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2025年12月【連載】唐木俊介のなんかいいたい

唐木俊介


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12/1(月)
ワイドショーがふるさと納税の返礼品トラブルを報じていた。山形県産のブランド米を購入したはずが、届いたのは熊本県産の複数原料米だったというもの。最後にアナウンサーが語気を強めて「ブランド米ならぬ”ブレンド米”だったのです」と言った。それを言うために今日まで生きてきたみたいな、歌舞伎の決め台詞みたいな、そんな言い方だった。よっ、成米屋。


12/2(火)
昨日から今日にかけて、先月の日記に届いたメッセージに返信。ある方に「ありがとうございます。書いた甲斐があります」と送ったのだが「書いた甲斐」の「甲斐」が何度打っても正しく変換されなかったので一度「甲斐バンド」と打ってから後ろの「バンド」を消した。

街角diaryの田中さんの記事に私の11月の日記が載っている。驚いてコーヒーを吹きそうになった。


12/3(水)
黄砂がものすごい。さては工藤静香、歌ったな。


12/4(木)
YouTube鼎談「僕たちはどうでもいいこと話したい」を観た。今回も終始面白すぎたのだが、特にヒットしたのは「海老反りと言うが、海老の身体は実際には反らない」と、マンハッタンの話。次回も楽しみである。


12/5(金)
構想20年。実写版の最難関。悲願の映画化。本日公開。

「ゴールデンサムイ」


12/6(土)
T子さんの見舞いに行ってからジムでスイム。四肢を思うように動かせないT子さんの額に手を置き、今日会ったことを話しかける。目を瞑ったまま返事がなくてもいい。また来るで。と言い残して病室を出てジムへ向かう。プールで全身を使ってぐんぐん泳いだ。自分の身体は、ものすごくよく動く。不公平だ。


12/7(日)
スタッドレスタイヤに履き替えた。ちなみに履いたのは私ではなく、私の車である。タイヤ交換は年に2回のイベント。毎回作業時間を測っている。ガレージ内にタイヤと道具を配置し、トルクレンチのダイヤルも合わせた上でしっかりイメージして臨んだが、リアのジャッキアップをやり直したため大幅にタイムロスしてしまった。今回もマクラーレンが一昨年のカタールGPでスコアした1.8秒には届かなかった。


12/8(月)
自分で書いたメモの字が汚すぎて読めない。最高裁まで行く。


12/9(火)
10人ほどの会議。「提出してください」と言うところを噛んで「提しゅちゅしてください」と言ってしまった。次から気をちゅける。


12/10(水)
街角diaryで廣瀬翼さんの旅行記を拝読。尾道の時もそうだったが、廣瀬さんの旅行記を読んでいる時、自分も一緒に行って、一緒に楽しんでいる。旅行記のフィット感、みたいなものがあるのだろう。


12/11(木)
インスタでフォローしている松田さんがZINEを出されるとのことで、注文した。ところで最近よく聞く「ZINE」とは何か。発音は「ズィン」なのか。私が大学生の頃、六本木のガスパニックに「ズィーマ!ハッピィヤクエン!」と吠えながらZIMAを売るブラジル人のお姉さんがいた。


12/12(金)
所用で有給休暇。用事を済ませて波情報を見ると3.5m11sec。すぐに準備して島根へ。夕波にギリギリ間に合った。

海から上がって湯迫温泉へ。車を降りると、入口に首輪がついたヤギが立ちはだかっていた。首輪には細い鎖、その先に杭が付いているが、地面から抜けたようだ。近づくと「グエエ」と言いながらどこかへ行った。番台で女将さんに「ヤギの杭が抜けてますよ」と言うと、特に驚いた様子もなく「お腹が減ってるのでしょう」と微笑。「あ、はあ。そうですか」と料金を払い、誰もいない男湯へ。熱いお湯に浸かって30秒ほど経ってから「いや繋ぎに行けや!」と声に出した。

20:30。誰もいない道の駅で、寝袋に入ってこれをポチポチやっている。


12/13(土)
8時間寝て5時に目が覚めた。夜明けまで時間があったのでコーヒーを淹れてBEFORE DAWN拝聴。しんと冷えた静寂に、温かいコーヒーと燃え殻さんのトーク。心地良すぎる。そして夜明けとともに波チェック。狙っていた某ポイントは、今年のビーチブレイクでベスト3に入る極上の波であった。

今22時だが、まだ興奮している。


12/14(日)
朝から家族で次女のバレー観戦。チームメイトと声を掛け合い、懸命に戦う姿は美しい。必死でボールを追いかける。アタックが決まって喜ぶ。観ていて何度も泣きそうになるのは歳のせいかと思ったが、後から聞くと長女も感動して泣いたと言う。応援は、する方がうれしい。


12/15(月)
「来月から別のサイトにブログを引っ越すことになってさ、アイコンが要るんだけど、どうしよ。全部白髪にしたし、前から使ってるやつから変えた方がいいかな?」と家族に話しかけると、

「んー、そうね」と奥さん。

「うん、絶対変えた方がいいよ!」と長女。

「うんうん」と次女。

「じゃあ写真撮ってくれん?」とカメラを渡そうとすると、

「あ、洗濯終わった。干さなきゃ」と奥さん。

「ちょっと今友達にLINE返してる」と長女。

「英単語覚えなきゃ」と次女。

一体感がある。


12/16(火)
車のリアゲートを開閉するたびに異音がするのでダンパーを交換した。ディーラーに頼むと2万と言われて仰天。Amazonでパーツを注文した。3千円也。仕事から帰ると届いていたので早速取り替えた。純正品ではないが品質に問題は無さそうだ。


12/17(水)
スマホで検索していたら途中で画面が切り替わって「ここから先はアプリをご使用ください」と言う。そして「続ける」or「アプリを入手しない」という二択が表示された。今まで通りウェブで見ようと、つい「続ける」を押してしまいそうだが、これを選択したらアプリをインストールする画面に切り替わる。実に紛らわしい。会議室で数人の大人が「こういう二択にしよう。その方がアプリのインストールが増える」などと真顔で話しあっているのだろうか。関係者はまず、うんこを踏め。


12/18(木)
TBSモニタリングで「本人登場企画」をやっていた。福山雅治の大ファンが本人登場のサプライズに腰を抜かしていた。それを見た長女が「いいなー!私もサンに会いたい!」と言う。サンが誰なのか知らないが「よし、パパがサプライズで明日学校に」まで言ったところで「それはいい」とのこと。まっすぐテレビ画面を見つめる長女。波紋が広がり終わった後の湖面のような表情であった。


12/19(金)
昨夜は滋賀のSさん、今日は千葉のKさんからメッセージが届いた。この日記も、もうすぐ1年ですねと。お二方とも毎月読んでくださったとのことで、ありがたいかぎりである。仕事帰り。流れる無数のヘッドライト。くら寿司、洋服の青山、マクドナルド。渋滞の国道。地方都市の隅っこで、淡々と生きている。何も起きない毎日について、しかしいくらでも書くことはある。


12/20(土)
夕方、T子さんに会いに病院へ。ちょうど食事の時間だった。胃につながる細いホースを伝う大豆色の完全食。心地よさそうに薄目を開けたT子さんと目が合った。小さく私の名前を呼んだかと思うと、そのままゆっくり瞼を閉じた。額に手を置き、しばらく経ってそっと病室を出ようとすると、後ろから「かべがみ」と声をかけられた。「壁紙?」と聞き返すと「かべがみ、いつはりかえてくれる?」と言う。夢の続きを見ているのだろう。「今日の夜やっとくわ」と言うと安心したように「ありがとう」と言い、また目を閉じた。


12/21(日)
起床即ウチヤマダフーヅ朝礼。朝礼で話すべき内容か悩まれたようだが、さすがウチヤマダ社長、大英断。

朝礼後、8時出発で島根へ。出雲大社の近く、稲佐の浜で入水。ここは国譲り神話や国引き神話ゆかりの地として知られている。浜から歩いて行けるところに弁天島という小島があり、豊玉姫命が祀られている。波待ちしながら沖から岸を振り返ると、多くの観光客が歩いているのが見える。曇天の下、北西風が吹き荒ぶ中、みんな海を眺めたり弁天島の写真を撮ったりしている。12月下旬だというのに、寒くないのだろうか。

M-1を観るために16時半に海から上がって爆速で帰宅。腹筋と涙腺が崩壊した。全国民が爆笑したのではないか。もう明日は祝日でいい。


12/22(月)
松田さんからZINE『山で撮った写真』が届いた。人間にとって都合のいい山の写真ではなく、山が山として写っている。ページを捲るたびに、落ち葉に覆われて黒く湿った山土の匂いを想起した。私がサーフィンを通して感じる海の海らしさとは比較にならないほど、松田さんは山の山らしさを熟知されているのだろうな。

CDTVでアラジンの曲をデュエットしているのを見た長女が「いいなー、私もカッコいい人と歌ってみたいな」と言うので「よし、パ」まで言ったところで「それはいい」とのこと。判断力がある。


12/23(火)
家族の写真や動画を保存しているハードディスクがPCで認識されなくなった。業者にデータ復旧の見積もりを取ったら最低でも20万円かかると言われた。高額すぎて落ち込んでいる。これが本当のハードディスクである。


12/24(水)
クリスマスイブ。仕事帰りのジムは人が少なかった。更衣室で顔見知りのおじさんが「お先に!わしゃこれからデートじゃけん!」と言い、続けて「そんなわけないじゃろ!ほいじゃあ」とセルフでツッコミながら帰っていった。やかましい。

今年は娘たちが折り紙で作った小さなクリスマスツリーをテーブルに飾り、みんなで骨付きの鶏肉を食べた。今は4人並んでSASUKEを観ている。


12/25(木)
仕事帰りの車でBEFORE DAWNを聴いた。燃え殻さんがクリスマスにお母さんと映画を観に行った話、沁みたなあ。


12/26(金)
「なあ、そろそろアイコンの写真撮ってくれん?」と奥さんに頼むと

「娘たちに撮ってもらった方がいいんじゃない?」

「そうだな。おーい、撮ってくれん?」と娘たちに声をかけると

「んー、今?」と長女。

次女はお菓子の缶で顔を覆って「ウー」と言っている。


12/27(土)
昼で仕事納め。出勤前にウチヤマダフーヅ朝礼。年の最後に切れ味抜群の訓示であった。

例年同様、仕事は全く納まらないが強引に帰宅。食事をとって休む間もなく窓、網戸、水回りの掃除。風呂やトイレは年に数回の「可能な限りパーツをバラして磨いて組み直す」本気モードであった。

夕方は先輩達と食事会。看護師のM子さんは時々、男性患者から声をかけられ「もしよかったら」と、電話番号が書かれたメモを手渡されるという。M子さんは、よくおモテになるのである。しかしこのような男性方にM子さんは伝えたい。「カルテを見ればわかります」と。

楽しい会から帰宅してこれから日本海へ。乗り納めトリップである。少し眠る。


12/28(日)
3時に起きて鳥取へ。深夜の峠は雪が積もり、道はところどころ凍っていた。

某ビーチで2ラウンド。朝はレフトの波が良かった。夕方は若干サイズダウンして波もイマイチ。下がり傾向。そして明日は西ウネリ。「ここにいていいのか?」近くの温泉に浸かりながら考えているうちに、気づいたら西ウネリを拾いそうな島根まで来ていた。二週連続で神の国出雲。明日の朝が今年の乗り納めとなる。


12/29(月)
5:00起床。コーヒーを淹れ、radikoで安住紳一郎の日曜天国を聴きながら夜明けを待った。日曜天国のリスナー投稿は必聴コンテンツである。

【私は先日、生まれて初めて宝くじを買いに行きました。買い方がよくわからないので、自分より前に並んでいた人たちの動きをよく観察していました。自分の前の前に並んでいた人の番が来ました。注意深く聞いていると「鈴木、30枚」と言っています。その次の人も「鈴木、20枚」と言いました。私は、鈴木さんが多いなあと思いました。そして自分の番がきたので、大きな声で「山田、30枚」と言うと、店員さんに「え?」と聞き返されました。聞こえなかったのかと思い、もう一度「山田です!30枚お願いします!」と言いましたが、店員さんは「は?」と不思議そうな顔をしています。私はもう一度大きな声で「山田クミコです!30枚、お願いします!」…後から分かったのですが、私の前の人たちは、くじを連番で買うために「鈴木」ではなく「続き」と言っていたのです】

コーヒーを噴きそうになり、完全に目が覚めた。

やがて夜が明けて目当てのポイントをチェック。波はあいにくのプアーコンディション。しかしそのまま帰るのも虚しいので禊として入水。これが今年最後の一本!とテイクオフした波は最後に前のめりにコケて終了。こういう乗り納めも趣がある。


12/30(火)
6時に起きて30分のジョグ。まだ薄暗く冷え切った早朝だというのに、数人のランナーとすれ違った。みんな他にやることはないのだろうか。

ツイッターでお世話になっていたTさんからメッセージが届いた。うれしい。お元気そうで何よりである。

夕方、T子さんに会いに病院へ。T子さんが喋る時、口を開けてから声が出るまでに長い時は20秒くらいかかる。脳を患っているので、発する言葉を考える時、普通の人より時間がかかるのだ。帰り際、T子さんは口を開けたままこちらを見つめ、振り絞るように「ありがとうね」と言った。それはこちらの台詞である。


12/31(水)
アアアアアー。6時起床。30分のジョグからの庭でストレッチ。全身から湯気が出ていた。作業小屋の掃除からの電動工具のメンテナンスからのT子さんの見舞い。これから実家で食事会。大晦日の多忙の中、今年365回目の日記を書いている。毎日書いたが、一年を通してまったく書くことに困らなかった。明日からも困らないような気がしている。エエエエーオ、アアアアアー。

森鴎外の『青年』という小説で、主人公の純一は作家を志しているのに、なかなか小説を書けないでいる。何かせねばと書いている日記も、断片的な日々の記録にとどまっており、とにかく毎日書くということができない。途中、純一が日記のコツに気づく一節があるが、結局日記も小説も書けないまま、純一の日々は過ぎてゆく。私はその一節を書き留めて、時々読み返している。

「顔を急いで洗って、部屋に這入って見ると、綺麗に掃除がしてある。目はすぐに机の上に置いてある日記に惹かれた。きのう自分の実際に遭遇した出来事よりは、それを日記にどう書いたということが、当面の問題であるように思われる。」

アアアアアー、エーオ、エエエーオ。

 さて、残すは紅白歌合戦のみである。私は昨年も一昨年も出ていない。体調は万全。喉の調子は良い。

2025年が終わった。

 

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  • 唐木俊介 エッセイ


    1980年生まれ 広島県在住 会社員