×

移動の記憶 その2【連載】田所敦嗣の出張報告書<第23回>

田所敦嗣


  • LINEでシェアする

先週に続き、移動の記憶を辿っていく。

著名ブランドの多いイギリス車の中でも、Vauxhall(ボクスホール)ほど日本で知られていないメーカーはないかもしれない。
コペンハーゲン(København)に住むノアの愛車で、いつもハイウェイE20号線をかっ飛ばす。若いのにブリッピングも卓越しており、ホットハッチでかっこいいのだが、唯一の欠点は1気筒が不発寸前なことだ。暖機運転をしないと、朝方の車内はかなり揺れる。
いつか高速で止まらないかとヒヤヒヤするが、同時にコペンハーゲンに来たことを実感する瞬間は、いつしか彼のボクスホールに乗る時になってしまった。

2009.11 Denmark

ベトナム、中国、韓国などは旧正月文化を持つ国だ。毎年1月から2月にかけて長い休日となる。年末は休日期間の生産減に備え、各国からのオーダーが増えるため、忙しさはピークに達する。
ベトナムや中国では、新年を祝う際に使う爆竹や打ち上げ花火が有名だが、昨今は首都圏や人口の多い大都市では火災の恐れがあり、どこも禁止になった。
大連に住むゴ(吴)さんの話によれば、花火を上げる習慣は、自分の家にいる鬼(厄)を追い出すことが目的らしい。日本にも節分があるので、似たようなものかと思いながら話を聞いていたが、花火は大きければ大きいほど厄が取れると信じられており、追い出された鬼は隣家に行くと考えられているそうだ。
近所同士がお互いに縁起の悪い年始を迎えたくないため、毎年打ち上げる規模が大きくなり、キリがなくなるという。一見するととんでもない文化にも思えるが、とても人間くささの残る風習である。

2013.1 Vietnam

飛行機のフライト予約ができず、急遽コンセプション(Concepción)からプエルトモント(Puerto Montt)までバスで向かう。
クルス・デル・スール(Cruz del Sur)というバス会社はチリ南部では有名で、日本では考えられないほど飛ばす。どうも、ある国々では、バスの運行は「速い=稼げる」という概念があるようだが、深夜の移動中、僕はほとんど眠れなかった。
運転手は陽気に鼻歌を歌いながら、無理矢理前の車を追い越していく。その記憶だけが強く残っている。明け方に到着し、フラフラの状態で撮った1枚。

2009.4 Chile

北欧は世界でも有数の最先端マシンを使って魚を捌いている。写真の機械はもう古くなってしまったが、当時はかなり驚いた。
年々人口が減り続けている日本でも、オートメーションが日常になる日は近いのかもしれない。しかし感情を優先させるならば、人の手で扱われた魚は、いつも美しく感じる。

2009.10 Norway

海外の連中がトーキョーに来ると、真っ先に驚くのが街の明るさだ。グダニスク(Gdańsk)のメイン通りは、これでもかなり明るい方で、慣れてくると暗いとは思わなくなる。
治安や民族性など、いろいろあるのかもしれないが、必要最低限であることの美しさは、いつも心のどこかに留めている。

2009.11 Poland

この国でどうしても断れない酒席があるときは、ひたすら黙るに限る。それでも終始無口を通すわけにもいかず、この夜も相応に酔っ払う。
エン(閻)は少し年下のエージェントだが、彼の肩を借りなければ、ホテルに戻れなかった夜は過去に幾度もあった。

2006.5 China

スマートフォンの普及によって「劇的にインチキができなくなった」カテゴリ第1位を挙げるなら、タクシーかもしれない。
ベトナムではUberやGrabがメジャーだが、行き先と料金は乗車前に決まる。無用な迂回を繰り返せば、ドライバーの時間とガソリンだけが空しく減り続ける。
目的地に到着して初めて決済されるため、多くのドライバーは最短ルートで走るようになった。民間人による白タクはこの国では合法だが、彼らも乗客の評価に左右されるため、いい加減なドライバーは即座に排除されてしまう。
今や生活の多くにスマートフォンが介入してくるが、同時に誰にも何にも評価されない世界を1つでも多く、持っていたいと感じる。

2013.1 Vietnam

どの国にも必ず、光と影がある。
その土地や人が美しかったか、そうではなかったか。
記憶に何を持ち帰るかは、旅人の自由である。


【連載】田所敦嗣の出張報告書 記事一覧へ

田所敦嗣さんの著書

スローシャッター

スローシャッター
田所敦嗣|ひろのぶと株式会社

  • LINEでシェアする
  • 田所敦嗣 エッセイ Instagram


    千葉県生まれ。水産系商社に勤務。エッセイスト。著書 『スローシャッター』(ひろのぶと株式会社)で、SNS本大賞「エッセイ部門」受賞(2023年)。フライ(釣り)、写真、野球とソフトボールが趣味。人前で声が通らないのがコンプレックス。