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2026年3月30日「街角diary」田中泰延がお届けします。

田中泰延


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桜が咲きました

近所で桜が咲いたので歩いてきました。

なんとなく写真も撮りたいなと思ったので、1万円で買った15年前の中古カメラに8千円で買った15年前の中古レンズをつけてポケットに入れていきました。

スマホでもじゅうぶんなのですが、こういうカメラでも持っていくと、ちょっと撮影してみようという気分になります。

ただ桜が咲いてうれしいな、というだけの日記です。

うれしいな。はたしてそれだけか。

うれしいだけではないのが桜でもあります。


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父は、70歳のときにガンと診断され、「ガーン」と言ったらしいのですが、ちょうどそのあと桜を見に行って

「これが……最期の桜かも知れんのう」

としみじみ言っていたのですが、

なんとそのあと7年も桜を見ました。

毎年、花見に行くたびに

「これが……最期の桜かも知れんのう」

という必殺技を繰り出し、「それはええっちゅうねん」と、全員に頭をしばかれていました。

70代ともなると癌の進行もゆっくりだったのか、治療がよく効いたのか、毎回、家族が爆笑してツッコミを入れられる狼少年になってしまいました。

結果的に最後の一回だけはガチだったわけですが、そのときもみんなに頭をしばかれていて、本人は腹が立ったと思います。


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とはいえ56歳の私も、春を迎えて桜が咲くと、心の中ではいちいち

「これが……最期の桜かも知れんのう」

などと思うので、桜というのは不思議です。

まぁ、明日のことは誰にもわかりません。




花は盛りに、月は隈なきをのみ、見るものかは。
吉田兼好


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世の中にたえて桜のなかりせば春の心はのどけからまし  
在原業平


久方の光のどけき春の日にしづ心なく花の散るらむ
紀友則


昔の人も、桜を見るとなんとも落ち着かない様子でございまして、うきうきするような、あかんワシャもう死ぬというような、アンビバレントなサムシングですね。

散ってしまうからでしょうね。


願はくは花の下にて春死なむそのきさらぎの望月のころ
西行


桜を見ると死ぬ死ぬ感を出してくる、これは日本人に深く刻まれた感情なんでしょう。


敷島の大和心を人とはば朝日に匂ふ山桜花
本居宣長


ソメイヨシノは1週間もてばいいほうで、パーっと散ってしまうので、どうもこのあたりからは貴様と俺とは同期の桜的な心情が行動にまで表れてしまう、切ない話になってきます。

わしゃ長生きしたいんやけどな。

桜の樹の下には屍体が埋まっている!

と梶井基次郎までいくと死ぬ死ぬを通り越してもう死んでる始末、


「桜の花の下から人間を取り去ると怖ろしい景色になります」


坂口安吾に至っては、もう何もかも消え去ったエントロピーの果てまで到達してもなおそこに咲いているのが桜、というホラーな風景が出現しております。


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ことほど左様に、桜は怖いものに思えてきましたが、そう感じたのは私が見たのは青山墓地の桜だったからかもしれません。

いま深夜の2時半。

この時間にもう一回、見に行こう。

いろいろ思うところ、あるかもしれません。


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来週は大阪にいるのですが、不思議なことに例年、東京よりも大阪の方が開花が遅いのが桜前線というものです。

桜前線といっしょに、ずっと満開だけを追いかける旅、いつかしてみたいと思います。

風情があるんだかないんだか。

ではまた来週。

 

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  • 田中泰延 映画/本/クリエイティブ


    1969年大阪生まれ。株式会社 電通でコピーライター/CMプランナーとして24年間勤務。2016年退職し「青年失業家」を自称し執筆活動を開始。2019年、文章術を解説する初の著書『読みたいことを、書けばいい。』(ダイヤモンド社)を上梓。16万部突破。2020年、印税2割スタート・最大5割の「累進印税™︎」を掲げる出版社 「ひろのぶと株式会社」 を創業。