健全な野心、高い視座。
創業来、取締役を務める参画先ドッツアンドラインズ(新潟県三条市)がお陰さまで7期目を迎えました。
出だしから新コロ禍に見舞われるなど色々と乗り越えてきました。2023年には燕三条駅改札前での圏外⇔地元マッチング拠点「こうばの窓口」開業を果たし、2024年秋にはJR東日本ローカルスタートアップファンドからのご出資も受けました。今後も燕三条のものづくり発信と商いに取り組んでいく所存です。
大阪に育ち、在学中に上京し、やがて広告会社を起業しました。41歳で会社を譲りシンガポールに移っており…新潟とのご縁はここ7年程です。故に「なぜ燕三条で会社やってるの?」と訊いていただくこともあります。話せば長いので適当に切り返すことも多いのですが、今に至った経緯をしたためたく。
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シンガポールに移住して間もない2008年、同じ時期にシンガポールのサッカークラブ「アルビレックス新潟シンガポール」を経営すべく移ってきた10歳下の若者と知り合いました。
インターネットとの邂逅以降、健全な野心と高い視座で取り組んでいる”起業家”を事業サポートやエンジェル投資を通じて応援してきたのですが、是永大輔さんはまさにそんなお節介を焼きたくなる人物でした。
僕は彼との志と夢たっぷりな対話のなかで、アイデアを出したり、励ましたり、ビールで談笑する楽しい日々を過ごしてました。
そんななか2018年、クラブ経営に大きな実績を出していた是永さんに対して、同年からJ2降格していた日本のアルビレックス新潟の経営・運営のお声が掛かりました。その社長就任のタイミングで、是永さんから僕に取締役に就かないか、という打診があったのです。
おもろいやないか。
僕は自分で取り組む商いも、スタートアップへの参画も、先ず己が「おもろそうかどうか」で判断します。そのうえで「どうすれば儲かるか」を考えるのです。
社長就任の日に、僕もアルビレックス新潟の取締役に就きました。報酬なし。おもろそうだから問題なし。
僕はどうやればアルビがJ1に昇格できるのか、そのためにどんな経営・運営をしていくのかを考え、行動することへの興味と意欲が満々でした。
サッカークラブの経営に触れることはエキサイティングでした。やはり手を突っ込んで初めて知ること、実感できることがたくさんありました。
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2019年はホーム・アウェイともに足繁くスタジアムに通いました。
ホームのある新潟は上越新幹線の終点なんですが、路線図ひとつ手前の駅が「燕三条」でした。
金属加工の、そして、ものづくりの町やね、たしか。
ほどなくたまたま見かけたクラファン募集で、まさに燕三条のアトツギたちが地元の無人駅に「ものづくり情報発信拠点」を作ろうとしてるのに気づき→連絡して、10月のホームゲームの翌朝に新潟駅前でお逢いしたのが、のちにドッツアンドラインズの代表となる齋藤和也さんでした。健全な野心、高い視座。大いに共鳴しました。
家業:丸1グループのルーツ(祖業の鋼材加工は2010年に廃業)に通じる商いのアトツギたちの夢に助力することで、毎月通うシンガポール⇔新潟行程に楽しみが増えました。クラファン達成を種火に翌2020年3月、ドッツアンドラインズを設立、取締役に就きました。

ちなみに僕は新潟の御仁からはあまり好かれていない大阪人 …でもアルビレックスの話題でいつも輪の中で打ち解けられました。有り難かったです。是永さんがクラブ社長を辞してからも、僕は残り、J1昇格まで尽くすことにしました。
そして2022年シーズンに、念願のJ2優勝!

&アルビレックス新潟シンガポールも優勝!

翌23年9月にアルビレックス新潟の取締役を退任しました。コロナ禍を搔い潜った4年9ヶ月の在任中の現地観戦数は20ゲーム超!。いい想い出です。
そのまま燕三条との縁を紡ぎ、現在は丸1グループの本部を大阪から移転。
3社(サンクチュアリ、ミツオリ、サンクチュアリつねよし)のオフィスを構えつつ、燕三条で4棟の所有不動産を運用しています。
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昨季2025年、我等がアルビレックス新潟は成績を落とし…次はJ2にステージを移します。僕はまたJ2で昇格目指してた頃の気分に戻ります。
ドッツアンドラインズ取締役として世界で稼げるアイデアをひねりながら、丸1グループとして住まい創り/インバウンド/ものづくり/福祉に取り組みつつ、ひとりのアルビサポとして応援していきます。
7年前には何のご縁もなかった燕三条に、この先も関われるのはなんとも有り難いことなのです。





