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命と責任【連載】田所敦嗣の出張報告書<第30回>

田所敦嗣


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街クリの連載も30回目となった。
拙著『スローシャッター』は、遠い国々の住人と、仕事を通じて起きた交流や物語を、短篇集として書いたものだ。

日本を含む世界には、とてつもなくおもしろい人がいる。
“おもしろい人”というのは、おもしろおかしい人なのではなく、ずば抜けてクリエイティブな人、呆れるほど真面目な人、ダイナミックで大雑把に見えるがいつも間違えない人、びっくりするほど悪いことばかり考えている人など、僕にはない考えを持つ全ての人を、おもしろい人だと僕は考えている。

そんな人々の物語が一冊の本になったが、共通しているのは、僕たちが水産物を扱う仕事であり、命を扱う仕事だということだ。

商業として成立する規模の数を取引するため、僕は数え切れないほど多くの命を扱ってきた。
それに対して、どう向き合ってきたのかを、書こうと思う。

20数年前の海外の加工工場は、今とは比べ物にならないほど水産物に関する知識や技術が乏しく、その中で仕事をすることが多かった。

魚のフィーレは丁寧に並べてもらうようにした。小さな積み重ねが、品質を支えている

日本という国が少しだけ他国と違うのは、古くから魚介類を生で食べる習慣があり、室町時代前後には“刺身”や“お造り”の原型が成立していたことだ。

四方を海に囲まれた地理的条件もあり発展した文化だが、生食自体は世界にも類例がある。
近い例で言えば、セビーチェもそうだし、カルパッチョも親戚だろう。
ただし、日本のように魚をほぼそのままの状態で味わう文化は珍しいと思う。
特徴的なのは、活け締め(いけじめ)と呼ばれる技術で、生きた魚を素早く締め、品質を最大限に保つ方法が発達している。
結果として、生き物に無用な苦痛を与えない形になっているのは、どこか宗教的な感覚に通じるものがあるのかもしれない。

日本の衛生観念や品質管理を定着させる作業は、国によっては苦労した。
生食をしたことがない現地の人たちに説明する難しさがあり、彼らからすれば指摘が細かすぎて、理解されないことの方が多かった。

魚の加工はとにかくスピードを重視し、傷まないように処理することが大切なため、海外の工場の配置やプロセスを大幅に変更してもらうことは、日常茶飯事だった。

品質を上げれば高く売れるからだろうという人もいると思うが、それはその通りで、結果的に工場にとっても大きなメリットになる。

魚は切れば切るほど、細かい無駄が生まれる

今はかなり少なくなったが、当時は世界の工場ではどこでも、廃棄する部位が多すぎて驚いた記憶が多々ある。
内臓は仕方ないにしても、カットした切れ端や頭が毎日大量に発生する。これらの多くは捨てられていた。
もちろん、家庭の規模であればヨーロッパでも端材はスープにしたり、パテやソースにもなるが、商業ベースになると当時は難しかった。

商品としては扱いにくいのかもしれないが、僕らの業界は、そんな切れ端を活用し付加価値を高くしていかなければならない。
今ではネットで “中落ち”だけをチョイスして買うことができるが、昔は一匹から僅かな量しか取れなかったこともあり、現地の人々にも喜ばれた記憶がある。

無駄になってしまう資源を減らすことにもなるこうした作業を、各国の工場に協力してもらい、世界の人たちに理解してもらう仕事を続けてきた。

これらは、全て僕自身が考えてやったのではなく、日本では当たり前のようにある文化が世界にも浸透していった結果であり、この考え方が海外で受け入れられ、それを理解し実行してくれた人々に、誇りをもっている。

ある孵化工場で視察した、アワビの赤ちゃん

世間では資源の無駄を無くそうという話はよく聞くが、それは昔から世界中の人がわかっている。

無駄が好きだという人はいないと思うし、少しでも良質な食べ物を作りたいという願いは、万国共通だ。

そして、そこには必ず命があることを忘れてはならない。

その責任から、逃げてはならない。


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田所敦嗣さんの著書

スローシャッター

スローシャッター
田所敦嗣|ひろのぶと株式会社

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    千葉県生まれ。水産系商社に勤務。エッセイスト。著書 『スローシャッター』(ひろのぶと株式会社)で、SNS本大賞「エッセイ部門」受賞(2023年)。フライ(釣り)、写真、野球とソフトボールが趣味。人前で声が通らないのがコンプレックス。