圧倒的人手不足である。
少し前はニュースで他人事のように聞いていたが、最近はどこにいてもビリビリと感じるようになってきた。
それでも日本を含む世界の人々は、その社会になんとか順応しながら生きている。
* * *
日曜。
朝から日暮れまで少年野球のコーチを終えた帰り道、古い銭湯から出てきたヤマさんは、僕を見るなり今晩飲みに行こうと言った。
疲れているので気乗りしなかったが、ヤマさんはあのヤキトリ屋に行こうと言い出した。
ヤマさんは僕と同じ中学で、1つ上の先輩だ。
2人でちょくちょく訪れていたヤキトリ屋がある。5、6年ぶりにまた行きたくなり、先月の初め、別の飲み屋で会ったヤマさんにその話をすると、彼は自分のレモンサワーを見つめながら、今はあまりオススメしないと言った。
もともとは、ヤキトリ屋の創業者である大将が店の焼き手だったのだが、最近ついに腰をヤってしまった。
それから何人かが大将の代わりに焼き手を務めていたらしいのだが、大将が厳しすぎて後継者がなかなか育っていないと教えてくれた。
それでもヤマさんは、僕がしつこく行きたいと言ったのをどこかで気にかけてくれていたのか、仕方なしといった表情で誘ってくれたのだ。
数年ぶりにそのヤキトリ屋に入ると、店内は静かだった。
客はちらほら座っていたが、「ぃいらっしゃい!!」みたいな掛け声がまったくない。
よく見ると、フロアにいる店員は外国人のパートさんが1人だけだった。
以前は店員が7、8人はいたはずなので、随分と店の様子が変わったことに面食らいながらも、久しぶりの雰囲気に嬉しくなった。
席に座りメニューを見ると、値段が以前と何も変わっていない。
最後に訪れた5、6年前から何もかもが高騰してしまった今、価格が据え置きということに驚いた。
おしぼりと灰皿を持ってきてくれた店員に生ビールを頼むと、切らしているという。
少し驚いたが仕方ないのでサワーを頼むと、少し困った顔でそれも切らしていると言った。
予想外の展開に思わず苦笑いしてしまったが、その時、奥から杖をついた大将が出てきて、地元の酒屋がもうすぐ運んでくるはずなので、それまでは瓶ビールか日本酒でお願いできますかと言った。
僕は瓶ビールの栓を抜き、何品かオーダーした。
すると、ガラガラと扉を開けて2人組の客が入ってきた。
外国人の店員さんが、大将の説明と同じように今は酒がないことを告げると、彼らは瓶ビールを頼んだ。
店員さんはしばらくして戻ってくると、さっきと同じ困った顔をして「あちらの瓶ビールが最後です」と言った。
その時、僕は急にこの状況が面白くなってしまった。
大将の話では、近所の酒屋に頼んだのは昼過ぎだったが、あいにく人が出払ってしまっていて、かなり遅配しているらしい。
昼間にオーダーし、19時過ぎになっても届いていないのだから、酒屋の人手不足もかなりのものだ。
その後も別の客が数組入ってきたが、日本酒しかないことを告げると、いずれも帰ってしまった。
ヤマさんと僕は店に酒が届くまで、中瓶1本をチビチビ飲んでやり過ごした。
肝心の焼き手だが、焼き場に立っていたのは50代後半くらいのおじさんで、寡黙に焼いていた。
件のヤキトリは、大将の味には及ばないが美味しかったし、頼めばすぐに出てきた。
問題があるとすれば、店のメニューには「1皿2本」と書かれていたので2本セットで来るのかと思ったら、すべて1本ずつ運ばれてきたことだ。
僕はそのことを店員さんに伝えたが、彼は両手を挙げて「ニホンゴワカラナイ」と言った。
ヤマさんによれば、今は1本でも受けるようになったが、店が忙しすぎてメニューを直す時間がないのだろうとのことだった。
それから30分が過ぎたころ、店先にトラックが停まる音がした。
大将は待ちかねた様子で、外国人の店員さんに酒を運ぶのを手伝ってくれと言い、彼はすぐに表に出ていった。
最初は、待っている客のことを考えてくれているのだなと思ったが、開いた扉の先には、80歳近い酒屋のお爺ちゃんが、ビール樽を1つ持つのもやっとという感じで荷下ろしをしていた。
僕とヤマさんは目を合わせると思わず外に出て、外国人スタッフと一緒に酒樽を運び入れるのを手伝った。
大将は酒屋に怒ることもなく「遅かったな」とだけ言い、爺ちゃんは平謝りしながらトラックに乗り込んでいった。
店内の客は一斉に酒を頼み、僕たちは少し貴重な幸せを感じた。
一通り飲み食いしたあと会計をすると、思っていたより随分と安かった。
大将は酒が来なかった時間分の酒代を値引くと言ってくれたのだが、その割引はあまり嬉しく感じなかったので、丁重に断った。
先月ヤマさんがオススメしないと言ったのは、店の味が落ちたのではなく、店の人手不足を見ていて辛かったのだろうと思った。
次に行くときは、最初から店を手伝ってしまうかもしれない。
田所敦嗣さんの著書
スローシャッター
田所敦嗣|ひろのぶと株式会社
※ 本ページはアフィリエイトプログラムによる収益を得ています。
田所敦嗣
エッセイ
千葉県生まれ。水産系商社に勤務。エッセイスト。著書 『スローシャッター』(ひろのぶと株式会社)で、SNS本大賞「エッセイ部門」受賞(2023年)。フライ(釣り)、写真、野球とソフトボールが趣味。人前で声が通らないのがコンプレックス。






