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2/126,000,000【連載】田所敦嗣の出張報告書<第27回>

田所敦嗣


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どんな国や場所でも、時に偶然はうまく重なるようにできている。

古代ギリシャの哲学者ヘラクレイトスは、自然界において静的な瞬間を目にしたと思っても、それはプロセスの始まりと終わりが同時に生起しているにすぎないとし、万物は流転すると説いた。

私と見知らぬ誰かは、同じような時間に起床し、互いに空港に向かう電車に乗り、同じ飛行機で隣の席に座る。たまたま隣り合わせた彼と、遠い街の道端で偶然再会したりする。
だれも日本人がいなさそうな僻地で、同業の仲間とばったり出会ったりもした。
誰にも説明のつかない出来事は、生きていると度々起こる。

今回はさまざまな偶然が生み出した、冷や汗ものの出来事を書こうと思う。

社会人になってから、僕はペンタックス(PENTAX)というカメラメーカーを使っている。

二十代の頃、何気なく見ていた一人のブログにアップロードされた美しい写真に憧れた。何年かして、ついにその本人と出会えた。彼も趣味としてカメラをこよなく愛していたが、腕前をひけらかすこともなく、淡々と素人の僕にペンタックスとレンズの面白さを教えてくれた。

その数年後、彼はあまり聞いたことのない指定難病に罹り、若くしてこの世を去った。だが僕の手元には、いつもペンタックスのカメラがあった。

ペンタックスはその後、デジタル時代の流れの中で紆余曲折を経て、リコー(RICOH)とカメラ事業を経営統合した。リコーには、僕が昔から憧れていた「GR DIGITALシリーズ」という一眼レフ並みの性能を持つ高性能コンパクトカメラがあり、写真好きの仲間は皆、持っていた。
僕も当時、APS-C初代のGRをようやく手に入れた。

三十代後半になり、知人から近所のイベントで写真撮影を頼まれた。
依頼といってもお金をもらうような内容ではなく、イベントの様子を撮って記念にしたい、というものだった。

会場には僕と同じく撮影を依頼された人が何名かいて、その中の一人が、僕と同じ機種のペンタックスを抱えていた。カメラの人気でいえば、ペンタックスは老舗ではあるが、メジャーメーカーという分類ではない。だからこそ、それだけで嬉しかった。

そのイベントは何年か続き、その都度ペンタックスの彼と会ってはカメラのことを話した。僕は意気揚々と、どんなレンズがいいとか、こんなモデルが欲しいとか、そんな話を何度もした記憶がある。その度に彼は優しい笑みを浮かべ、「そうですね」と頷いてくれた。

それから長い年月を経て、先日その方と近所のバーで再会した。互いに近所に住んでおり、共通の知人たちとも近い関係にあったこともあるが、久しぶりの再会に嬉しくなった。

僕が久しぶりにペンタックスやGRの話をしていると、同じくバーにいた隣の知人が、ぽつりと呟いた。

「あれ? 言ってなかったでしたっけ? 彼はそのGRのレンズ設計者さんですよ」

それを聞いた瞬間、僕はしばらく固まったまま動けなかった。
そしてすぐに、変な汗が出てきた。
僕が彼にいつもカメラのことを語っていたことが、途端に恥ずかしくなった。

しかし彼は、「そんなことないですよ」と静かに笑った。

僕がペンタックスのカメラを買ったのも、偶然ネットで見かけたブログがきっかけだった。
そのカメラを持っていたことで会話が生まれ、大好きなGRのレンズ設計者にたどり着いてしまった。

数日後、彼から届いたメッセージには、「紹介してくれた街クリのエッセイを楽しく読んでいます」とあった。
さらに、拙著『スローシャッター』も買いました、という通知が届いていた。 人生で偶然出会うことのできた二人のおかげとはいえ、ヘラクレイトス、やり過ぎではないだろうか。


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田所敦嗣さんの著書

スローシャッター

スローシャッター
田所敦嗣|ひろのぶと株式会社

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    千葉県生まれ。水産系商社に勤務。エッセイスト。著書 『スローシャッター』(ひろのぶと株式会社)で、SNS本大賞「エッセイ部門」受賞(2023年)。フライ(釣り)、写真、野球とソフトボールが趣味。人前で声が通らないのがコンプレックス。