廣瀬翼のカンゲキ! 観劇日記
〜サラ・ブライトマン主演 ミュージカル『サンセット大通り』〜
こんにちは、こんばんは、おはようございます。
水曜の「街角diary」、担当は廣瀬翼です。
ついこの日曜日、一生で一度は生で聴きたいと思ってきた歌声を、ついに生で聴いてきました!
サラ・ブライトマンです!
「誰?」となった人も、この歌を聴けばわかるのではないでしょうか。
「クラシック・クロスオーバー」とか、「オペラティック・ポップス」と言われる分野を確立した、3オクターブを超える音域を持つ歌姫。
この『Time to Say Goodbye』は、イタリアのテノール歌手 アンドレア・ボッチェリとのデュエット曲としてリリースされ(▶︎デュエットver)、全世界で1,200万枚以上を売上る大ヒットとなりました。フィギュアスケートの坂本花織選手がこの曲でミラノ・コルティナのシーズンのショートプログラムを滑ったことも記憶に新しいですね。
そんなサラ・ブライトマンの歌声を日本で生で聴けるだけでもすごいのですが、今回さらにすごいのが、
30年振りのミュージカル主演
なんですよ!
ということで、サラ・ブライトマン主演のミュージカル『サンセット大通り』、渋谷ヒカリエのシアターオーブにて8月1日まで公演中です!

もうね、彼女がステージに立った途端に拍手。
そして彼女が一声歌い出したら、空間が浄化ですよ、浄化。急に世界に飲み込まれて、教会に降り立ったような感覚。いや、よかった。生で聴けて、本当によかった。
ところがこれがですね、まだ公演チケットあるんです。SS席はほぼ完売ですが、S席・A席がまだ土日でもあるんです。
WHY JAPANESE?!?!
サラ・ブライトマンだぞ?!
しかも、『サンセット大通り』は、『オペラ座の怪人』『キャッツ』『スクール・オブ・ロック』『ジーザス・クライスト・スーパースター』など数々のミュージカルの名作を世に送り出してきた巨匠 アンドリュー・ロイド=ウェバーの傑作と謳われる作品。
そして、今回の公演は2024年にオーストラリア・メルボルンで開幕した、サラ・ブライトマン30年ぶり主演のミュージカル。そのオーストラリアのキャストがそのまま来日しているのです。
音楽はもちろん、オケピから生演奏。
え、なんでまだチケット買えるの?? おかしい、おかしい!
【SS席 19,500円 / S席 18,000円 / A席 15,000円 /B席 13,000円(他C席、U25チケットは完売)】
確かに、ミュージカルやライブ慣れしていない人にとっては、ちょっとお高いです。以前書いた別の観劇日記では、同クラスのチケット代を「シンプルに高い」と書きました。
でも、海外からの来日公演で、サラ・ブライトマンで、生演奏で、渋谷の駅直結のシアターオーブで……と考えると、むしろ安いくらい。だってさ、今USJに行ってエクスプレス・パス4を買ったら、一番安くても20,000円超えるんだよ、それ考えたら安すぎるくらいじゃない?
泰延さんにも「でも、高いんやろ? 3万くらいするんやろ?」と言われて、「S席で観て、18,000円でした」と答えたら、「え?! 安い?!?!」という反応をいただきました。
ということで! 東京のみんな、今すぐ行ける日程のチケットを! 大阪からでも、新幹線往復かけて行く価値ありだと思います、っていうかリピートチケットで行きたい。
そんな想いで、いつもは日曜日を丸一日潰して書いている観劇日記を早急に書き上げている午前3時です。
朝に間に合うかわからないので、まずは各チケットリンクを置いておきますね。
それではこれより、作品解説と感想をつらつらと記してまいります。
ちなみに、ここまでですでに2,500字。今回は10,000字を容易に超えて15,000字くらいいく予感がしています。あと、観劇日記というよりも、かなりマニアックにあっちもこっちも考察——というにはまだ浅いくらいの思いつき——を書いているような回になりました。すんません、構成考えて熟成させるには、ちょっと時間がないのじゃよ。
「このあと用事あんねん!」という方は、どうぞブックマークをして一度閉じて、ゆっくり読めるときに戻ってきてくださいませ。
あらすじ 〜時代に翻弄された大女優をめぐる、歪んだ愛の物語〜
舞台はハリウッド。売れない脚本家ジョー・ギリスは、映画会社への売り込みも意の如く進まず、うだつが上がらない。ある日、借金取りに追われ、サンセット大通りにある荒れ果てた邸宅に逃げ込む。そこにはかつて一世を風靡したサイレント映画の大女優ノーマ・デズモンド(サラ・ブライトマン)が、執事のマックスと共に、過去の栄光にすがりながら過ごしていた。もう一度スターとして返り咲きたいノーマは、ジョーが脚本家だと知ると、主演を念願している映画のシナリオを書くよう命じ、ジョーを邸に泊めさせる。ノーマは次第にジョーに惹かれ、彼を束縛してゆく。そんなノーマに嫌気がさしたジョーは大晦日の晩、屋敷を抜け出す。それを知ったノーマは悲しみにうちひしがれ、自らの手首を切る。世間からの孤立、過去への執着を抱えながら愛に溺れてしまったノーマの結末は……
出典:公式サイト
サラ・ブライトマン、30年ぶりのミュージカルを決意した理由
サラ・ブライトマンのミュージカルデビューはアンドリュー・ロイド=ウェバー作曲の『キャッツ』。初演キャストとしてオーディションを通過し舞台に乗りました。その後もロイド=ウェバー作品に数多く出演します。
そして、彼女の名を世界に一躍広めたのが『オペラ座の怪人』。ブライトマンは初代クリスティーヌ・ダーエなのです。イギリス・ウエストエンド版で演じたのち、ブロードウェイ版でも初演しています。
『オペラ座の怪人』がシングルカットされた際のMVがロイド=ウェバーのYouTubeチャンネルに上がっています。約30年前のブライトマンの歌声です。
(当時の怪人のマスク、今とだいぶ違って驚く……急なクレオパトラも、何事?! だし、いや最後の高音は悲鳴ちゃうやろ……?! と衝撃的なMVです)
しかし、ブライトマンはクリスティーヌ・ダーエ役を最後にミュージカルから離れ、ソロのソプラノ歌手としての活動を広げていきます。
その理由を、彼女はこのように語っています。
この作品をやろうと決めるずっと前から、「舞台に戻る気はない?」と何度も聞かれました。出演のお話をいただいても引き受けなかったのは、興味がなかったからではなく、どの役も自分をはめ込んでいるだけのように感じたからでした。
公演パンフレットより
クリスティーヌ・ダーエは、キャラクターも楽曲も、すべてがサラ・ブライトマンのために描かれた役。今年出演した『徹子の部屋』でブライトマンは「この作品で、私の声を元にして楽曲がつくられたこと、長年愛されるヒット作に出演できたことを大変光栄に思っています」と振り返っています。
けれど、大きすぎるほどの当たり役・ハマり役は、時に次が難しくなるもの。もしかしたら、ブライトマンにとってもそうだったのかもしれません。
では、なぜ今回『サンセット大通り』のノーマ・デズモンドを演じようと決意したのでしょうか? オファーを受けた時、こんな声が頭で聞こえたと、彼女はインタビューに答えています。
「これまでの人生とキャリアのすべてが活かせる役。年齢的にもちょうどいい。やらない理由はない、今がやる時だ」と。1ヶ月ほど考える時間は必要でしたけれど、これは素晴らしい挑戦だと思い、決断しました。
公演パンフレットより

役づくりにあたり、さまざまなサイレント映画の女優たちを調べたというブライトマン。テクノロジーの変化に翻弄される彼女たちの環境を、実感を持って感じられたといいます。
テクノロジーの変化に興味があるのは、音楽の世界にいて、自分自身がそれに直面したからです。CDからダウンロードの時代に入った時、私が幸いにも生き延びることができたのは、ライブアーティストとして知られていたからです。(中略)誰もがテクノロジーが大きく進化して状況が変わっても生き延びられるわけではありません。
公演パンフレットより
歴代ノーマとは異なる声だからこそ身に迫る、説得性
なるほど、改めて年齢を見て、彼女のインタビューを読むと、ノーマでのカムバックを選んだ気持ちは納得です。
でも、やっぱりサラ・ブライトマンがノーマ・デズモンドというのは、意外でした。
なぜなら、歴代のノーマ・デズモンドを演じてきた歌手とは、声のタイプがかなり違うから。
ブロードウェイ版の初演は、グレン・クローズ。日本キャストでは、初演で元宝塚歌劇団星組トップスターの安蘭けい。その後、『ウィキッド』日本版オリジナルキャストでエルファバを演じた濱田めぐみ。いずれも、低い音を声の成分に含んだ、力強く意志の強い女性を演じる声の持ち主です。それこそ、エルファバや、アナ雪のエルサ、アイーダを演じるようなタイプ。
対するサラ・ブライトマンは、透き通るような高音とオペラティックな唱法。歌手のタイプとして、歴代ノーマとはだいぶイメージが異なるのです。
本人もそれを感じていたよう。直接、アンドリュー・ロイド=ウェバーと話したと語っています。
すると意外なことに「ノーマの歌の中にはあなたの声がある」と言われたのです。
公演パンフレットより
ふむふむ……そう思って楽曲を聴くと、ノーマの歌唱パートはいずれもオペラティックなのです。従来の女優の録音だと、「あ、そこは下の音で取るんだ」と思っていたところも、ブライトマンの声でオクターブ上であれば……より美しいカーブのメロディが出来上がります。
ノーマは、過去の栄光を追い求め、ジョーに依存し、愛が不安を生んで束縛につながり、そうして自身が安心できる欲しいものが手に入らないとわかったときに自らの手で壊し、自身も心身を喪失する……そういう、高貴でプライドは高くも常に不安を抱えた繊細で脆い人間です。
劇中のセリフでも、執事のマックスに「マダムは繊細」と言われています。
唯一無二でありながら儚さすらある透明感ビブラートのサラ・ブライトマンの歌声は、ノーマの繊細な危うさにフォーカスを当ててくれた。それによって、スッと物語が腑に落ちてきました。
さらに、周囲のキャストはオーストリア出身。アメリカン・ジャズやポップスに近い歌い方をする中で、少し鼻につくようなブリティッシュイングリッシュで語り、オペラのビブラートで歌うブライトマンの表現は、彼女の孤独性・孤立性、世俗離れ、古いものを信じて疑わない姿の説得性を高めているように感じました。
楽曲で見る『オペラ座の怪人』との類似性
劇場で楽曲を聴いている中で、メロディラインの端々に『オペラ座の怪人』を感じたのですが、このエピソードを聴けばそれも納得。どちらも、サラ・ブライトマンの歌声を含んで同じ作曲家がつくっているのですから。
少しだけ、似ているところを深ぼってみます。
まずは、どちらもオペラと近代ジャンルの掛け合わせで作品全体の音楽ができています。
『オペラ座の怪人』は、「オペラ×ロック」。『サンセット大通り』は「オペラ×ハリウッド映画音楽×アメリカン・ジャズ」。
さらに、特にバラードナンバーは以下のようの特徴があります。
・最も重要な歌詞で最高音付近を使う
・高音を長く保持する
・その直後に下降する
・とにかく高低の行き来が激しい
私の耳ではものすごく似ているのですが、譜面までは用意できず、何が似ているのか公開には間に合わなかったけれど聴き比べて欲しい2作品の楽曲を記載しておきます。
【オペラ座の怪人】
Think of Me, The Music of the Night, All I Ask of You
【サンセット大通り】
With One Look, As If I Never Said Goodbye
ノワール映画を連想させる演出と舞台芸術
やっとこさ! 実際に劇場に入っての感想です。
開演前。舞台の緞帳には、サラ・ブライトマンの目元がドーンっと白黒動画で映し出されています。グレーとヘーゼルの間のような虹彩と真っ直ぐ射抜く瞳でこちらを見つめ、ウワァッサという音がしそうなほどのまつ毛をたたえて大きく瞬きを二つ。
『サンセット大通り』は1950年に公開され話題を呼んだフィルム・ノワール映画『サンセット大通り』を元にしてつくられたミュージカルです。映画はモノクロでした。
開演前の緞帳の表現は、そのモノクロ映画を彷彿とさせます。同時にノーマが「私は眼差しだけで心を震わせる」「さあ、私を見て」とサイレント大女優の自身を歌う「With One Look」を投影しているようでもある。
そうして、開幕と同時に場内に響く銃声。紗幕にゆらめく水面と人影が映り、パトカーや取材陣のような光が集まってきます。
その紗幕をくぐって登場するジョーが語り始め、物語は事件の半年前へ——。
今回の舞台演出は、この紗幕がかなり工夫して活用されていました。紗幕の裾がレースのあしらいになっていて(初めて見た)、さまざまな上げ下げの仕方でスクリーンになったり、雨雲になったりと表情を変えます。
カーチェイスのシーンなどは、紗幕に映像を投影して見せる。まるで映画のようでした。
借金取りから逃げるうちにノーマの邸宅に迷い込んだ、ジョー。
この邸宅のセットもすごい。

細かなところまで重厚な、お化け屋敷のような、ゴシック調。よく見ると、床にまでしっかり模様がついています。最初は、変わったバミリなのかと思ったけれど、そんなわけなかった。この舞台前方の床に邸宅のセットとつながるように模様があるだけで、重厚な邸宅のセットが「本物だ……!」と感じられました。
ライトはステージの内側しかつかわず、他はピンスポットで演出。基本的にノーマの邸宅のシーンは全体に暗く、コントラストがバッキバキでした。映画のノワール、モノクロを結びつけているかのようです。
この黒い空間の中で、ノーマは黒い服で登場します。どんな衣装かというと……一言で言えば「マツコデラックス」。全編通して、そんな感じのワンピースです。
このデザインの狙いを、美術・衣装デザインのモーガン・ラージは「大きく弧を描くアーチによって、時代を超越したミステリアスな雰囲気を演出しています」と語っています。
ちなみに、ノーマの服装の色はジョーとの関係が深まるにつれ、色彩がさしていき、またその精神が崩壊していくにつれて黒に戻っていく……服の色が、彼女の精神性を表現しています。

もう一つ、興味深かった演出の話を。
年末、ジョーが邸宅を抜け出して若手俳優たちとのパーティーに向かったシーン。セット展開はなく、ノーマの邸宅にカラフルなライトが注ぎ、カラフルな衣装を身につけた役者たちが踊り回ります。

そこに、フラフラ〜っと現れるノーマ。一言も発しません。けれど、その姿に、動きに、表情に、明確にわかるのです。「このパーティーとノーマがいる場所は別で、まったく同じ空間で2つの場所での出来事が進んでいるのだ」と。
ノーマ・デズモンドはサイレント映画の大女優。
それを、目で、観客自身に体験させる演出でした。すごかった。
不安の愛と、臆病な愛と、歪んだ愛と
過去への執着を抱えながら、初めて邸宅にやってきたときに自分に気づいてくれて、共同作業で脚本を仕上げてきたジョーへの愛に溺れてしまったノーマ。自身の孤独を埋めるようにジョーへ激しく執着し、彼を自分だけの世界に縛りつけようとしていきます。
ジョーも自分を必要として認めてくれる彼女に情が湧き、けれどその縛り付けに息苦しさを覚え、屋敷を抜け出し、また情が湧いて戻り……
なんで戻んねん、クズ男!
と思うのですが、休憩後の2幕冒頭「Sunset Boulevard」のナンバーで登場するジョーはシャツの前ボタンが全開き! 「でも色気があるから……許しちゃう!」と思うほどのシックスパックを披露してくれます。
一度味を占めた豪華な生活は手放すのに勇気がいるもの。ジョーもまた、ノーマから与えられるものに執着していた、共依存の関係だったのでしょう。
ノーマは孤独と不安の愛を。ジョーは臆病な愛を。
そうして、もう一人、悲劇の渦をつくりだす歪んだ愛を抱いている登場人物がいます。執事のマックスです。
ノーマにとにかく献身的な愛を捧げ、ミステリアスな彼。なぜそこまで尽くすのか、どういう関係なのか——は、2幕も終盤で語られます。……彼は、かつてサイレント映画の大女優 ノーマ・デズモンドを見出した監督であり、彼女の最初の夫でもあった人物だったのです。
どんな感情でジョーに接していたのだろうか。ジョーとノーマのやり取りを見ていたのだろうか。そう思って振り返ると、要所要所の所作に「だから目を伏せていたのか」など見えてくるところがたくさんあります。
マックスに胸がグッとなって数秒後……いや、待てよ、あんたがノーマを映画の栄光から解放してあげてないんちゃう? あんたがノーマを苦しめているんちゃう? ノーマを愛しているのではなく、ノーマを見出した自分に、あるいは自分が見出した大女優としてのノーマに執着しているんちゃう?? と思い始める。
みんな、愛がなかったわけじゃない。だけど、愛より自分が大切だった。そうした歪んだ愛が重なりあって、物語は最後の悲劇へと突入していきます——。
幸せなセリフこそが地獄で、華やかな歌唱こそが終焉
ついに嫉妬から、勝手に電話でジョーの交友関係を断とうとまで動いたノーマ(まるで、こっそりLINEをのぞく女みたいですね)。その縛り付けに耐えられなくなったジョー。
邸宅を出て行こうとするジョーに、ノーマは混乱状態のまま銃を3回発砲します。
そうして、心身を喪失したノーマ。何の話をしているのかもわからない状態のところに、取材陣がやってきます。「世紀の大女優 ノーマ・デズモンドが心神喪失に陥った」と。
そこでマックスが一言。
「マダム。カメラが到着しましたよ」
取材陣のカメラを映画撮影のカメラと見立て、“最後の映画撮影の舞台”をノーマに用意したマックス。
「ライト! カメラ! アクション!!」
ノーマは恍惚とした表情で『サロメ』を演じ始めます。そのセリフは、まるでジョーのことを話しているかのような、自白のような内容で、しかしどこから見ても彼女はそんなことを意識もしていない、認識の外側の世界に行ってしまっている……
化粧もボロボロに剥げ落ち、気のふれた人としか思えない容姿なのに、これまでのどのシーンよりも堂々として神々しい。弦楽器のハーモニーが奏でる美しい音楽。大女優としての舞台に帰ってきた感動に声を振るわせながら喜びと感謝をつげるノーマ。これまでのどこか不安や苛立ち、哀愁を含んでいた歌声も、自信にあふれて最も力強い。
けれど、それは映画撮影ではないのです。その異様さに、誰も声を出せず、動けず、ただ固唾をのんで、歌声と共に存在感を増すノーマを見つめるしかない周囲と観客。
全篇の中で最も幸せな表情が、セリフが、華やかな歌唱が、すべて本人だけが気がついていない虚構にある地獄。こんなに、喜びの歌声が痛く響くことがあるとは、思いませんでした。
出典不明なのですが、悲しい場面の演技のときほど幸せなセリフを、悲しむべき場面の演技ほど笑顔をという話を聞いたことがあります。その効果の大きさを、ビリビリと全身の毛穴が立つように感じました。
『サロメ』が暗示するもの——ヨカナーンは何なのか
『サンセット大通り』を語る上で外せない作品に、戯曲『サロメ』があります。ノーマ自身が銀幕に戻るために執筆している脚本の元になっている話です。
『サロメ』は新約聖書が下敷きにされています。ざっくりとストーリーを説明すると、
王女サロメ、ユダヤの王ヘデロの監視にたいかね外出
↓
幽閉されていた預言者ヨカナーン(洗礼者ヨハネ)に出会う
↓
ヨカナーンの声に強く惹かれ、告白する
↓
ヨカナーンはその想いを拒む
↓
ダメと言われるほど欲しくなる、まだ精神的に幼い少女のサロメ
↓
どんな手段を使っても“ヨカナーン”を手に入れたい
↓
サロメがヘデロ王に銀の盆に載せられたヨカナーンの首を要求
↓
ヘデロ王、ヨカナーンを処刑
↓
サロメ、ヨカナーンの首に口づけをする
↓
ヘデロ王、その光景に耐えかねサロメの殺害を衛兵に命令
↓
サロメ、非業の死を遂げる
というお話。
ジョーがはじめてノーマに出会ったシーンから出てくる『サロメ』の話と、それを恍惚と語るノーマの姿からは、不吉な予感がします。
その脚本を直していくに当たって、ジョーがノーマの演じるサロメの年齢を聞くと、彼女は「16歳」と即答。50歳が16歳を演じる……そんなアホな、と思うのですが、この「16歳」にも意味があります。
戯曲ではサロメは「少女」であることはわかりますが、年齢は明記されていません。では、どこから出てきた数字か。
ノーマがマックスに見出されてサイレント映画女優としてデビューしたのが「16歳」なのです。
その時点から彼女の時間が止まっていることが、このセリフとサロメという役への執着からも感じられます。
そうして物語が進んでいくうちに、ヨカナーンの未来がジョーの未来なのだろうと思うわけですが……でも、それだとどこかが違う。ノーマはジョーを撃ったあと、ジョーを忘れるのです。切り落とした首を抱き寄せて口づけをするほどの執着ではなかったということ。
では、ノーマにとってのヨカナーンは何だったのか?
さあ、ここで先程の終幕のシーンを思い出してください。異様な姿でノーマが抱いて口づけするのは……映画であり、演技であり、女優という存在なのです。
ノーマは、ジョーを愛していたのではない。ジョーを通して、銀幕に戻る可能性とつながっていたかった。だから、ジョーが出ていくことは恋人を失うことではなく、映画そのものを喪失することとノーマにとっては同意だった。向こうの意思で能動的に喪失されるくらいであればと、壊してしまう。
映画だけが新しい時代へ行ってしまい、過去に残されたノーマは、そうして虚構の中で、自分で壊した環境の中で、もう生きてはいない「死んだ映画」を抱きしめるのです。それはまるで、サロメが死んだヨカナーンの首を抱きしめるように……。
悲劇は、しかし演じる者の物語と重ねれば希望の物語になる
こうして物語の終わりを振り返ると、なんとも後味の悪い、救いなく暗いお話に感じます。ミュージカルの舞台としては、そこでドンッと音楽によって終わらせて、華やかな演奏とともに拍手を送るカーテンコールを通して「暗い話だったけれど、素晴らしい演技、演奏、舞台芸術を見た!」という満足感に浸る……という。
けれど、もう一つ引いた目線で『サンセット大通り』を見ると、現実の中でこれは希望の話にもなります。
『サンセット大通り』が描くのは、1949年のブロードウェイ。これまでの「サイレント映画」から音声付きの「トーキー映画(トーキー)」が登場し、映画と俳優の世界が大きく変化した時代です。
映画『サンセット大通り』でノーマを演じたのは、グロリア・スワンソン。彼女もまた、サイレント映画の大女優でした。

トーキーに移行できず心身を病んだ女優も実際にいた時代。一歩違えば自身もそうだったかもしれない環境で、自らを投影した役により見事にスクリーンにカムバックしたのです。
そうして、30年間離れていたミュージカルの世界に、ノーマ・デズモンドという役で鮮やかに帰ってきた、サラ・ブライトマン。
こうしてみると、『サンセット大通り』は、「世界線が違えば自分だったかもしれない」役を演じることで、希望のある、ポジティブな世界線へ自らの人生を動かしていった物語とも捉えることができるのではないでしょうか。
「トーキー」の出現を描いた『雨に唄えば』との比較
トーキーの登場による変化を描いたミュージカル作品では、『サンセット大通り』の他にも『雨に唄えば』が有名ですね。日本では『雨に唄えば』のほうが人気も知名度も高い印象を受けます。
『雨に唄えば』はコメディ。「トーキーの誕生によって、映画は新しい時代へ進んだ」という、“希望”の物語です。
対して、『サンセット大通り』は「トーキーの誕生によって、一人のスターが消えた」という、“喪失”の物語。
つまり、2つの作品は同じ時代・同じ出来事の「光」と「影」といえるでしょう。
先ほど、「日本では『雨に唄えば』のほうが人気も知名度も高い」と書きましたが、その理由の一つがこの『サンセット大通り』の悲劇性にあるでしょう。ストーリーだけを話せば、ドロドロで暗いんです。ミュージカルらしいと言えばミュージカルらしいのですが、物語の終幕には一筋たりとも希望がない。
でも、私は個人的に『雨に唄えば』よりも『サンセット大通り』のほうが納得感が強く、知っておくべきストーリーのように感じました。
『雨に唄えば』もステージで3回ほど観てきた好きな演目なんですよ。でも、「ザマァ」されるサイレント映画の大女優 リナ・ラモントはその後の人生どうなるのだろう、これでめでたしめでたしでいいのだろうかと、どこかモヤモヤが残っていました。
ノーマを生むのは、明日の私たちかもしれない。だから今、観ておきたい作品
『サンセット大通り』は、その忘れ去られる側を描き切っている作品。
当人たちにとっては私たちからは想像できないほどの変化であったに違いありません。それは、現代のインターネットの出現よりも、ひょっとしたらコロナ禍よりもずっと大きな影響だったのかもしれません。
サラ・ブライトマンは、こう語ります。
言語の壁がないサイレント映画はグローバル。女優たちは世界的なスターでロシアでも中国でも人気があり、政治家よりも有名だったと言います。そこから急に、自分が何者でもなくなったとしたら……想像してみてください。精神的に完全に追い込まれてしまうでしょう。
公演パンフレットより
テクノロジーの変化が激しい現代、『サンセット大通り』と同じ物語は、映画以外の場面でもこの世界でたくさん起こっているかもしれません。
その中でどうしたらノーマにならず、あるいはノーマを生まずに私たちは変化を受容し共に歩いていけるのか……。それを考えるには、なぜノーマが生まれたのかを知らなければいけない。
役者も、舞台芸術も、そして楽曲も超一級品です。
ぜひ、この機会に観てみてください。その歌声から、感情の共鳴を感じてきてください。
そうして家に帰ってから、振り返るうちに見えてくるノーマ、ジョー、マックスそれぞれの背景。そこで育まれるものが、不確かなこれからの時代に新たなノーマを私たち自身が生み出さないことにつながっていくかもしれません。
「サンセット大通り」
— 廣瀬 翼(つー)| 編集 と ライティング (@wingYORK930) July 12, 2026
孤独な愛と臆病な愛と歪んだ愛の哀しい重なりだった。
話はドロッドロに暗いです。でも、よかった。オケもよかった。これもアンドリュー・ロイド・ウェバー作品なのかぁ。
サラ・ブライトマンが最初に歌った、その瞬間は、劇場が教会になりました。 https://t.co/mDE410qx8r pic.twitter.com/J7jea55KDY
【おまけ:観劇のTips】
● 英語のミュージカルって、どうやって見るの?
ステージの左右に字幕が表示されます。今回は、左右でどちらも同じ字幕だったので、目線で読みやすいほうを見てください。運転しながらほとんど意識せずにサイドミラーを見ている感覚に近いかも。
でもね、あらすじを知っておけば、歌詞がわからなくても演技と歌声に載ってくる感情の応酬でほとんどわかってしまうんですよ。だから、途中で字を追うのが難しくなったら、歌詞にとらわれることなく、生の人間がその場で表現していることを全身でぶつかって感じてきてくださいね。
● ステージの撮影ってできるの?
本公演、カーテンコール(本編終了後に役者が挨拶に出てくる場面)は写真・動画ともに撮影OKです! ただし、フラッシュはNG。最近、そういう公演増えてきましたね。
「拍手もしたい! 写真も撮りたい!」と欲張って、危うくスマホを落とすことがないよう、注意してください。
● 上演時間はどれくらい?
途中20分休憩を挟んで、約2時間半です。ただし、終演後はシアターオーブから出るのに行列になって時間がかかります。また、舞台はちょっとしたトラブルで開演が遅れたりすることもあるナマモノ。なので、後ろに予定を入れるなら、上演時間は3時間くらいで見ておくのがいいかと思います。
● 途中で飲食はできる?
シアターオーブは客席内の飲食は禁止ですが、2階席を出たホワイエにカフェバーがあります。途中休憩の20分の間、このスペースで飲食可能です。

コーヒー、紅茶、ジンジャーエール、スパークリングワインなどの飲み物各種と、サンドイッチ、トリュフのポテトチップスが販売されています。一度行列ができると長くなっていくので、ここで購入して食べたいという人は、休憩に入った途端に買いに行くが吉。
また、その飲食スペースでは持ち込みのペットボトル飲料を飲むことも◎。とにかく景色がいいですよ!
● どのあたりの席を取るといい?
これは人により好みが異なりますが、私は1階席の半分より後ろか、2階席の前方が好みです。今回は2階席の前から3列目、ど真ん中を取ることができました。
シアターオーブは3階席までありますが、3階になるとステージがかなり遠く感じます。また、舞台の見え方もかなり上から見下ろす形になります。それもまた、2度目の観劇のときや、ダンスのフォーメーションが凝っている作品のときには楽しみの一つですが(舞台上に本気で雨を降らす『雨に唄えば』はシアターオーブ3階席から見たことあり)、基本的には1階席か2階席がおすすめです。
● 観終わったら、お腹空くやん?
それがシアターオーブのいいところ! ヒカリエでも、渋谷の他のお店でも、行きたい放題です!
ちなみに、ヒカリエの中にはシアターオーブでの観劇チケットの半券で10%OFFになるお店があります。半券は帰宅まで捨てないことがおすすめ!
● オペラグラスとかって、いる?
私は舞台全体を見たいのでオペラグラスは使わない派です。でも、「サラ・ブライトマンをしっかり見たい、その表情をグッと見たい」など目的ある方は、使ってもいいかもしれません。会場でレンタルも可能です。
● ミュージカルって、いい服でオシャレしていかないといけないんでしょ?
いやいや、普通にジーパン・スニーカーで構いません! ドレスコードなし!
ただ、劇場の室温が人によっては寒かったり、隣に座る人によっては熱く感じたりはあるかもしれないので、軽く羽織れるものなど調整しやすい格好にしておくことをおすすめします。
● 持っていくべきものって、ある?
カーテンコールを撮影したい人は、スマホ。あとは、パンフレットや会場で配られる他のステージ情報のリーフレットなどを持ち帰りたい人は、A4サイズが入る袋を持っていきましょう。今回、パンフレットを購入しても袋ありませんでした。有料の袋もありませんでした。これは要注意。
● そのほか、注意しておいたほうがいい観劇マナーは?
スマホは切ること。サイレントモードでも構いませんが、それだと緊急地震速報が鳴る場合などあります。そういったケースを避けるには、電源を切っておくのが安全です。
また、見落としがちなのがスマートウォッチ。今回、拍手しようと思ってパッと手を上げたときに光っちゃって、慌てて手で押さえ込んだのですが……観劇モード(🎭)にしておくか、いっそ外して鞄の中にしまっちゃいましょう。
さあ、善き観劇を!
本記事で紹介したステージ

ミュージカル『サンセット大通り』
主演 サラ・ブライトマン
作曲 アンドリュー・ロイド=ウェバー
脚本・作詞 ドン・ブラック、クリストファー・ハンプトン
世界の歌姫、
ミュージカルで降臨!
2026年8月1日千秋楽
画像引用元:PR TIMES
本記事で紹介した映画
サンセット大通り(吹替版)
監督:ビリー・ワイルダー、主演:グロリア・スワンソン
<参考情報>
● ミュージカル『サンセット大通り』公式サイト
● 舞台『サンセット大通り』パンフレット
● 読売新聞オンライン
● PR TIMES
● Spotify(各楽曲)
● YouTube(記事内埋め込み各種)
● USJ Webサイト
● 新国立劇場 オペラ Webサイト「サロメ」
● 徹子の部屋 サラ・ブライトマン出演回
廣瀬 翼
レポート / インタビュー
1992年生まれ、大阪出身。編集・ライター。学生時代にベトナムで日本語の先生を経験。食物アレルギー対応旅行の運営を経て、編集・ライターとなる。『全部を賭けない恋がはじまれば』が初の書籍編集。以降、ひろのぶと株式会社の書籍を担当。好きな本は『西の魔女が死んだ』(梨木香歩・著、新潮文庫)、好きな映画は『日日是好日』『プラダを着た悪魔』。忘れられないステージはシルヴィ・ギエムの『ボレロ』。





