×

2026年1月21日「街角diary」廣瀬翼がお届けします。

廣瀬 翼


  • LINEでシェアする

廣瀬翼のカンゲキ! 観劇日記
〜劇団四季『ゴースト&レディ』〜

こんにちは、こんばんは、おはようございます。
水曜日の「街角diary」担当、廣瀬翼です。

今年の私の舞台はじめは1月3日、大阪四季劇場でした。

今回まで知らなかったのですが、劇団四季って元旦から公演しているのです。すごいよね。家族4人全員で集まる機会が減っている我が家にとって、とってもありがたい。

観てきたのは、劇団四季のミュージカル『ゴースト&レディ』。

大阪四季劇場にて、5月17日(日)まで上演中。千秋楽の日である5月17日の13時公演はライブ配信も決定したそうです!

話も、音楽もいい。
そして、驚きの連続の演出!
もう一度、観に行きたい!

……でも実は、2024年に東京で劇団四季オリジナルミュージカルの新作として『ゴースト&レディ』が始まったとき、私は期待していませんでした……その理由は、“オリジナル作品”だから。いやぁ、後悔。東京公演も観に行けばよかったなぁ。

ということで、『ゴースト&レディ』の内容、オリジナル作品とはどういうことなのか、見どころなどお伝えしていきます……今週もふたたび、「diaryとは?」回です。どうぞ。

あらすじ 〜クリミアの天使・ナイチンゲールと劇場のゴースト・グレイの絆の物語〜

〜彼女は皆んなを救いたかった。彼は誰かを信じたかった〜

舞台は19世紀イギリス。
ロンドンのドルーリー・レーン劇場には「灰色の服の男=グレイ」と呼ばれる有名なシアター・ゴーストがいた。彼は芝居を愛して劇場に通っていた、元決闘代理人だった。

ある日、彼のもとへ「フローレンス・ナイチンゲール(フロー)」と名乗る令嬢が訪れる。

「お願いです。私を、殺してください」

のちに「クリミアの天使」「ランプを持った淑女」と呼ばれるようになる、近代看護の礎を築いたあのフローレンス・ナイチンゲール。看護の道に強い使命感を抱き、クリミアの野戦病院へ赴こうとする彼女は、家族からの「看護」という職業への蔑みと反対に、生きる意味を見失いかけていた。

最初はその願いを拒んだグレイ。しかし、フローが再び“絶望”したときに殺すことを条件に、彼女と行動を共にし、クリミアのスクタリ陸軍病院へと行く。

死を覚悟したことで信念が強まるフロー。
「お前、絶望しねぇ気だな」
「私、きっと絶望します! だからそれまで、いてください、グレイ」
過酷な環境で奔走するフローとその様子を見守るグレイの間に次第に生まれる、絆。気丈に、凛として振る舞うフローも、グレイと2人のときには声をあげて笑う姿を見せる。

そんな2人の行動を妨害しようとする、クリミア戦争におけるイギリス全陸軍野戦病院の責任者 ジョン・ホール軍医長官。フローの活躍によってこれまで築き上げてきた自らの地位を脅かされ、彼女への憎悪をいっそう募らせていく。

そのジョン・ホールには、グレイと同じ“幽霊(ゴースト)”の影が……。

原作は「モーニング」連載のアクション漫画

『ゴースト&レディ』は劇団四季オリジナルのミュージカル作品。2024年5月に東京の四季劇場「秋」で初演。2025年には名古屋四季劇場で公演。そして今、2025年12月〜2026年5月の大阪四季劇場で公演中です。

原作は、『うしおととら』『からくりサーカス』で知られる人気漫画家・藤田和日郎が描く『黒博物館 ゴーストアンドレディ』(講談社「モーニング」)。

出典:Amazon

「黒博物館」シリーズは、実在の犯罪や事件をもとにした伝奇アクション。『ゴーストアンドレディ』に登場するドルーリー・レーン劇場のシアターゴースト・グレイも、実際にその存在の噂があるのだとか……。さらに、イギリス全陸軍野戦病院の責任者であるジョン・ホール、彼に憑いているゴーストのデオン・ド・ボーモンにもモデルがいるそう。

ちなみになのですが、このデオン・ド・ボーモンが、超絶かっこいい!! 1幕の最後に登場します。「君がクリミアの天使か?」というセリフと共に。ああ、かっこいい。

公演でも、最後の挨拶でデオンが出てくると、客席からの拍手が一段と大きくなりました。人気の高さが空気から伝わってくる。

ミュージカルの中には、主役以上にそのステージの印象を左右する役がいる作品もあります。『ウエスト・サイド・ストーリー』のアニタ。『美女と野獣』のルミエールやミセス・ポット。『ライオンキング』のラフィキ。

『ゴースト&レディ』のデオン・ド・ボーモンは、間違いなくそういうキャラクターの一人でしょう。

あ、話が逸れました。『ゴースト&レディ』が劇団四季のオリジナル作品で、藤田和日郎氏による漫画が原作だという話でしたね。

ミュージカル化にあたって、藤田氏は脚本の制作に伴走されたそう。特に、ラストをどうするのかは、脚本の高橋知伽江氏とかなり話し合ったといいます。

“結末”の部分だけ高橋先生と僕の意見が合いませんでした。これについてはなかなかお互いに譲りませんでしたね(笑)。でも本来クリエイター同士というのはそうあるべきなんです。最後は出版社の会議室で高橋先生とお会いして、長時間じっくりと話し合いました。その結果がどういうものになったかは、実際にステージをご覧ください。

劇団四季『ゴースト&レディ』公演プログラムより

劇場には、原作のイラストとサインも飾ってありました。

会場で聞こえてくる会話からも、原作ファンがたくさんいる様子でした。

我が家も、今回『ゴースト&レディ』を観に行きたいと言ったのは、私でも四季の会に入っている妹でもなく、父。意外でした。聞くと、もともと原作を知っていたよう。時代設定や世界観がミュージカルにマッチしそう、と興味を持ったそうです。

“王者”がいま、「オリジナル作品」に挑む理由

先ほど『ゴースト&レディ』を「劇団四季のオリジナル」と書きました。
この「劇団四季オリジナル」とは、どういうことなのか。

劇団四季の上演ミュージカルは大きく2つに分かれます。

● 『CATS』『オペラ座の怪人』『ライオンキング』をはじめとする海外ミュージカルの日本版(レプリカ)
● 『夢から醒めた夢』『嵐の中のこどもたち』などのオリジナルミュージカル

これまでに四季が上演してきた作品一覧は、劇団四季の公式サイトで公開されています。そこで「ミュージカル」とされているのが、前者の海外ミュージカルの輸入。「オリジナルミュージカル」とされているのが後者。原作があっても、ミュージカル化の音楽・演出などを自社でやっているものを「オリジナル」と呼んでいるようです。

やっぱり、四季といえばブロードウェイやロンドンで上演され世界的に有名な作品が強い。だからこそ、「日本でミュージカルといえば四季!」というイメージがある。特に近年は、『アラジン』『アナと雪の女王』などのディズニーミュージカルの印象を持つ方も多いのではないでしょうか。

劇場上演数で見ても海外作品が多く、「売上の9割弱」を占めるそうです。

一方で四季では、1964年初演の『はだかの王様』をはじめ、創設当初からオリジナルミュージカルにも取り組んできています。ただし、その多くは「ファミリー向け」。また、2004年発表の『ミュージカル南十字星』以降は、専用劇場の全国展開などに伴い、オリジナル作品の制作から遠ざかっていました。

そこで四季は、2018年に企画開発室を新設。2019年から2022年発表の『ゴースト&レディ』までは、1年に1本のハイペースでオリジナル作品を発表してきました。

なぜ、オリジナル作品が必要なのか。そこには、劇団経営の視点からの戦略が。吉田智誉樹社長が、テレ東BIZの番組「ブレイクスルー」で語っています。

海外ミュージカルの場合、劇団四季が持っている権利は「上演権」のみ。そのため、四季独自の映像化や配信上演はできません。

これから人口減少が進日本。今後の展開を考え、海外輸出や映像化のできるオリジナル作品の重要性を意識し準備していたそう。そんな中、改めて「上演権」のみしか持たないことの弱さを痛感する出来事が起きます。

2020年、新型コロナウイルスの流行です。

政府の公演自粛要請で劇場を閉じるしかなく、1,000回以上の公演が中止。さらに飲食店とは異なり補助などもほとんどない状態。海外の劇団ではオンライン上演・配信などの取り組みをしているところもありましたが、それもできません。

なんと、85億の売上が消失したのだとか……。

もとの今後の市場を見据えて目的。さらに、コロナ禍のような緊急時。オリジナルの作品であればマネタイズの可能性が圧倒的に広がるので、何かあった時にも対応できる幅が広がる。

それが、いま劇団四季がオリジナル作品に取り組む理由。

つまり、『ゴースト&レディ』は今後の劇団四季の未来を賭けた挑戦といっても過言ではない、気合いの入った作品。冒頭で『ゴースト&レディ』大阪公演で千秋楽を迎える5月17日の13時公演の配信があるとお知らせしましたが、これも「劇団四季オリジナル作品」だからできることなのです。

ちなみに幕を上げられないコロナ禍のあいだも、劇団の宝であるスタッフや俳優への給与は払い続けたそう。偉いよ、四季……!

また、2022年発表のオリジナル作品『バケモノの子』の名古屋公演にあたっておこなわれた中日新聞のインタビューで、吉田社長は「コロナ禍において、俳優のメンタルが心配だった」と語っています。

こうして経営方針を聞いていくと、浅利慶太の演出や人気海外演目の上演権を持っていること……以上に、しっかりと育てている人材と組織の足腰こそが、劇団四季を日本のミュージカル界における“王者”たらしめているのだと感じます。

気合いの作品! 豪華クリエイティブチーム

私は最初「劇団四季オリジナルミュージカル」と聞いてあまり期待していなかった……と書きましたが、その時は「オリジナル作品」の意味を取り違えていました。原作があることも知らなかったから……ファミリー向け作品、さらにタイトルから『オペラ座の怪人』×『美女と野獣』のような話かなと思っていまして……。いやー恥ずかしい。

家族で観に行くことになって調べて、「原作漫画があるのか! え、モーニング? アクション漫画? そしてレディはナイチンゲールって、どういうこと?!」となりました。

さてさて、ここでクリエイティブチームを見てみましょう。いやぁ、気合いが入っています。

演出に、ディズニーミュージカル『ノートルダムの鐘』の演出を手掛けたことで著名なスコット・シュワルツ。劇団四季のオリジナルミュージカルとしては、海外からの演出家を迎えての制作は今回が初めてだそうです。

出典:ステージナタリー

ちなみに彼はお父さんもミュージカル界の巨匠で、『ピピン』や『ウィキッド』の作詞・作曲を手掛けたスティーヴン・シュワルツ。あ、さらにちなみに。大阪四季劇場の『ゴースト&レディ』の次の公演も、スコット・シュワルツが演出を手掛けた『ノートルダムの鐘』が予定されています。

脚本・歌詞には高橋知伽江。舞台脚本、翻訳、訳詞を手掛け、中でも映画『アナと雪の女王』訳詞は代表作の一つ。これまで劇団四季では『クレイジー・フォー・ユー』『ノートルダムの鐘』『アナと雪の女王』などの訳詞を担当。また『ゴースト&レディ』の前に発表された劇団四季オリジナルミュージカル『バケモノの子』でも、脚本・歌詞を手掛けています。

作曲・編曲は富貴晴美。2013年『わが母の記』で、第36回日本アカデミー賞優秀音楽賞を最年少で受賞。その後第39回『日本のいちばん長い日』、第41回『関ケ原』で3度目の同賞を受賞。さらに、NHKの連続テレビ小説『マッサン』の音楽を担当後、NHK大河ドラマ『西郷どん』、アニメ『ピアノの森』オープニング曲、連続テレビ小説『舞いあがれ!』等。劇団四季のミュージカルでは『バケモノの子』の作曲・編曲を手掛けています。

ちょっと珍しいポジション名「イリュージョン」には、クリス・フィッシャー

出典:劇団四季公式サイト (水戸部酒造のTシャツで「四季の会」会報誌のインタビューを受けてらっしゃいます、お酒好きなのかしら)

彼はさまざまな舞台作品のイリュージョンを第一線で手掛けている方ですが、代表的な仕事は世界各国の『ハリー・ポッターと呪いの子』で務めたイリュージョンとマジックの国際アソシエートでしょう。また現在、四季劇場「秋」でロングラン中の『バック・トゥ・ザ・フューチャー』のイリュージョンも手掛けています。

それから、観劇の楽しみに「衣装」を挙げるミュージカルファンもいますが、『ゴースト&レディ』の衣装も凝っています。手掛けるのは、レッラ・ディアッツ。ミラノ、トリノ、カジノと世界的にミュージカルシーンで活躍し、劇団四季とは1990年以降30年以上にわたって衣装デザイナー兼コンサルタントとして携わっています。四季で手掛けた作品は『美女と野獣』『ウィキッド』『オペラ座の怪人』などなど。

で、その衣装がどれぐらい豪華かというと……

一つの衣装に制作期間が約3カ月! しかも、ヴィクトリア女王、本当にこのワンシーンしか登場しないんです。いやーすごい。

ちなみに女王のマントを持つお付きの人たち、女王が動くたびにブオンブオン振り回されてダダダ〜っと必死に(しかし優雅に)走ります。写真のようにマントをなびかせるときは、マントを持つ女性が宙に浮いちゃうんじゃないかと思うくらいの動き。その姿を見ながら「お付きって大変だ……」とちょっと面白くなってしまいました。

クリエイティブスタッフ全員を紹介しようと思ったら際限ないのでここまでとして……興味のある方は、劇団四季の公式サイトでチェックしてみてくださいね!

舞台のために再構築されたストーリーと、驚きの演出の数々

さあ、ここまで制作の背景やチームなど、作品の“前提情報”をお伝えしてきました。ここから、実際に観劇した感想や原作との違い、見どころを徒然なるままに書き連ねていこうと思います。

あくまで、「個人の感想」です。そして、ネタバレを含みます。ご注意を。

原作と舞台の違い1:観客が歴史の目撃者に! 「劇中劇」アレンジ

原作の『黒博物館 ゴーストアンドレディ』は、シアターゴーストのグレイが、黒博物館の学芸員(キュレーター)にフローとの思い出を語るという構成になっています。

しかし、ミュージカルでは博物館も、学芸員も登場しません。

グレイが自身の経験を新作のお芝居にし、それを観客の前で発表するという劇中劇の設定に。私たちがグレイによる作品初演の観劇者である……という、シアター全体が舞台となって観客も一つの登場人物になる構成に、より作品世界への没入感を得られます。

そうそう、開演したら、まずステージに登場したグレイから「もしかしてアンタら、俺が見えんのか? 見えてんなら……(手を叩いて拍手を求める)」と話しかけられるので、大きな拍手で観客の存在を返してあげてくださいね!

そして、そんな世界への没入は、開演前に見られる緞帳からすでに始まっています。

開演前のみ会場の撮影が可能です

イラストのような印象も受ける陰影で照らされた、重厚な緞帳。表面にはゴシック調のモチーフが描かれています。SNSや感想noteでは、原作ファンの方々が「まるで藤田先生の原画さながら!」と絶賛していました。

原作と舞台の違い2:ミュージカルに合わせてなくなった設定

原作においては重要な設定であったけれど、舞台化にあたってなくなっているものがあります。そのうちの大きな2つが、「かち合い弾」と「生霊」です。

特に、双方の撃ち合った弾が空中で衝突した「かち合い弾」は、藤田氏が『ゴーストアンドレディ』を描くきっかけとなった重要アイテム。編集者に「これが見つかったのは、クリミア半島です。あのナイチンゲールがいた戦場ですよ」と「かち合い弾」の写真を紹介されたことから、話の構想を始めたそうです(他にも作中に出てくるマザーグースの「サムシング・フォー」も、編集者さんが持ってきたネタなのだとか)。

原作では、この「かち合い弾」を展示している黒博物館にグレイが訪れ、「かち合い弾」をめぐる話としてフローとの物語を話します。

でも、弾がぶつかってひしゃげた物体は、舞台で見せるには小さすぎる——という判断で、ミュージカルでは変更したのでしょう。

「生霊」は原作において、人間を蝕む存在。すべての人に生霊が取り憑いているのですが、誰かを憎んだりすると大きくなり、相手を傷つけはじめます。生前は凄腕の決闘代理人だったグレイがその生霊をバサバサと倒していく……のが漫画原作で、そのシーンの描写によってアクション要素が強い印象を受けました。

一方で舞台では、生霊は出てきません。代わりに、グレイは「人間の魂を麻痺させることができる」「空気のエネルギー(霊気)が力になる」という設定になっています。舞台で見やすくなる、なるほどなアレンジだと感じました。

このグレイの設定は、ゴーストたちと一緒に踊って歌うナンバー「俺は違う」でひょうきんに遊びながら説明されていきます。作品の世界観をしっかりつくってくれるシーン。グレイは「空気さえあればどこでも行ける」「俺は誰よりも自由だ」と高らかに語ります。けれど、その自由なはずのグレイがずっと劇場にいるんですよね。そしてずっと劇場にいたのにフローについて出ていく——その「グレイにとっての出来事の大きさ」も、この設定が説明されることでさらに深く感じられるでしょう。

生霊をなくして設定を変えたことで、よりフローとグレイの心情と絆にフォーカスが当たり、ミュージカルとしてもスッと見やすくなっています。

でも、この変更によって少し説得性として疑問が残るところも……。

フローが「私を殺してください」とグレイのもとを訪れる最初のシーン。原作では、フローに取り憑いている生霊が、信念の道に進めない“フロー自身”を刺し、彼女はボロボロの状態でした。その表現は、フローの芯の強さと、けれど「殺してほしい」と話すほどの状況のどちらをも表していて、納得感がありました。

舞台ではその背景がなくなっており、「家族に反対されて信念の道に進めないから殺してほしい」という……どうもその後の彼女の強さや真っ直ぐさを思うと、そんなふうに頼むものかなと、ちょっと納得感が落ちるような気がしたんですね。

ただし、物語全体が「グレイの記憶を元にした劇」という設定なので、その時のグレイにはまだフローがどういう人かわからず、わがままなお嬢ちゃんに映っていたと考えることもできそうです。

舞台と原作の違い3:フローの強さを見せる重要な追加登場人物

一緒に観劇した母は、フローの描き方にナイチンゲールのイメージとの違いを覚えたといいます。看護師の母曰く、「ナイチンゲールは患者からしたら天使かもしれないけれど、厳しすぎるくらいに厳しくて、守りたくなるようなか弱い存在ではない!」。あくまで伝記からのイメージですが……私も近いイメージかなぁ。

でも、歴史上の有名な人物やヒーローが、実は他の人と同じように苦悩を抱いていたのではないか——その裏側を想像したり新たな解釈を加えたりして表現するのも、物語の力です。ミュージカルではその最たるものが、イエス・キリストの苦悩を描いたアンドリュー・ロイド・ウェバーの名作『ジーザス・クライスト=スーパースター』でしょう。

だから、笑ったり悩んだりする愛らしいフローも、ありだと思う。

原作の藤田氏は、『ゴースト&レディ』のミュージカル化を記念して行われた、ドラマ「アンナチュラル」「MIU404」などの脚本家・野木亜希子さんとの特別対談で、原作におけるフローの描き方についてこう語っています。

女性が清らかだったらダメ、聖女だったらダメというわけではないのですが、それだけを描いたら物語は膨らまないと思うんです。その点、ナイチンゲールという人物は「神に仕えよ」という不思議な天啓を受けていて、最初から人を超えたような感じのテンションだった。ですが、それだけではなくて、ちゃんとその天啓を全うできない自分への葛藤もあり、非常に描きやすかったんです。

「四季の会」会報誌「ラ・アルプ」2024年2月号

一方で、やっぱり彼女の芯の強さを客観的に表現するシーンも入れたい……そこで素晴らしい役目を担ってくれているのが、ミュージカル版で新たに登場する、フローの元婚約者「アレックス」と、新人看護婦の「エイミー」です。

フローに憧れながらも、あまりにフローが強く眩しすぎて、自分の出来なさと弱さばかりが際立っていく……。同様に、建築家として病棟の調査に訪れたアレックスも、フローと婚約者としてやり直す難しさを感じ……そしてアレックスとエイミーは「2人で結婚する」と話して国に帰ります。

この2人がいることで、フローの強さが、彼女の厳しい言動から描くのではなく、周囲からどう映っているのかという描き方で表現されています(とここまで書いていて、あれ、これちょっと、映画『国宝』で喜久雄についていけずに駆け落ちして消えていく俊介と春江も同じじゃ……なんて思いました)。

他にも舞台版で設定が変わったり、登場頻度・役割が変わっているキャラクターは複数いますが、いずれも原作・藤田氏は「納得いくまで話し合いの場を重ね、どれも制作スタッフからの説明で腑に落ちた」と産経新聞の取材に答えていました。

「こんなに原作を大事にしてくれると思わなかった」

産経新聞「劇団四季「ゴースト&レディ」舞台化 漫画家の藤田和日郎「原作大事にしてくれた」と絶賛」より

「面白いものって精密機械なんですよ。深く考えず部品を取り換えると、全体が動かなくなる」

産経新聞「劇団四季「ゴースト&レディ」舞台化 漫画家の藤田和日郎「原作大事にしてくれた」と絶賛」より

ゴーストがそこにいる! 驚きの演出の数々

グレイがあちらからもこちらからも、神出鬼没に登場します!

さらに、魂の存在の表現が……驚きです。え、人から抜けて……戻って?! 幽体離脱……?!

いや、この驚きはもう、たぶん実際に見ていない人は「なんの話? 何を言ってるの?」となると思いますが、とにかくすごいのです。身を乗り出して、口をあんぐり開けてしまった。

影の表現、フライング、霊気による浮遊……ほかにもさまざまなイリュージョンや不思議な演出が登場します。それにしても、これまで見た劇団四季のどの演目よりも、魂の表現のイリュージョンは驚いたなぁ……。

魂が行く先の“天”を表現する光も、美しい。
ああ、でもあの光は……天に召される軍人と、幽霊として残る元決闘代理人グレイの違いはどこにあるんだろうなぁ、と考えてしまいます。

そして、衝撃的なイリュージョンの数々だけど、その驚きにすべてを持っていかれてしまうことのない、ストーリーと骨太な演出と演技も素晴らしい。どちらかだけが強かったら成り立たない、すべてが重なってこそのステージです。

あっ、そうだ。イリュージョンとは別の驚きで、事前に知っておいたほうがいい演出があります。舞台の緞帳が上がる前、1幕開演とともに爆音があります! 我が家4人、誰もそのこと知らなくて、一緒にビクッとしました。心臓バックバク。大きな音が苦手な方は、心構えを!

アナログ的な舞台の表現手法にも注目

こうしてイリュージョンのすごさを書くと、最新技術に頼った演出のような印象を抱かれるかもしれません。

ところがむしろ、アナログな演出表現の工夫の数々に、私は驚きました。こんなに、舞台に活かされるアナログの表現をつぎ込むかというくらい。

大道具の数々を、演出として役者が動かし、運ぶこと。

意外でした。だって、劇団四季って、『オペラ座の怪人』では地下の湖に浮かぶ100以上のロウソクが舞台下から自動でせり上がって、そのタイミングや炎のゆらめきはコンピュータ制御されているんですよ*? それが、自動ではなく、人が大道具を動かしている……!

さらに、影絵の表現も。映像技術が発展している中での影絵表現は、作品全体の体温と深み・立体感を増しているように感じました。

こういったアナログな温かみのある舞台演出も堪能できることが、私はうれしかったし、楽しかった。

さらにさらにです。その「演出」は道具や手法だけにあらず!

ぜひぜひ注目して見ていただきたいのが「グレイがフローに触れない」こと。すごく近づいて寄り添っているように見えるシーンも、支えているように見えるシーンも、わずかに間を空けて触れていません。触れようとして、躊躇うシーンもみられます。

この細かな演出に、フローは人間でグレイはゴーストであること、「フローってスゲーやつだな!」と思っていても、自分が何かできるわけではなく見ているしかない……そのグレイの触れたくても触れられないもどかしさが感じられるのです。——ああ、もどかしい、喉の奥のほうがキュッてなる。

それにしても、演出がこうして凝れば凝るほど役者って大変になっていくんだろうなぁ……フライングしながら歌って殺陣をして、立ち位置のマーカーはドライアイスのモヤを使えば見えなくなるだろうし、映像とずれないように動かないといけないシーンもあるだろうし、ギリギリで触れないように保つって抱き上げるよりも難しいだろうし……。

舞台役者って、すごい。

一つのセットがさまざまな顔を持つ舞台芸術にも注目

ミュージカルの舞台セットって、「豪華でエコ」です。ミュージカルに限らず、ストレートプレイのお芝居も舞台セットの活用法って面白いのですが、ミュージカルはさらに「豪華で大規模」。私はそれが興味深くて、舞台転換や仕掛けによく目がいってしまいます。

今回の『ゴースト&レディ』のセットも、面白かった。
豪華な劇場のセットが、瞬時に馬車に変わり、屋敷に転換し……。

特にステージ左右にある建物のセットが特徴的です。
2階席まである劇場の客席……にしか見えなかったセットが、

そのまま野戦病院の灰色の柱に。

さらに背景が変われば、病院の中庭をながめるバルコニーに、ヴィクトリア女王がフローを称賛する広場のバルコニーにと、場面に合わせてその表情を変える。

そして、最初に劇場内を表していたそのセットが最後まであることによって、そういえば私たちはグレイが初上演している劇を観ているのだ……という大きな構造にも戻ってこられるのです。

他にもいろんなセットが大胆に、だけどエコに活用されていて、その工夫が面白い。舞台芸術をつくる人たちの頭の中って、どうなっているんだろう。

そして、そういった無駄のない展開で最大限に魅せるからこそ、ラストの演出には、その美しさと大胆さに、きっとハッと息を呑みます。今回、私は2階席からの鑑賞でしたが、なかなかおすすめです。ラストはむしろ2階でよかったと思うほど、美しかった。

水のように染み、聞けば聞くほど深まる音楽

脚本、演出・セットときて、ミュージカルを語る上で外せないのが、楽曲です。

正統派のクラシック系音楽からケトル音楽まで取り入れた多彩なナンバー。壮大でありながら静かで、登場人物の心情の移ろいがメロディから感じられる『ゴースト&レディ』の音楽には、富貴晴美氏の幅広いジャンルを手掛ける才が存分に発揮されています。

実は、観劇前にサウンドトラックだけを聴いたときは、いまひとつピンと来なかったのですが……鑑賞後はそう感じたのが不思議なほど。この物語にはこの音楽しかないという、染み込み方なのです。

とりわけ終盤に登場するナンバー「偽善者と呼ばれても」で響くフローの声の力強さには、かなりグッときます。

原作者の藤田氏は演出のスコット・シュワルツ氏に「ミュージカルの役者さんたちはなぜずっと歌っているのですか?」と尋ねたところ、こんな答えが返ってきたといいます。

「彼ら彼女らは、本来言葉にできない“心”を表現するために歌うのです」

劇団四季『ゴースト&レディ』公演プログラムより

『ゴースト&レディ』の歌は、まさにそんな楽曲たちです。

そんな歌のたちの中で特に強く意味を感じたのが、フローがクリミアについて看護をしながら歌うナンバー「世界一効く薬は」の歌詞。

世界一効く薬は 生きる力 希望だから

絶望して、グレイに「殺してください」とまで頼んだフロー。きっと戦地で絶望するときが訪れるから、その時に殺せるように一緒に来てくれとグレイに頼むフロー。

そのフローが、希望を歌う。希望を語る。

なんと強いことか。このフローの言葉を、グレイはどんな気持ちで聞いていたのでしょうか。

……と、ここまで楽曲を絶賛しているように見えるかと思います。実際、観劇体験としては大拍手の素晴らしい楽曲なのです。

ただ、メジャーに広がっていくにはあと一歩弱いなとも感じます。
「『ゴースト&レディ』といえばこれだ!」という、アイコニックな一曲が難しい。

『ウィキッド』でいえば「Defying Gravity」や「Popular」。『レ・ミゼラブル』であれば「民衆の歌」や「I Dreamed a Dream」。『ウエスト・サイド・ストーリー』でいえば「Tonight」やブラスバンドの定番となったダンスナンバー「Mambo」。

作品と切り離してその一曲だけで披露されることがあるようなキャッチーな楽曲が、ミュージカルを見ない人にもその名前が知られているような作品にはあるものが多い。それこそ海外の「Got Talent」で挑戦者が披露する楽曲に選ぶような曲が。

それがいまひとつ、『ゴースト&レディ』では弱いように感じました。

一番耳に残る曲としてあげるとしたら「走る雲を追いかけて」でしょうか。鼻歌で歌うには心地いい。でも、その歌詞が「行こう クリミアへ行こう」。ちょっと口ずさみにくいというか、作品から切り離した一曲にはしにくい。

ここが、劇団四季のファンや原作ファンから先に広げていくときに、どう影響してくるか……。

「2.5次元」と「グランドミュージカル」の境界線はどこにあるのか

ところで、観劇から2週間、ずっとボ〜っと考えていたことがあります。

『ゴースト&レディ』は漫画原作の舞台化です。漫画やアニメの舞台化という意味では、「2.5次元」の要素・側面も含まれているでしょう。イリュージョンやフライング、映像の活用といった技術の見せ方などの面でも、「2.5次元」といわれる領域と「グランドミュージカル」といわれる領域の境目が近づいているように感じます。

でも、実際には客席で『ゴースト&レディ』に2.5次元を求めている空気は感じなかったし、原作を知らずにミュージカルとして観に来た人も大いに満足する「グランドミュージカル」に仕上がっていると感じました。

もっと言えば、「2.5次元」という言葉が生まれる前から上演されている『ライオンキング』や『美女と野獣』だって2.5次元になり得るわけで……だけど、そこは「ディズニーミュージカル」とは言っても、「2.5次元」とは言われていないですよね。

では、「2.5次元」と、「アニメ・漫画を原作とするグランドミュージカル」の違いはどこにあるのだろう……?

2週間考え、一つの“暫定解”にたどりつきました。

それは、ミュージカル化における「目的」の違い

「2.5次元」は、キャラクターを忠実に再現して立体世界に出現させることに主眼を置く。だから、声も、メイクも、衣装も、原作のデザインに忠実です。「どれだけ再現できるか」が第一に立ちます。

対して「グランドミュージカル」は、原作はあくまで原作であり、そのストーリーの核となるメッセージと世界観を大切にしながら、ミュージカルという舞台の形式に再構築する。原作の再現ではなく、新たなエンターテインメントへの昇華に主眼があるのではないでしょうか。

漫画家・藤田氏は、作品の実写化(ミュージカル化も含めて)について、こう語っています。

漫画を実写に置き換えた時、ちゃんと面白ければ自分は満足なんですよ。一番重要なのは、そのキャラクターがどう生きたか、物語が泣けたかっていうこと。大金かけて画面をそのまま再現したって、自分は喜びません。見て面白かったらそれが奇跡なんです。

「四季の会」会報誌「ラ・アルプ」2024年2月号

漫画をそのまんま表現しようとしなくても、自分が描いた漫画の登場人物がどう生きたか、どう変化していったかをちゃんと物語に落とし込んでくれていれば、どんな演出だろうと、どんな解釈だろうと自分も自分の漫画を読んで好いてくれている人たちも満足すると思います。

「四季の会」会報誌「ラ・アルプ」2024年2月号

また、『ゴースト&レディ』大阪公演の最終通し稽古後にあった合同取材会で、演出のスコット氏は「漫画の再現にとどまらず、いかにシアトリカルな形で、心の琴線に触れるものを創るか、にこだわった」と語ったそうです。

「舞台は舞台として、独自の物語として仕上がっていると思いますので、原作を知っている方にも、知らない方にも楽しんでいただけるといいですね」

エンタメプラス「劇団四季『ゴースト & レディ』大阪公演レポート & スコット・シュワルツ氏が熱く語る!」

「人生は素晴らしい、生きるに値する」

最後に、なぜ劇団四季オリジナル作品の原作に『黒博物館 ゴーストアンドレディ』が選ばれたのか。製作発表会で、吉田社長はこのように話しています。

「ファンタジックであると同時に人生の本質を示唆していると感じました」

ステージナタリー「藤田和日郎原作、劇団四季「ゴースト&レディ」は“インスピレーションを与える舞台”に」

「原作の本質を大事にしながら、信念を貫くことの大切さや人生の価値とは何かという問いを投げかけるような、劇団四季らしい舞台にしたい」

ステージナタリー「藤田和日郎原作、劇団四季「ゴースト&レディ」は“インスピレーションを与える舞台”に」

劇団四季は、浅利慶太による創立時から「人生は素晴らしい、生きるに値する」というメッセージを掲げています。ミュージカルを通して、そのメッセージを届けると。

「誰も一人で逝かせない」という信念を持って看護の道を進む、フロー。彼女を大切に思いはじめるグレイ。その物語はまさに「人生は素晴らしい、生きるに値する」というメッセージそのもの。

原作が「モーニング」連載のアクション漫画であると知ったとき、「四季のミュージカルに?」と最初は驚きました。でも、作品の核をつかむとピッタリというか、これを舞台化するなら四季しかないよね、と感じるのです。

劇団四季がこれからの命運を賭けて取り組んだオリジナル作品『ゴースト&レディ』。ミュージカル通の間でもその評価は高く、日本で唯一のミュージカル専門誌「ミュージカル」による2024年ミュージカルベスト10では初演作の第1位に輝きました。

カーテンコールでの熱い拍手。敵役もコーラスも主役も一様に横に並んで笑い、手を取り合って挨拶する様子。悪役であるはずのジョン・ホールも、カーテンコールではチャーミングです。このカーテンコールの瞬間、フィクションと現実が融解し、観客である私たちもそのステージをつくりあげた一人となって、会場全体が一体感に包まれる。

平和って、こういうことじゃないかな。
世界が、こうあればいいのに。

そうして、感じるのです。

「ああ、いいものを観た。人生は、生きるに値する」

これこそが、人が演じる、生のステージの魅力ではないでしょうか。

さあ、劇場へ行ってみよう。

『ゴースト&レディ』大阪公演は5月17日まで。人気が高すぎて千秋楽まで公式サイト上では完売(!?)ですが、公演前日の19時から「当日券」が出ることがあります。また、今回は配信を楽しむこともできる!!

今後の地方劇場での公演や再演も含めて、ぜひ情報チェックしてみてくださいね。


劇団四季ミュージカル『ゴースト&レディ
原作 藤田和日郎
演出 スコット・シュワルツ

大阪公演:2025年12月7日〜2026年5月17日
配信:5月17日 13時公演

ゴーストアンドレディ上巻

黒博物館 ゴースト アンド レディ(上)
藤田和日郎|講談社

ゴーストアンドレディ下巻

黒博物館 ゴースト アンド レディ(下)
藤田和日郎|講談社

  • LINEでシェアする
  • 廣瀬 翼 レポート / インタビュー Instagram


    1992年生まれ、大阪出身。編集・ライター。学生時代にベトナムで日本語教師を経験。食物アレルギー対応旅行の運営を経て、編集・ライターとなる。『全部を賭けない恋がはじまれば』が初の書籍編集。以降、ひろのぶと株式会社の書籍編集を担当。好きな本は『西の魔女が死んだ』(梨木香歩・著、新潮文庫)、好きな映画は『日日是好日』『プラダを着た悪魔』。忘れられないステージはシルヴィ・ギエムの『ボレロ』。