20年以上前の写真を保存したハードディスクも、今は何代目になったのだろうか。
当時の写真を漁ってみると、当時の記憶がどんどん蘇る。
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真夏の週末。
チリから毎年来るロドリゴ(Rodrigo)が、以前から波乗りがしたいと言っていたので、千葉の海へ行った。
僕は教えられないので、今や海の仙人と化した叔父の所へ連れて行く。
英語を一切話せない叔父と、英語とスペイン語しか話せないロドリゴの二人は、沖合いで何やら楽しそうに話していた。
いくらなんでも、波乗り初日に板の上に立つことなど無理だと思っていたが、数時間のうちに乗れてしまった。
沖から上がった叔父が「ヤツは才能がある」と言っていたが、雰囲気や感覚だけで通じ合える彼らのことが少し、羨ましく思った。

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ノルウェーの国土面積は日本と比べ大きな差は無いが、人が住むことのできる可住地は、日本よりずっと小さい。
移動に関しては、入り組んだフィヨルドを跨がなくてはならず、交通機関として多くのフェリーが普及している。
オーレスン(Ålesund)に住むラス(Lars)は大のスマホ嫌いで、仕事で使わざるを得ない時以外、手に持ったり画面を凝視することはほとんど無かった。
僕は何度か乗ったフェリーの甲板で、ずっと景色を見たり写真を撮っていたのだが、それだけでなぜか気に入られた。

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現代のチリではほぼ見ることの無いだろうサーモン工場のハンドオペレーション。
手練れの職人たちが、一匹の魚を瞬時にフィレにしていく。
南米らしく、工場内は大きなスピーカでラテンの音楽がガンガンと流れ、ワーカーたちはそのリズムに合わせるかのように、素早く手を動かしていく。
数日間通い顔を覚えられた頃、日本の曲を流せと言われ、iPod nanoに入っていたPerfumeの「ポリリズム」を流したら、皆が一斉に親指を立ててくれた。
もしこの当時、このチリの田舎で「ポリリズム」が流行っていたら、それは僕のせいかもしれない。

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水産資源が豊富なスリランカ(Sri Lanka)の現状を見ようと、紹介された工場へ視察を兼ねて訪ねた。
この日は、明け方に水揚げされたキハダマグロをカットし、EU向けに出荷していた。
工場長は自信に満ちた表情で、日本向けにどうかとアピールをしてくれたが、超えなくてはならない衛生的な項目が多すぎるため、曖昧に頷いた。
それでも昨今は容易に情報を収集できるので、大きな資本さえ入り込めば、あっという間にこの工場も先進国並みのレベルになるだろう。

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久しぶりにホーチミンで短い余暇ができたので、ホテル・マジェスティック・サイゴンへと向かう。敬愛するワタナベアニさんの定宿とも聞き、一度訪れてみたいと思っていた。
20数年間このホテルの前を幾度となく通過したが、出張とはそんなものである。
2人がやっと乗れる狭いエレベーターで見晴らしのいいカフェがある階まで昇ると、朝食の喧騒が今しがた終わったような、伽藍とした空間だけがあった。
ホテルと同じくらい年齢を重ねたマスターに声を掛けると、笑顔でエスコートしてくれた。
ホテルのことを何から聞こうか悩んでいると話すと、どこからでも答えますと返事が返ってきた。
名門と言われるホテルは、名門を作った人々がいなくては成立しないことを、肌身で感じた。

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たまたま日本人として生まれ、幼いころから当たり前のように感じていた物事や景色が、世界でも当たり前のように受け入れられていることがよくある。
同じ場面で笑い、同じ場面で叫び、同じ場面で心が動く。
どんなことでも、何かで通じ合えるというのは、とても心地が良い。

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マルセル・プルーストは『失われた時を求めて』の中で、
“旅とは新しい景色を探すことではない。新しい見方を持つことが本当の旅である”
と書いたが、これも旅の真理なのかもしれない。
田所敦嗣さんの著書
スローシャッター
田所敦嗣|ひろのぶと株式会社
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田所敦嗣
エッセイ
千葉県生まれ。水産系商社に勤務。エッセイスト。著書 『スローシャッター』(ひろのぶと株式会社)で、SNS本大賞「エッセイ部門」受賞(2023年)。フライ(釣り)、写真、野球とソフトボールが趣味。人前で声が通らないのがコンプレックス。






