会社を辞めて半年。いろんなところからあまりにも「電通を辞めた理由を書いてくれ」といわれるので、せっかくなので毎回違う理由を書いている。だれかまとめてほしい。自分でもわからないから毎回違うのだ。
いわく
●ブルーハーツの歌が聴こえてきたから
●そのブルーハーツを歌ったマキシマムザ亮君に出会ったから
●漫画『ボーダー』を思い出したから
●亡き父親の言葉を思い出したから
●『街クリ』の西島編集長に出会ったから
●ランボルギーニ・カウンタックが買えないから
●糸井重里さんが京都駅に現れたから
●そもそも広告が苦手だったから
●早期退職制度に応募したから
●失業保険がもらえるから
最後のほうになると身も蓋もない真実度がアップしているのだが、ほとんど映画『ダークナイト』に出てくるジョーカーみたいに、話すたびに理由が違うのである。
今は亡きヒース・レジャーの一世一代の名演と言っていいだろう、ピエロのようなメイクをした悪党・ジョーカーは、自分がなぜそんな悪に染まったかについて、訊かれもしないのに毎回、違う理由を語る。それは本当か嘘かわからない。
私もそうだ。出まかせのようで真実でもある。人生というのは複雑なもので、ひとつやふたつの原因では、人生の流れは決まらないのではと思う。航空機の事故を調査しても、単独の原因で墜落に至ったことはまずない。必ず複数のインシデント(事故につながりそうな状況)が絡み合い、アクシデント(実際の事故)に発展しているのだ。墜落していたのか俺は。
さて、そのインシデントのひとつに
●燃え殻さんが原稿を送りつけてきたから
というのがあった。
燃え殻『ボクたちはみんな大人になれなかった』(新潮社)
もちろんこういうことを書くのには下心がある。この本がたくさん売れて、燃え殻さんにたくさん印税が入れば、私が彼と会食したとき、私が頼んだ丸亀製麺の素うどんにちく天をそっと乗せてもらえるとか、𠮷野家の牛丼につゆをたくさんかけてもらえるとか、そういうことを期待して書いているのである。
ちなみに、丸亀製麺は香川県丸亀市とまるで関係ない会社だ。イメージを借りているのである。くわえてちなみに、『ドカベン』に出てくる高校は「丸亀工業高校」ではなく「亀丸工業高校」だ。
通天閣高校や赤富士高校や弁慶高校の話はそれぐらいにしていただきたい。ともあれ、上の理由一覧にも、ものを書く人達の名前がたくさん並んでいる。ものを書く人達との出会いが、真面目な勤め人だった私をフーテンにしてしまい、ものを書く人に向かわせるインシデントだったのは間違いない。
とりわけ、大きな理由、インシデントとしては
●前田将多がカウボーイになった
というのがある。
電通の同僚だったマエダショータこと前田将多さんは、私と喫煙室で毎日わずか4時間ほど一緒に過ごし森羅万象について話し合うような真面目な勤め人だったのに、ある日「僕は会社を辞めてカウボーイになります」と言い出した。聞けば少年の頃からの夢だったという。それを、ついに実行に移したのだ。
彼は、退職後ただちに北米大陸に渡り、馬に乗り大地を駆け巡った。
帰国した彼は二冊の本を上梓した。
前田 将多『広告業界という無法地帯へ』(毎日新聞出版)
前田 将多『カウボーイ・サマー 8000エイカーの仕事場で』(旅と思索社)
どちらの本も、私は涙なくしては読むことができなかった。どうかたくさんの人に読んでほしい。
もちろんこういうことを書くのには下心がある。この本がたくさん売れて、前田将多さんにたくさん印税が入れば、私が彼とコンビニに行ったとき、私が買おうとしたセンタンのチョコバリをそっとハーゲンダッツに差し替えてもらえるとか、𠮷野家の牛丼に紅生姜をたくさん乗せてもらえるとか、そういうことを期待して書いているのである。
ちなみに、ハーゲンダッツはコペンハーゲンとかデンマークとか、チョコレートやアイスクリームがおいしそうな国の出自のようだが、まるで関係ない会社だ。イメージを借りているのである。くわえてちなみに、『ドカベン』に出てきそうな高校は「取手二高」ではなく「二手取高」だ。
前田将多さんは、何年間もずっと「ひろのぶさんは、電通を辞めて本を書いて暮らす人間になると思います」と私に言い続けてきた。その彼が本を書いて暮らしている。
彼も、たくさんの要因が夢の実現までつながることになり、大きく人生を変化させたのだろう。そしてその彼の生き方がまた私の人生に変化を与えた。
先日、その前田さんが大阪で刊行記念のトークイベントを開催し、司会を務めさせていただいた。
前田さんの話を聞きたい、サイン本を手にしたい、という100人以上のお客さんが長蛇の列をなして来てくださった。
著書『カウボーイ・サマー 8000エイカーの仕事場で』は日本にはほとんどなかった、カウボーイの世界を描いた本である。マーケティングに基づいて書かれた本ではない。「想い」で書かれた本だ。「カウボーイも筆の誤り」ではなかったのである。「弘法も筆の誤り」をもじりたかっただけである。
この本の中身については、いずれまたしっかり書こうと思う。私にとっても思い入れが強すぎて簡単には書けない。
昨日、前田さんはあの夏を過ごしたカナダの牧場を再訪するために機上の人となった。いまごろはまた馬上の人となっているだろう。