな街のグローサリー(食料品店)で買い出しをし、寝泊まりする場所へ持ち運ぶのだが、当時はスマホはおろか、レンタカーにナビも付いていなかったので、まずは人が集まる街を探すところからはじまる。
あらかじめ持参した地図を開いても、そこに書いてある街は小さなドットでしか表示されておらず、役に立つことは滅多にない。

スペイン語で書かれた、何味なのかもわからないカップヌードルは、グローサリーでほぼ全ての種類を買ってみたが、当たりが一つもなかった。
美味しそうなソーセージを買ったらブラッドソーセージで、味の癖が強く、残してしまったこともあった。
それでも、グローサリーに通っているうちにヒットする食品はいくつかあり、気に入ると毎日そればかり食べていた。
そのうち、グローサリーの店主も僕がいつも同じものを買うので顔を覚えてしまう。
アラスカでは一時、“チキンサンドボーイ”とあだ名を付けられたこともあった。
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こんなふうに、いろんな国では寝床の環境も様々で、取引先が用意してくれたところより、自分で宿泊料を払って泊まる民間のロッジやモーテルの方がずっと良かったりした。
工場や漁村のオーナーが所有している小屋というのが大体ヤバいケースが多く、小屋に入った初日からベッドに布団がなかったりしたこともあった。
後日オーナーに言えば大体何とかしてくれるのだが、夜遅くに小屋に着いたケースでは連絡の取りようもなかった。
そんな時に活躍するのが、段ボールだ。
今後どの国に行って床で寝ろと言われても、段ボールさえあればなんとかなる。
程よい保温性と寝心地は確保されるし、少し肌寒ければ掛けることもできる。
唯一、起床時に腰が痛いことだけが難点だが、さほど大きな問題ではない。
テレビやスマホがなければ本を読めばいいし、食べ物は店があれば何とかなる。
そんな過去の経験は自身にとって良かったのか悪かったのかはわからないが、こうした環境により勝手な耐性だけがついていき、自己の中にある“不便さ”の基準だけが、静かに書き換わっていく。
田所敦嗣さんの著書
スローシャッター
田所敦嗣|ひろのぶと株式会社
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田所敦嗣
エッセイ
千葉県生まれ。水産系商社に勤務。エッセイスト。著書 『スローシャッター』(ひろのぶと株式会社)で、SNS本大賞「エッセイ部門」受賞(2023年)。フライ(釣り)、写真、野球とソフトボールが趣味。人前で声が通らないのがコンプレックス。






