×

移動の記憶 その5【連載】田所敦嗣の出張報告書<第26回>

田所敦嗣


  • LINEでシェアする

今回は、訪れた街の色や温度の記憶を辿る。

ロサンゼルス中心部にあるリトルトーキョー(Little Tokyo)は、決して広い区画ではないが、小さな日本を感じることができる。幾度も消滅の危機を乗り越えた街の歴史については、今や誰もが膨大な資料で見ることができる。何度ここを訪れても不思議に感じるのは、ストリートを挟んだ向かい側にスキッド・ロウ(Skid Row)地区があり、わずかな距離で空気が激変することだ。日本にいると、こうした民族的なエンクレーブ(ethnic enclave)やゾーニングという歴史観や感覚がほとんどない。
そこに住む人々の文化がどんな形で形成され、どんな景色を見ているのか、最近はそんな都市社会学についての本を読んでしまう。
どうも僕は国そのものの興味よりも、どんな国であれ、知っている仲間がなぜその街にいるのか、その理由を訊ねる方が楽しいのかもしれない。
ひとつ確かなことは、こうした空気はディスプレイ越しでは決して肌に届かないということだ。

2018.9 USA

若い頃から自動車が大好きで、いろんな人やクルマに会ってきた。好きなことほど、それがなぜ好きなのか説明するのが難しくなるが、仕事や生活にあまり縁のなさそうな知識だけは詰め込んでいた。ハノイ(Ha Noi)に住むタンさん(Than)は、長年愛用していたオンボロのフォルクスワーゲンがいよいよダメになり、中古のアウディに乗り換えた。ノイバイ空港からハノイ市内まで送迎してくれた際、まだ古くなさそうなアウディはプスンという音とともに、高速道路上でエンジンストップしてしまった。偶然、僕の友人が似たような症状を日本で経験していたので、僕はタンさんの許可を得て後席のシートを跳ね上げ、そこに隠れていたフューエルポンプを見つけた。心配そうに見つめるタンさんを尻目に、ポンプにつながっているコネクターを何度か抜き差しすると、急にエンジンが快調に動き出し、ことなきを得た。一生縁のなさそうな知識が、突如ハノイの道端で開花したのだが、それ以降、タンさんは送迎のたびにアイスコーヒーを持参してくれるようになった。

2016.3 Vietnam

釜山港(Busan)の近くに住む孫さんはウイットに富んだ人で、いつも洒落た冗談を好んだ。何度も仕事で釜山の水産市場へ足を運んだが、彼はそこで捕れる地魚のことを惜しみなく教えてくれた。この市場でいつも気になっていたのは、各所で競りが終わると、魚の仕分けをするために市場が雇用している選別部隊のおばちゃんたちが、どこからともなくドドドッと集まってきて、作業が終わるとまた別の場所にドドドッと移動していくことだった。ある日、僕は孫さんにこの選別をオートメーション化しないのかと訊ねると、
「そんなこと言ったらどうなるか想像できるだろ。俺はまだ命が惜しい」
と言い、皆が大笑いした。

2018.5 Korea

同じ街を何度も訪れていると、不思議と見過ごすことが増えていく。慣れない景色に対し、徐々に目が慣れていくのだろうが、たまに古い写真を見返すと、いろいろ変貌していることに気づく。20年前の2006年当時、ベトナムではヘルメットの着用は義務付けられておらず、今見るとすぐその違和感に気づく。翌年から正式に義務化され、着用率はほぼ100%になったそうだが、それと同時に、市場や路上にある店がヘルメット屋ばかりになってしまった。当時好きだった小さなフォーの店も軒並みヘルメット屋になってしまったが、落ち着いてフォーの店に戻ったのか、それとも進化してスマホ屋や電動バイク屋になったのか。次回の小さな楽しみができた。

2006.9 Vietnam

アジア一帯ではひょんな所で自国を感じることがある。
スリランカの片田舎、マーラベ(Malabe)を走っている際、日本の清掃車を発見し、思わずレンズを向けた。
タイに住む台湾人のシャさん(小謝)が以前、「藤原とうふ店」という日本語を掲げたミニバンや軽トラック、スポーツカーをバンコク市内でやたら見かけるが、あれは日本で有名なチェーン店なのかと訊ねてきた。
僕は思わずそうだと答えてしまったが、後になって悪いことをしたと思っている。

2020.5 Sri Lanka

大小問わず、どんな街にも人気のある店は必ず存在する。スマホが普及していなかった時代は自分の足で街を散策し、トライ・アンド・エラーを繰り返してきた。
エラーも悪いという意味ではなく、単に自分の好みではないというだけの話で、地元では愛されているとか、伝統的な郷土料理を出す店は記憶に残った。
小さなニャチャン(Nha Trang)の街でもお気に入りの店を見つけたが、若いオーナーは料理人として何か国も転戦し、各地で得た知識を自国に持って披露するという、その生き様に痺れる人だった。
同じ場所で同じ仕事を守り全うする人、違う場所で違う仕事を変化させていく人。

2022.6 Vietnam

街の色や温度は、規模や建物によってではなく、そこに住む人の熱によって変化し続けると、僕は信じている。


【連載】田所敦嗣の出張報告書 記事一覧へ

田所敦嗣さんの著書

スローシャッター

スローシャッター
田所敦嗣|ひろのぶと株式会社

  • LINEでシェアする
  • 田所敦嗣 エッセイ Instagram


    千葉県生まれ。水産系商社に勤務。エッセイスト。著書 『スローシャッター』(ひろのぶと株式会社)で、SNS本大賞「エッセイ部門」受賞(2023年)。フライ(釣り)、写真、野球とソフトボールが趣味。人前で声が通らないのがコンプレックス。