観客の体験から始まる『国宝』
こんにちは、福岡に住むライターの直塚大成です。映画『国宝』、面白かったですね。こんなタイトルの記事を開いてくださったということは、きっともうご覧になっているはずでしょう。“100年に一度の映画”と評された作品を見逃すのは、やっぱりもったいない。
公開後も新しい予告が追加され、熱が冷めないまま話題が広がり続けています。
2025年6月の公開から12月30日までで、興行収入は184.7億円を突破し、邦画実写歴代興行収入1位に、観客動員数は1209.8万人を突破し、年が明けて2026年1月に入ってからも多くの映画館でロングラン上映中。1月19日には、日本アカデミー賞の優秀賞を受賞しました。
とはいえ、まだの方もいるかもしれないので、最初にごく短く入口だけ案内します。
かくいう私も、最初は「吉沢亮、素敵!」くらいの軽い気持ちで劇場へ足を運びました。前評判の高さは耳にしていましたが、実際に座席に沈んでみると、三時間が一本の呼吸のように過ぎ去ってしまう。終映後、井口理の『Luminance』が響くあいだはただ呆然とスクリーンを見つめ、ロビーに出てもなお胸が燃えていました。

熱の冷めやらぬうちに、原作『国宝』を読み切りました。あまりに壮大でした。
――けれど「感動した!」のひと言では、届かないものがある。だからこうして、言葉をもう少しだけ重ねます。読み終えたとき、もう一度『国宝』を観たいと思ってもらえたら、書き手としてそれ以上の喜びはありません。
『国宝』は、原作者の吉田修一が実際に約三年間、歌舞伎の黒衣として楽屋に出入りした経験を血肉にして紡いだ大作です。芸に人生を捧げた男の五十年を描く一代記であり、同時に“名を生きる”人間の物語でもある。

その映画化にふさわしく、布陣は強力でした。
監督は李相日。

『フラガール』『悪人』『怒り』と、アカデミー賞作品を世に送り出してきた名監督です。脚本は奥寺佐渡子。『サマーウォーズ』やドラマ『最愛』などで知られる確かな語り手。美術・種田陽平、撮影・ソフィアン・エル・ファニらの腕が、歌舞伎という“禁断の世界”を現代のスクリーンへ移植する。まさに国宝級のスタッフと言っていいでしょう。
キャストも盤石です。稀代の女方・立花喜久雄を吉沢亮。

対照的な“家の名”を背負う御曹司・大垣俊介を横浜流星。

渡辺謙、高畑充希、寺島しのぶ、田中泯らが物語に厚みを与えます。
ただし最終的に観客の心をつかんで離さないのは、やはり喜久雄と俊介の二人の物語です。歌舞伎界の光と影、二つで一つ。ニコイチ。表裏一体。彼らの友情と因縁、そして宿命がフィルムの上で脈動し、その脈にこちらの呼吸が支配されてしまいます。
さて。物語は、雪の降り頻る長崎から始まります。任侠の一門「立花組」の新年会に、上方歌舞伎の名門「丹波屋」当主・二代目花井半二郎(渡辺謙)が姿を見せる。余興で『積恋雪関扉』を舞う少年・喜久雄に、彼は稀代の才を見出し、やがて凄惨な抗争を経て、侠客の子として死ぬ覚悟しかなかった少年は名門「丹波屋」に引き取られる――その転機が、喜久雄と俊介の運命を決めてしまうのです。
多くの評は『国宝』を「血と才能」の物語と捉えます。私もそれに頷きながら、もう一段、別の角度でこう言いたい。これは「呼び合い」の物語でもある、と。歌舞伎の神に呼ばれた者、呼ばれなかった者。跡取りと呼ばれた者、呼ばれなかった者。早くして天に呼ばれた者。幼い日に娘と呼ばれなかった者。人は誰かを呼び、誰かに呼ばれ、呼ばれなかった時間の寒さをどこかに抱えている。そうした「呼ぶ/呼ばれる」をめぐる羨みや恨みが折り重なって、作品のもう一つの面が立ち上がるのだと思います。中盤、二代目・花井半二郎が「俊ぼーん、俊ぼーーーん!」と名を呼ぶ場面を喜久雄が見つめるとき、私たちが彼に寄り添ってしまうのは、きっと誰しもに呼ばれたいのに呼ばれなかった時間があるからです。
ここで、「丹波屋」という言葉に触れたいです。作中で何度も鳴るこの名は、いわゆる屋号です。歌舞伎を観たことがない方でも「○○屋!」という掛け声を耳にしたことはあるでしょう。けれどその意味を立ち止まって考える機会は多くありません。あの短い一声には、いったいどんな働きがあるのか。映画は講釈しません。代わりに、言葉の重さだけを淡々と見せてくる。俊介の妻・花江(高畑充希)が物語の中で「丹波屋の妻」として成長してゆく様は、まさに家を呼ぶ名=屋号の力学を映す鏡でした。
私はそこで立ち止まり、問いを立て直します。歌舞伎の「屋号」とは何か。いつ・どこで・誰が・何のために言い始め、なぜ今も呼び続けるのか。
まずは巷で呼ばれている歌舞伎の屋号を見渡して、名の手触りを確かめるところから始めましょう。たとえば成田屋(市川團十郎・新之助の一門)。家紋は「三升」。初代團十郎が成田山新勝寺の不動明王を深く信仰し、その縁からこの屋号が広まったと伝わります。荒事の気風と成田山の縁。まさに天下の屋号です。
音羽屋(尾上菊五郎・菊之助の一門)の家紋は「重ね扇に抱き柏」。由来は、初代菊五郎の父が京都・四条で劇場案内人として音羽屋半兵衛と呼ばれていたことにちなむ、というのが通説です。
さらに高麗屋(松本幸四郎)、中村屋(中村勘九郎・勘三郎)、澤瀉屋(おもだかや)(市川猿之助)……挙げ始めればきりがありません。どの屋号にも個別の来歴があり、それぞれの音がそれぞれの物語を語り始めます。
けれど、由来を点で並べても、「屋号という仕組み」の起源や働きは見えてきにくいのも事実です。
分からないときは、まず手元の手段で当たってみましょう。試しにAIで「屋号とは?」と尋ねると、「主に個人事業主が用いる事業上の名前、いわば商売の看板」といった答えが返ってきました。なるほど。現代日本語の一般用法としては正しい。けれど、今ここで知りたいのは歌舞伎における屋号です。ここはやはり本の力を借りたいものですね。近所の図書館へ足を運び、司書さんに「歌舞伎の屋号とは、なんでしょうか?」と尋ねました。案内してもらった棚から辞典や概説書をひもとくと、点だった話が少しずつ線になっていきます。
まず前提をそろえます。ここで言う屋号は、歌舞伎で一門を指す呼称であり、客席からの掛け声にもなる名前。苗字や、継承される名跡とは役割が違います。江戸期には庶民が公の場で姓を名乗る場面が限定的で、商家文化の影響もあって屋号・通称が広く機能したとされています。芝居の世界でも、家=一門を示す名が表に出るのは自然な流れだったのでしょう。興行の制度化が進むと、舞台上の名乗りや口上に呼応して客席から屋号がかかる。こうして呼ぶ/応えるの流れが磨かれていきます。つまり、屋号は個人の素性を示すのではなく、家の芸の履歴と、約束された稽古の質を一語で喚起する“公の呼び名”であると言えるでしょう。
この視点を携えたまま『国宝』に戻ると、さまざまな場面の“名の重さ”が、より立体的に響き始めます。名乗りの直前の沈黙、音の立ち上がり、置かれた後の一拍――映画はこの三拍子を丁寧に写しています。父が「俊ぼーーん」と呼んで舞台を去る場面。夢と現の狭間を見ながらも、老年の喜久雄が娘の名を呼ぶ場面。屋号や血縁を越えた芸の象徴として、舞台に呼ばれ続ける小野川万菊。名前は人を縛るのか、それとも切り開くのか。映画は単純な二項対立に落とさず、継ぐ者と継がない者、外から家に入る者の孤独をそれぞれの仕方で描き分けます。所属は人を守るが、同時に人を狭めもします。屋号は誇りであり、同時に重さでもある。継ぐ者には名が重くのしかかり、継げない者には埋め難い寒さが忍び寄ります。外から“屋号”を背負う春江のような人には、居場所を借りる引け目と、その場所を自らの力で拓く胆力が必要になります。『国宝』は「丹波屋」という屋号の周りにある孤独と地獄を、決して声高でなく、しかし確かに描いている。私はそう読みました。
最後に、その「丹波屋」の響きの背景を少しだけ整理させてください。
映画『国宝』の主要ロケ地のひとつ、出石永楽館は兵庫県豊岡市出石町にある近畿最古の芝居小屋です。明治34年(1901)に開館し、昭和39年(1964)にいったん閉館、平成20年(2008)に復原・再開。今も歌舞伎や落語、演芸の上演や見学が続き、地域の文化資産として息づいています。歴史をまるごと抱えた“生きている劇場”で撮られたことは、この映画が持つ舞台の質感を確実に厚くしているように思います。
ただし、ここで一つ、地理の誤解を解いておきます。出石(豊岡)は旧・但馬国(たじま)に属します。一方で丹波国(たんば)は、現在の京都府中部と兵庫県東部の一部にまたがる別の旧国名です。つまり「兵庫=丹波」というのは正しくなく、兵庫県の内に但馬・丹波・播磨・摂津・淡路など複数の旧国が併存していた、というのが正確な理解です。ロケ地の出石は但馬。屋号が想起させる“丹波”は近いけれど別です。
では、作中の「丹波屋」という屋号は何を響かせているのでしょう。歌舞伎の屋号は、市川團十郎家の「成田屋」に代表されるように、出身地・ゆかりの地・ひいき筋・信仰などから名付けられることが多く、やがて一門の旗印として機能します。丹波屋という命名は、素直に読めば上方(京・大坂)=“丹波”の地名記憶を喚起する設計と言えるでしょう。実際、作中でも丹波屋は上方歌舞伎の名門として描かれ、物語上も京都大阪の文化の系譜に位置づけられています。ロケの舞台が但馬の出石であることと、屋号が「丹波」を名乗ることは、地理的には隣接する旧国を思い起こさせつつも別の話であり、丹波屋という言葉は「上方の家格」を一語で表すためだと私は考えます。実在の特定家を指す、と断定する材料は見当たらないため、上方を象徴する物語上の屋号として受け止めるのが妥当でしょう。
この視点を持つと、映画『国宝』が上方の一族(丹波屋)と孤児のような個(喜久雄)を対照的に配置し、“家を呼ぶ名=屋号”の力と重さを際立たせる構図が、地理・歴史の文脈からも浮かび上がります。永楽館という“今もある芝居小屋”で撮られたこともまた、歌舞伎の実践をスクリーンに封じ込めるのにふさわしかったのだと思うのです。
私自身にも、名前に救われた朝と名前に縛られた夜があります。自分の名前をほとんど屋号のように掲げて文章を出すと、賞賛は自分に届くが、批判もまた自分に届きます。名は盾であり、同時に枷でもありました。だからこそ、客席から短く放たれる「○○屋!」という一声が、物語では美しく思えるのです。あの音は、個人を持ち上げる歓声ではない。家を呼び、稽古の履歴と、今日この瞬間の賭けに敬意を表す合言葉。呼べば応える者がいて、応えればまた呼ぶ者が生まれる。屋号とは、関係をひと言で起動するための名前です。私はいま、そう定義してみたい。
そして、この定義は映画『国宝』とも、きれいに噛み合います。継がれる名と選び取る名のあいだで、生き方は何度でも選び直される。名を引き受けることも、名を編集することも、どちらも“呼び合い”の中で行われる。だからこそ私たちは、呼ばれたいのに呼ばれなかった時間を抱えながら、スクリーンの彼らに寄り添ってしまうのです。私は歌舞伎を見に行ったことがないけれど、もしも歌舞伎座へ行くことがあれば、私は今日より勇気を出してみたい。良いタイミングで、短く、透明な音を――丹波屋でも、中村屋でも、あるいは別の屋号でも――声を出す練習をしておきたい。うまくいかなくても構わない。呼び合う関係に自分を差し出すこと自体が、伝統の明日をほんの少しだけ更新すると信じています。
本記事で紹介した映画

国宝
主演 吉沢亮
監督 李相日
「100年に1本の壮大な芸道映画」
——吉田修一(原作者)
画像引用元:Filmarks
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本記事で紹介した作品の原作
国宝(上・下巻)
吉田修一|朝日文庫
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#宣伝会議田中泰延クラス 『国宝』week!
本記事は、2025年に宣伝会議で開催したライティング講座【「お金を払ってでも読みたいことを、自分で書けばいい」と思える書く力の教室】の最終課題「映画『国宝』のレビュー記事」を、「街角のクリエイティブ」掲載にあたって編集したものです。「#宣伝会議田中泰延クラス 『国宝』week!」と題して、これから8名の受講生の記事を1日1名ずつ順番に公開していきます。
直塚大成
映画
2000年長崎県生まれ。福岡の広告代理店勤務。2023年、田中泰延氏と『「書く力」の教室 1冊でゼロから達人になる』(SBクリエイティブ)を共著。1年間、同氏のもとでプロのライター候補生として鍛えられる。





