私は原稿を書くのが遅い。だが対策は万全である。
1:大雨警報が出ていたから
2:朝7時まで取引先に帰してもらえず飲み屋にいたから
3:パソコンが壊れたし、あと歩いていたら犬に吠えられたから
言い訳は3つ用意した。相手の顔色を伺いながら、1番から3番までのどれかを伝えれば許されるに違いない。準備は万端だ。
当然、『街角のクリエイティブ』の編集部から催促のメールが来た。
「もう掲載時刻です。原稿の進捗はいかがでしょうか」
私は落ち着いて返信を書いた。
「すみません3番です」
遅れている上にこんな定番の小噺を書いてどうしようというのか。アメリカンジョークか。大橋巨泉か。「世界まるごとHOWマッチ」の番組開け2分間か。
遅刻が多い私は、その遅刻ぶりをツイッター上にまとめられたりしている。恐ろしい。監視社会の恐ろしさはここまできた。
そもそも、やりたくないことをやりたくないのは当然の権利であって、憲法にも保障されている。知らんけど。
やりたくないことのやりたくなさというのはもっと分子レベルで解明されなければならない。私のせいではない。科学者として言わせてもらうが、素粒子とかなんかそんなんの問題だと思う。
だいたい、なんでも急ぐと、早く死んでしまう可能性すら上がる。死ぬのにも遅刻している人が長生きと呼ばれているのではないだろうか。
基本的に、自分は「時間通りになんでもできる人間になりたい」とは考えていないふしがある。あくまで私にとってはの話だが、「こうなりたい」なんか人生でもなんでもない気がする。そんなのが通用するなら、私は今からでも宇宙飛行士だってサッカー選手だって目指せる。
こうなってしまった、が私の人生だ。もっというと、こうなってしまってからこうしたかったのだ、と言い張るのが私の人生のようだ。
さて、そんな遅刻好きな私に、絶対に遅刻できない依頼が来ることがある。リアルイベントというやつである。こういう遅刻してもべつにぜんぜんまったく構わない原稿とは違って、どこかの会場に何月何日何時何分に大勢の人が集まって待たれてしまう、ほんとうに困るあれだ。
わざわざお金を払って私の話を聞いてくださるわけだから、私と趣味嗜好が合うわけだろう。そっちも遅刻してしかるべきだろう。全員が遅刻してくれれば何時に始めても構わない感じの私の大好き系イベントになり、「行けたら行く」的な何かになり、そのほうが私らしさが出るだろう。なんなら中止でもいい。「シェフのきまぐれサラダ」みたいなのでいい。「すみません、シェフのきまぐれサラダください」「今日はイヤ」ぐらいの気まぐれさを大切にしたい。
なのに、ざっと1年を振り返っても、
小説家・燃え殻さんと書くことについての対談、
糸井重里さんたちとの公開雑談、
漫画家・上條淳士さんとの漫画についてのトークライブ、
作家・中川淳一郎さん、マエダショータさんの出版トークショーの司会、
映画監督・長久允さんたちとの映画トークセッション
音楽評論家・スージー鈴木さんとの音楽トークバトル、
・・・よくもまぁどれも遅刻せずに始められたものだ。これからは原稿は書かずに、毎回人が待っているところへ行ってしゃべるので、だいたいの内容をみなさんが書いて欲しい。それなら原稿は遅れない。みんなまじめっぽいから期待しています。
だが、遅刻が恐ろしいし、家を出るのもいやでAmazonばかり利用している私がなぜこういうリアルイベントには老体にムチ打ったり、痛風の薬を飲んででも出かけるのか。
お越しいただいた方がSNSに写真をアップしてくださるのはいいのだがアップされるたびにでぶとかおっさんとか知らない人に暴言を吐かれてもそれでも行くのか。
それは、ほんとうにほんとうにありがたいからである。
こんななにもできない、時間も守れない、痛風で足の指も痛い自分に興味を持っていただいて、足元の悪いなか、いや雨とは限らないんですが脚をお運びくださり、顔を見にきてくださり、SNSにデブと書いてくださり、いやそれは別の人が書いてるんでしょうけどそれはさておきイベント後はお話をしてくださったり・・・
なんていうか、世の中にとってどうでもいいかもしれない雑文を、夜中に一人ぼっちで書いている私に、会ってみたい、話をきいてみたいと思ってくださる方がいらっしゃる。しかもタダじゃないんだから身が引き締まる思いだが実際は引き締まらないけどそれでもいいの。
そのことは、この一週間、椎名純平さんのライブとマキシマム ザ ホルモンのライブに立て続けに行って、よりわかった。こんな偉大なミュージシャン達も、みんなお客さんをほんとうに大切に思っていて、毎回、すべてのライブで、きてくれる人たちと会いたいと思っていることが痛いほどに伝わってきた。
ものを作るってことは、つまり人と会いたいと思っているんだな、ということを私は再確認した。孤独の中で何かを作ってきた人が、誰かと邂逅する。それは、生きて行く上で、お金をもらったり、モノをゲットしたりすることとはまったく重みがちがう出来事だと感じている。
ミュージシャンじゃないから演奏することも歌うこともできないけど、お会いした人にはあーしてこーして笑ってもらったり、「ふむふむなるほど」と思ってもらったりしたい。そしてお友達になりましょう。ほんとうにありがとうございます。感謝してもしきれません。