どの国にも、その土地ならではの料理がある。
それらを「ソウルフード」や「ローカルフード」と呼ぶこともあるが、少しニュアンスが違う。
英語圏であれば comfort food や cheap eats と言うこともあるが、humble food という表現もある(humble=質素な、素朴な)。
この「素朴な・humble」という言葉は、実に絶妙だと思う。
自国の人にとって humble とは、「あまりにも当たり前にある大衆料理」であることが前提で、客人に出すようなファンシーな料理ではない、という感覚が妥当だろう。
こうした料理は、プライベートな旅行であれば簡単にたどり着けるはずだが、出張となると出会う機会は少ない。
なぜなら、ビジネスの場でも世界共通で「接待」という慣習があるからだ。日本で喩えるなら、海外からの来客をいきなりガード下の赤提灯に連れて行き、美味しい焼き鳥とホッピーで乾杯する――という感じだが、ホスト側はなかなかそれを許してくれない。
とはいえ、訪問回数を重ねるうちにようやく連れて行ってくれることもあるし、自ら足を運べることもある。今回は、そんな個人的 humble food をいくつか紹介してみたい。
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初めてポーランドでズレック(Żurek)を食べたときは衝撃的だった。
ライ麦を発酵させたパンの中身をくり抜き、器代わりにしたパンの中には、やや酸味のあるスープとゆで卵、ソーセージやポテトなどが入る。
元は農民の家庭料理で、復活祭(イースター)の定番料理でもあり、宗教行事とも深く関わる。
硬い器(パン生地)に入れられたスープは塩気があり、シンプルで飽きが来ない。
ほどよく溶けていくパンの香りもスープと相性が抜群で、言うことなしである。

ズレックはポーランドに訪れた当初から食べたいと話していたが、グダニスクの街で連れて行ってくれるのはイタリアンやフレンチが多く、彼らにとってはあまり接待向けではないのかもしれない。
ベトナムで筆頭に挙げたいのは、バインミー(bánh mì)だろう。
この国を訪れる観光客で知らない人はいないくらい有名だが、接待の場ではほぼ間違いなく連れて行ってくれない。
ベトナム人にとって、バインミーはあまりに humble food の代表なのか、「あんなものが好きなの?」というニュアンスで訊かれたこともあり、驚いた。
しかし、こちらとしては、ベトナムの田舎にある、日本人が一切関わっていない日本料理屋に連れて行かれる方が何倍も緊張する。
バインミーの具は種類が豊富で、豚肉、豚耳、豚皮や鶏などのハムやレバーペーストが絶妙に合う。
移動中に急いでいるときなどはとても便利な食べ物で、一気に食べてコーラで流し込めば、最高の気分を味わえる。

南米チリは地理的にはシーフードの宝庫だが、彼らは肉を主食とする。
チリの沿岸は急峻で港や漁村が少なく、歴史的にはスペインの植民地であった影響もあって肉文化が発展した。
代表的な料理にはウミータ(Humita)やエンパナーダ(Empanada)がある。
ウミータはトウモロコシをすりおろしてペースト状にし、玉ねぎ・バジル・少量の油やミルクを混ぜて味を整え、トウモロコシの葉で包んで蒸す料理だ。
モチモチした食感が美味しく、熱々のウミータにバターを添えられると、黙って親指を上げるしかない。
エンパナーダはやや乱暴に説明すると、揚げ餃子のようなものだ。
この2つは伝統的な料理として接待でも出ることがある。
だが、チロエ島に向かう途中で食べたミルカオ(Milcao)の味は、今でも忘れられない。
ミルカオは、すりおろした生のジャガイモとゆでて潰したジャガイモを混ぜて円形にして焼いたものだ。
表面は焼き目がつくので外はカリッとしているが、中はゆでたジャガイモによってもちもち・ねっとりした食感になる。
そのシンプルなミルカオに、豚の脂身や皮を揚げたもの(小さな角煮やラード)を入れるミルカオ・コン・チチャロネス(Milcao con chicharrones)は、とんでもなく美味しい。写真が見つからないので、代表的なインスタ画像を載せてみた。
ミルカオは典型的な田舎料理で、僕が「ミルカオが好き」と言うと、大多数のチリ人にフフッと鼻で笑われる。
派手さはなく、慎ましく、humble で、美味しいけれど庶民には「そんなもの」扱いされる。
ミルカオこそ、僕の考える humble の要件をすべて満たす料理だ。
他の国にも、この絶妙な位置にある humble food は存在するが、今回は乗り継ぎ時間が迫っているため、またの機会に紹介したい。
あなたの好きな humble food 、ぜひ教えてください。
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当連載も、おかげさまで10回目になった。
連載開始前、街クリのスタッフとの打ち合わせで、毎週金曜18時にアップすることになった。
僕は金曜の夕方が大好きだ。
仕事を終え仲間と飲みに向かう人、早々と帰宅して自分の時間を過ごす人、残業で徐々に静かになっていくオフィスで休憩する人。
そんな時に5分で読めるエッセイを書こうと思い始めたが、人様の時間を数分借りることって、とてもリッチで贅沢な話だと思う。
田所敦嗣さんの著書
スローシャッター
田所敦嗣|ひろのぶと株式会社
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田所敦嗣
エッセイ
千葉県生まれ。水産系商社に勤務。エッセイスト。著書 『スローシャッター』(ひろのぶと株式会社)で、SNS本大賞「エッセイ部門」受賞(2023年)。フライ(釣り)、写真、野球とソフトボールが趣味。人前で声が通らないのがコンプレックス。






