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2025年12月5日「街角diary」加納穂乃香がお届けします。

加納穂乃香


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クサいやつの正体を知った日

事務所のお手洗いは、夕方になるとすんごいクサい。

換気のために小窓を開けているのだけど、下の中華料理屋の換気扇とちょうどバッティングしてるらしく、においの充満がはんぱない。

とくに許せないのは酸っぱいにおいだ。調理で発生した独特の油を含む酸っぱさにムッとした顔になる。

万が一、自分が排出したものからおかしなにおいが発されていたとしても、その強烈な酸っぱいにおいでかき消されてしまうだろう。

「消臭力 ほとばしる爽快さ グレープフルーツ」をシューーッとしたとしても勝てない。

だいたい、グレープフルーツがほとばしってどうするのだろう。ほとばしったものを美化してくれるのが君の役割ではないのか。


***

先日、社長であるひろのぶさんの学生時代からの友人が事務所に来てくださった。

ひろのぶさんがカメラマンとなってその方の写真を撮影して、終わったらご飯へ行きましょうということになっていたから、なんとなく中華料理がいいよね。となって、私とひろのぶさんは事前に近場の中華料理屋を調べ始めた。

行きたかった中華は休業日で、一度行ったことのある別の中華は、ばかでかい声でおもしろくもないことを叫びまくるサラリーマンの溜まり場だったことを思い出してやめた。

ひろのぶさんが「そういえば、あのへんで一軒みかけた!」という店名をGoogleマップで調べると、

「くさい、汚い、まずい、二度と行きたくない。」

という口コミが目にとまって、しばらく爆笑したあと候補から消した。


ひろのぶさんの写真撮影が終わり、いよいよ中華の時がやってきた。

もう、事務所の下の酸いぃにおいを発する中華に行くしかないか。


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その中華料理屋は1年ほど前に突然オープンした。以前は日本人夫婦が経営する串焼きを出す居酒屋だったのに、急に閉店して1週間後には中国語を話す人々が経営する中華料理を出す店に早変わりしていた。

外にでっかい店名を掲げて、テイクアウトの肉まんをアピールしているけど、店内のメニューが全くわからない。中華とはいえどんな料理を出すのか、おいしいのか、店員さんはどんな感じなのか。せっかく食べるならいい思いをしたくて、足が遠のいていた。

ドアを開けると、いらっしゃいませ、とカタコトの日本語で迎えてくれた。店内は前の串焼き居酒屋とほとんど変わっていなかった。

メニューを見て、とりあえず黒酢酢豚は頼んでみようよ。チャーハンは食べたいよね。トマトとたまごの炒め物も食べたい。蒸し鶏もよさそう。

なんだ、普通の中華料理のお店じゃないか。みんな安心して次々に頼み始めた。

「あっ、待って、焼き小籠包もおいしそう。でも6個入りだし4人で食べるならもう1セット追加する?」と注文の最後に急いで付け足したら、

「1個にボリュームがあるから、6個で十分よ。余ったらみんなで分けたらいいよ。」と声をかけてくれた。

店員さんもいい人やった。

料理はどれも美味しくて、店員さんも活発に空いたお皿をさげ、料理ごとに取り皿を持ってきてくれて、想像よりもかなり良いお店だった。この店が串焼き居酒屋から中華料理屋に転じてから一度も来なかったのがくやしいねと何度も話して、次から中華はここに食べに来ることを誓った。


***

食事のあと、ひろのぶさんの友人を見送って事務所に戻った。

さっき飲んだパインジュースが膀胱に響いて、お手洗いに駆け込んだ。


いつもなら、この時間は酸いぃにおいが充満している。

はずなのに、さっき食べた黒酢酢豚のにおいが充満している。

いつもクサいと思っていたあのにおいの正体だった。


おいしい。トイレがおいしくなった。

お手洗いに行くたびに、黒酢酢豚がほとばしっている。幸せだ。

 

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    ひろのぶと株式会社 事務局長。株式会社街クリ 取締役。パンチニードル職人。