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ジャジャと餅【連載】田所敦嗣の出張報告書<第20回>

田所敦嗣


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中尾の爺ちゃんと約束をした餅つきの当日。

言葉少ない爺ちゃんから届いたLINEには、落ち合う住所だけが記されていた。

その朝、いつもの散歩を終えて帰宅すると、我がイヌがどうにも落ち着かない。

彼らが不思議な生き物だと感じる理由のひとつに、その日の出来事を予測しているのではないかと思わされる瞬間が、時折ある。
以前飼っていたイヌは、病院へ行く日になると小屋から何度呼んでも出てこなかったし、大好きな朝飯ですら口にしなかった。

現・我がイヌも、飼い主からいつもと違う空気を感じ取っているのか、チラリとこちらを見ながら部屋をウロウロしている。
僕はそれを悟られまいと粘ってみたものの、すでに何かを勘づかれている様子だったので諦め、準備をして車に乗り込んだ。
窓を少し開けると、年末とは思えないほどの陽気で、冷たい風が心地よかった。

爺ちゃんが営む会社の資材置き場らしきところは、市内から少し離れたところにあり、広々としていた。
敷地の中央では、もち米を蒸す三重の釜が勢いよく湯気を上げている。

中尾の爺ちゃんの秋田犬・ジャジャはいつも通り、我がイヌに一度だけ「ウーッ」とやったあと、僕のそばに寄ってくる。
そして頭を撫でられるところまでが、彼との挨拶だ。

昨年、ジャジャは体調を崩して元気がなかったが、かなり回復したようで、毛並みもすっかりフサフサしていた。
爺ちゃんが指揮する職人たちと簡単な挨拶を済ませ、僕も手伝いに加わる。

職人の中には、十数年前にタイから来たソム君という若者がいて、今ではすっかり餅つきマスターになっているらしい。
彼は段取りをすべて正確に覚えており、次々に蒸し上がるもち米を下ごしらえのため餅つき機へ投入していく。

このまま放っておけば、人が餅をつく必要はないのだが、爺ちゃん直伝の餅は、そうではないらしい。

餅はこね過ぎると市販の餅のように粘りは出るが、喉ごしがなくなるという。
20年近く研究を重ねた末、餅つき機で軽くこねたあと木臼に移し、大きな杵で数回叩くと、ちょうどいい塩梅になるのだそうだ。

蒸し上がった米をソム君が簡単そうに運ぶので手伝ったのだが、釜があまりにも熱く、あやうく火傷をするところだった。
慌てたソム君が釜を運ぶコツを教えてくれ、僕は少し恥ずかしい気持ちになった。
職人たちは皆、寡黙だが丁寧に教えてくれ、手際よく作業をこなしていた。

小休憩の際、こちらが持参したはまぐりを披露すると、それまで静かだった職人たちが一斉に声を上げ、すごい勢いで平らげてくれた。

しばらくすると、竹を満載した軽トラックが敷地に入ってきた。
車から降りてきたおじさんが、大きな竹を何本か置いていく。
職人の話によると、竹は正月のお飾りに使うらしく、爺ちゃんが和気あいあいと会話を交わしている様子は、いい景色だった。

挨拶を終えて戻ってきた中尾の爺ちゃんが、ソム君に尋ねた。

「おいソム、あれ誰だったっけ?」

「いえ、わかりません」

「いや、俺もわかんねぇんだよ」

僕は、食べていたつきたての餅が口から全部出そうになるほどむせた。

餅つきの忙しさがピークを迎える頃、近くに住むという農家の婆ちゃんがやってきた。
どうやら爺ちゃんの餅を食べに来たらしい。
僕は職人に言われるまま、熱々の餅を皿に盛ったのだが、婆ちゃんは入れ歯を忘れたと豪快に笑い、また家に戻ってしまった。

その後、餅つきが終わるまで婆ちゃんが戻ってくることはなかった。

果たしてあの美味しい餅にありつけたのかどうか、年が明けた今になってふと思い出す。

出来上がった餅はすぐに専用の「のし袋」に入れられ、一升と二升の袋に分けていく。
木製の綿棒で手早く空気を抜き、延ばしていく作業も、数十袋をこなす頃には、かなり様になってきた。

最初は散歩で知り合い、餅をつきたいと言っただけなのに、爺ちゃんは持って行けの一点張りで、あつかましく九升も貰ってしまった。

大きな袋をかついだ僕と我がイヌを、ジャジャがよくやったという顔で見送ってくれた気がした。

のし袋に入れられた餅は半日が経過してもまだ熱を持っていたが、顔を当ててその熱を感じると、幸せな気分になった。

次に会う散歩の時間が、楽しみだ。


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田所敦嗣さんの著書

スローシャッター

スローシャッター
田所敦嗣|ひろのぶと株式会社

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    千葉県生まれ。水産系商社に勤務。エッセイスト。著書 『スローシャッター』(ひろのぶと株式会社)で、SNS本大賞「エッセイ部門」受賞(2023年)。フライ(釣り)、写真、野球とソフトボールが趣味。人前で声が通らないのがコンプレックス。