×

2026年2月18日「街角diary」廣瀬翼がお届けします。

廣瀬 翼


  • LINEでシェアする

廣瀬翼のカンゲキ! 観劇日記
〜舞台『ハリー・ポッターと呪いの子』〜

こんにちは、こんばんは、おはようございます。
水曜の「街角diary」、担当は廣瀬翼です。

ついに……ついに行ってまいりました!
舞台『ハリー・ポッターと呪いの子』

TBS赤坂ACTシアターで超ロングラン上演中の本作。

出典:舞台『ハリーポッターと呪いの子』観劇ガイド

昨年末、2026年12月27日が千秋楽となることが発表され、ただいま「ラストイヤー」として盛り上がっております。

2022年の日本上演開始から、ついに通算1,400回公演を達成、累計観客数は130万人を越えているのですが……

見てください!

私が観に行った1月25日の公演は「SHOW NO 1400」記念すべき1,400回目の公演だったのです!

思い返せば『ハリー・ポッター』との出会いは小学1年生。3年生の土曜参観はおやすみして家族で公開されたばかりの映画『ハリー・ポッターと賢者の石』を観に行き、こっそりお箸を杖にして登場するすべての呪文を唱え、いつかホグワーツから手紙が届くのではないかと夢見ていたあの頃。

出典:Amazon

アメリカ旅行時に「英語版だ!」とテンション上がって全巻セットを購入した大学時代。でも、帰国してから「アメリカ版とイギリス版は異なり、ほんとのほんとはイギリス版」ということに気がつきました。

7巻までの本篇完結から8年経った、社会人1年目の2016年。19年後にハリーが父親になった世界をJ.K.ローリング自身が描いた『呪いの子』が発売されると知り、真っ先に予約。

原作本篇のあの躍動感ある文章に飢えていた私は、舞台脚本形式にじゃっかん戸惑い、「これは読書じゃなくて舞台だな……」と思いました。シェイクスピアなどもそうですが、戯曲(脚本形式)って、慣れないと読みにくいよね……。

それだけハリー・ポッターを追ってきたというのであれば、それも東京在住なのだから、2022年の開幕ですぐに観に行きそうなものですが、なかなかに躊躇するもので……

シンプルに、高い。

出典:舞台『ハリー・ポッターと呪いの子』Webサイト

廣瀬は土曜・昼公演のSプラス席を取ったのですが、ランチ10回分+コーヒ代! 落語会なら4回観に行けちゃう!

日本で、舞台公演で、かなり強気の価格設定です。それで3年以上のロングランでやっているのだから、すごい。

「夜得料金」はミュージカルや人気芸能人が出る舞台で考えると一般的な価格かなとは思いますが……こちらは18:15上演の回のみ対象。毎週土曜と、月に何度か他の日にもありますが、注意したいのが終演時間。

『呪いの子』は、途中休憩も含め約3時間40分!

つまり、夜公演は終わりが22時頃になります。遅い。

……いや、でも土曜ならそれでもいいな。夜公演にしたらよかったかな……と今書きながら思いはじめました。

で、そもそもなんで1月25日の昼公演を取ったんだっけと振り返って、そうだそうだ、観たいキャストだったんだと思い出し、そしたらやっぱり17,000円かと納得し直しました。

キャストについてはあとでまた書くとして、実際に観劇した感想としては……


● ハリー・ポッターが好きなら、見て損なし! 1回の体験としては決して高くない

● 1回だけなら、できればSS席、難しくてもSプラス席を取るべし!

● 可能なら1階SS席。魔法もキャストの演技も迫力が段違いのはず

● でも、もう一度同じ金額を払って観にいくかと言われたら、うーん……好きなキャストが夜得料金で見られるなら、かなぁ

● ハリー・ポッターを知らなくても楽しめるけど、ちょっとストーリー理解が追いつかないかも。公式サイトにある概要だけでOKなので、事前準備は必要

という感じ。

さてさて、ここから観劇レビューを書いていこうと思いますが、まあ大長編になりそうな予感がプンプンなので、先にチケット購入情報を載せておきますね!

さあ、これからが本番です。

ハリー・ポッターがお好きな方は、一緒に楽しんで。あんまり詳しくはないという方は「廣瀬がオタクを発揮して楽しそうだ……」と動物園の動物を見るような気分でお楽しみください。

ああ、そうそう。学校や職場でこっそりこの画面を開いている、あなた。先生や上司が後ろを通らないように、しっかり「忍びの地図」で確認してくださいね。では、まいりましょう。

「われ、ここに誓う。われ、よからぬことをたくらむ者なり」


あらすじ 〜魔法がいま、現実になる。ハリー・ポッター、19年後のストーリー〜

ハリー、ロン、ハーマイオニーが闇の帝王・ヴォルデモートを打ち破り、魔法界を救ってから19年後。魔法省で働くハリー・ポッターはいまや三人の子の父親。

今年ホグワーツ魔法魔術学校に入学する次男のアルバスは、英雄の家に生まれた自分の運命にあらがうように、父親に反抗的な態度を取る。一方のハリーは、赤ん坊のときにヴォルデモートの手によって両親を失い、ダーズリー家で虐げられながら育ってきたため、「親」を知らない。父親としてうまくふるまえず、関係を修復できずにいた。

そんな中、アルバスは魔法学校の入学式に向かうホグワーツ特急の車内で、偶然一人の少年と出会う。その彼とは、父ハリーと犬猿の仲であるドラコ・マルフォイの息子、スコーピウス。2人は学園生活を通し、仲を深めていく。

その頃、魔法省では過去にすべて処分したはずの「タイムターナー(逆転時計)」がまだ存在すると話題に。その話を聞きつけたアルバスは、スコーピウスとともに、ある計画のためにタイムターナーを盗み出す。

その計画とは、ハリーが4年生の時に出場した「トライ・ウィザード・トーナメント(三大魔法学校対抗試合)」の最終戦で、ハリーととも優勝杯に触れたためにヴォルデモートの策略に巻き込まれ亡くなったセドリック・ディゴリーを取り戻すこと……。

そして、その行動がやがて、魔法界の過去と現在を巻き込む出来事へとなっていく——。


もはやそれが普通?! 「5分に1回」登場する魔法の数々

本作の“わかりやすい”みどころは、やはり「魔法」。

お菓子を食べたら耳から煙がポッポーだし、

杖先は「ルーモス」で光るし、杖から炎は出るし、光線も出るし、

杖を一振りすれば散らかった執務机の書類はパッと整頓されるし、

タイムターナーは本当に本からポコンと飛び出してくるし、時空を遡ると視界がどぅるんと水の波紋のように揺れるし、アルバスたちはポリジュース薬で変身してしまうし、魔法省への入り口はロンドンの電話ボックスだし、人が本棚に吸い込まれるし、ジニー(ロンの妹で本作ではハリーと結婚していてアルバスの母親)が杖を振れば客席まで光るし……

何を言っているかわからないと思うのですが、とにかく全部が現実に起こるのです。あらすじ紹介の冒頭でつけた動画の世界が、そのまま目の前に広がります。あの動画、誇張でもなんでもなく、ほぼ100%現実です。

公式番宣によると魔法が披露される数は「5分に1回」

謳い文句にも「魔法がいま、現実になる」とあるぐらいですから、やっぱり1番の売りなんでしょう。

ですが、あえて言います。
この舞台、本当の見どころは魔法じゃない!

私の妹には「魔法がすごいから!」とおすすめされ、観終わった後も「魔法がすごかったでしょ!」と言われたけれど、「あ、そういえば魔法使ってたな……?」ぐらいの感覚。

5分に1回なんて頻度で当たり前に魔法使われちゃうと、観ているほうも慣れちゃうんです。

もはや「ん? どれが魔法だった?」くらい。

舞台演出としても、魔法をかなりさりげなく入れています。「はいっ! ここ魔法です! 見よ!」みたいな感じはない。

でも、考えてみたら主人公たちは魔法の世界に生きる人たちで、魔法が日常なのだから、どこから魔法なのかわからないくらい当たり前に魔法が使われているのって、当然のことですよね。リアル。

それだけ自然に魔法を舞台で使うには、いろんな発想と努力とトレーニングと……本当は「ここがすごい魔法なんです!」とアピールしたくなるくらいの物語があるだろうと思いますが、でもそこをグッと抑えて、マジックショーにはしなかったこと

それが、舞台としてのクオリティをグンと上げてくれているように感じました。

いやぁ、ハリー・ポッターはね、ひょっとして本当にある世界なのかもって思えて、少年少女はホグワーツからの手紙を待ち望んでしまう、そのリアルさが魅力なんです。だから、魔法を魔法と感じられないくらいさりげなく演出してくれていることが、うれしかったなぁ。


公演前から、ハリー・ポッターの世界ははじまっている

「じゃあ、どこが見どころやねん?」の話の前に。

いくらステージ上で魔法が当たり前だからといってもね、それがスルリと入ってくるのには、ステージ上だけではない演出の数々があります。

体験は、赤坂の駅に降り立ったその時からはじまっている——。

ということで、まずはシアターの周りのハリー・ポッターワールドと、シアターについてご紹介。

千代田線・赤坂駅を出てエスカレーターを上がると、柱には洋風の彫刻。空の模様に、一面に並ぶ絵画。ホグワーツを連想する景色が広がっています。

そして、TBS赤坂ACTシアターに向かう階段には、大きなタイムターナー。「Wizarding World Gate」と名付けられた、大人気フォトスポットです。人気すぎて当日は人が入り込んだ写真しか撮れなかったので、公式Xからご紹介。

出典:舞台『ハリー・ポッターと呪いの子』公式X

階段を登ってシアターと反対方面に曲がりますと、これまた「忍びの地図」のような地図が。

もうね、駅周辺は街並みがハリー・ポッターになっています。

メニューも内装もハリー・ポッターの世界にインスパイアされた「Harry Potter Cafe」は要予約▶︎

このヘドウィグの向かいには「TULLY’S COFFEE」があるのですが、その店舗もハリー・ポッター仕様になっています

さて、今度は先ほどのタイムターナーの階段まで戻って、シアター側に歩いていくと、ホグワーツ校からの手紙(入学許可証)とヘドウィグが。ここもフォトスポットですね。

他にも、狼男の影やディメンターのシルエットなど、いろんなフォトスポットがあるので、ぜひ探してみてください!

そして、ヘドウィグの隣の階段をさらに上がってシアターに入りますと……

そこはもう、ホグワーツ。

出典:舞台『ハリー・ポッターと呪いの子』Webサイト

このフロア(2Fです)がすごくって、右手に見える本棚の裏側には、キャラクタースケッチや杖のデザインなどが飾られています。テンションあがる!

ステージ上でも登場する「魔法省」への入り口のテレフォンボックスのフォトスポットもあります。記念撮影に行列ができていました。

フカフカな赤いカーペットには、ホグワーツのマーク。

客席に入りますと、ステージはすでにキングスクロス駅です。

2階席・前から2列目のほぼ中央でした(Sプラス席です)

さらに、壁のライトもドラゴン。

実はこのドラゴン、個体差があるそうです!

ステージ横の壁も、レンガ造りになっています。

ちなみに、客席もフロントも、公演中以外は写真撮り放題です!

ただ、人が多いので、いいカメラを持って行ってもあんまり撮れないかも。スマホで十分じゃないかな? と感じました。


超スピード感! それを実現する一糸乱れぬ役者たちの連携

そうしてステージがはじまるわけですが……最初は、ちょっと急かされるような感じがするくらいのスピード感で驚きました。セリフもかなり早口。普通のテレビドラマを1.25倍速で観ているくらいの感覚。物語が本格的に進む頃には慣れてくるのですが、はじめはちょっと身構えた。

シナリオとしても、アルバスがホグワーツに入学して、4年生まではグッと季節早回しで時間が飛びます。

もともと読んでいたからね、そこの時間が飛ぶことは知ってはいたのですが、やっぱり舞台で改めて見ると、アルバスとスコーピウスがホグワーツでどのような時間を過ごして仲良くなっていったのかは、もう少し観たかったなって気もする。

とはいえ、終わって全体を振り返ると適切なのかなと感じるし、退屈する隙のない展開です。

全体的なスピード感・展開の速さを可能にしているのは、うまく小物を活用した最小限の演出とキャスト陣の一糸乱れぬ連携です。

例えば、トランクがパッと列車のコンパートメントになり、あるいは墓石になり。

このトランクたちをキャスト陣がパッと並べてホグワーツ特急に見立てます(出典:舞台『ハリー・ポッターと呪いの子』Webサイト)

ステージ自体の仕掛けとしては、「中央が丸テーブルで回るようになっている」「その丸テーブル部分から、嘆きのマートルの水道が出現する」「前方が水槽になり、役者が水から登場する」の3つくらいでしょうか。

いや、それもじゅうぶん大掛かりで、そのための特設ステージでないとできない演出ですし、逆にロングランでないと難しく地方巡業は厳しいかなと思うところでもあるのですが、とはいえもっともっと大掛かりなんじゃないかと思っていんですよ。

だから、ホグワーツ特急がトランクを並べて表現され、その下のステージの回転と役者の揺れで走っている様子が伝わってきたときは……これはおもしろいぞ! と。魔法を期待してきたけれど、魔法以上におもしろく見応えがあるとまで思いました。

そのシンプルな演出で十分リッチに感じるのは、世界観と自然と差し込まれる魔法、それと闇の使い方が巧みなのだと思います。闇と照明の工夫により、視線がばらけず集中できるんですね。だから、周囲に大掛かりな装飾をしなくても、自然と話の中心である主人公たちに目がいき、没入していく

それから、シンプルな演出だけど、シンプルだからこそ大変なキャスト陣(特にアンサンブル)の一糸乱れぬ連携。それを特に感じられるのは、「動く階段」のシーンです。

ホグワーツといえば動く階段ですが、ステージでもたびたび登場します。

その階段の動きは、生徒役のアンサンブルの役者たちが自ら階段を押して表現しているのですが……

速い!!

そんな階段を活用したシーンを客席視点と一人の生徒・グレイグ視点で撮影した貴重な動画が、Xに公開されていました。

……グレイグ視点、こっわ!!

別の生徒、階段の手すりから横に飛び降りてるし!!

「王様のブランチ」(2026年2月7日放送)で加藤諒さんが階段上を体験していましたが、中ぐらいで「かなり高い」との感想。さらに実際に動かされてキャーキャー叫び、「遠心力で……!!」と言っていました。

一歩間違えればケガしかねない、キャストみんなの呼吸があっていなければ生み出せない演出。

このステージの1番の見どころは、その連携による見応えだと、私は感じました。


映画からそのまま飛び出してきたマートル

役者のすごさという点で、もう一つ。こりゃすごい! と思ったのが「嘆きのマートル」です。

なんというか、

まじマートル。

出典:舞台『ハリー・ポッターと呪いの子』Webサイト

マートルは幽霊なので19年たっても年齢も見た目も変わっておりません。

女子トイレの円形水道。この輪っかの上で常にふ〜らふら。その姿は実態のある役者さんのはずなのに、まさにゴーストのマートル。すばらしい浮遊感。つかみどころのない雰囲気と、ちょっぴり何かに怒っている感じ、急に迫ってくる勢いと怖さ……どれもが「まじ、マートル」

公式のこちらの動画でも、あの甲高い声と急にドスを効かす感じのマートル感、伝わると思います。

それにしても、本当にぜんっぜん地面に降りてこないんです、マートル。ずっと輪っかの上でくるくる。それで演技を続けるんだから、すごいよ。シルク・ド・ソレイユ。それを、そんなことしたことのないであろう役者さんがするんだから、役者ってすごい。

マートル役の出口雅子さんは、最初「本当にこの上で演技するの?!」と思ったそう。そりゃそうだ。そして、練習でこの水道と“仲良く”なろうとしていたそうです。


本当に寒い……あの空間には、ディメンターが実在した

もう一つ「まじ、いた……」と思ったのが、ディメンターです。

なんというか、いるのに、実体がないような。そして寒気がする、空恐ろしさ。闇に溶け込み、闇から生まれる感じ。

出典:舞台『ハリー・ポッターと呪いの子』公式X

ディメンターが、いた。

ハリー・ポッターの体験といえば、ユニバーサルスタジオジャパン(USJ)のアトラクション「ハリー・ポッター・アンド・ザ・フォービドゥン・ジャーニー™」がありますが、これまでそこで登場するディメンターには「Oh、人形……」と感じてしまっていたんですね。

それが……舞台で! 本当に!

まじ、ディメンター!

先ほどの写真、ほぼ加工なしですよ、本当にそのままに目の前にいます。なんなら客席にもいて、もっとディメンターです。

びっくりしました。感動しました。ディメンター見て喜んでるとかおかしいし、確実にヴォルデモート側の発言だろって感じですけど、いや、すごいと思った。

このディメンターを実現しているのは、きめの細かいオーガンジーの布でつくられた衣装だそう。

ですが、それだけじゃない。

その衣装を揺らす風、闇と光の照明、ディメンター自身の動き。

そして忘れちゃいけないのが、ディメンターを前にした登場人物の反応や、幸せを吸い取られるとの時の身のよじり。対峙する人間側がリアルだからこそ、よりディメンターがリアルになるのです。

胸から吸い取られるこの感じ、ちょっと人間的じゃない動きですよね。もう今日何回書いているかな、やっぱり役者ってすごいよね。


J.K.ローリング自らが舞台のためにつくったストーリー

とまあ、ここまで演出やら役者ってすごいって話やらを書いてきたわけですが、何より舞台はやっぱりストーリー。肝心の物語はどうやねん? というところ……は、

安心してください。
原作者J.K.ローリングが自らストーリーを担当しています。

写真の左から脚本のジャック・ソーン、J.K.ローリング、演出のジョン・ティファニー。

3人でともにオリジナル・ストーリーを作成後、ジャック・ソーンがそれに基づいて脚本にし、英国オリヴィエ賞と米国トニー賞の両方を受賞した世界的演出家のジョン・ティファニーが演出を手がけています。

そんな本作は、これまでに英国演劇界の最高名誉ローレンス・オリヴィエ賞、米国演劇界最高名誉トニー賞を含む60以上の演劇賞を世界中で獲得しているそう。

最初はね、どうなんかなーとも思ったのだけど。原作の舞台化ではなく、舞台のための脚本をつくったのは大正解だったと、観劇後のいまは思います。

ストーリーも表現も舞台を前提につくられているからこそ、そして原案段階から脚本家・演出家も一緒に話しているからこそ、魔法が浮くことなく自然に話が流れていく舞台にできたのではないでしょうか。


ハリー・ポッターらしい“ダメさ加減”も健在

さすが原作者が入っているだけあるなぁと思ったのは、登場人物の“ダメさ加減”。

ハリーの尊大なプライドと身勝手な正義感とどこか常に不安や弱さを抱えている繊細さとダメさ加減も、

ロンの間抜けでお調子者でへっぴり腰なのに最後は勇敢で一緒にいてくれる人の良さも、

ダンブルドアのなんでも知っている賢人で常に余裕があるように見せかけて実はとても弱くズルくて肝心なことをのらりくらり言ってくれないところも、

若い者がちょっとずつすれ違ってウジウジ悩んで拗れに拗れていくんだけど最後は和解して戻ってくるという流れも

すべて、健在です。

……いや、君ほんまにハリー・ポッター好きなん? って感じのこと、書いてるでしょ、私。主要登場人物、主役に対してそれでええんかいって感じの。

そうなんですよ、ハリー・ポッターって、なかなかにみんなちょっとずつ、いやかなりポンコツでダメなところがあるんです。だけど、最後はいい奴なんです。それが魅力なんです。

正直、最初に『呪いの子』を本で読んだときは、息子へ売り言葉に買い言葉で「おまえが息子じゃなければよかったと思うこともあるよ」って言っちゃうなんて、ハリーってこんな性格悪い大人になってしまったんか……と面食らっていたのですが——

舞台で動いているのを見ていて「あ、そうだ、ハリーってそういえば結構短気で、売り言葉に買い言葉ってよくあって、意地っ張りで、ちょっと他責的だったわ」って思い出しました。

そっかぁ、きっと原作では地の文でハリーの気持ちとか状況とか書いてあったからすんなり入っていたので、脚本はそこが少ないから、発言だけでしっくりこなかったんだろうなぁ。

その行間を役者がしっかり埋めてくれたとき、いや何より原作通りだわってなる。役者も、J.K.ローリングも、さすがだ……。

反対にとても成長したのが、ドラコ・マルフォイです。……が、それすらも、血統と家には誇りを持っているマルフォイ家の人間として違和感がまったくなく、その後の経験を考えるとすごく納得のキャラクターでした。

むしろね、ハリー・ポッターの世界の中で、スコーピウスが異常。どうしたらあの環境・あの世界で、そんないい子に育つんだ……。


J.K.ローリングの“容赦なさ”も健在

ところでJ.K.ローリングって、まあ容赦ないんですよ。ヘドウィグも、屋敷しもべ妖精のドビーも容赦なく殺しちゃうし、あのロンの兄で双子のフレッドとジョージも最後は一人になっちゃうし……何度原作を読みながら「ひとでなし!!」と思ったことか。

ちなみに、映画でフレッドを演じたジェームズ・フェルプスは、原作でフレッドの死を読んだのは来日中で新幹線の上だったそう。

「ちょうどその時に、車掌さんが来て、切符を求められたんだ。彼は『切符、切符』って僕を促してきたんだけど、僕にできることと言ったら、彼を見て『いいかい、僕はたった今死んだんだ。少し放っておいてくれよ!』って言うことだけだったね」

FRONTROW「『ハリー・ポッター』フレッド役、日本旅行中に「フレッドの運命」を知った時の衝撃を振り返る」より

今回の舞台でも、そのJ.K.ローリングの容赦なさは健在だなと感じました。

ディメンターのキスあるし。アルバスに対する周囲の声、スコーピウスに対する偏見の目、どちらも子供に対してとても酷だし。

そして何より、スネイプですよ。

歴史が変わり、ハリーは負け、ヴォルデモートが君臨する世界に降り立ったスコーピウス。その世界では、まだスネイプがいました。

スコーピウスから元いた世界について聞いたスネイプ、ハーマイオニー、ロン。ヴォルデモートに打ち勝った世界があることへの希望と喜びとともに、ふと「そのとき、あなた(スネイプ)は……」という問いが。

それに対して、スネイプが冷静にいうのです。

「おそらく、私は死んでいるだろう」

それを、スネイプ本人に言わせるのかぁ……

J.K.ローリングのひとでなし……!


「愛」がテーマなのも、やっぱりハリー・ポッター

ハリー・ポッターは『賢者の石』からずっと根底にあるテーマが「愛」です。

死の呪文「アバダケダブダ」に打ち勝ったのは、ハリーの母リリー・ポッターの愛。

そうして、危険なダブルスパイをつづけ、反ヴォルデモートに影ながらしかしもっとも貢献したセブルス・スネイプの、リリー・ポッターに対する純粋すぎる愛。

ヴォルデモートに対する何よりの力は、愛なのじゃよ、ハリー。

そして私は、『ハリー・ポッターと呪いの子』のテーマも、やっぱり「愛」なのだと感じました

そもそも「呪いの子」というタイトルそのものが愛との対比で、愛を意識していますよね。

ハリーとアルバスの親子愛。

期待が重くて素直になれないアルバス。

母親の命を懸けた究極の愛に守られてきたけれど、親からの愛を直接受けたことがなく、どう愛を表現したらいいのかわからず苦悩するハリー。

そのどちらもを包み込む、ジニーの愛。ジニーは、『秘密の部屋』の引っ込み思案な女の子から、モリー・ウィーズリーの肝っ玉母さんの血筋を感じる素敵な女性になっていました。

ドラコ・マルフォイとスコーピウスの親子愛。

ケンタウルスにより、アルバスに危険な黒い影が迫っていると告げられたハリーは、アルバスとスコーピウスを引き離します。

そのとき、ポッター家に乗り込んできたドラコ・マルフォイ。

「スコーピウスが、泣いている」

だから、二人を引き離すな、と。

ハリーは19年前、自身の命を救ってくれた人であり、少し距離をとって挨拶をするくらいの関係になっていることは『死の秘宝』の最後にも描かれていました。

それでも、ハリーのことは好いていない。むしろ嫌いなはずのドラコ。「あのポッターの息子と仲がいいとは何事か、父さんとハリー・ポッターの関係を知っているのか、離れなさい」と、ドラコこそ息子に言っていそうなのに。

息子の友人関係に自身の人間関係を持ち込まず、息子の希望を大切にする。そのためなら、大嫌いなハリーのもとへだって話しに行くし、さらには息子を取り戻すためにハリーと協力だってする。

『呪いの子』のドラコ、本当にいい奴でイケメンでした。

親に会いたい、愛の希求。

『呪いの子』の騒動のすべてのはじまりは、ある人の「親に会いたい」。たったそれだけの、愛への渇望なのです。

愛は、呪いにもなる。
愛への執着は、他者を傷つけることも厭わなくなる。

最強の守護ともなる「愛」だけど、触れ方・扱い方によっては表裏一体です。

スコーピウスの、友への愛。

個人的に、本作の本当の意味での主人公は、スコーピウスだと思っています。

自身の境遇を受け入れ、決して憎まず腐らずまっすぐなスコーピウス。

アルバスの“ダメさ”も全部わかっていて、それでも一緒にいたいと願い、そして言葉にして伝える友への愛。

アルバスの尊大さによって過去が変わり、これまでと変わってしまった現実を正していったのも、スコーピウスの優しさと友への愛、そしてまっすぐさです。

本当に、いい子。

……『ハリー・ポッター』って、原作ではスネイプの愛がすべてを支えるし、舞台ではスコーピウスの愛がすべてを支えるし、スリザリンの陰なキャラクターの愛が美しいんですよね。スリザリンの人々は、良くも悪くも愛が一途で深すぎるのかもしれません。


ちょっとモヤッとしたところ

ここまで、手放しでしっくりきたところやよかったところを書いてきましたが、反対にちょっとモヤっとするところもありました。

全体にちょっとストーリーが粗めな印象

まず、タイムターナーの設定です。

タイムターナーは原作の第3巻『アズガバンの囚人』で登場する道具。使い方は「首にチェーンをかけて、砂時計を一回まわすと1時間遡る」です。

それが、舞台のタイムターナーは時間の飛び方も長さも異なります。タイムターナーにも用途によっていくつか種類があるとしたとしても、そんな便利にピッタリと飛びたい時間に飛べる? 一定時間したら元の世界に戻る? って。

原作の中で『アズガバンの囚人』が一番好きだからこそ、うーんってなりました。

それから、過去に飛んだ時の行動の影響について。

『アズガバンの囚人』では、過去に飛ぶ前から、過去に飛んだハリーとハーマイオニーの行動がピタッとパズルのようにハマっていたんですよ。つまり、過去に飛んで未来を変えたのではなく、最初から過去に飛んで行動することになっていた……という感じなんですよね。

それが『呪いの子』ではグングン変わる。いいのか、これ?

分岐した世界はどうなるの? 問題。

アルバスとスコーピウスの行動によって変わった未来。そこでは、2人がいた世界にいたはずの人がいなくなっていたりします。そこで物語の途中からは、セドリックを取り返すのではなく、もとの未来に戻すことに軸が移っていくのですが……

それはさ、今度は君たちが分岐させた世界で生きていた人たちはどうなるの? そっちの世界で生まれた人もいたかもしれんのよ? 傲慢じゃない?

それから、敵に対する姿勢も……血筋とか、親とかに悩んできたみんなだから、もう少し話ができたんじゃない? 問答無用に「そいつが悪」でいいの? とモヤっているし、その敵の動きもなんか無駄が多いというかズサンだなとモヤっているのですが、それは書いてしまうとネタバレが過ぎるので、観に行った人、一緒に語りませんか。

最後に。これは他に比べたら小さな話かもしれないし、日本語だけの話なのですが……

「ヴォルデモート」が英語に合わせて「ヴォルデモー」なの、むずむずする〜!

そして、

スネイプの一人称、どうして我輩じゃないの〜?!

原作も、映画も、スネイプは「我輩」なのよ〜!!

とまあ、いろいろあれど、とはいえフィクションだし舞台だからそういう部分は多少はあるよ、スピンオフ的な作品だしとは思えます。ああ、でもスネイプには「我輩」って言ってほしかった……。


豪華キャスト陣! ラストイヤーは歴代ハリー大集合も!

さてさて、キャストについてです。

私が観に行った回のキャストリストは、こちら。

本棚がキャストリスト! おしゃれ!

私がこの公演を選んだのは、ハリーが平岡裕太で、ダンブルドアが市村正親だったから。

歴代ハリーの中でも、私のイメージに平岡裕太はかなりしっくりきたんですよね。

そして、市村正親。いやぁ、しっかりダンブルドアでした。それにしても「エイモス・ディゴリー / アルバス・ダンブルドア / セブルス・スネイプ」と3役って……全部、髪型も髭も違うし。裏ではかなり大変なのではなかろうか。

想像以上にハマり役だったのが、ひょっこりはんのロン。お調子者な感じとちょっとした情けなさ、だけど誰よりも愛情深い人柄の良さ。そして、ポリジュース薬でアルバスがロンに変身したときの、絶妙なぎこちなさ。それが全部にじみ出ていて。いやぁ、よかった。

ちなみに、ロンは初代がエハラマサヒロ、その後もひょっこりはん、関町知弘(ライス)と吉本芸人が配役されています(他のキャストもいます)。それが、合う!

そして、観終わってから気づいてびっくりしたのが、マクゴナガル校長とアンブリッジを同じキャストが演じているということ……!

演じていたのは、舞台百戦錬磨の白木美貴子さんですが、マクゴナガル先生はあの公正・公平で厳格なマクゴナガル先生だったし、アンブリッジは笑い声の鼻につくものすごく嫌なアンブリッジで、本当に同一人物……?! 今でも疑っているほどに、違いました。

ちなみにマクゴナガル先生、7月以降はあの榊原郁恵と高橋ひとみもキャストに参加するそうです!

出典:舞台『ハリー・ポッターと呪いの子』Webサイト

さらに、吉田鋼太郎も声のみで出演。いやぁ、ええ声でした。

ちなみに、キャストはみんなオーディションなのだそう。歴代ハリーには藤原竜也や藤木直人、向井理なんて超有名芸能人が名を連ねているので、オーディションだとは知らなかった……

平岡裕太もオーディションを受け、オーディション動画を本国(イギリス)に送って結果を待っていたそうです。

そしてそして……

ラストイヤーの2026年は歴代ハリーが大集合

さらに、あの小野賢章が参加です!

出典:舞台『ハリー・ポッターと呪いの子』Webサイト

映画ファンからすると小野賢章の出演は激アツです! 全ハリー・ポッター映画のハリー吹き替え声優ですよ!!

ちなみに、本作はイギリス原作で脚本が絶対。アドリブなんかはNGなのだそう。

でも、だからこそキャスト一人ひとりによる違いがより見えてくるそうです。

共演者やスタッフによると、藤原竜也は「藤原竜也、だけどやっぱりハリー、でも藤原竜也」。石丸幹二は「父親の安心感」。向井理は「超スタイリッシュ」。大貫祐介は、ふとした動きがバレエの所作の美しさ。上野聖太は、1年目からアンサンブルで出演しハリーのカバーを務めていた、この舞台を知り尽くした人……。

お気に入りのハリーを見つける。それも複数回見る楽しみですね。

キャストにより出演時期が異なるので、自分が見たいハリーがいつ頃の出演予定か、今のうちに公式サイトのキャストリストからチェックしておきましょう!

▶︎ CAST & CREATIVE STAFF


最後に、イギリス本国のエピソードを2つ

イギリスだと、こんなことも起こります。

いま、ドラコ・マルフォイ役に

映画でドラコ・マルフォイを演じたトム・フェルトンが!

いやぁ、イギリス行きたい!! そりゃ、歓声鳴り止まないよね!!

この“Scaried? Potter”とか最高にマルフォイ。あの貴族的な美しい嫌味な感じ、最高にマルフォイ!

もう、生でなく動画で観られただけでも、幸せ……。

一方で、舞台『ハリー・ポッターと呪いの子』は必ずしも「映画のハリー・ポッターシリーズの再現」をしようとしているわけではありません。

2016年の初演時、ハーマイオニーのキャストが黒人俳優のノーマ・ドゥメズウェニで話題になりました。英国版のPR動画でも、ハーマイオニーと娘のローズは黒人系俳優です。

エマ・ワトソンのイメージが強過ぎるくらいについている、ハーマイオニー。批判や疑問の声も上がりました。

ところがそれを、J.K.ローリング自身が一声でピシャリ。

「ノーマが選ばれたのは、彼女がこの役に最もふさわしい女優だったから」

CNN.co.jp

「はっきり言っておくが、黒人女性のハーマイオニーもあり得る。私は熱意を込めてそれを絶対的に支持する」

CNN.co.jp

前年の2015年にはTwitter(現X)で「白い肌と指定したことはない。黒人のハーマイオニーも大好き」ともコメントしていたそう。

言われて考えてみたら、確かに原作でもハーマイオニーはくせ毛で出っ歯とは書かれているけれど、肌の色には言及されていないし、人種を特定するような髪色や瞳の色も書かれていません。

自身の思い込みと視野の狭さを感じ、J.K.ローリングの視野の広さと懐の深さに感嘆した出来事でした(さっきまで「ひとでなし」とまで書いていたのに)。

今回の観劇日記、結構しっかりモヤりポイントも書いたつもりです。

実際、見終わった直後はモヤモヤのほうが大きくて、なんだか腑に落ちませんでした。

でもそれが、1週間くらい経って思い返すと、「いやいや、まさに観ていたあの時、あのキャストの動きやディメンターに感動していたよね、実際すごい舞台だったよね」と、体験の存在がどんどん大きくなっていく。

そうして今は、もう一度観に行きたいと思っています。

そういうステージって、やっぱりいい舞台なのだと思う。

そしてきっとモヤっていることの半分——過去を変えることで分岐した先の人たちはどうなるのかの話と、敵に対する向き合い方の話——は、もっと時間をかけて一人ひとりが考えるべき倫理的な話でもあるように思うのです。ちょっと、難しく考えすぎかもしれないけれど。

ええ、とにかくまとめると

ハリー・ポッター好きは1度は見るべし!

見て損はない!!

ラストイヤー。魔法が解けてしまう前に、ぜひ、チェックしてみてくださいね。

さあ、本日のdiaryはここで終わりです。この先は、劇場で。

「いたずら完了」


舞台『ハリー・ポッターと呪いの子』
原作 J.K.ローリング

2026年12月27日千秋楽

ハリー・ポッターと呪いの子

ハリー・ポッターと呪いの子 第一部・第二部 舞台脚本 愛蔵版
J.K.ローリング(著)、ジョン・ティファニー(著)、ジャック・ソーン(著)、松岡佑子(訳)|講談社

ハリーポッター全巻

ハリー・ポッター シリーズ全巻セット
J.K.ローリング(著)、松岡祐子(訳)|静山社

  • LINEでシェアする
  • 廣瀬 翼 レポート / インタビュー Instagram


    1992年生まれ、大阪出身。編集・ライター。学生時代にベトナムで日本語の先生を経験。食物アレルギー対応旅行の運営を経て、編集・ライターとなる。『全部を賭けない恋がはじまれば』が初の書籍編集。以降、ひろのぶと株式会社の書籍を担当。好きな本は『西の魔女が死んだ』(梨木香歩・著、新潮文庫)、好きな映画は『日日是好日』『プラダを着た悪魔』。忘れられないステージはシルヴィ・ギエムの『ボレロ』。