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【連載】米澤渉のふたりごと<特別編 第3回>『僕たちはずっと阿呆のままいたい』より

米澤渉


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NEO阿波踊り集団「寶船」のリーダー・米澤渉が、いま会いたい人・話したい人と、聞きたいことを語る「米澤渉のふたりごと」。

8月19日に配信されたYouTube番組『僕たちはずっと阿呆のままいたい』より、ホットなトークを全3回で再構成して紹介する特別編の第3回です。

今回のトピックは、米澤渉の著書『踊る阿呆の世界戦略』にも収まりきらなかった山本寛斎さんとのエピソードも登場。さらに、後半ではワタナベアニさんが加わって、本について語ってくださいました。

さあ、前田将多さん、田中泰延さん、ゲスト・ワタナベアニさん、そして米澤渉のトークをちょこっとのぞいてみましょう。
(構成・編集:廣瀬翼)

【 プロフィール 】

米澤渉(よねざわ・わたる)

NEO阿波踊り集団「寶船 」リーダー/株式会社アプチーズ 代表取締役

1985年東京都生まれ。幼少期より、徳島出身の父・米澤曜が東京・三鷹で発足させた阿波踊りグループ「寶船」に所属し活動する。2012年、日本芸能である阿波踊りを世界のエンターテインメントにするべく、寶船の運営元として一般社団法人アプチーズ・エンタープライズを設立。パフォーマー全員が赤い衣装をまとい、派手なメイクを施して激しく踊る独自スタイルの「NEO阿波踊り」で演者と観客が一体となる熱狂を生み、アメリカ、ヨーロッパ、アジア、中米、中東、アフリカなど多数の海外ツアーも敢行。世界最大規模の日本見本市「Japan Expo Paris」では7年連続で大トリを務めるなど、2025年までに世界26カ国で活動を展開してきた。2024年4月には、マネジメント会社「アプチーズ」を設立し、第三者割当増資による資金調達を実施。2024年Forbes JAPANが選ぶ「カルチャープレナー(文化起業家)」30組の一人として選出された。2025年、初の著書『踊る阿呆の世界戦略』(ひろのぶと株式会社)を出版。

前田将多(まえだ・しょうた)

コラムニスト/レザーストア「スナワチ」オウナー

1975年生まれ。 ウェスタン・ケンタッキー大学卒業、法政大学大学院中退。2001年、株式会社 電通に入社。関西支社で主にコピーライターとして勤務し、2015年に退職。カナダの牧場で、ひと夏カウボーイとして働いた。2018年、大阪にレザー専門店「スナワチ大阪ストア」を開設。著書に『広告業界という無法地帯へ ダイジョーブか、みんな?』(毎日新聞出版)、『カウボーイ・サマー 8000エイカーの仕事場で』(旅と思索社)、猫語の訳書に『寅ちゃんはなに考えてるの?』(ネコノス)がある。

田中泰延(たなか・ひろのぶ)

ひろのぶと株式会社代表 / コピーライター

1969年大阪生まれ。株式会社 電通でコピーライター/CMプランナーとして24年間勤務。2016年退職し「青年失業家」を自称し執筆活動を開始。2019年、文章術を解説する初の著書『読みたいことを、書けばいい。』(ダイヤモンド社)を上梓。16万部突破。2020年、印税2割スタート・最大5割の「累進印税™︎」を掲げる出版社「ひろのぶと株式会社」を創業。2021年に『会って、話すこと。』(ダイヤモンド社)、2023年12月、実践的な文章指南書である『「書く力」の教室』(SBクリエイティブ)発売。

ワタナベアニ

写真家

1964年横浜生まれ。写真家・アートディレクター。広告プロダクション、株式会社ライトパブリシティ勤務を経て、独立。「45R」などのクリエイティブディレクションを手掛ける。日本テレビ『anone』ドラマポスターで日本写真家協会・優秀賞を受賞。雑誌・広告・ファッションカタログ、国内外での写真展を中心に活動。著書に『ロバート・ツルッパゲとの対話』(センジュ出版)、『カメラは、撮る人を写しているんだ。』(ダイヤモンド社)。


お願いの前に、信頼関係はあるか

sueさんからの質問です。

「高校時代から仲が良かったけれど、卒業後は会うこともなくなり、年賀状だけが唯一のやり取りになった友人がいます。そんな彼女から、今年の春『よかったら一度会わない?』と連絡が来ました。

会ってみると昔と変わらず楽しかったのですが……先日、彼女から電話が来ました。『エステの勉強をしていて、一度体験に来てもらえないかな』と。ああ、やっぱり来たか、と思いました。

友人としての関係を大切にしたいのですが、こうした営業が入ってくると、それを拒否しても彼女との仲を大切にしたいというのは可能なのか、すごく厄介な問題だなと、夜しか眠れぬ日を過ごしております」

寝とるやないか!

ああ、難しいね、これね。

これは、渉さんは『踊る阿呆の世界戦略』にも書いてあったけど、小さい頃、友達を阿波踊りに勧誘しなくちゃいけなかったじゃないですか? 弟さんは果敢に自分の行っていた幼稚園にまで営業に行ってはったっていう。

はい、そうです、そうです。

僕はそういう、蛮勇がないんですよ。

sueさんのお知り合いの方もね、会った時は言い出せなかったから後日言ってきたんだと思うんだけど、要は営業をかけなくちゃいけなかったわけじゃないですか。

いや、そうですよねぇ。

渉さんは営業してくるほうの立場だったわけだから。

そうですね。

でも、やられて気持ちがいいものではないということは、もちろん分かってて。僕らの場合は、「お金をください」というよりも、「見に来てね」とか、「一緒にやらない?」っていうメンバー集めとかだったんですけど。

前提として、お金をもらうとか商品を売るとかっていう動機だと、絶対上手くいかないと思うんですよ。

はい、はい。

誘う側の話ですけど、本当は、自分がいいと思っているものを勧めたり、一緒に楽しんでもらえるかなぁっていう相手の気持ちに立った時に、「もし良かったら、こういうの一緒に楽しまない?」っていう言葉遣いとかを磨くっていう。

それって、なんか相手に伝わるもので、多分sueさんは「エステ」と言われた時に、何か売りつけられるとか、サービスに勧誘されるって感じられたんだと思うんですよ。

友達同士だったら、そういう言い方とかやり方のニオイをやる側は出しちゃいけないし、それは良くないことだなっていう認識した上での関係づくりをしなきゃいけないと思うんですよね。

関係づくりって、そんな簡単じゃないじゃないですか。

ああ、そうね。

だから、最初に一緒にご飯を食べるところから始まって出かけたり、男性同士だったら一緒に風呂に入るとか、旅をするとか、人によっていろんな思い出があると思うんですけど。

そしたら、ここまでは一緒に、面白い映画を勧めるところまではいけるとか、お酒をお勧めできるところまではいけるとか。

その上にようやくたどりつける信頼関係の中で、自分がやっていることも伝えたいんだけどっていうのがなきゃいけない感じがして。

多分、この方が悲しかったのは、そこが丸々抜けてたからなんじゃないかなって。本当にエステが嫌だとかじゃない気がするんですよね。

別に「私エステやってて、だからやってあげるよ」って言われて大丈夫な関係もきっとあると思っていて。

なるほど。これもだから、このご友人は、ちょっとパンイチまでが早かったんやね。

そういうことですね! 誘う側が、信頼築けていないのに、早かったなっていう。


相手と自分の真ん中の目的

そういう意味で言うと、俺なんかひどいよ。

会社を始める時に、大学時代に仲良かった友人のところに行って。「おう、急になんの連絡や、10年ぶり」なんて言われたら、「あの、会社始めるんで1,000万円ほどくれませんか?」って。

ワハハハハ!

これで、2億何千万も、もらってるんやからね。

しかも、「どんな会社?」って、「多分儲からないと思うんだけど。出版社で上場もしないって決めてるんで、ドブに捨てたと思って、まあ1,000万、500万でもください」と言って、もらってるんだからね。

それはもう、パンイチどころじゃないね。

でも、その出資者の方々は久しぶりだったんですか? 違うでしょ? ずっと関係があったわけでしょう?

結構、久しぶりの人もいるよ。

ああ、そうですか。

そうそう。でもそれは、やっぱり30年前とかに一緒に過ごした信頼関係があるから。

そうですね、そうだと思います。

それによるよね。

「なんや田中、10年ぶりに」って言って、「1,000万もらいに来たんやけど」って言ったら、「ええっ?! ……分かった」っていう。そういうことだからね。

自分が逆の立場を考えたら、踏み込んで言ってくれたほうがうれしい時もあると思うんですよ。それって、すごく難しいんですけど。

だから、ものを売っちゃいけないとか言うよりは、真ん中に目的が相手じゃなくて、“自己利益”みたいなものが見えちゃうと、すごく嫌だっていう。これを売りたいのかってなっちゃって。

ああ、そうね。

なんか盛り上がる中でお互いがエステに興味があったら、いいタイミングで言い出せるはずやんね。

むしろ「あなたがやってくれるんだったら、いやいや、無料じゃ悪いから」って払いたくなる友達もいると思うんですよね。

でもそれを、うまいことできない人もいるんですよ。

まあね、そうね。

泰延さんなんかはね、さっきのパンイチの話で言ったらね、向こうがスーツ着ているのにパンイチでいきなりやってきたわけじゃないですか。

それができる人とね、できない人とね。

そうね。今日、パンイチの話ばっかりしてる(笑)。

ただこのsueさんの友人はさ、1回目は楽しくだべって別れたんでしょう?

だから僕はもう1回でも、3回でも、だべって楽しくして、それで「やっぱお前、ええやつやな」と。「それやったら、エステぐらい行ってやるわい」というノリになんのやろと。

そうですね。

大切な人を失ったとき、どう心を持とう?

では、次の質問です。「我思う故に我あり」さん。

「大切な友人を突然失った後、その現実を抱えたまま、ここからどう生きていけばいいでしょうか」

亡くなったんだね、友達が。

「49日を過ぎましたが、喪失感は薄れるどころか、胸の奥で重く沈んだままです。彼の墓に近いうちに足を運び、話をしてこようと思っています」ともいただいています。

どう答えたらいいか、難しいね。お二人はこういう経験自体は、ありますか?

ないです、ないです。

ないですねぇ。

俺の場合は、事故なんだけど、すごく仲良かった人がなくなっちゃったのがあるから。それは、未だにぽっかり空いてるんだけど。

俺は、その人と過ごした時間をどうやって取り戻そうかってずっと考えてきて。で、出版社をつくったのは、一つそれが目的で。

その人がかつて書いた本があるんだけど。それが今もう絶版のような状態になっちゃっているんだけど、それを復刻版でうちから出そうとしています。

それが俺のできることかなという。

その人は本を残してくれたからね。突然事故で逝っちゃったけど。

でも、何ができるんやろうなぁ……歳とっていけばね、やがて順番に全員死ぬんだけどね。若いとちょっと堪えるわね。

おいくつぐらいの方なんですかね?

40代じゃないですかね。

でも一つ、この「我思う故に我あり」さんは、自分で答えをちょっと書いてるんだよね。「彼の墓に足を運び、話をしてこようと思っています」って。

あぁ、はい、はい。

俺は別に、死んだら終わり、じゃないと思ってるからね。

その人と心の中で対話したり、なんか問と答えをできる間は別に死んでいないのと同じだと思うけどね。忘れた時が死ぬ時で。

僕の場合はさっき話したように本を残してくれているから、それを読むとその度ごとに語っているわけじゃないですか、文字がね。それは大きかった。

これは本当に、何を答えればいいのかってすごく難しいと思うんですけど……今思ったのが、この方自身が自分を大切にするっていう。自分のそういう気持ち、自分も友人の死に直面して、自分の人生自体も沈んでいかないように。

僕、海外に行って良かったのは、いい景色が見れたり、食べたことがない美味しいご飯を食べたり、すごく当たり前の、その美しいものとかを知ることだったんですよね。

そういうふうに、こういう時だからこそ、何も考えず、よく寝てよくご飯を食べて、いい景色を見て、いい音楽に親しむとか。

そういう自分の豊かさを増やすみたいなことしか、最初は自分だったら出来なさそうだな。誰かのためにとかはできなさそうだなって、今、話を聞いていて思いましたね。

なるほどね。

俺がちょっと思うのは、お盆にお墓参りに行ってきたんだけど、こう、草刈ったりしてね。

50年も生きてるとさ、すごく若くして死んだ親類もいるんだけど、みんなと関わりがあって、関わりがない人も含めて、血はつながっている。そこに、基本感謝があるから。感謝の気持ちというのは消えないじゃないですか。

ええ。

「我思う故に我あり」さんも、その友人に感謝していることってあると思うんだよね。思い起こせばありがたかったこと。

そもそも友人というのは、自分の相手をしてくれている人たちね。

感謝の気持ちは消えないから、そこと向き合うといいなと思うけどね。

俺は、その突然逝っちゃった大切な友人にも、感謝しかないですよ。うん。いろんなことを教えてくれたしね。

お世話になった人のことは、毎日ふと思い出す

お盆だからかな、こういう質問が多くなるね。土屋英人さん。

「お盆休み中って、今はこの世にいないけど、すごくお世話になった方を思い出します。そんな方々がいらっしゃればお教えいただきたいです」

お盆だから帰ってくるとかではないんですけど、父親のこととかね。

あと、僕が10年前にカウボーイをやった時のカナダの牧場主がね、2年ぐらい前に死んじゃったんですけど、ほんまに世話になった人たちのことは、ほぼほぼ毎日どっかで一瞬ぐらい考えてるんじゃないかなっていう気がしますけどね。

「お世話になりました」とかね、心の中で、声にはしてないけど。

お盆だからってことではなくて、いつも思い出すってことよね。

渉さんはどうですか?

踊る阿呆の世界戦略』に、結構分厚めに山本寛斎さんとの思い出を書いたんですよね。

もう、1番俺好きなとこ、この中で。

1番、認めてくれたし、突き抜けていけってメッセージをもらって印象に残ってるんですけど。

でも、あれから再会できてないんですよ。お亡くなりになって。

そういう意味では、親戚とかとは違うんですけど、「今、ここまできましたよ」みたいな。

そう、とりあえずこの本を持っていきたいですよね。

そう、そういうのは思ったり。

この本の中で、めっちゃ好きなのよ、山本寛斎さんとのエピソードが。

かっこよかったよね。

「寛斎を担ぎ出さずに自分らの力でやってみろ」と言った後に、「あの、ビデオ」って言ったら「何、ビデオ! 見せてみ」と。

再生したら「おみそれしました」って。

「すごい、いいよ、いいよ」って、急に。めっちゃ、面白いよね。

そう、でも本当なんですよ。いや、かっこよかったですよね。

山本寛斎に「阿波踊りは嫌いだから」と言われた?!

書いてないんですけど、うちの金髪の弟・陸も一緒に行ってて。緊張し過ぎて、自分の話がループしはじめて、どこで止めていいか分からなくなっちゃうくらい緊張してたんですね。

そしてら、「君、もう一回最初から」って言われて。

わはは!

はっはっは!

めちゃめちゃ怖かった。

怖いというか、怖い言葉は使ってないんですけど、威圧感で。僕らまだ実績も何もない時だったんで。

今でも覚えていますね。「もう一回、最初からどうぞ」って言われて。いい経験。

でも、ビデオよかったですね。パフォーマンスを見せられたっていうのは。

本当に。

話だけ聞いたら、分かんないじゃん。阿波踊りの人たちです、若者がなんだか分かんないけど会いに来た。うん、まあ会ってやろか、くらいやけど。

それ見た瞬間、ちょっと違うぞっていう。そういう瞬間って、すごいよね。

これ本当に——これも書けなかったんですけど、行った瞬間に「僕、普通の阿波踊り嫌いだから」って言われたんですよ。

で、なんかいろいろとスーパーショーを企画する時に阿波踊りを使おうと思ったけど、なかなか、寛斎さんの言葉でいう“爆発”してくれないというか。「こう言う感じできません」みたいなのが大変だったみたいで。

そうか、そうか。

それで、「阿波踊りは、僕は好きじゃないね」って最初に言われて。

そこから、ある種ひっくり返ってくれたんで、よかったですね。

現在の日本文化紹介に思うこと

ではここで、ワタナベアニさん登場タイム。アニさん、こちらへどうぞ。

おつかれさま。

で、これですよ、これ。

アニさんも『踊る阿呆の世界戦略』を読んでいただいて。

素晴らしい本でした。

ああ、ありがとうございます!

いや、いい本だと思うわ、本当に。

僕も海外、ヨーロッパとか行った時に、日本文化のアピールの仕方、プレゼンテーションの仕方が本当に良くないなぁっていうところがあって。

寶船はJAPAN EXPOとかも行かれてるんですよね?

はい、行ってます。

JAPAN EXPOとか行った時に、地方自治体が日本のものを持って行くと、結構フランスの人って日本の文化を知ってるから。

「何を今更、そんなもの持ってきたの?」「法被着て踊ってるの?」っていうのがあって。もうちょっと上手にやればいいのにって。

そうなんですよ、そうなんですよ。

フレンチのソムリエとかがペアリングで「この料理には日本酒のこれが合います」みたいなことを言っているのに、まだ太鼓を持って法被着て日本酒を勧めているとかね。

そのレベルじゃないんだけどなぁって。

今日もね、言ってたんですよ。

「これが日本的だろう」みたいに、ナイロンで作ったようなペラッペラの着物とかね。あと、音楽でも、普通にロックなんだけど、ちょっと琴の音を入れたりとかね。

ちゃんとした日本文化じゃなくて、ハリウッド映画に出てくる怪しげな日本に近いやつね。

そういうのもね、もうあれ、やめてほしいですね。

そうですね。なんか、そういう、ちょっとエッセンスだけ入れると海外にウケるみたいに考えている人は多いかもしれないですね。

やっぱり、特に踊りみたいなものは言葉が必要ないから、素晴らしいものだったら、世界中の誰にでも分かるじゃん。

そこはもうちょっと、今より他のダンスの団体とか、日本文化の踊りの団体は、もっともっと世界で評価されてもいいはずなのになぁと思って。

そういう気がします。本物だったら大丈夫っていうか。

そうね。なんか付け焼き刃のね、「そうしたら日本風だろう」みたいなトッピングが、すごく嫌よね。

そうですねぇ。

「アニさんは、フォークとナイフの使い方が上手だね」

僕、日本舞踊とか盆踊りをやっている先生がいて、その方に今いろいろ、例えばボン・ジョヴィで盆踊りやるとか、そういうのも結構日本で流行っている時に、どこまでがアリでどこまでがナシみたいな基準を持っているんですか? って聞いたことがあるんですよ。

その方が言っていたのが、着物で喩えると、洋柄の着物はOKで、和柄の洋服はダメなんだっていう言い方をしていて。

ほう、ほう。

阿波踊りを僕らも洋楽で踊るとか、スタイル自体を変えずに向こうの音楽とかとコラボレーションすることは、全然やっても大丈夫だと思うんですよね。

ですけど逆に、形はダンスだったり海外の音楽だったりするけど、表面的なところだけ日本ですって、上物だけ少し変えてみるとかにした瞬間、それは日本の文化なのか? って、ハテナがつくものが多い。

そうだよね。

でもそれがやっぱり、僕はいろんな創造物に関して言えると思うんだけど、日本って日本であることのこじらせ方がすごいような気がする。

これが日本っぽいでしょ、とか。

ええ、ええ。

僕がね、1回、すごい意地悪なフランス人に「アニさんは、フォークとナイフの使い方が上手だね」って言われて。

子供の頃から使ってるし、できるに決まってんじゃん、バカにするなと思ったんだけど、彼らは「日本に行った時『お箸、上手ですね』って言われて、子供扱いするなっていうのを、今皮肉で言ったんだよ」って。

なるほど。

彼らは、パリにも和食屋さんはあるし、そこで自分たちは箸を使えるっていうのは日本文化を知っているっていうことなんだけど。

それを、知らないっていう前提だから。日本人独特の「僕らのことは、世界は理解していない」っていうところから始まる。

そうですね。

そこが良くないと思ってて。結構、外国の人はそれを勉強してる人もいるし。

まず中途半端に「あなたたちの知らないエキゾチックな日本をご紹介差し上げます」っていう、その姿勢がダサいよね。

単純に、ダンスのカンパニーであるとか、阿波踊りとかは、本物の肉体の動きを見れば誰でも同じに分かると思うの。それを偽物がやっちゃうとダメで。

それはやっぱり、外国に行くと感じるな。


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踊る阿呆の世界戦略

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