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2026年4月16日「街角diary」上田豪がお届けします。

上田 豪


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ちょいと気になる㉛

おはこんばんちは。

新人モデルの上田豪です。

先週の街角diaryでお伝えしたのですが、一軒め酒場のメニュー表紙でモデルデビューを飾ったことが、想像以上に反響を呼んでいて驚いている今日子の吾郎です。

なんなら今後の俺の人生は、これまでやったことがないことで生きていくのも楽しいかなと思っていたわけで、モデルとして生きていくのも悪くないかなと思っていたりもするわけなのですが、オファーがないことには成り立たない商売ですし、そもそもほんの冗談なのでみなさまにおかれましてはあまり本気にしないでいただきたくお願い申しあげましたところで乾杯のご挨拶に代えさせていただきます。乾杯!

というわけで、今日も「いま何を読まされたんだろう」という読後感を味わえる木曜日。

例によって今週も見切り発車で着地点の見えない旅へ。


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4月15日。

今日はひろのぶとのみんなや、いつも俺の周りにいてくれる人たちが誕生日を祝ってくれたり、メッセージをくれたり、中臣鎌足、本当にありがとうございます。

ちなみに今日は「いちご大福の日」だそうです。

でもちょいと気になっちまったんだけど、「いちご大福の日」ってつまり15大福。4はどこにいったのか。むしろ1月5日ではないのか。それともまさか毎月15日はいちご大福の日なのだろうか。考えるだけで夜も眠れる。おかげでこの日記を書き終える前に寝落ちした。〆切を守れなかったことを許してほしい。


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4月15日。

この日は年始から105日目になる。それは年末まであと260日しかないことを意味する。簡単な算数くらいは俺にもできるのだ。

4月15日は、4・1・5で、「よいこの日」。
「まさに豪さんのためにあるような日に生まれたんですね」とよくいわれたりいわれなかったりするのだが、そんな言葉を信用するほど俺は自信家じゃない。

だがしかし。

この日は、生まれてこの方ひたすら崖っぷちを全力疾走するようなことばかりしてきた上田豪の誕生日なだけに、「上だ!行け!」と煽られるような、「なんびとも立ち止まることを許されない日」とは解釈してもよかろう。

「よかろう」といっても、だんだんめんの名店「はしご」の姉妹店のことではない。そして「はしご」に負けじと、ここのだんだんめんも美味い。あの習慣性がある食べ物には絶対に何かヤバいものが入っているんじゃないかと世間で噂されてたりされてなかったりするのだが、さてどうだろう。


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4月15日。

この日は他にも「立ち止まることを許されないもの」が生まれている。

なんと、京阪電鉄、京王電鉄、武蔵野鉄道(現・西武鉄道)の誕生日でもあるのだ。この事実に俺は宿命というものを感じざるを得ない。

それは言うまでもなく、乗り過ごさざるをえないものの宿命。である。

電車は始発駅と終着駅の間を走る。
乗り降りする駅は人によってさまざまだ。これは人生と同じじゃないかとよく思う。

普段あまり意識されることはないかもしれないが、電車に乗ることの本質は「目的地への到着」ではなく、あくまでも「移動の途中を楽しむこと」にある。

移動の途中とは、目的地を乗り過ごすことや、電車の乗り間違い、思わぬ途中下車といったアクシデントも含む。そんな時間をも楽しむことができるか否かで田舎暮らしに対する適性もわかるし、多分いま勢いのまま適当なことを言っている。

中でも途中下車についてよくその言葉を噛み締めてみると、それを実現するには走行中の電車に飛び乗ったり飛び降りたりすることができる強靭なフィジカルと高い運動能力を併せ持つことが問われそうな気がしてきたりもするが、まったくの気のせいであろうし、デビルアローは超音波。

途中といえば「夢の途中」という来生たかおの名曲がある。


この曲は薬師丸ひろこの歌う「セーラー服と機関銃」と同じ曲だと思われているが、実は歌詞の一番が違う。つまり中央快速と中央特快くらい違う。

そしてなにより注目するべきは、両曲の作曲家、来生たかおの名前にある。

来生たかおとは、行き過ぎ高尾。
まさにMissmystop。
誰しもが中央線での乗り過ごしを想起せざるを得ない。


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4月15日。

俺が生まれる4年前のこの日、西表島でイリオモテヤマネコが発見された。

イリオモテヤマネコ。
若干の早口言葉感のあるこの動物は、太古の昔からずっと存在していたのにもかかわらず、そしてその存在を噂されていたにもかかわらず、61年前まで発見されなかったわけで、「いるのにいない」「いないのにいる」という量子力学のような存在だったヤマネコなのである。

イリオモテヤマネコの、この“いるんだかいないんだか”の感じというのは楽しい。

それはツチノコや幽霊や口裂け女などと同様に、はっきりとした答えの出ないグレーゾーンにこそ人は楽しみを見出すことができるという好例なのではないだろうか。

まさに、冗談と本気の境目。
白か黒がはっきりするこというのはつまらないことだ。そこには答えが2つしかないからだ。YESかNOか。枕の話ではない。白と黒の世界にはもう想像が膨らむ余地がない。しかしグレーは無限にある色だ。身をグレーに置いている限りは想像を無限に楽しめる。そしてなによりGRAYといえばHOWEVERだ。グレーといえばしかしだ。哲学的じゃないか。

本気のような冗談を言ったり、冗談のように本気で言ったり、本気のことが冗談と受け止められたり、冗談が本気にされたり。どっちでもいいような、どっちでもよくないような、どうやら俺はそんな境目に立つのが好きらしい。


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4月15日。

東京ディズニーランド、「よいこの日」に開園。

ディズニーランドはよく「夢の国」とか表される。
しかし、それをガッツ石松的にいえば「ドリームランド」。

ドリームランドといえば横浜の戸塚にあった遊園地だ。大船からモノレールが通るはずだったが諸問題により開通せず、アクセスの悪さからイマイチ有名にもならず、集客に苦戦したまま廃園した悲運の遊園地だ。無論ディズニーランドとはなんの関係もない。ちょっと言ってみたかっただけだ。

さて、そんな千葉の浦安にありながら東京を名乗る東京ディズニーランド。
ついでに言っておくと、千葉にある「東京ドイツ村」に至っては、もはや東京なのか千葉なのかドイツなのか欧米かもうよくわからないカオスなことになってるし、このネーミングをしたのはどこのドイツだと問い詰めたい。

話を戻す。

ディズニーランドってのは、それこそ冗談と本気の境目に立てる場所だと思う。
あそこにはミッキーが本当にいるし、ミッキー安川やミッキー吉野もいるかもしれない、ミッキー岡野はいなくていいが、ジャッキー佐藤といえば神取忍が黙ってないところです。


でも、ミッキーは本当にいるのかと真顔でにじり寄られるとちょっと危うい。いるのか、いないのか。着ぐるみなのか、着ぐるみじゃないのか。こんなこと書いてて某所から怒られるのか、それとも笑って許してもらえるのか。かのうほのか。おのののか。

ひとつ確かに言えることは「グレーゾーン=ファンタジーにあるものの白黒をつけようとした瞬間に夢は萎む」ということだ。
特に子供に対してはそれをしてはいけない。きっとコスパタイパ命のつまらない大人になってしまう。

無粋な真似をせず、ファンタジーはファンタジーのままで、グレーはグレーのままで、それを受け入れ想像を巡らせて楽しむ。AI時代だからこそ、粋か無粋かは問われるところだと俺は思う。

どんな状況下に身を置いていたとしても、楽しみを見つける。なければ自分で生み出す。いつも何かに憤ってる人生より、何時も笑ってる人生のほうがいい。金を稼ぐための近道を知りたがることなんかより、それを知っておくことのほうが大事なことかもしれん。知らんけど。


最後に俺は言いたい。
もし、東京ディズニーランドに行くことがあったら、これを思い出してほしい。

「東京ディズニーランドと上田豪は誕生日が同じ」だということを。


どうでもいいか。どうでもいいな。

 

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  • 上田 豪 広告・デザイン/乗り過ごし/晩酌/クリエイティブ


    1969年東京生まれ フリーランスのアートディレクター/クリエイティブディレクター/ ひろのぶと株式会社 アートディレクター/中学硬式野球チーム代表/Missmystop