ちょいと気になる③
口調。
ロシアと北朝鮮のことではない。
口調とは、話す時の調子や言葉の言い回し、話し方の特徴を指す。声の出し方や言葉の選び方によって現れる個々の特徴で、語調、語り口、言葉つきなどとも表現される。ってAIが言ってます。
常日頃から言葉に触れる広告探偵の人生を送っていると、口調というものには敏感になるのかもしれない。
目に触れた広告コピーや耳に入る誰かのしゃべりに対して時に、この口調は〇〇っぽい。と感じることがある。〇〇に入るのは企業名の場合もあれば人名の場合もあるし、職業名の場合もある。
口調とは、「らしさ」を表す。
この人たちはこんな口調だろう。
この場面ではこんな口調がふさわしい。
勝手に決めつけているそれが裏切られた時、そこから生み出されるギャップが時にその場の空気を大きく変えるパワーを持つことがある。
というわけで、
今日の俺は何を言いたいのか、最後まで読めばわかる。
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かかりつけの病院にて尿路結石の診察。
前回の診察から状況が変わらないためCTを撮った。
見せられた画像には尿管だけでなく腎臓にも大きな結石があった。
それらは外部からの破砕は難しいと判断される大きさに育っていた。
下手したらこの結石は加納や廣瀬と同級生かもしれない。
「ここでは手に負えない」と紹介された大病院へ行くことになった。
大病院での診察。
CTの画像を見ながら、実際にどんな手術を行うかについての説明を受ける。そしてこの後、手術前に必要な検査をするという。全身麻酔が伴う手術ともなるとここまで大事になるのか。
生活習慣、既往症、アレルギーについてのヒアリング。
身長、体重、血圧の測定。採尿、採血。
指示された通りの順番でそれぞれの検査を行う診察室を回る。
次は心電図の計測だという。
指示された診察室へ入ると、
診察台の上に上半身裸で横たわった。
「ちょっとお身体触りますねー」
若い女性の看護師は俺の上半身の何箇所かに触れて何かを確かめると、電極的なサムシングを取り付ける用意をし始めた。
「それではちょっと失礼しまーす。一瞬ヒヤッとしますねー」
看護師のこの口調に俺は、
うっかり「しょうもない笑いのトリガー」が入ってしまった。
電極的なサムシングが次々と俺の身体に取り付けられていく。
一瞬ヒヤッとする度につい身体がピクついてしまう。
こんな時、田中泰延ならきっと、すかさず全身が痙攣する真似をする場面だ。しかし、天才の所作は見習わなくていいものもある。
「そのまま動かないでーじっとしていてくださいねー」
だめだ。もう何を聞いてもおかしくて仕方がない。
これは夜の活動に勤しんだことのある男にしかわからない笑いのような気もするが、おかしいものはおかしいのだ。
どうにか笑いを堪えつつ、心電図の検査を終え次の検査に向かった。
肺活量の検査。
若い看護師から検査のやり方のレクチャーを受ける。
「これを咥えたら合図しますので私の言うとおり息を吸って止めて吐いてをお願いしますね」
「あと、チューブを咥えたらクリップで鼻呼吸しないよう鼻を摘みますのでちょっとの間我慢してくださいね」
よかった。この看護師の口調なら「しょうもない笑いのトリガー」も引かれることなくすみそうだ。
「はい吸ってー」
思い切り息を吸い込む。
チューブを咥え鼻がつままれている状態で深く息を吸い込むと呼吸には腹筋が使われていることを強く実感する。
「もっと吸ってー」
「吸って吸って吸って吸って奥まで吸ってずーーーーっと奥まで奥まで奥まで限界まで吸って吸って吸ってー」
「はい我慢してそこ。そこそこそこそこそこそこ。我慢してそこから一気に一気に一気に吐いて吐いて吐いて吐いてー」
「吐いて吐いて吐いてーもっとグーッと吐いてーグーッとグーッとグーッと奥から奥から奥から出して出して出して出し切ってー最後まで最後まで最後までもっともっともっともっとやめないでやめないで最後まで出して出して全部出して出し切ってー全部―」
咥えていたチューブが吹っ飛んだ。
検査が始まったとたんに豹変した看護師の口調の前には、
こみあげる笑いを抑える力は俺にはなかった。なんだこれ拷問か。
笑いの止まらない俺を見ている看護師は呆気に取られている。
何が可笑しかったのか絶対わかってない。わからなくていい。そのままでいてほしい。
当然検査はやり直しになったのだが、どうしてもまた同じくだりでつい笑ってしまう。4回検査をやり直した末にどうにか肺活量の測定は終わった。
「喘息持ちの56歳の人とは思えない肺活量ですねーすごいー」
どうなんだこのプレイ。
どうでもいいか。どうでもいいな。
上田 豪 広告・デザイン/乗り過ごし/晩酌/クリエイティブ
1969年東京生まれ フリーランスのアートディレクター/クリエイティブディレクター/ ひろのぶと株式会社 アートディレクター/中学硬式野球チーム代表/Missmystop