約1年半、本づくりを共にしてきた2人。『踊る阿呆の世界戦略』の構成とどのように執筆を進めたかについて、寶船の「世代」について……さあ、“ふたりごと”を、ちょこっとのぞいてみましょう。
【 プロフィール 】
米澤渉(よねざわ・わたる)
NEO阿波踊り集団「寶船 」リーダー/株式会社アプチーズ 代表取締役
1985年東京都生まれ。幼少期より、徳島出身の父・米澤曜が東京・三鷹で発足させた阿波踊りグループ「寶船」に所属し活動する。2012年、日本芸能である阿波踊りを世界のエンターテインメントにするべく、寶船の運営元として一般社団法人アプチーズ・エンタープライズを設立。パフォーマー全員が赤い衣装をまとい、派手なメイクを施して激しく踊る独自スタイルの「NEO阿波踊り」で演者と観客が一体となる熱狂を生み、アメリカ、ヨーロッパ、アジア、中米、中東、アフリカなど多数の海外ツアーも敢行。世界最大規模の日本見本市「Japan Expo Paris」では7年連続で大トリを務めるなど、2025年までに世界26カ国で活動を展開してきた。2024年4月には、マネジメント会社「アプチーズ」を設立し、第三者割当増資による資金調達を実施。2024年Forbes JAPANが選ぶ「カルチャープレナー(文化起業家)」30組の一人として選出された。2025年、初の著書『踊る阿呆の世界戦略』(ひろのぶと株式会社)を出版。
廣瀬翼(ひろせ・つばさ)
ひろのぶと株式会社 編集
1992年生まれ、大阪出身。編集・ライター。学生時代にベトナムで日本語教師を経験。食物アレルギー対応旅行の運営を経て、編集・ライターとなる。『全部を賭けない恋がはじまれば』が初の書籍編集。以降、ひろのぶと株式会社の書籍編集を担当。
「思い出」を効率的に使うのは可哀想?
米澤
第1回で田中泰延さんに、『踊る阿呆の世界戦略』では海外に出るようになってからは現在までジャンプしていて、「どれくらい行った国が増えたか」みたいなことをあえて書いていない点を褒めていただいて。
廣瀬
ええ。
米澤
実はそこって、最初に廣瀬さんが提案くださった構成案の段階でも、海外に行ってからは「印象に残っているエピソードをいくつか」みたいな言い方をしてくださっていたなと。

廣瀬
まだ、私が海外のエピソードを伺いきれていなかったというのも正直あるのですが(笑)。
エピソードは絞らないと一冊に収まりきらない。でもそこで、私が寶船さんの発信を調べて「この話を」と指定するんじゃダメだろうなぁ、と考えていました。
渉さん自身が語りたいお話を書いていただくほうが、原稿が生きると思ったんです。
米澤
はい、はい。
廣瀬
でも、「印象的なエピソードをいくつか」と言われても、やっぱり時系列で全部を書き出してくる人もいると思うんですよ。
それが、渉さんは最初にいただいた原稿がすでにほぼ今の形。トピックもエピソードもしっかり選別されていて、驚きました。「これ、私(編集)いなくても本になるじゃん!」って(笑)。
米澤
いやいや(笑)。
構成案をいただいたミーティングで、「ビジネス書であり、青春起業物語」ってテーマをいただいたのが、すごく良かったです。
廣瀬
イメージの近い本としては、『裸でも生きる』(山口絵理子・著、講談社)など、10年くらい前に“社会起業家”という言葉がワッと広がったときのものを中心にお伝えしましたね。
米澤
それで、これから自分が「ビジネス書×青春起業物語」を書く参考という見方でいろんなビジネス書を読んでみました。
そうしたら「ビジネスにはこれが大事だ!」というポイントを語って、その説得性を持たせるために思い出を持ってくる書き方の本が多かった。
「こういう人脈の作り方がいい。例えば僕は2000年にこういうことでこの人と出会って……」みたいな。
そういう“ビジネス書”の書き方をするのか。それとも、背骨は物語みたいにして、そこに時系列順に自分が学んできたことを入れるのかは、書き始める前に考えました。
廣瀬
確かに、ノウハウ・テクニックが前面に出ているものも多いですよね。
それはそれで、世間に求められているのだと思います。何が得られるのか結論が分かりやすいし、忙しい中で成長が求められる現代、短時間でスキルを身につけたい人には必要なんだろうなと。
米澤
うん、うん。
廣瀬
でも、そればっかりなのは……なんというか、その“効率性”のために思い出を“有効活用”しちゃって、いいのかな? と……。ちょっと寂しいというか……思い出が可哀想だなって。
米澤
ああ、思い出が可哀想——。
廣瀬
もちろん、話の流れやそのエピソードによるとは思います。
でも、思い出って効率的に活用しちゃうと、途端に温かみだったり心の支えだったりした大切なものが消費されてしまう気がしちゃって、私は。
少なくとも、渉さんの初の著書で、寶船の名刺になる本は、そうじゃないだろう、と。
思い出は無理に意味を持たせなくても、「すごく印象に残っている、いい時間だった」っていうだけでいいと思うんです。
米澤
分かります、分かります。
廣瀬
そういう、思い出と議論のバランスと全体の構成でいうと、実は『踊る阿呆の世界戦略』って、ダイヤモンド社の今野良介さんが編集された『弱さ考』(井上慎平・著)と似てるんじゃないかなと思っています。渉さんから初稿をいただいた後に読んだ本なんですけど。
米澤
やっぱり、そうですよね! 僕も思いました。
『弱さ考』は冒頭、著者の井上さんが号泣するところから始まって、後半は弱さとの付き合い方などの話に少しずつ移っていくじゃないですか。あの物語が最初にあって、後半は普遍的な話という構成は、確かに「似てる!」と感じています。
必要なのは、削る勇気
米澤
本の制作段階では、原稿を書き出す前に3カ月くらい、構成案に沿う形で廣瀬さんにインタビューしていただくような時間を何度か取っていただいて。
その書き起こしをいただいたのが、すごく執筆の参考になりました。
廣瀬
毎回3時間近くお話しいただいちゃって。面白かったですね。
米澤
あの書き起こしをそのまま公開してもいいくらい。
廣瀬
本当に。それで本3冊くらいになりそう(笑)。
米澤
確かに(笑)。
廣瀬
実際の原稿では、そのインタビューで出たけど入れていないことや、その反対もある。渉さんはどうやって原稿を書かれたんだろうと気になっていました。
「本当に初の著書?」って——初めてですよね?
米澤
初めてですよ!
廣瀬
よかった、あってた(笑)。
そうしたら、ポストイットを使ってされていたことをXにアップされていて。
寶船の公演でも同じようにホワイトボードで構成を考えている話を聞いていたので、経験の横展開がこんなに生きるんだと、妙に納得しました。
米澤
「箱書き」ですね。脚本やシナリオを書くときに使う方法の一つです。
全体の流れの設計と、エピソードの絞り込みは、この段階で結構しました。
例えば、2018年にアメリカ大陸横断ツアーをしたことは、僕の人生の中ではめちゃくちゃ印象に残っている出来事。
でもその話は今回の「寶船がどうやって世界に出て、伝統を現代のエンタメにアップデートし、阿波踊りの魂を大切にしながらビジネスとして成り立たせているか」という本の筋にはなくていいな、とか。
廣瀬
編集が入る前から、そこで客観的な視点を持って削っていけるのが、すごい。
書き出すよりも、削っていくほうが——。
米澤
大変です、大変です(笑)。
廣瀬
ですよね! 心苦しかったり、本当に削って大丈夫か不安になったり。
米澤
でも、思い切って削っちゃったほうが、少し時間が経ってから読み返すと「やっぱり、削っておいて良かった」となることが多いなと感じました。
廣瀬
だけど、削るってすごく勇気がいるから。『踊る阿呆の世界戦略』の読みやすさは、渉さんの文章の才と勇気だなぁと思います。
5冊を経たから生まれた一つの集大成
米澤
一つ聞いてみたかったのですが、廣瀬さんは「企画・構成から手がけたのは『踊る阿呆の世界戦略』が初めて」と以前おっしゃっていましたよね。
廣瀬
はい、担当書6冊目にして、初です。
米澤
それで、これまでと違うことって、ありましたか?
廣瀬
うーん、何か特別に違ったことがあるというよりも、これまでの5冊で学んだことが集結した、という感じかもしれません。
米澤
なるほど。
廣瀬
基礎である本づくり全体の流れは『全部を賭けない恋がはじまれば』(稲田万里・著)と『スローシャッター』(田所敦嗣・著)で学んだこと。
間にコラムを挟むような考え方は、『令和版 現代落語論』(立川談笑・著)で脚注を入れたり、改作落語の解説に「おまけ」コーナーをつくったりした発想に近いものがありました。
米澤
ええ、ええ。
廣瀬
それから、大まかな構成案を出してからインタビューをして抽出して……という進め方は、『伝えるための準備学』(古舘伊知郎・著)でブックライターの福島結実子さんのお仕事を横について学ばせていただいた経験が生きています。むしろ、それがなかったら、『踊る阿呆の世界戦略』はつくれなかったんじゃないかな。
そして、今回は企画のはじめからFIRST DOMINOさんにたくさんご協力いただきましたが、こうした複数の関係者がいる本づくりというのは、著者が梨さん・株式会社闇さんと共著の形だった『つねにすでに』の環境で得たものがあったと思います。
米澤
なるほど……廣瀬さんも、1冊ずつステップを踏んでこられたんですね。
廣瀬
はい。どの本もそれぞれに“初めて”があって、それぞれに思い入れがあります。
その中でも、やっぱり『踊る阿呆の世界戦略』は、「私が担当であります、つくりました」という自負というか、責任感というか。そういうものは強いですね。
この本がたくさん愛されて、広がってほしいなぁと、祈るような気持ちです。
任せて見守る、父の存在
廣瀬
私からも、一つ。
今は渉さんが寶船のリーダーですが、最初に結成されたお父さん(曜さん)との関係というのかな、どうリーダーを引き継いでいったのかを伺ってみたくて。
米澤
ああ、そこが、父のすごいなと思うところなんですけど。
2011年のハワイに行くまでは、父が朝まで熱く芸能論を語るみたいなこともあったのですが、法人化してプロになろうという頃からは、スッとハンドルを僕達に渡して、何も言わずに見守るようになりましたね。
廣瀬
ついつい、心配になったり口を出しちゃったりしそうなものなのに……!
米澤
もちろん、僕達が父の意見も聞きたいなって思うときは、ちゃんとアドバイスをくれたりはします。
でも、具体的に何かを言うというよりは、考えるように仕向ける感じが増えてきて、今では次第にあまり何も言わなくなってきているかな。
次の世代に引き継がれていって、自分のものじゃなくなっていることが、逆にうれしいっていうふうに今はなっているように思います。
廣瀬
海外にどんどん出たり、新しいジャンルとコラボしたりも、まったく抵抗なく——?
米澤
むしろ、「どんどん、新しいことをやったほうがいい!」という姿勢で。
特に世界進出は、寶船を立ち上げる時に父が未来図をイラストで描いていたのですが、その頃から海外に出ていくイメージを持っていたみたいです。

米澤
でも反対に、常に新鮮な気持ちでやっているか、挑戦を続けているか、そうして生き生きしているか。そういった「気持ち」の面は、父が誰よりも目を光らせて見ていてくれています。
今でも、鉄板の演目が続いたりして演者が慣れてきちゃっているのを感じると、いきなり「練習してきたことを全部やめて、新しいものでやりなよ」って。それで本番の2時間前に急遽、演目を変えたり作ったりしたこともあるんですよ。
廣瀬
2時間前……!
いやぁ、お父さんと渉さんの“ふたりごと”も、聞いてみたいですね。
コミュニティが生む、次代の天才
廣瀬
今ではもう一世代、伊織くんへドミノがつながっていく兆しが見えていて、もう彼は寶船のセンターを張るスーパーヒーローですよね。

米澤
伊織は、自然とステージに立つようになりましたね。
廣瀬
自分で見て学んで、選んでやっているという。すごい。
伊織くんの踊りは、しなやかさは渉さん、ポジションの美しさは萌さん、観客の煽りや表情は陸さん……といろんな寶船メンバーの面影を感じて、「コミュニティの中で生まれてきた天才」だなと思って。
米澤
ああ、そうかもしれません。
彼がソロでやることのあるロボットダンスは、もともと陸がやっていたのを息子が真似していたのですが、今ではむしろ陸がやると伊織の真似だって言われることもあったり(笑)。
でもそれが、継がれていくってことなんだと思います。
廣瀬
今年で、小学3年生の9歳ですよね。
渉さんは本の中で、それこそちょうど3年生くらいで周囲と違う活動に葛藤を抱いていた話を書かれていますが、伊織くんはどうなんでしょう?
米澤
それは多分、状況も環境もだいぶ変わっているんだと思います。
自分の名前で検索すると動画が出てきて、「いいね」がいっぱい付いていたりする。そういうのを、友達に自慢しているらしいです(笑)。
この間も、「経堂まつり」へ友達が寶船を見にきてくれたり。
廣瀬
いやー、きっと翌日学校で「伊織くん、かっこよかったんだよ!」って話題になってるもん。
それは、伊織くんのすごさはもちろん、渉さんたちが寶船で目指して積み上げてこられたものでもありますよね。
米澤
あとは、僕達の頃より「阿波踊りやってるんだぜ」って言いやすい雰囲気もありますよね。
僕らの頃は「男子はサッカーか野球!」みたいな感じでしたけど、趣味も習い事も多様化していますから。
廣瀬
その中でも、やっぱり大人に交じってプロの舞台で踊るというのは、小学生ですごい経験をされているなと。
米澤
僕から見ても、息子は本当にいい経験をしていると思います。
7月にTBSの「音楽の日」に出演した時、息子も一緒に収録に行って半日ほど現場を体験したんですけど。生放送なのもあって、現場のスタッフさんたちには緊迫した空気が流れているんですよね。秒刻みで、間違えたら終わり、みたいな。
そういうプロフェッショナルな大人の世界を感じて、息子も一層モチベーションが上がり、気が引き締まっている様子でした。
廣瀬
7月は、フランスのツアーにも一緒に行かれていましたよね。夏休み前かな?
米澤
そうです、そうです。夏休み前でした。
学校の先生もとても理解があって。授業や宿題について先生と相談した上で、一緒に行っています。
宿題がタブレット端末に送られてくるんですよ。だから、フランスにいても休みの日や休憩時間にちゃんと勉強できて。
廣瀬
なるほど、それは便利!
今の時代とテクノロジーがあるからこそできることですね。
米澤
そうなんですよ。
それで、息子はサッカーもしているのですが、フランスのツアー後に、ツアーで訪れた街のチームの試合を見て応援したりしていて。
米澤
そうやって彼にとって世界が身近になっている様子を見ると、貴重な経験になっているなと感じます。
廣瀬
いろんな経験で、伊織くんのパフォーマンスは来年・再来年とますます変わっていくと思うし、そういう変化する存在があると寶船全体もどんどん変わっていくんだろうなと。
まだまだ変化していく寶船を追うのが、楽しみです。
踊る阿呆を語り尽くす1時間半!
寶船の生パフォーマンスも体験できます!
日付:10月10日(金)
時間:19:00開演
(寶船のパフォーマンスは19:45〜予定)
場所:TSUTAYA BOOKSTORE 梅田MeRISE
参加費:500円(税込)
【参加お申し込みはこちらから】
米澤渉さんがYouTube配信「僕たちは」シリーズ第19弾にゲストで登場されました!
「結石で欠席」の上田豪さんに代わり、2時間たっぷり出演。視聴者からの質問・相談にまっすぐ応えています。
米澤渉さんの著書

踊る阿呆の世界戦略
世界26カ国を熱狂させた NEO阿波踊り集団 寶船の挑戦
米澤渉|ひろのぶと株式会社
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米澤渉
文化/起業/対談
NEO阿波踊り集団「寶船 」リーダー/株式会社アプチーズ 代表取締役。 1985年東京都生まれ。パフォーマー全員が赤い衣装をまとい、派手なメイクを施して激しく踊る独自スタイルの「NEO阿波踊り」で演者と観客が一体となる熱狂を生み、多数の海外ツアーも敢行。2025年までに世界26カ国で活動を展開してきた。2024年Forbes JAPANが選ぶ「カルチャープレナー(文化起業家)」30組の一人として選出された。2025年、初の著書『踊る阿呆の世界戦略』(ひろのぶと株式会社)を出版。