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2025年11月19日「街角diary」廣瀬翼がお届けします。

廣瀬 翼


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歌は語るように、セリフは歌うように

俳優で歌手の森繁久彌さんが遺した言葉です。

この言葉は、ああ、こういうことなのか……

シャンソンを聴きながら、じんわりと実感しました。

11月15日、赤坂の草月ホールで開催された、「神野美伽さんが歌う はじめてのシャンソン

しゃちょう・田中泰延とうかがいました。

草月ホールは、初めて。こんなところに、こんな素敵なホールがあったんですね。

ほぼ日のスタッフの皆さんも、この日はちょっといつもと雰囲気を変えてシックな印象。皆さん、黒い服に統一されていて、ワンポイントにシルクのスカーフを取り入れてらっしゃいました。

描かれているのは、赤の画家・笹尾光彦さんのバラの絵“La Vie en Rose”。

会場には原画も飾られていました。

ホールに入ると、真紅のベルベットが心地よい手触りのふかふかシート。

ステージには、赤いバラと、笹尾先生が描かれた凱旋門、オペラ座、エッフェル塔が。


田中「パリって、すごいなぁ。あの3つを描いただけで、パリやってみんなが思う」

廣瀬「東京なら、雷門、東京タワー、……歌舞伎座?」

田中「……悪くないな」


悪くないんだ(笑)。そんな会話をしながら待つ、開演。

とっても、とっても正直に言うと、最初は「はじめての」っていうから、なんていうのかな、もっと“クリーム色”な舞台をイメージしていたのです。

それが、黒いステージに4つの絵画、上手には赤いカウチ。照明演出もしっかり入る、ライブコンサートの予感。

心なしか、ちょっぴり背筋がシュッとします。

だけど、最初から幕が上がっていてステージが見えることでリラックスもできて、ちょうど良い期待感の高まりを感じました(開演前に幕があるだけで、やっぱり第四の壁ってできやすいんだろうなぁ)。

本当はその素敵なステージも写真を入れてお伝えできたらいいのですけど、スマートフォンのない時代の観劇マナーが身に染み付いている私(バレエを習っていたからです)。

自分が撮影するのはどうしても気が引けちゃって……。

でも、ほぼ日さんが写真たっぷりで準備から当日、そして撤収作業までテキスト中継をされているので、良かったらそちらでステージの様子も見てみてくださいね! ず〜っと探してもらったら、泰延さんと私も登場します!

▶︎ほぼ日 テキスト中継

そうして、時間になって……

ステージに一人、秋風の吹く街を歩くロングコートで木箱を抱えた、少年のような女性が。

ポン、と木箱を置いて、黒いハットをその前にポトリ。

そうして、木箱に乗って、フランス国家を歌い始めました。生で。マイクを通さずに。

おおおお〜、マイクなしの地声で! 素の声どくとくの温かみと柔らかさが生み出す迫力、それを後方の席まで届けてくれるホールの響きの良さ! すごい! すごい!


と、冒頭からワァッと心が湧いていたら、スッと男性が登場して……コインを黒いハットに投げ入れたのです。

客席からはクスクスとした優しい笑い声。

その男性は、ステージ上の椅子に移動して、アコーディオンを抱え、演奏を始めました。

また一人の男性が現れて、コインを投げ入れてコントラバスの元へ。次の男性は、ギターの元へ。反対側から現れた男性は、ピアノの元へ……。

コインが落ちる音がするたびに、会場に広がる優しいクスクス。おかげで、「この会は肩肘はらずにいていいんだ」というあり方ができたし、きっとみんながそう感じたと思います。


そうして、うれしそうな顔をして木箱とハットを抱えて袖にはけていく、少年のような女性。——が、すぐにコートを脱いで再登場。真っ赤なドレスの神野美伽さんでした。

ついさっきまで、あんなに“少年”だったのに! その存在感が、大スター!!


そこからは、素敵な素敵なシャンソンの時間でした。

シャンソン、すごいですね。

どの曲を聴いても、どこかで一度は耳にしたことがあるのです。

CMだったり、カフェだったり、映画だったり。「あ、これってシャンソンのジャンルになるんだ」と思うものも。

『さくらんぼの実る頃』だって、このシャンソン会まで私は映画『紅の豚』の曲で、ジブリ音楽だと思っていました。シャンソンだったんだ。


神野さんのシャンソンを聴いていて、ふと、こう思いました。

「よく、言葉が聴こえてくるな」


この日歌われたシャンソンには、一曲一曲、歌詞にドラマのワンシーンのようなストーリーがあるように思いました。

そうして、その曲の登場人物が、神野さんの歌声にのって見えるのです。その感情が、色を持って溢れてくる。

ああ、歌って、語っているんだ。

神野美伽さんが詩を朗読されたシーンもあったのですが、その朗読にはどこかに心地良いメロディを感じました。

そうして、森繁久彌さんの言葉を思い出したのです。

「歌は語るように、セリフは歌うように」と。

どの曲も、素晴らしかった。

中でも、私は『歌は我が命』が、どうしようもなくグッときました。

この曲のオリジナルは美空ひばりさんで、シャンソンではないのですが、今回の演出の高泉淳子さんの提案で1番をフランス語にしてシャンソン仕立てにされたそう。

MCで神野さんが首の大手術を受けられた話も聴いていたから——

1番のフランス語は、歌詞の意味はわからないけれど、わからないからこそ、温かな感情がスーっと純粋にしみてきて。

そうして2番になって日本語で「それでも私は うたい続けなければ」と聴こえてきたら、もう……


もう、むりです!!!!


高泉さんが演出に入ってらっしゃって、良かった……!


そうして、こう思ったのです。


今日、私はシャンソンを聴きにきたんじゃないんだ。

歌を聴きにきたんじゃないんだ。

「神野美伽」という人を聴きにきたんだ。

ああ、不思議なことです。

立川談笑師匠の『令和版 現代落語論』をつくった時に、家元・立川談志師匠の話していたこととして聞いた、「お客はネタを聞きにきているんじゃない、俺(談志)を見にきているんだ」というお話を、別の分野のステージでお客側としてこんなに自分が実感するなんて。


だから、終演後にはこう感じました。

「次は、神野美伽さんの演歌も生で聴きに行きたい」

コンサートが終わって、ロビーでいろんな方とご挨拶して。みんながみんな、明るい顔で高揚しながら、目は潤んで「よかったですね! よかったですね!」と話していました。

1時間半。「はじめての」とついているのが、もったいないと思ったくらい。はじめてなんて飛び越えて、そもそも初心者・素人・玄人なんて概念を超越した次元の演奏と歌と時間でした。

だけど、きっと「はじめての」だったから、そうしてほぼ日さんの主催だったから、私はほとんど触れたことのないシャンソンの会に行ってみようかなと思えました。

だから、やっぱり「はじめてのシャンソン」で良かった。


ほぼ日の皆さん、ありがとうございました!

余韻が抜けていない私は、その日の夜、これまでほぼ日で連載されてきた「はじめてのシャンソン」関連の記事を読み漁り

会場で売り切れていた「La Vie en Rose」の靴下をオンラインストアで購入したり

翌日には、渋谷ヒカリエ8階のギャラリーで開催中の「第28回 笹尾光彦展 花のある風景」も行ってみました。


笹尾光彦展の会場では、前日の「神野美伽さんが歌う はじめてのシャンソン」の話を「素晴らしかったわね!」と交わされているお客さんもいらっしゃいました。

会話が聞こえてきて、ふふふ、と幸せな気持ちになりました。


ああ、歌はいいなぁ。

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    1992年生まれ、大阪出身。編集・ライター。学生時代にベトナムで日本語教師を経験。食物アレルギー対応旅行の運営を経て、編集・ライターとなる。『全部を賭けない恋がはじまれば』が初の書籍編集。以降、ひろのぶと株式会社の書籍編集を担当。好きな本は『西の魔女が死んだ』(梨木香歩・著、新潮文庫)、好きな映画は『日日是好日』『プラダを着た悪魔』。忘れられないステージはシルヴィ・ギエムの『ボレロ』。