今期、楽しみにしていたドラマが始まりました。
『南田南弁護士は天才肌』
天才子役と謳われたあの芦田愛菜が、10年ぶりの連続ドラマ出演。韓国で放送されNetflixで人気になった『ウ・ヨンウ弁護士は天才肌』の日本リメイク版です。
芦田愛菜の演じる主人公「南田南」は、自閉スペクトラム症(ASD)のある弁護士。
「南田南」って、そんな名前つける親おるかいな、みたいな名前ですが、これは原作のローカライズ。
韓国版の「ウ・ヨンウ」は、ハングルで書くと「우영우」。上から読んでも、下から読んでも「우영우(ウ・ヨンウ)」。それをいつも自己紹介にしていました。
自己紹介では他にも回文になる言葉を羅列するのですが、実際の韓国語と日本語字幕は内容が違ったそう。
韓国語では「우영우(ウヨンウ)、기러기(雁) 、토마토(トマト)、스위스(スイス)、인도인(インド人)、별똥별(流れ星)」と言っているらしいところが、日本語字幕では「キツツキ トマト スイス 子猫、南」となっていました。ずっと自己紹介の最後に「南」とついていたので、日本語版の名前が「南」なのはちょっとうれしい。
ちなみに、Netflixでは英語配信もされているのですが、英語ではこの回文が「kayak(カヤック)、 deed(証書)、 rotator(定義)、 noon(昼)、 racecar(レースカー)、 Woo Young-woo(ウヨンウ)」とされているらしいです。「レースカー」が逆さから読んでも「レースカー」とは! 初めて気づいた、おもしろい!
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さてこのドラマ、大きな要素に「自閉スペクトラム症」という発達障害と、その特性による困難と社会のありかたがあります。
「自閉スペクトラム症」というと、まだ聞き馴染みがないかもしれません。以前は「自閉症」と「アスペルガー症候群」と分けられていましたが、2013年のアメリカ精神医学会(APA)の診断基準DSM-5の発表以降、「自閉スペクトラム症(ASD)」としてまとめて表現することが多くなりました。
「自閉」という言葉から、うちにこもって口下手な内向的イメージを持たれることも多いASDですが、症状・特性はさまざま。口達者だったり外交的だったりする人もいます。
ASDの半数は知的障害を伴っていると言われることもあり、ADHD(注意欠如・多動症)など他の発達障害と特性が重なる場合もあります。一方で必ずしも知的障害を伴っているわけではなく、異常な集中力や前提を疑う視点などから、天才といわれるような能力を持つ場合もあります。
ウ・ヨンウ / 南田南はその特性で暗記力が異常に高く、細かなところに気がつく“天才的”なキャラクター。東大法学部(韓国版はソウル大学)を首席で卒業し、司法試験もトップで合格。一方で、自閉スペクトラム症に対する社会の偏見から、なかなかどの法律事務所にも採用されずにいたところ、業界トップクラスの法律事務所での採用が決まり、そこで家族や同僚、友人とのかかわりを通じて成長していくというお話です。
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これだけ書くと、発達障害を“ギフテッド”として描いている作品のようにも思えますが、原作である韓国版のすごいのは、複数の発達障害者が弁護の依頼人として登場すること。
その中で印象的だったのが、知的障害を伴うASD当事者が依頼人である事件で、ウ・ヨンウの上司が「相手はASDがあるから、ASDのあるウ・ヨンウ弁護士なら相手も安心するだろうし、よくわかるだろう」と、ウ・ヨンウを担当につける話。
でも、ASDは一人ひとり特性が違うし、相手の表情・感情や文脈・行間を読むことが苦手な傾向がある。上司の考えは悪気なく自然と出てきたものですが、なかなか当事者にとっては酷な面もあります。かなりウ・ヨンウに理解を示し寄り添ってくれる優しい上司なのですが、その人からこのような考えが出てくるというのが、一つの社会との認知の差を表すエピソードです。
そして、依頼人のご両親にとってもそれはまた、複雑な対応でした。母親が直接ウ・ヨンウに「同じASDなのに、なぜこんなにも違うのか(うちの子は知的障害を伴い6歳児くらい、ウ・ヨンウは天才的弁護士として活躍している)とみじめになってしまう」といったことを話すシーンがあります。
そのシーンを見たときは、なんて勇気のあるドラマだろうと、でもすごく大切なメッセージだと感じました。
このエピソードは韓国版では第3話。日本版でどのようになるのか(そもそもその話が登場するのか)、楽しみです。
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発達障害に対する認識の描写は、第1話の日本版でもちゃんと引き継がれていました。
老夫婦間で起きた暴行事件を担当することになった主人公。介護していた認知症の夫を、彼の暴言をきっかけに彼をアイロンで殴ってしまった妻。夫は硬膜下血腫で全治12週と診断され、妻は殺人未遂で起訴されます。被告人のために執行猶予を取るよう指示された主人公ですが、彼女は「殺人未遂」の無罪を主張。本件は「傷害罪」にすべきと話します。
その理由を聞いた上司(チョン・ミョンソク/日本版では宮地賢吾(山口馬木也))が、驚いてこう言うシーンがあるのです。
「(この点に気づくのは)普通の弁護士でも難しいことだよ」
そして、少し置いてこう言います。
「すみません。『普通の弁護士』というのは、失礼な気がして」
社会の偏見と上司の気づき、どちらもを描くこのシーン、日本語版でも残っていました。安心した。うれしかった。発達障害と周囲の関わりをいろいろ提示して、押し付けることなく考えさせてくれるドラマになりそうです。
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一方で、韓国版から日本版へのリメイクで消えていて気になったシーンがあります。
事務所で裁判の方針を打ち合わせするチーム。国民参与裁判(日本の裁判員制度のようなもの)とするにあたって、被告人が不憫な状況にあることを訴えかけていこうと話し合います。
そこで同僚になる2人の新人弁護士が、いかに自分がうまく話せるかを語り、ウ・ヨンウの力に自分がなるとアピール。
しかし、ここで意見を求められたウ・ヨンウがこう答えるのです。
「不憫に思わせるのがポイントでは? 不憫といえば障害。そして私は障害者(自閉スペクトラム症)です」
このシーンを見た時は、目がこぼれ落ちるかと思った。
その後エレベーターで話す同僚2人。
「ウ・ヨンウは何者ですか、本当に障害者? からかわれている気分だ」という男性新人弁護士(クォン・ミヌ/日本版では氷見琢磨(細田佳央太)に当たる人物)。
ロースクールでウ・ヨンウと同期だった女性新人弁護士(チェ・スヨン/日本版では朝日小春(久保史緒里)にあたる人物)は、「ロースクール時代のあだ名は、“どうせ1位はウ・ヨンウ”。苦い記憶です。気の毒に思って助けると、あの子は1位、私は遅れを取る。ここでも同じ」と話します。
すると男性弁護士が「自分より強い人を助ける必要はないさ」と答えます。
この一連の会話が、まるッと今回の日本版リメイクでは消えていました。
韓国版に比べて約20分短い日本のドラマ。時間の都合で詰めたのだと思いますが、「障害」と「同情」というテーマ、それに対する各登場人物のスタンスの違いが見えて後々に効いてくる重要なシーンだと私は思っていただけに、消えちゃったのがちょっと残念。
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そう、このドラマ、単純な「障害があっても〜!」ではないのです。
ほんわか温かで優しいタッチながら、“「人を理解すること」と「人に同情すること」は同じなのか”という問いかけが何度も何度も形を変えて出てきます。同情、共感、尊重、保護、差別、愛情……同情が人を救うこともあれば、同情によって人の尊厳が奪われることもある。
上司のチョン・ミョンソク(日本版では宮地賢吾)は当初「自閉スペクトラム症」という障害にヨンウの受け入れに拒否感を示しますが、彼女の能力を目の当たりにして態度を改め、チームの一員である弁護士として評価します。ヨンウが困難を抱える場面では必要な配慮をしながら、弁護士としての責任も求める。「同情」と「配慮」の違いを体現するような、いい上司です。
同僚の男性弁護士 クォン・ミヌ(日本版では氷見琢磨)は、ヨンウが障害を理由に特別扱いされているのではないかと、強くヨンウを敵視し始めます。周囲にいる人のもどかしさを表すようなキャラクター。ヨンウの能力を認めているからこそ彼女を“強者”と認識するその姿勢は、ある意味対等に見ているようにも思えますが、彼の行動を通して見ると、配慮や同情——能力の問題ではなく、社会的な偏見から生まれる障壁への理解も含めて——を完全に排除してしまったら、それはそれで逆差別になる様子が見えてきます。
同僚の女性チェ・スヨン(日本版では朝日小春)は、大学時代からヨンウを助けてきて、ヨンウが社会の中で直面する困難をよく知っている人物の一人。けれど、単にヨンウを同情しているわけではありません。ライバル視することもあれば、怒ることもある。ライバル視しているからこそ、彼女の採用に対する不正が疑われたときに「首席卒業したのに、どこも採用しなかった。障害者差別は違法なの! その成績で採用されないのは差別だよ! どんな経緯でも入社するのは当然なの!」と怒ってくれます。いや、ほんとこのドラマ見てたらどんどんスヨンが好きになっていくから。
そして、職場のパラリーガルであるイ・ジュノ(日本版では船井湊人(高橋文哉))は、同情と愛情の違い。ヨンウに恋心を寄せるジュノですが、周囲からは心配をされます。友人に「同情」だと言われて大喧嘩になるシーンも。
他にも、依頼人の話・事案を通して社会にある「同情の目」や差別——障害者差別もあれば、子供の詰め込み勉強の問題、脱北者への差別も——が描かれていく本作。
1話では、当事者が社会にどう扱われているか感じ取っていることを示し、また同僚のスタンスを印象づけるシーンがなくなっていましたが、今後はどのようにこの「理解と同情」のテーマが深まっていくのか、注目しています。
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さて、楽しみだった芦田愛菜のお芝居。
1話を見た印象では、韓国版のウ・ヨンウよりも日本版の南田南のほうが、明るく外交的で、表情豊かな印象を受けました。
それでも、相手の目を見るのが苦手な様子など、ちょっとした動きにASDの特性と言われる様子が散りばめられていて、ウ・ヨンウとは少しタイプの違う、けれど原作をリスペクトした南田南像が見え、芦田愛菜すごい! と安心しました。
ASD監修として関わった医師がこのようなツイートをしていました。
「南田南弁護士は天才肌」のASD監修の話をいただいた後、原作の主人公が「高IQ」と知り、正直少し心配になりました。 当事者から「ASD=天才、というイメージを持たれたくない」という不安の声を耳にするからです。 ですが、原作ドラマを観て、監修として関わった今は、重要なのは主人公の知的能力よりも"描かれ方"だと思ってます。 主人公が「ASDの代表」と思わせる演出なのか。 幅広いスペクトラムの中の1人として描かれているのか。 才能であらゆる困難を退ける天才ストーリーなのか。 特性ゆえに悩む姿があるのか。 原作は、いずれも後者だと僕は捉えました。 この作品から僕が受け取ったのは、「才能が障害をカバーする」という綺麗事ではなく、 「能力の高さと生活面の困難は、必ずしも同じ軸にはない」という当事者の現実です。 ADHDの僕は、周囲にカミングアウトすると 「でも医者になれてるんだから大丈夫でしょ?笑」と冗談混じりで言われることがあります。 勉強ができることと、生活上の困難を同じ物差しで測られて、僕自身、救われたことは1度もありません。 そういう思いも含めて、ASD監修の1人として関わってます。
— ともひろDr|ADHD当事者+ASD特性 (@peds_tg) August 27, 2026
「南田南弁護士は天才肌」に、ASD監修の1人として関わりました。 僕はADHD当事者で、小児科医として発達障害の子を診療しています。 その中で、もどかしさを覚える瞬間があります。 発達障害による困難は、本人の特性だけでなく、周囲や環境にも左右されます。 だから周囲の理解度で、当事者も周囲の方も、生きやすさが大きく変わります。 届けたい相手は、もっといる。でも自分の力には限界がある。 ドラマは、僕の声より遥かに多くの方に届く可能性を秘めています。 今回監修を引き受けたのは、そういう想いがあったからです。 今は、この作品に関われたこと、そして南田南という人物に出会えたことを、嬉しく思っています。 今夜は僕も一視聴者として観ます。 皆さまもぜひご覧ください。 #南田南弁護士は天才肌
— ともひろDr|ADHD当事者+ASD特性 (@peds_tg) October 19, 2026
ドラマは、多くの方に届く可能性を秘めている。
2話以降も、韓国版との違いも楽しみながら追いかけたいと思います。そうして、発達障害と社会のかかわり方について、ドラマを通して多くの人に届いていって、みんなで考え助け合えるようになっていくと、いいなぁ。
廣瀬 翼
レポート / インタビュー
1992年生まれ、大阪出身。編集・ライター。学生時代にベトナムで日本語の先生を経験。食物アレルギー対応旅行の運営を経て、編集・ライターとなる。『全部を賭けない恋がはじまれば』が初の書籍編集。以降、ひろのぶと株式会社の書籍を担当。好きな本は『西の魔女が死んだ』(梨木香歩・著、新潮文庫)、好きな映画は『日日是好日』『プラダを着た悪魔』。忘れられないステージはシルヴィ・ギエムの『ボレロ』。





