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2025年9月4日「街角diary」上田豪がお届けします。

上田 豪


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ちょいと気になる④

俺の好きな広告のひとつに、「人は誰でもミスをする」という有名なコピーを掲げたメルセデスベンツの企業広告がある。

出典:広告朝日

アートディレクションも写真も素晴らしい。なにより、この素晴らしいキャッチコピーと被写体の子の不安そうな表情と佇まいの掛け算が、訴えたいメッセージをより強く伝えている。

俺にとっての広告とは、こういうコンテンツとして見応えのあるものに昇華されているものを言うのだ。

「ちょっとちょっと、今まで書いてきたものとは違っていきなり真面目な広告についての話を始めやがるのかこのおっさん」と思った読者の皆さん、安心してください。

「いま何を読まされたんだろう」と言いたくなるような読後感を伴うくだらない文章を書くというテーマは忘れていません。多分。


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この文章がみなさんの目に触れる日、9月4日にいよいよ入院する。

そして翌日、腎臓結石&尿路結石の手術の予定だ。
手術自体は2時間程度で終わるらしいのだが、時間内に摘出できない可能性もあり、そうなると再度手術をしなければならないらしい。わりとおおごとかもしれない。

手術といえば、考えてみれば25歳の頃に虫垂炎で腹を切って以来の手術である。

あの時、手術前にインターンの若い女性看護師に剃毛されるという予想外のイベントがあった。若い子は勘弁してくれよと思いつつされるがままにツルツルにされ、さらに「さすがにそこは関係ない場所なのでは?」と疑問がよぎったラジエター裏の方までつるつるにされるという辱めを受けたのち、手術室に連行されたのだった。

麻酔を背中に打たれ、少し時間が経った頃に麻酔が効いているか乳首の脇あたりを金属製の凶悪な洗濯バサミみたいなもので軽く出血するくらい摘まれた。あの時すかさず思いっきり痛がる真似ができなかったのは反省している。

手術中のことで鮮明に覚えているのは、とにかく局所麻酔というものの中途半端さだ。

切られているという痛みは全く感じないにも関わらず、腹の中をゴソゴソグイグイまさぐられていることが伝わってくる不思議な感覚と、手術室に流れている曲がなぜか喜多郎の曲だったことだ。なぜ喜多郎だとわかったかというと、執刀医が喜多郎かけてと助手に指示していたからだ。鬼太郎の方だったら縁起でもないところだ。ゲゲゲ。

腹の中をまさぐられつつ時折り金属が触れ合ってカチャカチャいう音を聞きながら天井を見ていた時、手術の途中で執刀医が「あっ……」とか「これは……」とか呟いたらすっげえ嫌だなと、ふと思ったことを覚えている。

だが、しかし。
今回の手術は、局所麻酔ではなく全身麻酔だという。

ある意味よかった。

執刀医の「あっ……」とか「これは……」とか「あちゃー」とか「やべっ」とか「弾丸があるぞ」とか「これが機械の身体か」とか余計な会話が聞こえなくて済む。不安は人を狂わせる。

不安といえば、注射が嫌いな俺は「全身麻酔は背中とかに注射打つ感じですか?それともガスマスクみたいなので麻酔を吸う感じですか?」と聞いたところ、「いまは点滴するんですよ」と教えてくれた。なんだ点滴かとホッとしたのも束の間、点滴も注射やんけと気づく。天敵と対峙するには事前の心構えが必要だ。そして剃毛のことを聞くのを忘れた。インターンの若い女性看護師が来ないかとても不安だ。

そういえば田中泰延に「術後どのくらいで回復するのか見当もつかないんだよな」と話したところ、「昔、広島で撃たれた時と同じくらいじゃない?」という返事が返ってきた。すかさず「だとしたら1ヶ月くらいか」と答えつつどうやら聞く相手を間違えたらしいことに気づく。

そして俺は気づいてしまった。
全身麻酔が伴う手術というのは、人に命を預けるということだ。

もしなにかのミスという名の外的要因が手術の成功を阻むとしても、あるいは悪意という名のなんらかの見えない悪の組織の力が働いて手術の成功を阻むとしても、俺はそれに抗うこともできない。生板の上の恋、もとい、まな板の上の鯉というやつである。

つまり、たとえ簡単な手術だとみなされていたとしても、全身麻酔が伴うという時点で100%生還できるとは限らないのだ。ともすれば人造人間にされる恐れすらある。奇怪だ。

そもそも人に身を任せるということは、万が一のミスも受け入れるということである。人は誰でもミスをする。俺はこれまでその前提で人と関わってきたと思う。なにより俺自身こそが人生ミスしてばかりだ。

10代のある時期から俺は自分が生きることに対する執着心がない。どんなタイミングでもどんな原因であっても自分の命が潰える場面が来たらそれは運命だとしか思わないと思う。

今回の手術も100%生還できるとは限らない。とはいえ、おそらく帰ってきちゃうとは思うが、万が一そのまま帰ってこなかったとしたら、そういう星のもとに生まれた男の運命だと思って笑ってほしい。

以前お世話になった世界を回る登山家の方がくれる季節の便りには、いつも必ず最後に「お元気で」と記してあった。常に、いつ死ぬかわからないという覚悟を持って生きている人だった。

万が一が起きたとしたら、この文章が俺の人生最後の文章になってしまうわけなので、それが街角diaryでいいのかということはさておき、この場で俺も真似をしてみることにする。

こんなボンクラの周りにいてくれた家族、仕事仲間のみなさん、親愛なる方々、俺のことを好きな人、嫌いな人、関わってきた全ての人たち、今までお世話になりました。ご面倒もたくさんおかけしました。悪ふざけばかりですみませんでした。どうかお元気で。

遺書みたいでいいっしょ。

どうでもいいか。どうでもいいな。

 

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  • 上田 豪 広告・デザイン/乗り過ごし/晩酌/クリエイティブ


    1969年東京生まれ フリーランスのアートディレクター/クリエイティブディレクター/ ひろのぶと株式会社 アートディレクター/中学硬式野球チーム代表/Missmystop